海軍本部元帥“仏”のセンゴクは困惑していた。
出勤した海軍本部内がやけに騒ついているのだ。
「これは、一体……? 君。何があったのかね?」
「元帥! その、ガープ中将が……」
状況を知ろうと近くを通りがかった海兵に声を掛け、出てきた名前を聞いて眩暈がした。またあの男が問題を起こしたのかと思うと胃が痛くなる。
深呼吸を一つして、より詳細な内容を聞こうとし──頭が真っ白になった。
視線の先には、件のガープ。
それも両手に書類の束を抱えている。
「ガープゥゥ!? 貴様、頭でもおかしくなったのか!?」
「なんじゃセンゴク、朝っぱらから騒がしいのう」
ガープが、仕事をしている。
数十年の付き合いでもほぼ見たことがない姿にセンゴクがショートする。復帰するには暫く時間がかかりそうだった。
◇
「……それで? その孫みたいな少女が来るから仕事をしていたと?」
「うむ。あの子はわしをできるお祖父ちゃんだと思っておるからの」
結局一時間ほど大騒ぎしてようやく落ち着いたのが今である。
真面目くさった顔で言うガープにドン引きしながら、センゴクは状況の整理に努めていた。
どうやら随分前に海軍が拾った少女の保護者の一人らしく、久々に会えるということで良いところを見せようと張り切っていたらしかった。
「孫のようなもの、か………………本当に、海賊じゃないんだな?」
「しつこいわ! むしろ海軍に貢献してる素晴らしい孫よ! というかお前も知っとる筈じゃぞ。エアって名前の子でのう……」
興が乗ったのか、ドヤ顔で少女のことを語り出すガープを尻目に記憶を辿るセンゴク。
エア、という名前自体には聞き覚えがあったため、詳細自体はすんなりと思い出せた。
支部の問題であった賞金首の輸送問題を解決した少女で、他には──。
(支部とインペルダウンの連名で感謝状を、などという謎の企画書が上がってきた子か……)
──思い出してやっぱり胃が痛くなってきた。
貢献という意味では問題が無さそうだったために了承はしたが、結局オーダーメイドの仕事着を贈ったりと随分露骨な贔屓になっていったため、途中で止めたものだ。
「それで、ボガードの奴がわしからエアを……おいセンゴク、聞いとるのか?」
「ん? ああ。貴様が仕事をするというなら、ポケットマネーを出してでも毎日呼ぶべきかと悩んでいて聞いていなかった」
途端に慌て始めるガープを適当に受け流していると、まだ若い海兵がノックと共に入ってくる。
「失礼します! ガープ中将、運び屋が到着しました!」
「すぐに行く!」
書きかけの書類と報告に来た海兵を吹き飛ばしながら爆走するガープに始末書を書かせることを決めながら立ち上がり、窓を開ける。
何人もの将校が入れ込んでいるらしい少女をひと目見ようと思っただけで他意はない。
「──なるほどな」
白い翼と銀の髪をはためかせ、明らかに海軍を意識した軍服もどきを着ている姿は人気が出るのも頷ける美しさと可憐さがあった。
海軍にも美人は多いが、誰も彼も腕っ節が強い。そういう意味で、庇護欲がかき立てられる小動物的な女の子というのは好かれるのかもしれない。
少女を見るだけのつもりが、海軍の男性の好みまで考察していたセンゴクの視界に、もじゃもじゃ頭がちらちらと覗く。
見ないでも分かる。人の横に来るなり大欠伸をかましている男の名は──クザン。
「センゴクさんもあの子にご執心ですか?」
「そういうわけではない。ただ、興味はある……そういえば、あの子を拾ったのはお前だったか」
「ええ。男一人だと無茶があるんで、おつるさんとかに手伝って貰いながら保護者やらせて貰ってますよ……ま、あんまり必要とされた事はありませんから、そういう自覚は無いんですけどね」
肩をすくめてそう答えるクザンだったが、視線は彼女から離していない。口ではこう言っていても彼なりに彼女の親であろうとしているのだろう。少なくとも、センゴクはそう感じた。
フッと笑みを漏らし、窓から離れる。
「お前にその自覚が無くても、彼女は分からんだろう。会いに行ってやったらどうだ?」
「……そうします」
ほんの少しの逡巡の後、軽い足取りで執務室を出て行くクザンと入れ違いになっておつるさんが入ってくる。
────大量の書類と共に。
センゴクは今、猛烈に嫌な予感がしていた。
「全く……あの子が来たってだけで騒ぎすぎだよ、アイツらは。
……ああ、センゴク。クザンとガープを行かせちまったんだろう? いつもの感じだと、半日は帰って来ないからねぇ……アイツらの分はアンタがやりな。もちろん、溜まってた分も含めてね」
ドサリと重厚な音がして、書類の束が積まれていく。
──始末書を書かせる奴が一人増えた。
ペンを一本へし折りながら、センゴクは書類達との格闘を始めたのだった。
ワンピースって絡ませたくなる良キャラが多すぎると思うの。