偉大なる航路、アラバスタ近海の上空にて、四つの翼が空を舞っていた。
「やっぱり、誰かと空を飛ぶのっていいね」
「ええ。静かで綺麗なこの場所を共に楽しめる……翼を持つ相手とだけ、というのが難点ですが」
緩やかな飛行の間に言葉を交わし、笑い合っている二人。
片方、白い翼があること以外は至って普通の銀髪美少女が“運び屋”エア。
片方、翼以外も含め、完全に鳥──“隼”と化しているのが、アラバスタ最強の戦士たるペルであった。
世にも珍しい飛行系の能力を持つ二人組は仕事の関係で出会い、お互いの趣味──空の話で盛り上がり、気付けば一緒に空を飛び合う仲となっていた。
なお、二人とも誰かを乗せて/掴んで飛ぶことはあるが、それだと本人達が気持ちいい速度で飛ぶことはできないため、こうして互いに遠慮をせず速度を上げられる相手が新鮮だったというのもある。
「あーあ、海賊じゃなければペルさんにも飛べる人を紹介できたのにな……」
「……エアさんは、海賊と繋がりがあるのですか?」
一緒に空を飛び終わった時間、雰囲気的にはピロートーク(悪意ナシ)に近しい会話の中、エアからするりと出てきた言葉にギョッとする。
ペルの中では臆病さと優しさが多分に含まれているエアと海賊が結びつかなかったのだ。
「そうだよ? マルコっていうパイナップルみたいな頭の人で……」
「も、もしや白ひげ海賊団の……?」
「うん。仕事で飛んでる時に、下で戦ってたみたいでさ。なんか凄い振動が身体に伝わったと思ったら気絶しちゃったんだよね」
ペルはあまり海賊に詳しいとは言えないが、その特徴に当てはまる二人には心当たりがあった。
“四皇”に位置する白ひげ海賊団の船長、白ひげ。
その白ひげ海賊団の一番隊隊長を務める“不死鳥”マルコ。
予想だにしない繋がりに、努めて冷静であるよう心がけながら話の続きを促す。
「落ちた後はどうなさったのですか?」
「えーっと、医務室で寝かされてたみたいで。最初は海賊に捕まったと思って怯えてたんだけど、落とした当の本人は『巻き込んじまってすまねえな』って笑ってるし、周りの人は『運が無いな』なんて励ましてくるし……なんか、思ったより怖くないなって」
「……それで?」
「私と同じように飛べるっていうマルコさんと友達になって、電伝虫交換して、終わり?」
頭痛がしてきた。彼女の言葉を疑うわけではないし、白ひげ海賊団が悪だと断じる気もない。海賊が決して悪とは限らないのはアラバスタの英雄、サー・クロコダイルでよく知っていた。もっとも、ある理由からペルは彼を信頼しきれていないのだが。
それはさておき、今回は知り合うまでの経緯が経緯であるし、ペルにはもう一つ懸念があった。
「エアさん、ちなみに、海軍の方へは……?」
「…………言ってないよ」
フイッと視線を逸らされ、溜息を吐く。そんな事だろうと思った。
世界会議も含め、海軍との折衝役になることが多かったペルは、目の前の少女が海軍内でも割と人気があることを知っていた。
そのため、例え事故だとしても、白ひげが彼女を落としたなんて知れればもう少し騒ぎになっていることも分かっていたのである。
「……この事は秘密にしておきます」
「……今度、お勧めのスイーツ持ってきますね。東の海にある、めちゃくちゃ美味しい奴」
「代金は出しますから、コブラ様とビビ様、あとはチャカとイガラムの分もお願いします」
「はい。……あとは、ツメゲリ部隊の皆さんもですね」
「うん?」
ちょっと初耳の関係性も聞こえてきた。
彼女の仕事はあくまで国外との運送業であるため、国内の治安維持を主としているツメゲリ部隊とはあまり関わりがないはずだったのだが。
「ほら、クロコダイルさんからの依頼で、アラバスタ国内を行き来することが増えましたから……」
話す時はいつも人の目を見ている彼女が、珍しく俯いたまま話す。
クロコダイルについて話す時はいつもそうだった。人を悪し様に言うこともなく、忌避することもなく、ただ皆に平等に接する彼女の美点が、奴にだけは陰っていた。
──たったそれだけ。たったそれだけの理由で、王すら信頼するクロコダイルという人間を信頼しきれない自分がいた。
「──そうでしたか。では、アラバスタにある安くて美味しい食堂でも紹介しましょう」
「えっ、いいんですか!? やったぁ!」
コーザさんとかに頼れる時は頼るんですけど、困ってる時の方が多くて……などと話し出す彼女の横顔をじっと見つめる。
争いごとを避ける割に、面倒ごとに巻き込まれがちなこの友が、どうか不幸な目にだけは遭わないように──。
口には出さないまま。笑顔を浮かべたまま。心の中で、そう祈っていた。
◇
「それで、本日はどのようなご用で……?」
アラバスタ最大のカジノ“レインディナーズ”にて。
オーナーであるクロコダイル直々の歓迎を受けたことで、用意された席に座ったままビクビクしているエアに、クロコダイルが笑いかける。それはもう、愉しげに。
「クハハハハ……そう怯えるな、悪事を働いた気分になる」
「そりゃあ、あの人の所にとんでもないもん運ばせる人ですから……」
それを聞いて更に愉しげに笑うクロコダイルに溜息が漏れる。
知り合って最初に受けた仕事から、エアは彼にとんでもない苦手意識があった。
ようやく笑いが落ち着いてきたらしいクロコダイルが、パチンと指を鳴らす。するとカラカラに萎びた海賊達が入った真っ白な檻が運ばれてくる。
「いつものだ。代金はこれでいいな?」
「はい、いつものごとく多すぎです。
ところで、檻変わりましたよね? 前は鉄の檻みたいな奴だったと思うんですが……」
「ああ。ちょっとした伝で、安く手に入るようになってな」
また悪い笑みを浮かべているから、これもきっと正規の手段じゃないんだろうなーなどと考えながら檻を掴む。重さ的には前より軽い。
「では、失礼しますね」
「ああ。
──あのフラミンゴ野郎にもよろしく言っといてくれ」
出ました、これですよこれ。
口には出さないが、内心では過去を思い出して相当気分が悪くなっていた。そのため、さっさと礼をしてその場を脱出していく。
その背中を、不思議そうに見送る女がいた。
「随分と怖がられているけれど、何をしたのかしら?」
「お前が知る必要はない、ニコ・ロビン……と言いたい所だが、良いだろう」
グラスに注いだワインを煽るクロコダイルは、ロビンから見ても随分機嫌が良さそうだった。故に、好奇心だけでなく、ご機嫌取りも含めての問いかけだったのだが──
「ドンキホーテ・ドフラミンゴは知ってるな? あいつの下に、奴が欲しがっていたモノ──マネマネの実の所在を書いた書簡を、お気に入りらしいアイツに運ばせたのさ。奴の顔を間近で拝んでやれなかったことが惜しいよ、クハハハハ!」
悪辣すぎて、流石のニコ・ロビンもすぐには言葉が出てこなかった。
「…………そう、それは…………よかった、わね」
彼女と絡んでから、随分好戦的になった雇い主。
その被害を一身に受ける彼女に同情するべきか、変な影響を齎したことに怒るべきか。
ニコ・ロビンは前者だった。
ドフラミンゴも陰謀大好きで、そういう能力を好む傾向にある。
なので、マネマネの実は欲しがっててもおかしくないなー、と思って捏造しました。
ドフィ「フッフッフ、アイツからの贈り物とは気味が悪いなァ!」
エアちゃん「私に言われましても」
ドフィ「………へェ、そうか」マネマネの実を奪った煽りされて半ギレ
エアちゃん「イラついたのは分かりましたけど覇王色で八つ当たりしないでくださいよヤダー!」
多分こんな感じ。