東の海にある海上レストラン“バラティエ”は、月末に一度だけ店を閉める日がある。
オーナー・ゼフも含め、乗組員全員──そして、エアが参加する一大イベントがあるのだ。
その名も──
「オーナー! これ、俺の新作です! 食ってください!」
「バカ言え、オーナーは先に俺のを味見すんだよ!」
「テメエら全員黙れェ! 嬢ちゃんのOK貰った奴だけって言っただろうが!」
「あの……甘いものも欲しいです」
前世で言うところの、コンペである。
「おいバカ共、エアさんが困ってんだろうが! レディが何食べたいかくらい聞く知能を見せやがれ!
──ほら、エアさん。麗しき貴女に相応しい、バニラと苺のパフェで御座います。召し上がる際は、お好みでチョコソースをどうぞ」
「ありがとう、サンジさん……」
七分目くらいまで来たお腹をさすりながら、出てきたパフェをパクつくエア。
このイベントの前身は、前世の記憶によりこの世界では割と上等な味覚をしていたエアが、それを見抜いたゼフによって新メニューの味見役に誘われた味見会のようなものだった。そのとき、美味しい食事で感傷に浸ったエアが食後に発した一言が波乱を呼んだのだ。
『皆でメニューを持ち寄って、美味しいものを決めるコンテストみたいな感じにしても楽しそうですね』
彼女に深い考えは無く、ただ前世で存在した思い出を少し漏らしただけに過ぎない。
しかし、常連客かつ調味料や備品の運送をしているということでコックのほぼ全員と面識があり、なおかつ持ち前の愛嬌で可愛がられていたエアが言ったのが問題だった。
良いところを見せたい男や、純粋に腕が上がったのをゼフに見て貰いたい男。純粋にお祭り騒ぎが好きな男など、様々な思惑が絡まりあってヒートアップ。
ゼフが気付いた時には既に実行間際だったのだ。
「あ、ゼフさん。このカルパッチョは美味しかったです」
「……確かに、ソースは良い。盛り付けを改善しとけ」
ゼフであればそれを止めることもできただろう。もちろん、それなりの労力はかかるが。
ただ、コンペで出てきた料理が思った以上に多彩だった。客の前に出すというハードルも消えるため、全員が新レシピを試すのにはちょうどよい。
故にバラティエ全体の向上に繋がると考えたゼフが正式にイベント化させたのだ。それも、彼女が仕事でバラティエに来る日に合わせて。
「これは……美味しいんですけど、スープにしては具材が多くて重いです」
「なるほど、参考にするぜエアちゃん!」
「おいカルネ!聞き終わったんなら交代しやがれ!」
エアとしても、前世よりは平均レベルの落ちたこの世界で美味しい料理を食べ続けられるというのはかなり魅力的だった。それに、この身体は高性能な分、燃費が悪い。お金に困っているわけではないが小市民的な感覚が抜けないエアからすると、支払い無しで大量に食べさせて貰えるのはお得感があったのだ。
そういうことで今日までこの味見役を務め続けているのである。
「嬢ちゃん、今日はどうする。泊まっていくのか?」
「そうですねー……食べすぎましたし、夕飯とか朝食もここで食べたいし」
「だ、そうだ。サンジ、用意しといてやれ」
「お任せを。レディ、此方へどうぞ」
コンペが長引くこともあり、何か用事がある日以外は泊まっていくことが多いエア。
その世話をするのは、専らサンジの役割だった。
食事が終わり、一段落した夕方過ぎ。もう陽も落ちてきた頃に、彼女を連れて船内を歩く。
「客室です。足りないものがあれば、そこの電伝虫で俺をお呼びください」
「うん。サンジさん、いつもありがとうございます」
「俺以外に任せるのは少し不安ですからね。それに、麗しいレディの為です。これくらい苦もありませんよ」
そう言いながら、他のメンツを思い出してげんなりとする。
ここバラティエには気風が荒い者が多かった。募集のチラシだったり、バラティエ内部の雰囲気だったりに問題があるのだが──何はともあれ、不快感を与えず世話をするというのに向いている人間が少ないのだ。
その点、ゼフの教育を受けていて、女好きといえども尊重を第一にできるサンジは適任だった。というか彼を除くとゼフしかいなかった。
そうして一通り備品の位置と注意事項を伝え終わり、部屋を出て煙草を咥えようとしたサンジの顔に陰かかかる。
「ってェ、オーナー!? アンタなんでこんなとこ来てんだ!?」
「あァ? 見れば分かんだろ。コイツの味見だよ」
最近は彼女専用となっている客室の前。デザートらしきショートケーキの皿を片手に立っていたのはゼフだった。
「いやいや、味見って。あんだけ昼は時間……が……」
「俺は味見側で作っちゃいねえだろ」
そういやそうだった、と頭をかきながら、それでも意外さに驚きを隠せなかった。
口に出しこそしないが、サンジの中でゼフというのは超高スペックな料理人間として記録されている。だからこそ、この時間に試作と味見をしているということにはびっくりしたのだ。彼が研鑽をしないことではなく、どこまで上を目指すのかという観点での驚きだが。
「テメェに言うのもなんだが、俺はデザート系の技術はまだまだ磨く余地がある。折角俺以外にも舌が肥えてる奴が来てるんだ。使わない手はないだろ?」
「そりゃあ、そうだが……」
「なら話は終わりだ。そこを退きな」
尚も納得できなそうなサンジを押し退けて部屋へと入っていくゼフ。
サンジは閉まったドアを不満げに数秒見つめていたが、やがて溜息と共に帰っていった。
◇
エアの船室から一通り感想を聞き終えたゼフが退出していく。
時刻を見れば、既に九時過ぎ。入浴も終えているし、少し早いが後は寝るだけ。
そう思ってベッドに寝転がる。そして、いつもの癖で一日を振り返って一言。
「やっぱりあの二人、似すぎじゃない?」
言うまでもなくゼフとサンジである。
(エアが知らないだけで師弟関係だからなのだが)料理と酒のチョイスや好みが似通っていて、(これも受け継がれたものだが)女性を尊重する傾向が強く。
そして何より、弱みを見せたがらない。
「二人とも味覚鋭そうだし、素直に食べ合えばいいと思うんだけど……」
男の意地について理解の及ばなかったエアはしばらく首を傾げていたそうな。
[普通に原作読んでても覚えてないキャラの紹介コーナー]
・カルネ
パティと共にバラティエ最古参のコック。
腕が太くてトイレで鼻毛抜いてたのがパティで、サングラスかけてる方がカルネ。
食あたりミートボールはめちゃくちゃ好き。