ただ、結局分からないのでやめてしまうんですよね。この住み分けタグ必要じゃない?とか思ったら教えてください。
年がら年中雪で覆われているドラム王国。
エアはこの国に来るのがとんでもなく苦手だった。
一つ目の理由は寒さ。
服を傷付けない、かといって窮屈にならないように。そういう意識の元に作られた羽穴のせいで、寒気が思いっきり吹き込んでくるのだ。そのため、背中の方が常に寒い。
もう一つ目だけで行きたくない気持ちが分かる人の方が多いだろうが、彼女的にはそれは大きな問題ではなかった。何しろ、彼女の飛行速度は本気を出せば相当なものである。故に、ドラム王国に近づいてから届け先に行くまでの期間であれば、身体が冷える前に届け終わって帰れるのだ。
問題は二つ目──Dr.くれはと会うことにある。
「次! 2階南東の部屋に運びな!」
「はいぃ……」
Dr.くれは、驚異の138歳。
エアの目からは全然そうは思えないのだが、自己申告では動くのも大変らしい彼女に言われるがまま、運送してきた薬品類の配備までを手伝ったのが縁で事あるごとに頼られるようになってしまったのだ。
今回もそれである。この寒さの中でも流行ったとんでもない風邪がいたそうで、解熱剤などを使い切り、発注量もとんでもなくなってしまったそうなのだ。
「……エア、そっちのはおれが持ってくよ」
「平気だよ、チョッパー。どうせこれが全部終わるまでは次から次へ指示が来るし……」
その過程で彼──トニートニー・チョッパーと仲良くなることができたのだけがせめてもの幸せだったと言えるだろう。多分に漏れず、エアももふもふで可愛い生き物は好きなのである。
「でも、気遣いは嬉しいよ。ありがとね……って、なんで逃げるのさ」
「そんな腕開きながら来たら誰だって逃げるよバカヤロー!」
素早く扉の影に隠れ──半身以上を覗かせながら此方を伺うチョッパーに、ほうと息を吐く。
抱きしめてもふもふするのは失敗したが、いつものごとくリアクションが良いため、これはこれでエア的に満足だったのだ。
「こらアンタら! サボってんじゃないよ!」
ちょっとした気の緩みを見抜かれ、叱責が飛んでくる。
Dr.くれは、今外だよね?
見聞色の覇気でも使ってるのか、シンプルに妖怪なのか。とりあえず怖い。
そんな不満を垂れ流すことはなく、あと二時間ほど働かされ続けたのだった。
◇
「チョッパー、それが終わったら休憩しな」
指定された薬品の調合を終え、試験管に詰めたところでDr.くれはが声を掛けてくる。
自分の中ではもっと進められるという意識があるが、逆らう気はない。もう何年にもなる付き合いで、Dr.くれはの人を見る目は外れないことを知っているのだ。
「……ねぇ、ドクトリーヌ」
「なんだい」
「エアって……なんで、俺を怖がらないんだろ」
「しょげてると思ったらそんな事かい」
馬鹿らしいとでも言うように酒をボトルでラッパ飲みしながら、ヒッヒッヒと笑う彼女の目がチョッパーをじっと見つめる。
なんだか全てが見透かされるような気がして落ち着かないチョッパーへ、少し下がった声色が飛んできた。
「あの子はね、良くも悪くも誠実なんだよ。だからアンタにも誠実に対等に話すのさ」
「誠実……に悪いとかあるのか?」
「もちろんさね。何が理由か知らないが、あの子はどんな相手にも本心を全て話すし、偏見を持たない。美徳と言えば美徳だが、同時に人間らしくもないのさ……アンタより、よっぽどね」
それ以上は無いというようにつまらなそうに酒を飲み出す。
聞かされたチョッパーとしては、短い人生(トナカイ生?)経験では大半が理解しきれない話に首を傾げながらも、理解できた一つに深く頷く。
(そうか……エアは全部を見せてくれてるんだ。だから言葉を疑う気にならないし、嫌な気持ちになることもあんまりない。変なヤツだな、と思う以外の悪感情を抱かないんだ)
じゃあ、と声を上げかけたチョッパーを、くれはの鋭い視線が射抜く。
「言っとくが、あの子みたいにしようだなんて考えるんじゃあないよ」
「な……なんで? そしたら、おれも嫌われずに」
「あのねぇ」
心底呆れたといった様子で、Dr.くれはがチョッパーに向き直る。怒られるかと思って少し身体が強張ったが、すぐに違うと分かった。声色が、叱るときのそれではない。ごく稀にいる、手の施しようがない患者に対するような──。
「普通に生きる奴がね、一切の隠し事をしないなんてできるわけがないんだ。それができる時点であの子はどっかが壊れてるのさ。おそらくは、怯えか何かが根底にあるんだろうが……」
心の病気はアタシの専門じゃあないからね、と呟いて酒を煽るが、口の中は満たされない。気付かないうちに、空になっていたのだ。
チョッパーとしては詳しく聞きたかったが、ついぞそうすることはなかった。それほど瓶を見つめる横顔は悲しそうだったから。
(……ねぇ、ドクター)
このドラムに桜を咲かせようとした、自分を救ってくれた偉大な男を思い出す。
彼ならば、きっとエアが抱える“病気”すらも治してみせたのではないか、と思う。でも、彼はもう居ない。彼の意志しか残ってはいない。
──だからこそ、自分が諦めてはいけない。
「……ドクトリーヌ、おれ、万能薬になるから。ドクトリーヌだって治せない病気も、治せるように」
一瞬呆気に取られたような顔をしたDr.くれはだったが、数瞬の間を置いて豪快に笑い出す。
「イーッヒッヒッヒッ! 半人前が何言ってんだい! そんな夢をほざく前に、まずは目の前の患者を治せるようになってみな!」
暫く笑っていたDr.くれはが不意に立ち上がる。
そしてチョッパーの方に歩いてくると、一冊の本を押し付けた。
「丁度いいから読んでおきな。最近書かれたばっかりの、心に関する医術書さ。汚すんじゃあないよ」
「……うん!」
力強く頷いて本を手に取る。
表紙に一つあった丸い滲みは、見なかったことにした。
Dr.くれはは妖怪だと思います。