妙に長くなってしまった……。
世の中には強者と弱者が存在する。圧倒的強者の前では弱者はただ従うことしかできない。
「おいおい、そんなにゆっくり歩いてたら日が暮れちまうぞ?
迷子にならないようにしてやってるんだからちゃんとついてこいよ」
「は、はい」
男女が連れ立って帰宅する光景と言えば恋人同士のいちゃつきに聞こえるが、女子高生の首輪とそこから伸びる
「いくら目印が付いてるとはいえリードはあまり長く出さない方がいい。ペットと横に並んで歩くのは歩道を実質的に占拠してしまうのは意識しとけよ?
ながーく伸ばしたリードをジョギングや子どもの自転車で巻き込ませてしまえば痛い目にあうのは飼い主やペットだけじゃないからなぁ。公園などの広いところでなら伸ばしても良しだ」
喋りながらも早足でどんどん歩いていく男を女は必死についていく。その光景を見ながら同級生たちは噂話をする。
「また転校生が
「転校生も可哀想にな。あいつの親父が議員だからって好き放題してやがる。近所にジュネスできたのはいいけどよ」
「噂だとあの娘の親族がガイアグループのお偉いさんだって聞いたぜ。強引にあいつの家に住ませてるって話さ」
「転校生は家で休むこともできないんだな」
「おかえりなさいませ、若様。
ガイア連合からのお客様が客間でお待ちになっております」
男は言伝に感謝を伝え、首輪を外して転校生と目線を合わせる。
「お願いです。
ガイア連合のお客様の前でだけは、いじめをやめさせて、もらえないでしょうか」
深く深く頭を下げる。
1秒、男にとっては永遠にも思える時間の後に少女から言葉が返される。
「 だ め 」
ズンと全身に加わる重圧。耐えきれず膝をつく。雪山に放り出されたかのように震えが止まらなくなる。
ガチガチと歯が鳴る男を尻目に女は歩きだす。
「準備してから向かうから先に応接しておいて」
「か、かしこまりました……」
霊能組織としては我が家は大したものではなかった。悪魔に効く忌避剤によって異界から悪魔が出てくることを抑制していたが、要は悪魔を退治できるほどの実力を持つ者が居なかったというだけの話だ。
完全に才能の無かった父は地方議員を目指し、父と比較すれば才能のあった俺が修行し、家を継ぐこととなった。そんななか、異界から悪魔が出てくるようになったのだ。
忌避剤の効果は悪魔や術者のレベルに左右されないが、逆に言えば忌避感を押し殺して無理矢理乗り込んでくる相手には効果がない。
そこで新進気鋭のガイア連合を頼ることとなった。
ひと目見た時、美しい女だと思った。その直後に
あっさりと異界を潰した女は言った。霊地の管理人がいなければ再び異界が生まれ悪魔が現れると。私が管理してもいいが、条件があると続けた。
俺たちはどんな条件でも飲む気でいた。例えその場で自害せよと言われてもそれで地域を守れるのであれば喜んで従っただろう。そんな俺たち、いや、俺に提示された条件はひとつ。
「あなたが私をいじめろ」
意味の分からぬまま契約し、知らぬ間に大型商業施設兼霊能力者互助施設『ジュネス』の誘致が決まり、いつの間にか彼女が俺の家に住むことになり、俺の通う学校への転校が決まった。
「というわけで、もう心が挫けそうなんです」
「うーん、なかなかの地獄絵図」
あの御方の
「どうして俺なんですかね? いじめられたいならもっと適任者がいるような」
「うーん、そのあたり話していいものかどうか。白髪鬼ネキの事情はシンプルだけど面倒くさいからなぁ……」
しばらく悩んだ末にイナバさんはこう切り出した。
「
ガイア連合の霊能力者たちは霊能とは関係のない一般家庭出身者が多いってことは知ってるよね」
「はい」
一般家庭出身者たちが突然一大勢力として成り上がったという話は聞いたことがある。
「霊能の家に生まれた人からはわかりにくいかもしれないけど、普通の家では霊能力に覚醒した人は異物なんだ。
なにしろ理解できない力を持ってるわけだからね。虐待されたり色眼鏡で見られたりと散々なものさ。
ボクも謂われのあまりないことで奇人変人扱いされたりしたもんさ」
なんと。良識的なイナバさんですらそんな扱いを受けるとは。
「人間ね、そういった環境にも心が適応してしまうんだ。ストックホルム症候群とかは聞いたことある?」
たしか誘拐犯に対して人質が好意的になるとかなんとか。そんなあやふやな知識なら持っている。
「うん。つまり心を守るために現実を歪めて受け取ってしまうんだよ。
家庭内暴力に外部から介入した時、被害者が加害者を庇うケースも珍しくないらしいよ」
現実を歪めて受け取る……。例えば、いじめられた子どもがいじめを相手の愛情表現だと受け取るように?
イナバさんがスマホを取り出して連絡先交換の画面を差し出してくる。
「どんな事情があるにせよ刃傷沙汰は嫌だからね。
もう白髪鬼ネキとは殺し合うしかねー、家や異界の事なんか知ったことかふぁっく、ってくらい追い詰められたらここに連絡ちょうだい。三方一両損くらいにおさめるように頑張るよ。
それ以外だと……愚痴なら返せるときに返す感じかな」
ありがてぇありがてぇ。いじめることで荒んだ心に人情が染み入る。
「女子高生1人いじめるだけでガイア連合から支援を貰えるってのは破格だから他の家が知れば是非にと手を上げるだろうね。
それに白髪鬼ネキはガイア連合内でも男性人気が高くて……」
「 イ ナ バ ニ キ ? 」
全身の毛穴という毛穴に鉛を流し込まれたかのようなプレッシャーに押しつぶされる。視界にあの御方の姿が映るが遥か遠くに離れるように意識が離れる。
「やあやあ白髪鬼ネキひさしぶりー」
「彼に変なこと吹き込んでない? 変な与太話で惑わせたりしてそうで怖いわ」
「そんなひどい」
ふたりの会話が耳をすり抜ける。全身を貫いたプレッシャーによって身体が死んだように重い。いや既にこの身体は死んでいるに違いない。
「ん、あれ、まずいな。あてられてる」
この身体が死んだからにはこの意識も死んであるべきであり死んでいなければおかしい。既に死んでいるのだからこの意識は死体が浮かべているものであり魂は身体から離れて身体に残った記憶ごと燃やしてもらうべき
「えいやっ」
ポンッと眼前で巨大ウサギが猫騙しをする。迷走していた思考が戻り、忘れていた呼吸を取り戻すように俺の身体が激しく酸素を吸う。
「うーん、白髪鬼ネキのせいだけじゃなくて霊的感受性の高さが災いしてるっぽいね。元は
ぜいぜいふうふうと荒かった呼吸をなんとか落ち着ける。そうだ。あの御方が現れたからにはいじめなければならない。いじめない選択肢は既に拒否されている。
「ごめんね。これからガイア連合の内輪の話をするから席を外してもらっていいかな?
うっかり知りすぎると大変なことになるからさ」
ああ、いじめをしなくていいように配慮してもらっている。あの御方も冷たい視線だが引き止める気はないようだ。
失礼にならないように振る舞いながら席を離れる。そのまま自室へと帰る。唯一心を穏やかにできる場所、俺に残された聖域だ。
布団に倒れ込みたい誘惑をねじ伏せ、机に向かう。コルクボードにあの御方の写真や付箋、メモを貼り付けてある。ウェビングと呼ばれる思考整理法で刑事が捜査などで使う方法だ。
次のいじめについて考えなければならない。同じいじめかたを繰り返すだけではあの御方に飽きられてしまう。あの御方の興味を失うということはこの地域の霊能守護を失うことを意味する。
更にはあの御方がどこまでのいじめを受け入れるかの境界を探らなければならない。言うなれば龍へのマッサージだ。ある程度の強さが必要だが逆鱗に触れた瞬間に俺は殺される。
いや、俺が殺されるだけならば許容できる。だが「ガイア連合の黒札から見放された家」に対して他の組織がどう動くか。ガイア連合へのご機嫌取りに潰しにかかる。そうでなくともできるだけ距離をとろうとするだろう。
そしてもうひとつ。「あなたが私をいじめろ」という言葉には「あなた以外がいじめる」ことを含めていない。いじめに便乗して他の生徒がいじめに参加するなどとなったらどうなるか。
いじめつつ他の生徒の動きを牽制しなければならない。
このいじめには俺の命と地域がかかっている。
ふと写真の彼女と目が合う。美しいと感じる。もし霊能などとは無関係な形で出会っていたら、ただの高校生同士でならばどんな高校生活になっていただろう。
「見た? 見た? 格好いいでしょ彼〜。生真面目なんだけどそれだけじゃなくてね。
いやーイナバニキから見てもイイ男でしょ? でしょでしょ?」
いやほんとゴメンね。彼に白髪鬼ネキのこの姿はまだ早いんだ。
「うん。しばらくぶりだけどこれならいい答えが聞けそうだね?
進捗はどうですか?」
クネクネと不思議な踊りをしていた白髪鬼ネキの動きがピタリと止まる。ギギギとブリキのおもちゃのように動きが硬くなり、深く頭を下げる。
「なんのっ! 成果もっ! ありませんでした!!」
だろうねぇ。知ってた。
白髪鬼ネキはガイア連合内でもかなりの武闘派だ。視線や声に魔力を通す事を得意としているスピードアタッカーだ。
『雄叫び』をあげれば敵の攻撃力を下げ、視線によって石化させる『ペトラアイズ』を操り視線そのものに魔力を通すことで目からビームを放つ。身体に魔力を通しながら闘う感覚系能力の天才だ。
感覚で使う能力は知識と技術による能力に比べて暴発しやすい。能力に目覚めたばかりの初心者や精神の安定性に欠ける子どもがポルターガイスト現象を起こしてしまうことなんかは有名だろう。大人になり精神が安定し能力を使い慣れれば暴発を起こすこともなくなる。
だが、そこに例外も存在する。
例えば、
一目惚れした相手と触れ合いたいが赤面した瞬間に殺してしまいかねない哀しいモンスターである。恋する乙女の熱視線(物理)であの人のドキドキが止まっちゃう♥ ひどい話だ。
いじめられることによって意識をずらさなければ殺してしまう。そんな状況にしてでも彼に近付きたいという恋心がスゴい。
彼に慣れれば少しは制御できるようになるかと思いきやダメダメな状態である。
「そんな白髪鬼ネキにお手紙が来ております。
まずはショタオジから。
『おかげで自分に自信を持てました。断る時の文句に使っていいですか?』
ショタオジに恋愛ごとでマウントとられるとか恥ずかしくないの?」
「ぐうの音も出ねぇ……」
orzの体勢で粛々と聞く白髪鬼ネキ。ショタオジの数少ない弱点より下とか……。
「続いて医療ニキからです。
『早く告白しないと恋愛に興味ありませんよって顔をした人に突然横から持ってかれるよ?』
いじめさせるだけで婚約とかしないから……」
「そうなったらカップルを見守る観葉植物になるから……。三日三晩泣き喚いて八つ当たりであちこちの異界を潰しまわって気持ち切り替えるから……」
どうかなー。何かあるたびに勝手にダメージ受けてそうな気がする。
「金メッキネキ1号2号からね。
『#白髪鬼ネキは現地民に恋をしている #私たちは現地民を愛でている
そこになんの違いもありゃしないんご』」
「違うのだ! ……違うの?」
うーん。向こうは女同士だけど、友愛と恋愛の境界とか判断に困るからね。
押し倒されたときに受け入れるかどうか?
「彼に押し倒されたらかー、…………彼だったものが周囲にぶち撒けられた!」
目を閉じて妄想した瞬間に妄想の中で恐ろしいことになったらしい。現実じゃなくて良かったね。
「えー、最後に性欲魔神ネキから。
『彼に性的ないじめをうけたらどうなるのか。気になります!!!!!』
ホントに自分の欲に忠実な人だよこの人」
「ちゃんと対策は考えてあるよ。
えー、ここに反魂香があります」
うっかり殺っちゃっても大丈夫って? 彼は1レベル未満、最近流行りのDレベルでも2だからうまく蘇生できるかわからないよ?
「最初にこうして」
指を自分の頭に突き入れるジェスチャーをする白髪鬼ネキ。
「終わった後に蘇生してくれれば万事解決じゃない?」
青少年の心に大きな傷を作るんじゃありません。いくら性欲魔神ネキでもドン引くよ……引くよね? たぶん。
恋愛かー。そういや悪魔のイナバシロウサギが復活したから縁結びの権能を使えるようになったけど使う? 何故かみんなに断られてるけど。
「縁結びとかできるの? やってやって」
よーし。ペルソナから悪魔の方にアクセスしてっと。
まあ逸話の通りだと最終的に結ばれるけど男が兄弟にぶち殺されたりしてるけど、些細なことだよね?
「『
うわっ、危ないじゃないか白髪鬼ネキ。何をするんだ。
「ぶち殺されるってどういうこと?」
権能の元となった逸話でオオクニヌシはイナバシロウサギから予言を受けるが、先にヤカミヒメにふられていた兄たちによって謀殺されるのだ。その後生き返って兄弟で仁義なき殺し合いをしまくり、国を統一するものの最終的にアマテラスにいいとこ取りされる。ちなみに妻が他にもいたりする。
まあ完全に逸話を再現する訳では無いから運が悪いといくらかなぞるかもねってくらいで害があると決まったわけでは……。
「やめなさい」
はい。いや縁結びとしては縁起悪いと思うんだけどね。なんでこのイナバシロウサギは縁結びの神になったんだろ。
「そういや白髪鬼ネキの家族ってこの家への居候をどう考えてるの?」
「ん、パパは心配で反対してたけど、ママは『きっちり捕らえてきなさい』ってさ。どうしたの突然」
いや? ちゃんと白髪鬼ネキとは関係のない話って言ったから彼が何か勘違いしててもボクは悪くないよねってだけの話だよ。
白髪鬼ネキ:素手でも悪魔を引き裂けるのでガイア連合発足時から活躍。目からビームを撃てるので黒札男子に人気。
イナバ:日本神解放が終わったので顔を出しに来た。白髪鬼ネキがこの地を担当すると言い出したときにジュネス建設などを相談されたので右から左に投げた。
ショタオジ:状況を聞いて爆笑した。
いじめるヤバイ奴:いじめを主軸にしたいじめ頭脳バトルといじめ能力バトルと肉弾戦の融合した作品。主軸さえしっかりしていれば何をしてもいいということを教えてくれた。1話のいじめがキツイのでいじめが苦手なら2話から。それでもキツイなら修学旅行編(24話)から入って漫画の雰囲気を理解してから読み返すと良い。完結いじめ。マガポケにて公開中。