真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第十話

 コーヒーにせよ、紅茶にせよ暖かい飲み物を入れるにはカップを温めておくのは常識だ。もちろんお茶も例外ではない。今飲む茶葉は煎茶なので、八十度くらいの温度がいいだろう。沸かす水も硬度の高い水を使わず、軟水を使うこととが大事だ。お茶の成分に反応して、味も香りも減少してしまうからだ。特に外国産のミネラルウォーターなどはカルシウム、マグネシウムを多く含んでいるため、お茶を入れるのには適していない。

 人数分の茶葉を急須にいれる。お茶の葉は当然乾燥している。急須にお湯をいれ茶葉に水分を吸収しさせていくと旨みの成分が出てくる。これを〝お茶の葉が開く〟 という。お茶は人数分の湯飲みに回し注ぐのが鉄則というのもここにある。つぎ始めは薄く、最後になるほど濃くなるので一人分を一気に注いでしまうと、味に偏りが出来てしまうからだ。

 久しぶりなので、心の中で思い出し確認しながらお茶を入れていく。

「どうぞ、揚羽さん」

「うむ。良い香りだ」

 狩られた紅葉が少しの緑を取り戻しただけのどこか寂しい風景、その中に佇む川神院のとある茶室。九鬼揚羽、川神鉄心、川神百代、前口慶一の四人が顔を合わせている。

 肌寒くも温かい早春。

 お茶を一口飲むと、喉から胃へ温かい液体が通っていくのを感じた。

「揚羽さーん。また、戦ってくださいよー」

「しょうのない奴だ。戦いばかりではなくお茶を楽しむということも大事だぞ」

「そうじゃぞモモ、お茶の席くらい戦いのことは忘れんか」

「うぅ~。定期的に戦わないと、モヤモヤするんですよぉ」

 百代はテーブルに張り付くように腕を伸ばしてうな垂れる。おもちゃを買って貰えず拗ねている子供のような顔に年不相応な無邪気さを感じ、慶一が笑みをこぼした。

「なに笑ってるんだよ」

 隣に座っている慶一に、膝をコツンと合わせ不服を唱える。

 慶一は気にするなと、その膝を数回手で叩いた。

「フハハハハ! 仲が良さそうでなによりだ」

「フォッフォッフォ、兄弟のように毎日喧嘩しておるよ」

「兄弟と言えば、一子と百代が喧嘩してるの見たことないな」

「当たり前だ。仲良しだからな」

 得意げな笑顔を見せる。それだけで、百代がどれだけ一子のことを大切にしているかが見て取れる。

「うむ、姉妹仲が良いのはいいことだ。我も妹がおってな、とてもキュートだぞ」

 妹のことを思い浮かべたのか、優しい笑顔を浮かべる。

「揚羽さんの妹ですか。やっぱり似てるんですか?」

「なんだ慶一も会ったことがないのか?」

「タイミングが合わなくてな。何百回と九鬼家に通ってるけど一回も顔を合わせたことはないな」

 慶一が九鬼家で利用するとなると主に調理場、あとはそこを辿るまでの廊下に応接間くらいだった。九鬼家の人間が来るべくして来るところでもないので、大抵は揚羽さんどころか英雄にも会うことすら少ない。

「紹介してくださいよー」

「目の付くとこで会わせないと大変なことになりますよ」

「紋には優秀な従者が二人も付いているから大丈夫だろう」

「どういうことだ! 揚羽さんも心配しないでくださいよぉ」

「日ごろの行いじゃな。来年は三年になることじゃし、もうちょっと落ち着いてもよい頃じゃろ」

 自分の長い髭を手入れするように優しく撫でながらも、少し真面目な目で百代を見つめる。それに気付いた百代だが自分に非があることは理解しているらしく、口を尖らせてまたテーブルに張り付く。

「まったく。少しは一子の素直さを見習ってほしいわい」

「今日は妹にも舎弟にも逃げられて不貞腐れてるんですよ」

 揚羽さんの空になった湯飲みにお茶を注ぐと渦巻いた湯気が香りを運んでくる。

 それを楽しむようにゆっくりと口へ運ぶ。少し濡れた唇が桜の花びらの様に薄く色をさし、斜陽に艶めかしく照らされた。

「ん? どうした慶一」

「いえ、ちょっと早春の桜を楽しんでました」

「フハハハハ、我を口説くには十年早いわ」

 少しは照るかなとも思ったが豪快に笑い飛ばされる。

 痛みが来たのは乾いた音の後。

「気に食わんー、揚羽さんの前で猫を被ってるのが気に食わんぞー」

 続けて数回背中をバシバシと叩かれる。

「敬うべき相手には敬うぞ。それに揚羽さんは年上だしな」

「私も年上だぞ。不公平じゃないか」

「そう思うなら、もうちょっと大人の女性らしくして欲しいわ」

「じじいみたいなこと言うなよ、説教はもう充分だぁ」

 今日はチクチクと小言を言われてるのが効いてるのか、叱られた犬のように悄然としている。

 だからだろうか、一子の頭を撫でるように自然に手が伸びた。手を動かすたびに絹のように柔らかい黒い髪がさざ波のように揺れる。

 一瞬目が合ったが、特に気にする様子はなくなすがままに身を任せていた。

「ほっほっほ、モモを飼い馴らすとはなかなかやるわい」

「黒豹を撫でてるような緊張感が癖になりそうです」

「一言多いんだよ!」

 百代が勢い良く体を起こすと、頭に乗せていた手がはじかれる。

「本に仲が良いな」

「舎弟の大和ってのには、もっとべったりですよ」

「うむ。支えてくれる者が多いのは良いことだ」

「それにしても、肩出して寒くないんですか? まだ冷えるでしょう」

 この時期に似つかわしくないノースリーブのパンツスーツ姿は、慶一にはとても寒そうに見えた。

「寒いと思うから寒いのだ! 暖かいと思えば体温は上がるぞ」

「モモじゃないですけど、精神鍛錬はしたくないもんですね」

「それじゃったら、川神院の修行に参加するのもよかろう。体を動かすと直ぐに暖っまるぞい」

「体を壊すのはちょっと……」

「揚羽さんもよくこんな根性なしを気に入ってますね」

 矛先が慶一に向いた途端に百代が会話に混ざってくる。

「一芸一能、肝も据わってる、自分を曲げないところも魅力だな」

「でしょうね」

 慶一は一言一句に頷き満足そうに腕を組む。

「謙遜は美徳だぞー」

「褒めてもらったことを謙遜してもなんにも生まれないからな」

「うむ、こういうところも気に入っている」

「それにしても、モモから謙遜は美徳なんて言葉が出るとは思わなかったな」

「いちいち突っかかる奴だなー」

 気付けば春の夕暮れは、しつこく居残る冬の冷たい風を運んでいた。

「さて、我はそろそろお暇するぞ」

 そう言い揚羽さんは川神院を後にした。

 友人との別れは、なんとも言い難い喪失感に襲われる時がある。その時が楽しければ楽しいほどぽっかりと穴が開く。その穴がちょうどこの夕闇に溶けて混じりそうだと浸ってみると、何故か子供の声でバイバイと別れの挨拶が聞こえた気がした。

 

 

 その日の夜は艶めいた春の夜だった。発情した猫の赤ん坊のような鳴き声が闇を切り裂いている。窓に吹き付ける強風が隙間を抜けて蝋燭の灯を不安定に揺らし、消えるかと思い目を凝らすと途端に一層強く燃え上がる。

 丑三つ時に秘密基地でこそこそ響くのは男達の声。

「そっち捨てるのか?」

「オレ様はこっちの女優の方が好みだからな、同じような内容の物を残しておいても見ないからな」

 本来〝いる〟 〝いらない〟と二つの山を作るはずが、片方の山だけがピンクに膨らみ崩れ広がっていた。

「……やっと一個処分が決まったね」

「わざわざ夜中に選定する必要があるかねぇ」

「昼間だとファミリーの女子連中の目があるだろ! ……これもいるな、胸がタマランぜ」

 男の遊艶地やら性器に拘る今世紀とか、エロ本のキャッチフレーズというのは何故言葉遊びが好きなのだろう。

「これは表紙は女優だけど中身ほとんど漫画だったからいらないな」

「それじゃ、モロが持って帰るよ」

「勝手に決めないでよ!」

 また一つ雑誌とDVDが乱雑に積まれている山にDVDが積み上げられる。

 その内の一つをモロが手に取りまじまじと読み取る。

「この女の子素人物に出てるのに、別タイトルではしっかり女優名出てるね」

「意地の悪い神経衰弱みたいだな」

「モロも慶一も観賞させる為に呼んだわけじゃねぇぞ」

「普通は新学年前に整理するって言ったら、教材とか気持ちの整理だと思うけどな」

「前かがみでそんなこと言っても説得力がないぞモロ」

「男なんだししょうがないでしょ! そこは触れないでよ!」

「……文字だけ見るとガクトがモロのモノを触ってるみたいだな。お? これは新作か」

 パッケージを見ると、キャミソールを着た黒髪の女優が谷間を強調するように突き出し座っている。

「それは見たし、気にいったんなら持っていってもいいぞ」

「モモに見つかるとからかわれそうだしやめとく」

「あはは、居候は苦労するね」

「川神院では、黒髪ロングとスポーティーなポニーテールは御法度だな」

 時計の針は眠たそうに四時前を指している。街もまだ微睡む空色に包まれ、時折反射する鳥の鳴き声に寝返りをうっているようだ。

「うーむ、結局一晩じゃ選定しきれなかったな」

「ガクトは悩みすぎだよ。ほとんど処分しないんじゃない」

 悩めば観賞し、観賞すれば結局残してしまう。不毛な時間を過ごした三人は、疲れと眠気で瞼重くソファーに寄り掛かっている。

「三人とも性的趣向が違うんだし、意見なんて参考にしたらそら残るよな」

「これだけあるのにまた新しいの欲しくなるんだから、煩悩って言うのは恐ろしいぜ」

「雑誌にしてもDVDにしても量に対して使える箇所は微々たるものだからな」

「男同士の時にしか出来ない会話だね」

「オレたち三人だと大抵エロ関係の会話だな」

 立ち上がり体を伸ばすと関節からコキコキと音が鳴る。

 立ったついでにお茶を淹れようと思ったが、パックのお茶しかなかった。普段なら気にも留めないが、昼間に拘ったせいかどうも不満が出る。それでも、他に茶葉がない以上これを淹れるしかないのだが。

「ほら、茶」

「ありがとう。この時期はまだ温かいお茶が美味しいね」

「どうせ直ぐに制服も冬服じゃ暑くなるんだろうけどな」

「オレ様はやっとかぁ、感じだけどな。夏が待ち遠しいくらいだぜ」

 先ほどより太陽の光が自己主張を始めている。部屋の明かりは蝋燭だけではなくカーテンの隙間からの光が線上に輝いている。

「さて、朝飯作らないといけないしそろそろ帰るか」

「大変だねー。僕は帰ったら直ぐ寝ちゃいそうだよ」

「こうやって長期休みは昼夜逆転してくんだろうな」

 

 

 

 

 

 

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