真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第百話

 待ちきれないという気持ちは足取りに出る。軽快な足取りで学食に向かった慶一は、必要な道具を借りると、空き教室へと向かった。

 昼に宇佐美から食材を見せられてからというもの、慶一は午後の授業に身が入らなかった。

 調理道具をいそいそと広げていると、「なんか某ヒゲのオジサンのゲームに出てきそうな形のキノコだね」と弁慶が呟いた。

「ザ・キノコって感じのが本しめじだからな。傘に張りと丸みがあって、柄にも丸みがあるずんぐりむっくりしてるこれがベストの状態」

 言いながら慶一は鼻歌でも歌いそうな手付きで“本しめじ”の汚れを、水を張ったボウルで洗う。

「慶一があんなにテンション上がってるなんて、高かったでしょ。ヒゲ先生」

 大和が聞くと、宇佐美は人差し指を立てた。

「一万だ……二パックでな。いくら天然物とは言え……松茸と比べればましか……」

 そして、若干の後悔が残るため息を落とした。

「野生の本しめじで、この大きさとこの形……そして、この傘の収まり具合。むしろ安いくらいですよ」

 慶一は変わらずウキウキとした手付きで、本しめじを切った。

 少し肉厚気味にするため縦に三分割に、それをアルミホイルで作った器に入れ、多めに塩を振りかける、少量のお酒も入れる。

 それを三つ作ると、フライパンに並べて蓋をして火にかけた。

 ある程度料理が進むのを見計らって大和が声を掛けた。

「そんなに違うものなの? 最近じゃスーパーで見かけることもあるけど」

「そりゃもう全然違う。でも両方美味しいぞ。ただ、菌根菌だからな。そもそも菌根菌ってのは栽培自体難しいんだよ。なぜなら生きている木で育つキノコだからだ。有名なところでは松茸とかトリュフとか――」

「はいはい、講義はこんどゆっくり聞くよ。長くなりそうだし」

 大和は慣れたようにあっさりと話の流れを聞いた。

「自分から聞いてくせに……だいたいなんで大和と弁慶がいるんだよ」

「直江は夏休みの間に手伝いを頼んだからな。そのお礼だ。そっちのお嬢さんは知らん」

 宇佐美は顎をしゃくって弁慶を指すが、帰れという気はなかった。

 そもそもこの空き教室はだらけ部で使っている場所なので、弁慶がここに来るのはわかっていたようなものだ。

「昼休みにたまたま慶一を見かけたら、そりゃもうワクワクして歩いてたからね。気配を殺さなくても気付かれないくらい。チャイムが鳴ると同時に、この空き教室へ」

「まぁ、宇佐美先生がいいならいいんだけど」

「いいのいいの。たまにはいい先生ってのも演じておかないと。……二パック一万円だけどな。四人で割ったとして、おじさんの口に入るのは二千五百円分か……」

「今ひとつ演じきれてないねぇ。まぁ、感謝感謝」

 弁慶は仏でも拝むように、宇佐美に向かって手を合わせた。

「それじゃあ、オレもお供え物でも……」慶一はフライパンの蓋を開けると「酸味の強いかぼすもいいけど、ここはやっぱり香りの強いすだちかな……」と半分に切ったすだちを添えて、アルミの器をそれぞれの皿に乗せた。

「おぉ、これなら宇佐美先生の財布の傷みも癒えるんじゃない?」

 大和は光沢ができ色味の増した本しめじの酒蒸しに舌鼓を打った。

「そうだろう、そうだろう。絶妙な加減の量の酒は完全に染み込み、火を通しすぎず旨味は逃げ出してない。わかるか? 決して煮にはしない蒸しにした状態。我ながら完璧の蒸し具合だ」

「すだちを絞って、一切れパクリ。そして、川神水をグイっと……ふぅ……いいねぇ」弁慶はたまらないと言った風に細く息を吐くと、一切れ箸でつまんで大和の口元に持っていった。「ほら大和も食べてみるといい。あーん」

 大和は餌を待つひな鳥のようにあーんと口を開けると、「酸味が味を引き立てるね」と美味しいと頷きながら咀嚼した。

「せっかく説明してるのに、完璧の無視具合だな……」

「いいじゃないの。おじさんなんか、出費者なのにこの扱いよ。二パック一万円なのに……。でも、本当うめぇな、これ。プリプリで味は濃厚。味付けが塩と酒だけってのが信じられないくらいだわ」

「あっさりも美味しく、こってりも美味いってのが。本しめじに限らず、キノコの武器ですよね」

 三人が酒蒸しを食べている間に、慶一はフライパンを熱した。すると、すぐさまバターの濃厚なコクのある匂いが蒸気とともに広がり始める。

 バターが溶け切る前に、肉厚にするため二等分に切った本しめじを投入し、両面に焼き色がついたのを確認すると火から外して、フライパンを軽く降って温度を下げる。

 バターの香りに混ぜるように醤油を回しかけ、醤油は焦がさないように弱火で少し温める。

 焼き目に絡みつくバターと醤油の照り、それがなにより香ばしく、想像に容易い濃厚なキノコの旨味を含む香気がむせ返るほど漂う。

「できたぞ。熱いうちに汁までグッといってくれ」

 慶一は皿に盛ってそれぞれに渡すと、横で茹でていたパスタのお湯を捨てるために少しの時間だけ席を離した。そして、戻ってくる時にはすっかり皿が空になっていた。

「バターと醤油の最強コンビに、たった一人で対抗できる本しめじの味の濃さって凄いな……」

 大和がしみじみとこぼした。

「確かに。でも、味は濃いけど癖はない。いくらでも食べられそうだ」と、弁慶は自分の唇を舐めた。その唇についた味で、川神水を一杯ぐいっと飲んだ。

「おじさんは、川神水より本物でぐいっといきたいね」と言いながら宇佐美は川神水をあおった。「ところで、前口よ。オマエは食べなくていいのか? 四人で二千五百円はおじさんのシャレだぞ」

「遠慮してるわけじゃないですよ。本しめじは前から食べたいと思ってた。というより、一子に食べさせたいと思ってたんですよ。どうせなら一緒に食べたいという。今日はいい予行練習ですよ」

「一子ちゃんは愛されてるねぇ」弁慶は「ところで……」と、一つだけ残っている本しめじに目をやった。

「これもすぐ調理するって」

 食感を楽しむために乱切りにすると、まだ洗っていないフライパンを熱する。ふつふつと水滴が沸き立ち、バターと醤油の匂いが再び漂い始める。

 フライパンに残っていた汁でしめじを炒め、そこにパスタを投入し充分に絡めると、バター焼きが盛られていた皿によそった。

 仕上げに彩りと風味のために千切りにした大葉を散らす。

「個人的にはクリームパスタが最高だと思うんだけど……今日はシンプルにということで」

 大葉をくわえるだけで、同じバター醤油でもまったく匂いが変わる。

 あっという間に平らげて、ごちそうさまと三人は畳の上で横になった。

 慶一は料理と食事の後始末をしている。そのカチャカチャする音も、満腹の三人にとっては心地よいBGMになっていた。

「オジサン、飲兵衛セットに満足よ。あっさりからこってり、締めの麺類まであるとは。……酒が飲めれば完璧だったな」

「本しめじでテンション上がってて忘れてたけど、苦労して集めた食材って言ってませんでした? 本しめじだけ?」

 慶一はどうせならもう少しなにか作りたかったと不満に思っていた。

「第二弾はまたそのうちにってやつだ。苦労して集めたのは人脈だよ。旬の関係とかで、まだ届いてないしな。届いたらまた頼むわ」

 宇佐美は眠そうにあくびを響かせる。

 大和と弁慶に至ってはもう既に寝ていた。

「ここで無理しても、梅先生には評価が伝わらないと思いますけどね」

「高級な味を食べるのも社会勉強だろう。美味いものを食って横になる。だらけ部にはぴったりだ。なかなかいい顧問だろ?」

 宇佐美はおどけるように肩をすくめると、そのままの寝難そうな格好のまま寝息を響かせだした。

 慶一は調理道具と食器を持つと、静かに教室を後にした。

 

 

 洗い物を済ませ、食器と調理道具を棚に戻した慶一はぶつぶつと独り言をこぼしながら廊下を歩いていた。

「一子に食べさせるとなると茶碗蒸しかなぁ、そうなると餡はやっぱり銀餡で……。食感が寂しいから根野菜も欲しいな」

「納豆」

「やっぱりご飯物も欲しくなるだろうな……炊き込みにするとしたら、味を邪魔しないえのきを足すかな。土鍋で炊いて、金胡麻と三つ葉をちらして……」

「納豆だってばぁ」

「生麦生米生卵とくれば、隣の客はよく柿食う客だ。しかし、バナナの謎はまだ謎なのだぞ。絶対食べたくない赤炙りカルビ、青炙りカルビ、黄炙りカルビ」

「前口君やい、もしかしなくてもわざと無視しているね……」

 燕はよよよと顔を手で覆い、わかりやすい鳴き真似をする。

「なんか嫌な予感がしたもので」

「ノンノン、良い予感に決まってるよ。ズバリ! 味見させて、病みつきにさせて、いつのまにか世界を牛耳っちゃおうキャンペーン第二弾! のお誘いだよ」

「第一弾のせいで、オレは学食に売られたわけですが……。また恨めと?」

「またまたご冗談を。楽しんでるくせに」

 燕にニシシと笑われ、そのとおりの慶一は返す言葉もなかった。

「言っておきますけど、もう勝手に売るとかはできないですよ」

「正式な話だよ。学食と松永納豆の融合。つまりコラボだよ。わかる? コラボレーション。CMからゲームまで、お菓子から飲み物までも! 野球チームさえアニメとコラボのこの時代! この世はありとあらゆるものがコラボをしている世の中だよ」

「じゃあオレも沈黙とコラボすることにします」

 慶一は燕に背を向けて足早に去ろうとするが、驚くほどたやすく捕まってしまった。

「まぁまぁ、待ちなさいって」

「本当にもう納豆はネタ切れですよ」

「ネバーギブアップだよ。納豆だけに」と燕が得意げに笑う。

「お疲れさまでした」

「あーうそうそ! 今回はちゃんと考えてあるんだって」

 燕はどこからともなくスタンプを取り出すと、慶一の手の甲にポンッと押した。

 慶一が押されたのは、燕の顔がアニメ調にデフォルメされた可愛らしい絵だった。

「なんですかこれ……納豆のオマケにでもつけるんですか?」

「甘いね。前口君が昨日作ったキウイのレアチーズケーキよりも甘い考えだよ」

 どこかで聞いたことあるというよりも、今日言ったことのあるセリフに慶一は頭を抱えた。

「聞いていたと……。それで、何を抱き合わせにしろと?」

「話が早くて助かるよ。じゃっじゃーん」と燕が取り出したのは、藁納豆だった。「特S松永納豆だよ。前口君スタンプが押された特S食券を持つ者が、さらに松永納豆を十パック買うと押して貰える、ニコニコ納豆小町スタンプ。二つが揃うとようやく手に入るレア物! それが特S松永納豆だよ!」

「松永納豆を十パックも買う人は、普通に特S松永納豆も買うのでは?」

「わかってないなー前口君は……。悲しいことに、今や松永納豆は見慣れたものになってしまったのだよ」

「松永先輩は親しみやすいですし、同じく納豆もある程度浸透しきちゃったんじゃないですか?」

「あら、ありがとん。でも、それじゃあダメなんだよ。インパクトがないと。そこを補うのは、ズバリ前口君印の特S食券! だいたい一緒に始めた商売なのに、一人だけ儲けてるのはずるいと思わない?」

「おやおや……おかしなことを言う人だ」

「だって解散の一言もなかったし、前口君が学食で働いている間、私は言われたとおり衛兵として学食いるんだよ」

「たしかに頼みましたけど……あれは納豆布教で学食をうろつくついでじゃ」

「そう! そこだよ! やることは同じ納豆布教。改めて手をつなごうって話だよ。ね?」燕は可愛らしく首を傾げた後、不気味に口の端を吊り上げて笑った。「そうすれば、衛兵も見逃すよ。勝手に調理道具持ち出したこととか、某空き教室で、許可もなく火気を使ったこととか……。それに、前口君にとって損はないわけだし、いずれ納豆小町の名前も貸してあげるからさ」

 慶一が手を握ると、燕は満足気に頷いて「詳細はまた」と言い残して去っていった。

 しばらく慶一がぼーっとしていると、「どうしたの? 黄昏れて」とモロが通りかかった。

「最近、皆オレの扱い方に慣れてきたような気がする……」

「最近じゃなくて、もっと前からだと思うよ」

 

 

 

 

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