真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第百一話

「葉桜先輩と京極先輩が? まぁ、一緒にいたら絵になる二人だろ。なんか問題あるのか? ……絶対ないだろ」

 慶一は学校の廊下で突然声を掛けられた井上にそう答えた。

「いやいや、結構大事な話よ? オレにとっても。お似合いの二人ってのは、世間にも認められたってことだぞ。あの俳優と女優とか、ぐりとぐらとか、カレーと福神漬けとか。まぁ、今となっちゃ慶一とモモ先輩ってのもお似合いの二人ってわけだ」

 井上はさも当然だという満面の笑みを浮かべながら、慶一の両肩に手を置いた。

「媚を売ってもらってなんだけどよ……。世間に認められるのは、お似合いじゃなくてロリコンとしてだぞ」

「なんでオレの考えがわかった!? さてはエスパーか? エスパーなら、いまからオレが相談したい内容がなにかもわかるだろう。困ってるんだ、オレ……。助けてくれよ、風間ファミリーってことは、慶一も万事屋みたいなもんだろう?」

「万事屋みたいなのは井上だろう。だいたい困ってるのはオレだよ。助けて欲しいのもオレだ。だから助けてもらう。頼んだ、ゲンさん」

 今度は慶一がゲンさんの両肩に手を置いた。

「なんでオレが……面倒事に関わるのはごめんだ」

「そう言うなよ、源。思い出してみろ。オレ達は皆赤ん坊から生まれてきたんだ。最初の恋の芽生えは、年端も行かない女児だったはずだ。つまりオレは子供のように純粋。純粋な気持ちは失っちゃいけないはずだ」

「そんなわけあるか……。普通の愛だ恋だのの相談も苦手なんだ。そこに犯罪臭が混ざったものなんか相手にできるか」

 ゲンさんは相手にしてられないと身を翻すが、井上の真摯な声に足を止めた。

「いいや、目を閉じれば思い出すはずだ。あの頃の気持ち。男は皆一度ロリに恋をしてたはずだ。そうだろう、源。思い出せ、あの頃の淡い恋心を。目を閉じれば思い出すはずだ」

 ゲンさんは井上の言葉に一瞬目を閉じてしまった。当然まぶたのスクリーンに映るのは、今よりももっとあどけない子供の頃の一子だ。

 同じ孤児院で育った一子。密かに思いを寄せるゲンさんの耳には、思い出すだけで今でもあの時と同じ声で「たっちゃん」と呼ぶ声が聞こえてきていた。

「たっちゃん見て! 折り紙でツルが折れるようになったわ!」「たっちゃん! あの木まで競争よ!」

 ゲンさんの思い出の脳内旅行は、慶一の「――たっちゃん。……たっちゃんてば」という声によって、現実に強制送還されてしまった。

「な、なんだ!? だいたい、誰がたっちゃんだ」

 取り繕った影に見える僅かな焦りを見逃さない慶一は目を鋭くした。

「なに考えてるか丸わかりだって。言っとくけど、その不器用なとこと、素直じゃないとこを直さない限り、絶対に一子は嫁に出さないからな」

 ゲンさんが慌てて反論しようとするが、それより早く井上の言葉によって遮られてしまった。

「そこでオレが手に入れたのが、川神に伝わる伝説のお菓子。その名も『ブラックロリータ』。三〇歳まで童貞を守り魔法使いと呼ばれ、五〇歳まで童貞を守り賢者と呼ばれ、九〇歳まで童貞と呼ばれ神と呼ばれし、ロリコンが作ったという食す者すべてに若返りを与えるお菓子だ」

 井上が高々と掲げたミルク風味のソフトクッキーを、ゲンさんは素早く取り上げて、慶一に投げ渡した。

「結局ただのロリコンじゃねぇか……。危ないものを持ってると学長に絞られるぞ」

「おい、それはロリコニアへの扉を開く鍵だぞ! 返せよ。……足だろうが! 両腕だろうが! ……心臓だろうがくれてやる。 だから! かえせよ! たった一つの鍵なんだよ!」

 あまりに非道な行為に腰砕けになった井上は、すがりつくように慶一の制服の裾を掴んで訴えた。

「その真理の扉を開いたらヤバそうだから、オレが預かっとく。……というか捨てとく。今、こういう食べ物を流行らされたら、全部オレにお門がまわってくるんだよ。犯人はオレじゃないかってな」

 慶一は用心深く制服の上着の内ポケットにお菓子をしまった。

 そして、廊下に倒れ込んで動けなくなってる井上をあとに、ゲンさんと二人で歩き出した。

「なんだ、まだあのおにぎりの件について、学長に怒られてるのか?」

「いや、それはもう禊は済んだんだけどさ。これ以上疑いがかかると、学食で自由が効かなくなるんだよ。せっかく七浜まで屋台を引かずに、川神先輩と二人で過ごせる時間が増えたってのに、学食で稼げなくなったら時間が減るだろ」

「聞いてもいないのに、お熱いことだな。そのお菓子を川神先輩に食べさせて、一騒動とか起こすなよ」

「今更食わせるか。ゲンさんは知らないだろうけど、オレは子供の頃から川神先輩に惚れてんだ。子供時代に戻れるなら考えるけどよ、どっちか片方が子供に戻ってもつまんねぇって」

「ちっ……のろけを聞く趣味はねぇよ」

 去っていく二人の姿に向かって叫ぶ井上の声は、とても不気味に学校中に響き渡った。

 

 

 そして、夕方。ゲンさんに今後の学食のメニューについて相談をしていた慶一は、いつもより遅い時間に川神院へと返ってきた。

「もう! 遅いわよ、慶一! お腹がペコペコだわぁ……」

 犬耳のように尖って見える髪の毛をしゅんとさせ、一子は慶一の制服を引っ張ったり、手を引っ張ったり、まとわりついた。

「連絡をくれれば、お菓子でも奢ったのに」

「私もそう思ったのよ。でも、大和がそんなの慶一に甘え過ぎだって……」

 一子がさみしげに頭をうなだれると、慶一はその頭を優しくなでた。

「軍師め……余計な助言をしやがって。一子が自立したらどうすんだよ」

「ちょっと! 慶一!! バカにしないでよね! 自立ならできるわ! ほら!」

 一子は腰に手を当てると仁王立ちになって、自慢気に鼻をふくらませて慶一を見た。

 たまらず慶一は一子を軽く抱きしめると、甘やかし以外なにもない感情で一子の頭を撫で回した。

「まったく……一子には敵わないな」慶一は制服の上着を脱ぐと、一子に夕飯前の腹ごしらえを作ろうと調理場へと向かった。「そうだ、、ゲンさんからもらったお菓子が入ってるから、我慢できなかったら食べていいぞ」

 そう言った慶一は、井上から取り上げたお菓子の存在などすっかり忘れていた。

 

 

 そして、翌日。朝の通学路。

「信じられない……」と現実的思考の大和がつぶやいた。

 それに満面の笑みで「なにが?」と返したのは慶一だ。

 普段は朝食の後片付けなどで、風間ファミリーとは一緒に登校をしない慶一だが、この日は違っていた。むしろ、誰よりも早く家を出て、他の風間ファミリーが来るのを待っていた。

「慶一が肩に担いでるものだよ……。気合の入ったお弁当を担いでいる以外で、そんな笑顔の慶一を見る日が来るとは」

「あうぅ……慶一ぃ。やっぱり恥ずかしいわぁ……」

 ロリっという擬音が付きそうな一子が、慶一の肩の上から思わずこぼした。

「なにが恥ずかしいものか! 子と親。肩車をするなんて当然のことだ!!」

 大声で叫ぶ慶一の背中を、百代がどついて止めた。

「朝からずっっっっとうるさい!!! もっと言うことが他にあるだろう!!」

 思ったよりの衝撃だったが、普段の慶一からはとても思いも寄らない力で踏ん張ると、我に返ったように目を見開いた。

「そうだった。一子……オレのことはパパと呼べと言っただろう!」

「とう!」

 百代に手刀を浴びせられた慶一は、今度は前ののめりに倒れてしまった。が、しかし。一子は百代にしっかり抱きとめられたので怪我はなかった。

「でも、びっくりだよね。ワン子が子供になったと思えば、さも当然な顔をして慶一が歩いてくるんだもん……」

 そうモロが言ったように、一子は井上が手に入れたお菓子のせいで子供の姿になったいた。

「オレ様はワン子が子供に戻ったよりも、慶一が満足げに歩いてくるほうがびっくりだぜ。ほら、見ろ。子供の頃とまったく同じだぜ」

 ガクトは一子の子供頃の写真を、今の一子の顔の横に持っていき、まったく変わりがないことを強調させた。

「確かにあの頃のワン子だね。違うのは、とてもとても口うるさい親がいることだけど……」

 京は慶一が乱入してくるのがわかっているので、ため息交じりに言った。

「なにがあの頃のワン子だね――だ! あの頃より、ずっと健康でずっと可愛い一子だ!! おい! キャップでも、絶対に嫁にはやらんからな! あてっ!」

 百代から一子を取り上げて高らかに宣言した慶一だが、百代に頭を叩かれて、再び一子を手放してしまった。

 その様子をキャップはたまらなく楽しそうに笑った。

「いやー、やっぱり慶一はおもしれぇな! オレも食って見てぇな、そのお菓子」

「なめんな! オマエがショタになって誰が喜ぶんだよ!!」

 そう言ったのは慶一ではなく、どこからともなく現れた井上だ。

 そして、井上の胸ぐらをガクトが掴んで揺らした。

「おい、井上! なに余計なことをしてくれてんだ」

「別に風間ファミリーをどうにかしようと思ったわけじゃないって! だいたい、オレより慶一の責任だ!」

「いいや、井上。オマエの責任だ。オマエのせで、オレ様は朝からアレを見せつけられてんだぜ!!」

 ガクトは勢いよく慶一に向かって指を指した。

 慶一はといえば、すっかり一子にメロメロになって、朝から今日の晩ごはんについて話していた。

「ハンバーグとチキンオムライスどっちが食べたい? 両方作るか? どうせなら、とんかつとからあげをつけてでもなんでもいいぞ」

「わう!? 本当に? いつも脂質を取りすぎないようにって、豚の角煮もあまりつくらないのに!? そんな夢のフルコースもありなの?」

「当然だろ、一子! 味噌汁も豚汁に替えて、なんなら――」 

「だから甘やかし過ぎだって言ってるだろう」と百代が慶一に突っ込む。

「大丈夫。今の一子の体の大きさなら、そんなに食べられない。ハンバークは玉ねぎを多めに、付け合せに野菜を足して、とんかつだって衣を――」

「だぁかぁらぁ、今日中に治るってジジイが言ってだろう!」

「なら、全部作っても食べられるってことで!」

「甘やかすなって言ってるんだ。ワン子はワン子なりの練習メニューがあるんだから、無理に食べさせるな。慶一に気を使って全部食べちゃうだろう。後で苦労するのはワン子自身なんだぞ」

 百代にたしなめられて、慶一は方を落とした。たしかに、突然変異の症状の一子の体に無理をさせるわけにはいかないが、せっかくの一子のロリ化に慶一はなにかしていたかった。

「じゃあ、今日は学校に行かず、千葉のデデニーランドへ行こう。親子三人で」

「ジジイに怒られるに決まってるだろう」

「じゃあシーパラダイスは?」

「じゃあの意味がわからん。今から七浜まで行く気か?」

「初デートの場所に子供を連れて行くっていうのが、オレの一つの夢なんだ」

「むう……そう考えると、あのイタリアンのレストランに行くのも悪くない。……が、午後には夢が覚めて元のワン子に戻るんだから、正気を取り戻せ」

 百代はしっかり一子を抱きしめながら言うと、その上から慶一が一子ごと百代を抱きしめた。

「なら午前中に済ませればいいだろう。そっちは子供の頃の一子との思い出があるだろけど、オレにはないんだぞ。頼む! 思い出をくれ!」

 慶一がすがりつくと、百代が呆れと愛しさ半分で慶一の頭をなでた。

 そして、その光景とは逆にガクトは声を荒げて、井上に向かって叫んだ。

「見ろ! 井上! あのイチャイチャ会話を!! オレ様は我慢できない!」

「なにがイチャイチャ会話だ。ただの夫婦のこじれた会話だろう」

「それが我慢できないってんだ! だいたい涼しい顔してるけどよ。子供のワン子をひと目で見てみろ。モモ先輩に物理的に殺されて、慶一に精神的殺されるぜ」

「なにを言ってる。オレだって分別はわきまえてる」

 そう言う井上だが、井上の目に子供の一子の姿が目に映ることはなかった。

 なぜなら、慶一と百代にしっかりとガードされていたからだ。

 

 

 

 

 

 

 




あけましておめでとうございます。
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