真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第百三話

 休日。正午。島津寮。

 この時間に慶一が島津寮にいるのは一つの理由しかなかった。当然料理だ。

「水分コントロールっていうのは物凄く大事なんだよ。足すにしても引くにしても歯ざわり、味、食べやすさ。全部に影響してくる。足すっていうのは、千切りキャベツを冷水にさらしてシャキっとさせるあれだ。よくビタミンCが溶け出すとか言われてるけど、それは吸水の限界を超えても水に漬けてるせいだ。時間が経つと液体濃度が変わるから、吸水してたのが溶け出しちゃうわけだ」

 慶一が教鞭のように菜箸の先を向けると、大和はうんざりと肩を落としてため息をついた。

「慶一……オレが聞いたのは、美味しいパスタの作り方なんだけど?」

「だから説明してるんだけど? 塩の効果と水の効果知ることが、なによりもパスタの旨味になる。いいか、塩というのは脱水作用と保水作用がある!」慶一は得意げに言いきったが、大和からの反応はなかった。「あれ? ここは『塩をふったら水分がぬけるんじゃないの?』っていう大和の疑問に、オレがドヤ顔で答える場面じゃないの?」

「だってそれを質問したら、今以上に話が長くなるから」

「最近、誰もオレの料理の話を聞いてくれねぇな……」慶一は大げさに肩をすくませると、フライパンで炒めている乱切りのナスに塩を振った。「言っとくけど、一応意味はあるんだぞ。塩の話。塩で味をととのえるって言うけど、こうして最初に軽く野菜に塩を振っておくことで、余計な水分が抜けて野菜のコクが増すんだよ。今度ペペロンチーノを作る時、にんにくを炒める時に試してみろよ。味の違いに気付くぞ」

 言いながら慶一は片手間にトマト缶を開けた。

「それなら、そのペペロンチーノの作り方を教えてほしいんだけど」

「それでもいいんだけどよ」と、慶一はトマト缶フライパンに入れた。更に缶に水を入れて、こびりついたトマトソースを溶かして余すことなく流し入れると「どうせ女だろ」と半笑いで聞いた。

 図星をつかれて大和は思わずドキリとしたが、慶一なら食材を見て気付くだろうと観念して素直に答えた。

「そうだよ。そのナスは関西から送ってくれたんだ。どうせなら、今度会う時作ってみて驚かせたいじゃん」

「なるほど……美人なんだな」

 慶一は煮崩したトマトがついたシリコンベラを、まるで切っ先でも向けるように大和に向けて、ニヤリと笑ってみせた。

「いや……美人というよりは可愛い系かな。大友さんって言うんだけど、知らない? あの西方十勇士の特攻隊長」

「残念ながらな」慶一はトマトソースに玉ねぎの甘みを加えるために粗塩を振り味見をした。そして、十分に甘みが出たと頷きながら「でも、大和が手篭めにしようと、こまめにメールを送ってる大友さんなら知ってる」

「そんな長い名前じゃない。ただの大友さん。でも、たぶんその大友さん。なんか近々西で大きな動きがあるらしいってのを聞いたんだけど」

 大和は香り立ってきたトマトソースの匂いに鼻を鳴らしながら言った。

 ちょうどデミグラスとスープの間のようになたトマトソース。そこに慶一は手もみしたバジルを二枚加えた。

「バジルは絶対に、加えるべきだ。トマトの酸味と甘味を引き立てるからな。最後にのせるんじゃなくて、一緒に煮込む。最後に生バジルをってのは、ほとんど見た目の問題だ。赤のソースに染まったパスタに、緑は映えるからな」と料理の説明をしたあと。「そういえば、学長のところに西の学長が来てたな……」と過去を思い出した。

「へぇ、それは初耳。どんな事を話してたか覚えてる?」

 情報収集に余念がない軍師の役に立とうと、声を唸らせて思い出してみる慶一だが、鍋島に料理を作ったくらいしか思い出せなかった。

「スカウトされたくらいかな」と自慢げに言う慶一だが、大和は「ふーん」と素直に感心するだけだった。

「あれ? 嫌味なやつとか言わねぇのか?」

「だって九鬼にも認められてる慶一の料理の腕にケチをつける必要もないし、素直にすごいと思ってるから」

 慶一は降参だとため息を落とすと、茹で上がったパスタをトマトソースを似ているフライパンに入れてからめはじめた。

「まったく……そういうところが女にモテるんだろうな」

「やめてよ」と大和は少し照れくさそうに笑った。

「言っとくけど、オレは京を応援してるからな」

「やめてよ……」と大和は少し困ったように笑った。

「だそうだ」と、慶一はパスタを三枚の皿によそった。

「むー……なにも言う前からフラれた……」とどこからともなく現れた京は、おとなしく大和の隣の椅子に腰掛ける。

「京も気が気じゃないだろう。あちこちから女の匂いがする旦那を家で待つのも」

 慶一は大和の顔を見てからかうように言うと、バジルの新芽の部分をパスタに添えた。

「ねー」と京は相槌を打った。「幼馴染、巨乳、あなたにぞっこんラブ。こんなに属性を満たしてるのに、大和ってば頑固なんだから」

 ピタッと控えめながらもガッチリ体を寄せてくる京に、大和は「お友達で」ときっぱり断った。

「まぁ、冷めないうちに」とパスタを勧めながら慶一は「そういえば」と切り出した。「天神館とは関係ないけど、中国の……なんだっけな……梁山泊? ってところから、日本の文化を学ぶために人が来るって話は学長から聞いてるよ」と最近鉄心がこぼしていたことを思い出した。

「あっ、ナスが濃厚」とパスタを一口頬張り頬をほころばせた大和は「中国からか……武士道プランの関係かな」と疑問を口にすると、ふーっとため息をついた。「濃厚ナスのあとは、鼻から抜けるトマトの酸味でスッキリ。たまらないね」と慶一の料理を褒めた。

「そうだろ。だから、塩って言うのは――」

 慶一が説明しようとすると、「あっ、それはいいや」と大和が断ち切った。

「軍師ってさ、味方をノリに乗せるのも大事な仕事だと思わね?」

 慶一が不貞腐れて言うと、大和がからかうようにのっかった。

「軍師ってさ、味方をたしなめるのも大事な仕事だと思わない?」

「軍師ってさ、味方を娶るのも大事な仕事だと思わない?」とすかさず京が口を挟んだ。

「娶るはの仕事じゃなくて、人生ですよ京さん」

「そんな人生だなんて……末永くお願いします。来世も来来世も、前の前の前世からも」

 京は奥ゆかしい仕草で、大和に向かって頭を下げた。

「お友達で」

「ちぇー……」

 お決まりのやりとりをする二人に向かって、慶一は応援とも呆れとも言えない笑みを浮かべた。

「二人とは時間にしてみればそんなに長い付き合いじゃねぇけど……見慣れすぎてきたな。その光景」

「聞いた大和? いつもの光景。お似合いの夫婦だって」

「このパスタシンプルなのに美味しいな。慶一の塩の話を聞いておいて損はないかも」

「話題そらしに褒められても、嬉しかねぇよ」

 慶一は自分の分を食べる前に、後片付けを始めた。

「いや、本当。茄子が特別に美味しいとかじゃなくて、パスタが美味しいんだもん。こういうのって料理として完成してるって言うんだろう? テレビで言ってたよ」

「なんだ……弁慶や松永先輩だけじゃなく。オレまで口説こうってのか?」

「慶一……。そういう事言うとほら……またうるさくなるから……」と、大和は隣で関係性について質問攻めをしてくる京の相手をした。

 その間に慶一は自分の分のパスタを食べ、少し煮すぎて茄子の食感がなくなってしまいスープに近付いてしまったのを反省すると、「ところで」と切り出した。

「この音なんなんだ?」

 島津寮に入る前からガーガーゴーゴーと不快音を寄せ集めたような騒音に、慶一はようやくツッコミを挿れた。

「あぁ……これ? 島津寮の改築だって。なんか離れを作って部屋を増やすらしいよ」

「本当迷惑」と京がうんざりとした声色で言うと、「近付かないと喋れないから、胸が当たるのも仕方ないね」と懲りずに大和に寄り添った。

「今日はまたずいぶんと諦めねぇんだな」

 慶一の言葉に、京は考えが甘いとでも言うようにかぶりを振った。

「西のノラネコにも中国のヤマネコにも、マーキングされるわけにはイカないのだ。日本のメスネコの誇りにかけて」

「西も中国も別に女が来るって決まったわけじゃないだろう」

「慶一……甘いよ。こういうイベントの時、大和は常に女を呼びせるんだから。子供の時から見てきた私にはわかるんだ」

「そういうもんかねー」

「そういうもんかねーって。慶一には気にならないの?」

「胸が当たってるから、京を引き離さないことがか? とっくのまに見慣れたよ」

「違う……。西とか、中国とかだよ」

「中国の料理も、関西の料理も興味はあるぞ。今回大和が貰ったっていう水ナスしかり、地方、世界によって全く違うものだからな。中国、関西と言わず、イタリア、山口とどんどん集まってきてほしいね」

「まるで物産展だね」

「そう軽く返すなよ。今や野菜の世界大戦なんだぞ。新品種に新野菜のオンパレード。まるで流行りのファンタジー世界だぞ。個人的にはバターナッツ推しだね。カボチャの新野菜なんだけどよ、名前の通りバターとかナッツの匂いがすんだよ。ポタージュにしたら最高だね。温かいのも冷製も両方合うってんだから。サラダにしてもいいな。これも困ったことに、茹でてもいいし、薄切りでグリルにしてもいい。天ぷらにしてもいいかもな。いっそ砂糖を振ってお菓子っぽくするほうが……そうすると三温糖で香ばしく仕上げたほうが……きび砂糖でコクを足すのも捨てがたい……」と、一通りひとり言なのか、語りかけてるのかわからないブツブツと言っていたのを切り上げた慶一は、眉をひそめて「――なんで バターナッツの話になってんだ?」と大和に聞いた。

「慶一が一人で勝手に喋ってたんだから、オレにはわかるはずないって。ファミリー唯一の恋人持ちなのに、花より団子なんだな。それも作る方」

「あのなぁ人を料理バカみたいに言ってるけどよ。作り方を聞いてきたのは大和だぞ。聞いたからには、このあと作らせるからな。オレに冷たくした分、オレは熱く指導に当たるぞ」

「あっ、このトマトソース塩で深みが出てるな」

「それで誤魔化すのもいいけどよ。料理にどれだけ塩が大事か説明するぞ」

「じゃあ、いいや。熱血指導お願いします」

 大和は迷うことなく頭を下げた。

「そんなにかよ……」

 

 

「――ってことがあったんだ。大和はデリカシーに欠けると思わねぇか」

 夕方近く。大和と京の姿はなく、代わりにクリスが島津寮の食卓にいた。

「まったくだ。概ね同意だ。だが、慶一もそういうところがある」

「話も聞かねーし」

「まったくだな。概ね同意だ。だが、慶一もそういうところがある」

「……クリスはバカだし」

「な!? バカとはなんだ! だいたいバカというやつもバカなんだぞ!」

「じゃあお互いバカだな。バカ同士仲良くするか」

「いったいなんなんだ……。喧嘩を売りたいのか……媚を売りたいのか……」

「さぁな。いっそ顔でも売りゃ、貫禄でも出るかね。ほらよ、シュペッツレだ」

 シュペッツレとはドイツ風パスタとも言われる麺料理だ。

 地域家庭により、様々なアレンジがあるが、慶一が作ったのは柔らかい麺にたっぷりのチーズを絡め、バターで炒めたカリカリのタマネギをのせたものだ。

 クリスは先程までの怒りを忘れ「うーん、この味だ。懐かしいなぁー」と頬を緩めた。そして突然「そうだ」と声を大きくし「顔を売りたいならいい考えがあるぞ」と提案した。

「いいよ。やんわり言うけどよ。クリスの父ちゃん怖えもん」

「まだなにも言ってないではないか。だいたい全然やんわりになっていないぞ。直接的に言ったらどうだというのだ」

「殺されそう。そんなわけだ。気持ちだけ貰っておくよ」

「だから慶一も話を聞かないと言っているのだ。私の提案は、今度のドイツからの来客に、慶一の料理を振る舞ってもらおうということだ。皆あちこちに顔が利く。顔を売るならこれ以上ない相手だぞ」

 クリスはまるで自分のことのような自慢げな顔で笑みを浮かべた。

 だが、慶一が返したのはため息だった。

「もしかしてよ。その皆ってのは女か?」

「そのとおりだ! よくわかったな」

「女の勘……いや、京の敵を嗅ぎ分ける能力ってすげえなって思っただけだ」

「慶一は女でもなく、京でもないだろう。なにを言っているんだ」

「大和に聞いてくれ」

「ますます意味がわからなくなったぞ……」

 

 

 

 

 




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