真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

105 / 112
第百五話

「朝A定。ご飯少なめ、サラダはえびとアボカドのチョップドサラダね。ドレッシングは隣のテーブルに移動してからお願いしますね。次の方どうぞ」

 慶一が一人のお客をさばくと、すぐにもう一人がやってきて食券を渡した。

「お願いします」

「朝Bですね。ハムと卵はどうしますか?」

「ハムは四枚、卵は二つ。両方半熟で」

「あいよ」と慶一はお客の希望通り、ハムを四枚焼きその上で目玉焼きを焼いた。「タレはありなしどちらで? ピリ辛蒲焼きダレですけど」

「タレはいいです」

「わかりました。テーブルの醤油、塩がなくなっていたら言ってください。次の方ー」

「朝B。ハムはウインナーに変更で、卵も目玉焼きじゃなく卵焼きでお願いします。あとキャベツの千切りを山盛りで」

「卵焼きは今から作るので、少し時間が掛かりますけど大丈夫ですか?」

「大丈夫です」

「卵焼きができたら言うので、少しずれてお待ち下さい」

 慶一は全校集会が終わってから、そのままその足で学食に向かい、朝から開けていた。

 すぐにキャップを追いかける者も多くいるが、興味がない者や、キャップが疲れるまで時間をつぶす者など過ごし方は様々だ。長期戦に備えて、まずはご飯で体力を付けておく者もいるので、とりあえず学食を開けようという慶一の考えはまずまず当たっていた。部活の朝練終わりというのと、普段は開いていない時間に学食が開いているという物珍しさもあり、昼や放課後ほどではないが学食は盛況していた。

 学長の気まぐれで急遽始まったイベントのせいで食材の準備はできていないが、お客がいくつかの中から自由にメニューを選べるように工夫した。

 『朝A定食』はヘルシー路線だ。主にチョップドサラダがメインであり、あらかじめ肉や野菜を細かくきざんでおいて、それらを混ぜずに一品ずつトレーに入れて並べる。

 お客はそこから自分の目で見て、いくつか選んで組み合わせられる。

 『朝B定食』は元となるのはハムエッグだ。ハムはウインナーかベーコンに変更でき、卵の焼き方も自由に選べる。サラダはキャベツの千切りだけだ。

 どちらの定食もご飯と味噌汁と漬物。それに松永納豆がついてくる。今日の朝だけ限定の定食だった。

「次の方どうぞ。卵焼きでしたら、焼き立てが出せますよ」

「小学生の妹が初めて焼いて、恥ずかしげだけどどこか自慢気にお兄ちゃんに出す、あの伝説の焦げ気味の卵焼きを頼む。トッピングは『無理して食べなくていいからね』でお願いします」

 井上は大真面目な顔で言った。

「……無理して食べなくていいから出ていけよ」

「おいおい……つれないこと言うなよ。同士じゃないか。オレ……結構認めてるんだぜオマエのこと一緒にロリコニアに移住しょうぜ。な?」

 井上はトレイにご飯茶碗を乗せた慶一の手を握ってしっかりと握手をした。理由は、この間の一子がロリ化した事件の時に、慶一の鼻の下が伸びに伸びきっていたからだ。

「戯言に戯言を重ねて、ずいぶん暇そうにしてんじゃねぇか……井上は参加しねぇのか?」

「若が乗り気じゃないからな。小雪もどっかフラフラいっちまうしよ。オレも風間を捕まえるなんて興味ないね。紋様だったら、鬼ごっこでも、高鬼でも、色鬼でも、お医者さんごっこでも、おままごとでも、結婚でもなんでも参加するんだけどな」

「最後のほうのはただの欲望じゃねぇか……。それで、このA定の内容はデフォルトでいいのか?」

「それでいい。幼女が素手で熱い熱い言いながら、一生懸命握ったオニギリでもいいけどな」

「んな衛生上良くないものを学食で出すかよ」

 井上の分の定食を出した慶一は、お客が途切れたのを確認し、閉店の看板を出すと、自分の分のオニギリと漬物を持って、井上と一緒にテーブルについた。

「それにしても、なんか急すぎないか?」

 井上はまず味噌汁を一口すすってから慶一に訪ねた。話題はもちろん今回のイベントだ。

 小さなことが大きなイベントに発展するのが珍しいのもあるが、あまりに即決すぎる。なにか裏があるような気がしてならなかった。

「学長の考えることはわからねぇからな……小さなことで、全校生徒を煽りすぎな気もするけど。それが目的なんだろうな」

「まぁ、参加してるのは夏休みボケのままボーッとしてて、今やっと火がついたような連中だからな。そんなわけでS組には参加してる学生は殆どいないな。風間ファミリーこそ、総出で風間をフォローすると思ってた」

「微妙なところだな。大和がフォローに入れば、なし崩し的に増えてくだろうけど。全員参加はなさそうだ」

 大和がフォローに回れば京も当然フォローに入る。一子、クリス、まゆっちの三人のうちの誰か二人は参加するだろう。

 ガクトとモロの二人は参加する可能性が低い。今回のお祭り騒ぎのイベントは、キャップがモテるというところから始まってるからだ。本人に頼まれれば喜んで協力するが、率先して手助けということはないだろう。

 百代に至ってはいつもどおり、学長から参加不可のお達しが出ていた。

「慶一も参加しないのか?」

「食券をもらっても、作るのはほとんどオレだからな。他の賞品じゃねぇとやる気が出ねぇよ」

「まったくだな……」と井上は深く頷いた。「幼女の手ごねハンバーグとか、幼女のフーフー付きのお粥セットとかじゃないとやる気がでないよな。慶一の言うとおりだ」

「オレが一言でもそんなこと言ったか?」

「若もユキも相手してくれないんだ。いいだろう? 仲間なんだし。オレの勘が囁いてるんだよ。いいや、勘なんてものじゃない。一種の未来予知とも思えるほどだ。川神を吹き抜ける幼女の風に、嗅いだことのない新たな匂いが混ざってる。これは紛れもない事実だ」

「紛れもない事実は、オレは仲間じゃないってことだけだ。だいたいな……増えたからって、なにかあるわけでもねぇだろ。あったら捕まるぞ……」

「わかってねないねー……慶一は」井上は心底残念そうな顔で肩を落とすと、今度は小馬鹿にするように肩をすくめた。「クリスマスプレゼントは数が多いほどいいだろう。包み紙の中はなにか……最高の思考の時間だ。でも、決して開けてはならないパンドラの箱でもある……。人生ってのは罪深いよな」

「罪を感じるようなことを考えるからだろう」

「バッカ! オレは見守るだけだ。無邪気で無防備の無垢という存在をな。わかるだろう?」

「わかるよ。見るも無”ざん”ってことだろ。それにクリスマスプレゼントってのは、空けてがっかりってのが定番だ。年を取れば取るほどな」

「だから子供の方が良いって話だろ?」

「今日は随分しつけえな……。なんだってんだよ」

「いやね、さっきも言ったけど若もユキもどっかに行っちゃったし、委員長も紋様も見つからないんだ。同じ趣味の話題に一花咲かせるってのが同士ってもんだろう」

「父性愛と歪んだロリコンを一緒にすんなよ」

「いやいや、同級生に父性愛が芽生えるってのもなかなか歪んでると思うよ、オレは」

「いいんだよ、オレのは母性愛も混ざってるから。父性といえば……英雄の父ちゃんが、今帰ってきてるらしいからな。それで紋白は休んでるんだろ。英雄も学校に来てねぇだろ」

 慶一には今日は九鬼に来るなとあずみから連絡が入っていた。深くは語らなかったが、家族水入らず邪魔をするなと念を押すように、二回も連絡が入っていた。

「紋様がいないなんて……今日の空気は薄いわけだ……息苦しいぜ」

「息苦しいのは、その生き方だろうよ。委員長なら千花ちゃんか羽黒と一緒にいるんじゃねぇのか? 追っかける側の協力は禁止されてるけど、後援は禁止されてないし、おおっぴらじゃなけりゃ手を組んでも文句は言われねぇだろうしな。なんか今回のイベントのルール説明って曖昧すぎるんだよな。どうとでも取れるような内容っていうか、機転を利かせろって感じで――って、おい……」

 慶一がふと顔を上げると、もう既に井上の姿はなかった。きれいに食べ終えた食器がテーブルに乗っているだけだった。

 

 

 井上が委員長を探しに出ていってからは、学食はとても静かだった。ほとんどの生徒が食事終えたのと、残っているのはイベントごとに巻き込まれたくない人ばかりで、節度ある雑談や、ポータブルゲームやスマホをいじっている生徒ばかりだ。

 まだ食べている学生の食器を洗わないといけないので、慶一は調理場に残っていた。理由はそれだけではなく、キャップが食べると言って多めに作ってきたポテトサラダをどうしようかと考えるためだ。

 家で作ってきたものを許可なく学食で出すわけにもいかないし、わざわざポテトサラダの消費のためにファミリーに連絡を取るのも悪い。かと言って自分で食べるにしては半分も食べられずに、飽きてしまう量だ。

 そこで、学食の調理場を自由に扱える特権を使って、アレンジをしようという考えだ。

 まずはホワイト―ソースとチーズを混ぜ込んで、四十分程冷蔵庫で冷え固めてから衣をつけて揚げて、ポテトサラダのクリームコロッケ。

 ポテトサラダをすりつぶして片栗粉を入れ、混ぜ合わせて、丸く成形して焼けばイモ餅。

 あとはコロッケの油を使い切るためにも、ちくわに詰めて揚げればいいだろうと考えを固めた。

 冷やすのに時間がかかるクリームコロッケのタネを手始めに作っていると、「べ、弁慶! 迷惑をかけてはいけないぞ」と、ほとほと困った様子の義経の声が聞こえてきた。

「慶一は人の面倒を見るのが生きがいの男なんだよ。生きがいを奪うなんて酷いことを、義経はしたいのかい? 私はそんな無粋なことはしないよ」

 もっともらしいことを言いながら調理場に近づいて来る弁慶。話の内容を隠す様子もなく、むしろ気付かせて存在をアピールしようと、いつもより若干声が大きめだった。

「これ見えるか?」

 慶一は人差し指を一本立てると弁慶の眼前で振って見せた。

「一本だよ」

「なら、これも見えるだろ」

 慶一はその人差し指で閉店の札を指した。

「それは見ない。慶一は鶴の恩返しを知らないの? 見なければ、一生楽して暮らせるんだよ」

「まだ助けて貰ってないんだけど?」

「弁慶、前口君が困ってるではないか。本当にすまない」

 弁慶の代わりに、義経が深く頭を下げた。それと同時に可愛くお腹が鳴った。

「悪いな……本当に閉店してんだ。これ以上材料を使うと、昼と放課後の分がなくなっちゃうからな」

「大丈夫だぞ。義経は購買で済まそうと思っていたからな。学食へは弁慶が無理やり引っ張ってきたんだ」

「主も乗ってたじゃないか。いつもはない朝定が食べられるって。慶一……かわいそうだとは思わないかい? こんなに苦しそうだ……」

 弁慶はからみつくようにして義経を抱きしめると、手をワキワキさせてくすぐり始めた。

「あはははっ、くっ、くすぐりはだめだっ……弁慶っ」

「苦しそうってか、楽しそうじゃねぇか……。わかったから、やめてやれよ……主なんだろ。あるもんしか出せねぇけどな」

「ふぅ……助かったぞ、前口君。はぁ……はぁ……もう、弁慶はいつもこれだ……」

「愛の形の一つだよ。源氏コンビ。二人で勝ち取ったご飯だ。きっといつもより美味しいはずさ」

「トリオだろ。もう一人はどうしたんだ?」

 慶一が入っていいと調理場のドアを開けると、弁慶は川神水を飲みながら、義経は一礼してから中に入ってきた。

「与一は直江君に呼ばれている。与一がイベントに参加するなんて驚きだ! 成長をとてもうれしく思っている」

 義経は自分事のように嬉しそうに、それでいて誇らしげに微笑んだ。

「どうだい……慶一。かわいいだろう? うちの主は」と弁慶も自慢げに微笑んだ。

 賛同すると余計に絡まれそうなので、慶一は今の言葉には反応せず、調理台の上にご飯をよそった茶碗を置いた。

「とりあえず、白飯と味噌汁と漬物。あとは少し待ってくれ。ま、待ってもイモしかねぇけどな」

「ほら言ったとおりだろう」と弁慶がからかうように、口元にニンマリ笑みを浮かべた。「なんだかんだ言いながらも、義経の好きなの漬物に、私の好物のちくわ。慶一は人の面倒を見るのが生きがいなのさ」

 ちくわに切れ目を入れ、キュウリを抜いたポテトサラダを詰めると、水で溶いた天ぷら粉にくぐらせて油で揚げる。ポテトサラダもちくわも既に火が通って完成されているものなので、熱を入れすぎないように、衣がカリカリに揚がったら、取り出して油を切る。

 揚げ物をしている間に、みじん切りの玉ねぎをレンジで軽く温め、それに黒酢を加えて簡易的なピクルスを作る。

 水を張った耐熱容器に卵を割り入れ、レンジで爆発しないように箸で穴をあけて温めて、出来上がったゆで卵をみじん切りにすると、先程の玉ねぎと合わせ、酸味と食感を足すために漬物のみじん切りも合わせた。義経が漬物好きというのを今聞いたので、和風タルタルにするという意味もある。

 それにマヨネーズ。あとは塩コショウで味を整えれば、ざっくりだがタルタルソースが出来上がる。

 これを揚げたちくわにかければ完成だ。

「言っとくけどな、今回はたまたまだぞ。熊本の名物に、ちくわサラダってのがあるから作っただけだ。漬物は学食に常備してあるよ」

 言いながら慶一は次の料理。ポテトサラダの芋餅にとりかかった。今回のポテトサラダは甘めに作ったので、それに合うように甘辛いみたらしダレをかける。

 そして、これらを作っている間に冷蔵庫で冷え固めていたクリームコロッケのタネを取り出すと、形を整え、パン粉をつけて揚げた。

 それと普通のポテトサラダを皿に盛り付ければ完成だ。

「前口君は器用だな。義経は感動しているぞ! ポテトサラダでこんなに色々作れるなんて」

「そうだろう。お褒めの言葉も嬉しいけど、弁慶にみたいに食ってくれるほうがありがたいね。

遠慮せずに食ってくれ」

 完成を待つ義経とは違い、弁慶は皿に取り分けられた瞬間から、川神水のアテにして食べていた。

「そうそう揚げ物は熱いうちが美味しいよー」

「もう、弁慶……。前口君にお礼を言ってないだろう」

 義経は弁慶に手を合わせるように言うと、声を揃えて「いただきます」と言った。

 そして、ニコニコと美味しそうにご飯を食べる義経を、慶一はじっと見ていた。

「なに主を熱心に見つめてるのさ」

「いや……一子に、義経に、橘さんだろう。オレの料理って対ポニーテールに、もの凄い効果があるんじゃないだろうかと思ってな」

「三人じゃどうとも。もう一人くらい餌付けしたら認めなくもない」

 弁慶は空になった皿を箸で指して、ちくわサラダを求めた。

「弁慶はポニーテールじゃないだろ」

「武神だってポニーテールじゃないよ」

「いや、あれで結構ポニーテールにすんだよ」

「惚気はおなかいっぱい」

「なら、もうちくわはいいだろ」

「川神水のアテは別腹だよ。まぁ、もう一人ポニーテールを籠絡したら、慶一にはポニーテールキラーの称号を与えてあげよう」

「そりゃいいな。キラーってことは、戦わずして義経に勝ったってことだ。世間に自慢し出来る」

「それは困るぞ! 前口君! 義経に負けは許されないんだ!」

「オレも困るぞ。せっかく無理してご飯を作ったってのに」

「あうう……」と困る義経を見た弁慶が慶一の頭に軽くチョップをした。

「まったく……主を困らせていいのは私だけだよ」

「だいたい都合よく四人目なんて降って落ちてこねぇよ。その辺のポニーテールを引っ張って、飯でも作れってのか?」

「そんな予感がしただけだよ。なんか慶一の背後にはポニーテールの影が見える……」

 弁慶がおどろおどろしく言うと、義経が怯えだした。その義経を弁慶はまだ絡みつくように抱きしめてくすぐり、怖い話風に脅かし、またくすぐり。弁慶なりの愛情表現を繰り返していた。

 慶一はというと、弁慶の言葉が真実味を帯びているような気がして妙な気分だった。

 

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。