キャップの大勝利。
なんていうのは当たり前のことで、闘争ムードの雰囲気は一変。ファミリーは祝賀ムードに変わっていた。
そんなどんちゃん騒ぎに加わることなく、慶一と一子は川神駅前にいた。
まだ暑さが残る気温だけではなく、不完全燃焼でくすぶる一子が隣りにいるせいで、余計に気温を暑くさせている。まるで沸騰したヤカンのように、尖らせた口から「ぶーぶー」と息を吐き出して文句をあらわにしていた。
「なんだ……まだ気にしてるのか?」
慶一が尋ねると、一子は歯をむき出しにした。
「気にしてるわよ! まさか大和が私を、クリに対する囮にするなんて思わなかったわ! ヒートアップして知らず知らずのうちに試合終了よ……まぁ、キャップが勝ったからいいけど。なんか釈然としないのよ」
「まぁ、陽動だしな。なら、オレが狙われた時には、近衛兵でしっかり守ってくれよ。一番頼りにしてるから」
「合点承知の助よ!! でも、慶一が狙われるとしたら、お姉さまでしょ……それに九鬼……。あと、七浜の久遠寺家でしょ……。考えてみると、慶一って結構なSSRよね」
「SSRね……外れイベントで全員に配られそうな奴だな」
「卑屈に考えすぎよ」
「SSRってのは、今から来る規格外の連中のことを言うんだ」
慶一と一子は梁山泊からのお客を待っていた。
逃げ切ったキャップの祝賀会の話と、学長から梁山泊からの一同を出迎えてほしいと言われたのはほぼ同時刻。
面倒くささを感じた百代があっという間に消えてしまったので、迎えるは慶一ひとり。しかし、その後姿があまりに不憫に思えたのか、一子がついてきていた。
しかし、約束の時間が過ぎても、梁山泊と思える一行が見える気配はなかった。
いまこの場にいるのは、慶一と一子。そして、その一子に手を繋がれている幼女が一人だった。
「大丈夫お腹減らない? これ、美味しいのよ。どうぞ」と一子がお菓子を差し出すと、幼女は「美味しそうな日本のお菓子……。ブショーが喜びそう」と言いつつも、自分の口へとお菓子を運んでいた。
「キノコかタケノコか……日本じゃ争いが起こるお菓子なのよ、ちなみに今あげたのは――」
「――一子。ちょっとその辺探してみるわ。梁山泊一行とか、その子の親とかいるかもいしれないからな。もし、川神院の修行僧を見かけたら、探すように頼んでもらっていいか?」
慶一は一子に迷子の女の子を頼むと、他に探し人をしている一行がいないかと探し始めた。
残された幼女は「梁山泊? 川神院?」と首を傾げた。
「そうよ。慶一は川神院の台所預かりなのよ」と一子は誇らしげに笑みを浮かべると「さっき言ったきのこたけのこ戦争。キノコの王国とタケノコの帝国を争わせることなく。タキコミの自由都市を作ったのは慶一なのよ」と更に自慢げな笑みを浮かべた。
幼女は「対ブショーの道具や得たり」と、一子とは違う打算的な笑みを浮かべていた。
一方慶一は、改札口まで足を向けると、異国の人に絞って目を向けてた。だが、ここ川神では、海外からの観光客が多いせいで、外国人というのは見飽きるほど存在していた。
どうしたものかと慶一が目を凝らしていると、足元で一人。苦しそうにうずくまっている女の子がいた。
「大丈夫ですか?」と慶一が声を変えるが、女の子は「大丈夫じゃない……」と苦しげに答えた。
「蓋を開けてない水がありますけど」と慶一がペットボトル水を差し出すが、女の子は手でいらないと押しのけた。
「新しい……パンツがほしい……」
「は?」
「私に必要なのは、水じゃなくてパンツ……。それも可愛い女の子の……そこに水分的なエキスが付いてててもいい」
どこか悦に浸ったような表情の女の子に向かって、慶一はもう一度と聞いた。
「……大丈夫ですか?」
「大丈夫じゃない……パンツ……」
「大丈夫じゃない……オレは逃げる……」慶一はそっと女の子から距離をとった。「源氏組が来てからお客が増えたせいか、川神も変態が増えたもんだ……」そう小さくこぼしながらしばらく歩く慶一の目に、ショーウィンドウに齧りつくように突っ立っている赤髪の女の子が目に入った。
慶一は思った。オレはバカではないから、巻き込まれるシチュエーションはわかる。この子に話しかけることもなければ関わることもないと。
だがしかし、顔なじみの店主に声を掛けられてしまった。
「ほら、この子だよ。慶一ちゃんおいで!」
恰幅の良い女性に「おいでー」ではなく、「おいで!」と半ば強制的に……いや、しっかり強制的に呼ばれた慶一は、付き合いを優先して近づいて行った。
「なんですか? ……あまり良い予感はしないんですけど……」
「ほら、これが前口慶一だよ。なんとあの九鬼にも認められるお菓子作りの達人! このお菓子も、この慶一が考えたんだよ。はい、どーぞ」
この「はい、どーぞ」は「お召し上がり」ではなく「質問があるならどうぞ」というキラーパスだ。
言うだけ言って、そそくさと去っていく店主を見ると、それだけ長いことショーウィンドウに張り付いていた迷惑な客だということを慶一は理解した。
しかし相手の女の子は無言。
やむを得ず慶一が「どうかしましたか?」と聞くと、赤髪の女の子は慶一の顔を一度見てすぐにショーウィンドウに視線を戻した。
人助けも近所付き合いだと、慶一は「それは水まんじゅうですよ」と声を掛けた。
しかし、反応はない。
何度か適当に声をかければ納得するだろうと、普段の川神院観光客と同じ扱いをして、慶一は適当に語りだした。
「水まんじゅうといっても、生クリームの洋風素材をつかって使ってるんですよ。色が綺麗でしょう? フルーツを使ってカラフルにしてもいいんですけど、侘び寂びを大事にしたいと思いましてね。生クリームを使った淡い洋風白餡と、宇治抹茶を使った餡の二種類にしてみたんですよ。淡い茶の色の付いたものと、緑の二種類で箱に詰めると、色が映えるでしょう?」
慶一は売り物の箱詰めされた水まんじゅうを、よく見えるように差し出すと彼女に渡した。
「これはサービスです。もし、美味しかったら買ってあげてくださいね。川神では、いろんなお菓子が売っていますから」
「これは受け取れない……」という女性に、慶一は「もし食べてみて、美味しかったら他に買ってあげください。川神の老舗はどれもおすすめですから。そうすれば自分にも利益になりますから」店にある食べ歩きのパンフレットを渡すと、これ以上巻き込まれてたまるかと足早に立ち去った。
背中に聞こえてくる彼女のお礼には。しっかり会釈して答えた。
しばらく歩いていると「慶一ちゃん」声を掛けられる。いつもの光景だ。背後にピタリと付くただひとつを除いては。
「どうだい? お砂糖と醤油を変えたんだけど」とせんべいを渡された慶一は一口かじると「いいですね。川神にはない食感なので、後は醤油はもう少し抑えてもいいかもしれませんね」
「そうだね……インパクトがありすぎても、味がはみ出しちまうね。ありがとうね」
「いいえ、もち麦のざくざく食感がとても良かったです。味見ができたおかげで、学長のお茶請けに良いのが見つかりましたよ」
「あっさりまぁ、見破ってくれて……。でも、おかげで目処がついたよ。試作品は持っていってね。近隣りの餅屋も、小豆を変えたから意見を聞きたいって言ってたよ」
「あそこは古代米のおはぎが美味しいんですよね。人探しのついでに顔を出してみます」
と慶一が商店街に顔を出すと、と町内会の付き合いや祭りの関係者など、交友者は様々だ。
ありがたいことに色々持たせてくれるので、一日では全部回って挨拶することはできない。だが、今日に限ってはそんなこともなかった。
「あれ、今日は千花ちゃんが店番してるんだ。その様子じゃキャップはものにできなかったみたいなだな」
慶一がからかうように笑うが、千花は取り乱すこと無く落ち着いた雰囲気で「そうなのよー」と言った。「やっぱり風間ファミリーの層は厚いっていうか、不思議なガードが掛かってる感じなのよね。あっ! ごめんね! 前口君、朝は。これ、迷惑かけたお詫び」
千花は和菓子の詰め合わせを慶一――の後ろにいる赤髪の女性に渡した。
「いいよ。川神先輩のヤキモチも見えたから。でも、今度は肉体的ダメージはないように頼む……。どうも、あさ羽黒にぶつかられたせいで、肩の様子が……」
「あはは。言っとく。でも、前口君ももう少し鍛えたほうがいいよ。そのほうが絶対モテるって」
「いいよ、モテなくて。川神先輩がいるから」
千花は「うー」とからかうように唸ると「そういうの、モモ先輩の前でも言えばいいのに」とからかった。
「言ってるよ――二人きりの時は」
と慶一言うと、逆に千花が顔を真っ赤にした。
「あぁ……もう……ごちそうさまだよ。そう素直に言われるとお祝いもしたくなるよ。で、その子はモモ先輩になんて説明するの?」
千花ちゃんが渡したくず餅は、慶一――ではなく、隣にいる赤髪のポニーテールに渡されていた。
くず餅を受け取った女の子は目を細めて美味しそうに食べ始めた。
「うーむ……餌をやってからずっと付いてくるんだよな……野良に餌をやるもんじゃないな」
「迷子?」
「だとしたらもっと慌ててると思うんだけどな。まぁいざとなったら、九鬼か、院生に泣きつくさ。でもな……」
慶一は赤髪の女の子の顔をまじまじと見た。顔は美人。スタイルもよし、改めて見ると、アジア圏の顔立ちということもあり、もしかしてと思って、声を掛けてみようとするが、それと同時に下品な言葉が響いた。
「このボキャ! ウチとやるってぇのか? ああん? ロリ女が」
「ああん? わっちとやるってのか? ロリロリ女が」
「誰がロリロリ女だって? ロリロリロリ女が」
慶一にとって一人は知ってる女の子、もう一人は全く知らない女の子。
だが、あきらかに問題を起こそうとしているので、慶一は頭を抱えた。
「なんで梁山泊んの御一行を迎えに来たはずが……こんな騒動に……」
慶一がそう言ってため息をつくと、赤髪の女の子はすばやく二人の前に立って口喧嘩を止めた。
「誰だ? ってブショーか」
「九紋龍。川神来た目的を忘れるな」
その後、二人は慶一には聞こえない声でコソコソと話し始めた。その間に争っていた板垣天使は、九鬼のメイドに連れ去られていっていた。
さすがに梁山泊からのお客だということに気付かざるをえなかったので、慶一は二人が反話し終えるまで静かに待っていた。
「遅いわよ! 慶一! なにやってたのよ」
一連の騒動が終わって一子のもとに戻ると、一子は幼女の手をしっかり握りながら、なかなか戻ってこない慶一を責めた。
「オレもそれを知りたい。とにかく、揃ったみたいだな」
慶一は自分の後ろにいる二人と、一子が手をつないでる一人と指で数えていると、その隣りにいる四人目が深々と頭を下げた。
「すまない。川神院の前口慶一殿か? 天雄星。豹子頭の林中だ。よろしく」
「よろしくしていいのか凄い悩んでる……」
「ちょっと慶一! 意地悪なんてらしくないわよ!」
声大きくする一子だが、慶一が人数を数えていた人差し指を下に向けると、驚きに目を見開いた。
「見上がれば桃源郷……」と生き荒く、床に仰向けに寝て林中のパンツを見る女の子がいた。
「楊志!!」
「いただきます」
楊志は目の前で手を合わせると林中のパンツに手をかけた。
「こら! 楊志! 今はダメだ! 皆見ている……」
「あわわわ! 中国ってすすんでるのね!? さすが中国四億年の歴史ね……」
「うーむ……一子はもうちょっと勉強したほうがいいな」
その夜。金曜集会。
「それのなにが不満点だよ!!」というガクトの叫びが鳴り響いた。
「林中、史進、楊志、武松、公孫勝の五人分の弁当が増えんだよ。あと、朝御飯と晩飯!」
慶一もガクトに負けずに大声で返した。
「それにしてもまた急だね」と平然と返したのは大和だ。
「ねー」と平然装って返したのは京。だが、大和以外にはその余裕はなくなっていた。「なんで五人ともメス猫なのか納得行かないんだ!」
京は慶一を睨むようにして言うが、慶一はなにも学長から聞いていていなかった。
なので、出てくる答えも当然「知らんよ」だ。
「慶一も聞いてないみたいだし。しょうがないよ」と助け舟を出したのはモロだ。当然口からでまかせではない。いつも以上に慶一にひっつく川神姉妹を見て言った言葉だ。
「大和!! アイロンシティーの危機よ! ポニーテールでよく食べるという私のライバルが誕生したんだから!」
「アイデンティティーな。ワン子でそれなら、姉さんは慶一を奪われる相手でも現れたってわけ?」
大和は慶一の膝の上に陣取り、背中を預ける百代に向かっていった。
「私か? 私はただマーキングしてるだけだ。居候に誰のものか匂いでわからすためにな」
「オレがモテると思ってもらって嬉しいんだけどよ」
百代が慶一に体重を預け、その百代を軽く抱きしめた慶一を見ながらガクトはイライラしていた。
「嬉しいからなんだよ」
「問題は月曜から、梁山泊五人組が学校に通いだすってことだ」
「美人五人衆だろ? 俺様の天国じゃなねえか!」
「そうだ。川神員に居候している、五人衆は美人なんだ」
慶一は狂喜乱舞のガクトではなく、大和の肩に手をおいて真摯に言った。
「なんでオレに……」
「そうだったな……」
慶一はあっけ取っられる大和ではなく、京に肩に手をおいて真摯に言った。
「敵は増えたぞ。友情から先制情報を暴露した。どうぞ」
慶一がわざとらしく敬礼をすると、京も真似して敬礼をした。
「先々週から幼馴染の良さを確認する映画をさり気なく見せています。どうぞ」
「男にとって新しいおもちゃは、誕生日の包み紙だと思います。幼馴染は不利に思えます。どうぞ」
「そう思って、一昔前の水着を着て胸が溢れる幼馴染を演じます。成長を見届けるプライスレスです。どうぞ」
「全部聞こえてるので、回避は余裕ですどうぞ」
と大和が混ざってきた。
「川神院組はアイのハリケーンに包まれ通信不能。大和と二人の通信で、私という熱帯夜が……大和のあそこに接近中どうぞ」
「川神院組は既に避難先に移動中。自分の向かう途中です。どうぞ」
「つれない大和の子供を身ごもる準備オッケー。どうぞ」
「収拾がつかないので、お友達で。どうぞ」