真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第百七話

 金曜集会も終わり、土日を挟んであっという間の月曜日。

 慶一は朝から登校というわけにもいかず、遅刻して学校へ向かっていた。

 食事の支度と弁当の準備が増えたということもあるが、それは些細な問題だった。どうとでも時間のやりくりは出来る。遅刻した主な原因というのは、鉄心からある話をされていたからだ。

 梁山泊が川神学院に転入してきた理由は、日本の文化を学ぶ為ということになっている。

 だが、それは建前だ。本音は過去の英雄たちを現世に復活させる武士道プランが関わってくる。当然日本だけではなく、世界中からも注目されている。武道も今や情報戦が大きく関わってくる。その目で確かめるために中国から、川神の地へとやってきたわけだ。

「というのも、実は更に建前ってわけだ」

 二限と三限の間の休憩時間。慶一は真っ直ぐ教室に向かうではなく、メールしておいた大和と屋上で会っていた。

「でも、彼女達の自己紹介の時もそれっぽいこと言ってたぞ。実際に源氏組のことを聞かれたし」

「建前って言っても、一つの理由だからな。でも、それが本当の理由なら、九鬼に厄介になるだろ。それだけの度量が九鬼にはあるからな。なのに、留学のホームステイ先は川神院だ」

「なるほど……」と大和は素早く理解した。「姉さんか。前と違って随分落ち着いたもんな。世界に通用するMOMOYOの変化を感じて日本に来たってわけか」

「そういうことだ。という話をさっきまで学長にされてた」

「それ、オレに話していいの? 内密の話なんじゃ……。土日の間じゃなくて、今日話したってことは、梁山泊の面々にも秘密にしたかったからだろうし」

「オレに話すってことは、それとなく頼れる奴に話せってことだろ」

「それがオレってわけ?」

「大和なら百代の不利になることは絶対しないし、なんかあったら色々動いてくれるしな。なによりオレも今はいっぱいいっぱいなんだよ……」

 慶一は重い溜息を落とすと、その場に力なく座り込んだ。

「大丈夫か?」

「大丈夫なもんあるか。土日になにがあったか教えてやろうか? まず九鬼に現状報告だ。これはまぁいい。オレは九鬼と繋がりがあるし、情報の共有は大事だ。問題は中国かしまし娘共だ。引きこもり娘が紹介ボーナス欲しさにゲームを延々勧めてくるし、手合わせでボヤ騒ぎ、パンツ消失事件に、戦闘狂の鬱憤晴らしの後始末、その都度謝りに来る真面目娘の相手。おかげで一子とのんびり過ごすことも出来なかった。わかるか? 大和にこの気持ちが」

「わかるよ。ワン子が梁山泊と手合わせばっかりして、かまってくれないからヤキモチ焼いてるんだろう。でも、中国の人脈を増やすチャンスでもあるから、しっかり手伝うよ。放課後に川神を案内する約束もしてるし」

「そりゃまた……手が早いこって。こっちはまだまだのんびり出来ないってのに」

「それだけ慶一は頼りにされてるんだろう。学長の強さの部分は姉さんが引き継ぐにしても、寺院としての川神院は慶一に任せるつもりなんじゃないの? 将来的には。風鈴市の時も中心になって働いてたじゃん」

 慶一は大和にだらけ部で食べるようの軽食が入ったタッパーを渡すと、そろそろ授業の時間だと、雑談しながら屋上を後にした。

 

 

 昼になると、楊志が弁当箱を開けるなり「おかしい……」と不満顔を慶一に向けた。

「なんもおかしくねぇよ。川神院組の弁当は皆一緒だし、オレが作ってるんだから暑さに傷むことも百パーありえない。むしろサービスしていつもより気合を入れて作ったくらいだ」

「慶一は皆に好物を聞いていた。一人ひとりのリクエストに答えて、一品ずつ違うのを入れていることも知っている。でも、私のオカズは反映されていない……これはおかしい……。もしかして、これが新人イビリというやつでは」

 楊志はあからさまに演技といった感じの大げさ動作で、しかし本気で落ち込んで肩を落とした。

「慶一、見損なったぜ」とヨンパチが絡んでくると、今度は慶一が肩を落とした。

「あのなぁ……リクエストは見たぞ。誰のパンツをどう弁当に入れろってんだよ……」

「なにぃ! パンツだと! てめぇ! 慶一! 誰のパンツをオカズにしたんだ!!」

 ヨンパチが胸ぐらをつかんで凄むと、慶一はますます肩を落とした。

「そこの楊志が、弁当のオカズにパンツが欲しいって頼んできたんだ。オレが食べ物に不衛生なことをするか」

「慶一が言ったから楽しみにしてたのに……もう力が出ない……ぐでー……」

 楊志は溶けるように机に突っ伏した。

「楊志……作ってもらって文句を言うんじゃない。甘えていてばかりいてはダメだ」と林冲がたしなめる。「だいたい……そのパ……パン……し、下着など御飯のおかずにならないだろう」

 林冲が恥ずかしそうにもじもじしながら言うと、ヨンパチと楊志は声を揃えて「パンツは御飯のオカズになる!」と叫んだ。

 二人は驚いて顔を見合わせると、どちらともなくニヤリと笑った。

「まさか同じに頂きに立つ者に、日本で会えるとは思わなかった」

「オレもだ。まさか女子に性的な芽生えじゃなく、尊敬の念が芽生える日が来るとは」

 ヨンパチと楊志は友情漫画のライバル同士のように固い握手を交わした。

「屋上で言ってた意味がわかったよ。お疲れ様」と大和が慰めるように慶一の肩に手を置いた

「本当にすまない、前口。出会ってからずっと迷惑をかけている……」

 林冲は本当にすまなさそうに頭を深々と下げた。

「そう思うなら、少しは言うことを聞かせてくれ。一応まとめ役なんだろ」

「う、うぅ……すまない……一応程度で……皆言うことを聞いてくれなくて」

 林冲が涙目になると、大和が「まあまあ」と間に入ってきた。「まだ留学先に来たばかりで。慣れるには時間がかかるからしょうがないって。そういうのも見越して、慶一はオレに色々頼んできたんだろう? 林冲も少しずつ慣れていこう。ね?」

「大和……ありがとう」

 慰める大和に泣き止む林冲。視線を合わせ、なにやら言葉にしにくい雰囲気を放つ二人。

「見つめ合うのも結構だけどよ。人間ってのは前を向くより、うつむくことも時には大事だぞ」

 慶一は床を指した。忍びよっていた影は、林冲が視線を落とす時には実態に変わっていた。

「楊志!!」

「パンツ、くんかくんか。はぁー……いい匂い……。林冲の言う通り。慶一に甘えてばかりも悪いから、今日は中国産を味わうことにするよ。だから林冲のパンツ頂戴」

「ダメだ……楊志! こんなところで下着に手をかけるな……んっ……」

 教室で一騒動が始まりだすと、慶一は静かな場所を求めて抜け出した。

 

 

「わかるか? 抜け出すってのは、中国かしまし娘がいない場所を求めて来たってことだぞ」

 慶一がやってきたのは、だらけ部の空き教室。そして、そこに既にいた弁慶が「自分から来ておいてなにを言ってるんだ」と首をかしげる。

 もちろん慶一は弁慶に言ったのではない。畳でスマホ片手にごろごろしている公孫勝に言ったのだ。

 公孫勝は慶一と目が合うと「ちーっす、前口先輩」と、ポテチを持った片手を上げて、ダルそうに挨拶をした。

「なにがちーっすだ」と慶一はポテチを取り上げる。「お菓子は、まず弁当を食ってからだ」

「うるさいなー……。今から食べようと思ってたんだ」

「食べる時はスマホをいじるな。散漫になって噛む回数が減ると、消化に悪くなるだろう」

「もー、口うるさい……言うことを聞いてほしければ、ちゃんとログインボーナスを受け取るんだ。十日間受け取れば、紹介した私にも同じボーナスが入る」

「残念だな。オレのスマホは大抵充電切れだ」

 慶一はどこを触っても、なんの反応もないスマホ見せた。

「な、なんだと……現代を生きる学生とは思えねーよ。ほら、貸しなよー。充電してやるからさー」

 公孫勝は慶一から引ったくるようにしてスマホ受け取ると、ポータブル充電器で充電はじめた。さらにもう一つ取り出して自分のスマホも充電すると、おとなしく弁当を食べ始めた。

「やっとゆっくりできる……」

 慶一は疲れた顔で畳にどっしり腰を下ろした。

「このあいだ九鬼に来た時より疲れた顔してるじゃん。ささ、川神水をどうぞ」

 弁慶が川神水を勧めると、慶一はぐっと一杯飲み干した。

「……なんだよ」

「珍しいと言うか、初めて私の酌を受け取ったから驚いてるの。なんかあったの?」

「そこのちびっこに聞け」

 慶一が顎をシャクって指したので、弁慶は公孫勝を見た。

「私はなにもしてないよ、ゲームに誘っただけ。前口先輩に迷惑をかけてるのは、主によっちゃんとパットでしょー」

「一子に食べさせようと作って、冷蔵庫で冷やしておいたモンブラン食っただろう」

「うん、美味しかった。前口先輩はお店出せるねー。多分ブショーなんか毎日並んでるよー」

「舐めんなちびっ子」と慶一は低い声で言った。「あれはな、ローストして砕いたばかりの熱いカシューナッツをかけて、少しクリーム生地を溶かしてこそ完成なんだよ。中途半端な状態で食べやがって」

「怒るのそこなんだ」と弁慶が突っ込む。

「だいたいな、なんでちびっ子がここにいるんだよ」

「直江大和が言ったんだよ。ここに来れば、面倒を見てくれる人がいるから存分にだらけられるって」

「そんな都合の良い場所があるか」と言いながら、弁慶や宇佐美が放課後つまめるようにと、マグロの血合いをしっかり下処理して、臭みを取った生姜煮を大和に渡していることを思い出した。

「そうそう、そんな都合の良い場所なんてないね」

 弁慶はいたずらに笑みを浮かべると、既に大和から受け取っていたタッパーからマグロを一切れ箸で摘んで口に入れた。

「……放課後はツマミなしだからな」

 慶一は苦し紛れに言うが、弁慶は今度は声を漏らしてしっかりと笑った。

「ここで問題です。公孫勝がさっきまで食べていたポテチは市販の袋からではなく、フリーザーバッグから出ました。さてどうしてでしょう? 答えは慶一が作ったから」

「おー! 正解した武蔵坊弁慶先輩には、出題だったポテチを一枚プレゼントー」

 公孫勝が一枚ポテチを渡すと、二人はグラスで乾杯でもするようにポテチを合わせて口に入れた。

「なんだよ……。外はカリカリのポテチで、中はフライドポテト並のジューシさ。この薄さでこの触感が味わえるのは相当な技術がいるんだぞ。文句あるのか?」

「私達はないよ。さっきから文句を言ってるのは慶一一人」

 弁慶はもう一枚、公孫勝からポテチをもらうと、それを肴にキューッと一杯川神水を飲み干した。

「……言っとくけど、オレは料理が趣味だ。だから、これは甘やかしてることにも、面倒を見てることにもならないからな」

「別に私はなんでもいいよ。慶一とはこのままの関係が続けば。というより、前にも言ったけど、慶一は誰かの面倒を見る運命なんだよ。なにより……慶一が今面倒を見てくれなくなったら、私はとても困る……。なんか大和が忙しくなりそうな空気をひしひしと感じるんだよね。大和もいなく、慶一もいなくなれば、私は誰にツマミを貰えばいいか」

「突っ込みたいところは色々あるけど、京といい……女の勘ってすげえんだな……。なぁ……宝くじのあたり番号教えてくれよ」

「女の勘って言えば。忘れてた」と弁慶はぽんっと手を売った。「慶一にはポニーテールキラーの称号を与えなければ」

「なんだよ……」

「2―Fには林冲、史進、楊志が。2-Sには武松という赤い髪にポニーテール。話によれば、この武松。慶一のお菓子にぞっこんらしいじゃん。でも、からかってるわけじゃないよ。面倒を見る相手が増えても、こうしてツマミを作ってくる。私はそこを大いに評価したい。緑綬褒章をあげたいくらいだよ」

「んなのもらえるほど、長くボランティアする気はねぇよ……。つーか、オレが来なくても、大和が来なくても、毎日来そうな後輩が出来たじゃねぇか」

 慶一はいつの間にかすーすーと寝息を立てる公孫勝を指した。

「うん、なかなか期待できる期待の新人だね。慶一がいない間にも色々話してたよ。私は魚介系のツマミがいい」

「なにを聞いたら、その結論に行き着くんだよ……」

「慶一が明日、鬱憤を晴らしに九鬼に来てお菓子を作る。ってことは、いつも通りツマミも作って置いていってくれるってことでしょ」

「そうとは限らない」

「そうなの? でも、大和が鮭をまるごと一匹買って慶一のテンション上がってたって言ってたよ。イクラを川神水で漬けると乙で良いんだよなーって言ってたって。あとさっき武松にどういう甘いお菓子が好きか聞いてたって公孫勝が言ってたし」

「オレにも一応個人情報ってもんがあるんだぞ……」

「そうなんだ」と弁慶はおどけて言った。「なら不公平だから教えてあげるけど、天神館が慶一のことを狙ってるらしいよ。先々月くらいから、九鬼にコンタクトを取ってきてる」

「知ってるよ。鍋島さんから直接スカウトされたからな。断ったけど」

「あらら……結構すごいとなのにあっさりと。よく考えれば、英雄のお姉さんの勧誘も断ってるんだもんね。なら、これはどうだ。近々天神館も、梁山泊みたいに転入してくるらしいよ」

「実はそれも昨日知った。長宗我部って知り合いから聞いたからな。四国の名産を――」と急に慶一は頭を抱えた。

「どうしたの?」

「四国の名産のすだちをたくさん持ってきてくれるって言ってたから、昨日ツマミでもお菓子でも幅が広がるなって、ウキウキでノートにメモしてたのを思い出した……」

「煽っといていうのもなんだけど、慶一って難儀な性格してるよね……」

 

 

 

 

 

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