真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第百八話

 放課後を知らせるチャイムが鳴るのと同時に、慶一は机に突っ伏して、疲れを絞り出すように低い唸り声を上げた。

「今日はずっとそんな感じだね」と心配そうに声を掛けてくるモロにも、「おう……」と力なく答えるだけだ。

「どっか気晴らしに遊びに行かない? たまには奢るよ」

「モロ……。そういう優しさはな、将来ご飯を奢ってもらいたいだけの女につけ込まれるぞ」

「勝手な想像で哀れんでくれてありがとう……。で、どうする? 行くの行かないの?」

 慶一は「行く。今すぐ行こう」と、先程までダラッとしていたのが嘘のようにすっと立ち上がり、モロの背中を押して急かした。「ほら、早く」

「ちょっと変わり身が早すぎでしょ!」

「もたもたしてたら何が起こるかわかったもんじゃねぇ……。早くこの教室から消えよう」

「そんな急がなくたって、奢るのは普通のファーストフードのハンバーガーだよ」

「ファストフード万歳。その名の通り早くだ。ほらほら」

 慶一に廊下へと押し出されたモロは首を傾げていたが、すぐに「わっちはやったっていいんだぜ」という史進が誰かを煽っている声が聞こえてくると、納得いったと足を早めた。

 しかし、校門を出たところでモロは一度振り返って、教室がある辺りに目をやった。そして、再び歩き出した。

「でも、ほっといていいの? 川神院預かりなんでしょ?」

「そうだけど、ここは川神院じゃなくて学校だ。でも、中国かしまし娘が問題を起こすと、周りは皆オレを見る。だからオレはさっさと逃げる。フォローは大和に頼んであるしな」

「まぁ、急に五人も増えたら大変だよね。本当に大丈夫? 疲れてたら別の日に誘うけど」

「いいや、今日がいい。こう女の子に囲まれてると、急に男友達が恋しくなるってないか?」

「ある――って答えられたらいいんだけどね。そんな羨ましい展開は、今のところ経験してないよ。そんなに参ってたなら、土日の夜にでも声を掛けてくれればよかったのに。僕もガクトも暇してたよ」

「土日はやること山積みだったんだよ。宗教上食事に関する問題はないかとか、アレルギーはないかとか、食べられないものはないかとか」

「相変わらず全部食事関係だね」

「色々割愛してそれだ。また一から説明がめんどくさいからな。他にもお互いのルールとか、日常生活のすり合わせとか、色々あったんだ。本当は百代が間に入ってくれれば、万事解決だったんだけどな。武の観点からも学生の観点からも。まさにうってつけだと思うだろ?」

「モモ先輩は面倒くさいことやらないだろうね。で、慶一にが押し付けられたんだ。モモ先輩の学年には梁山泊は一人もいないし、ワン子に任せっきりだと心配だろうし、やっぱり慶一が一番適任なんじゃない?」

「まぁ、もう二、三日もすりゃ慣れると思うけどよ。あのキャラクターの濃さだぞ。嘆きたくもなるってもんだ。ところでだ――奢ってくれるのは嬉しいんだけどよ。どこ行くんだ?」

 既にバーガーショップで会計は済ませ、テイクアウトの包みを持った慶一はモロの後をついていっていた。

「プレイスペースだよ。カードゲームとかボードゲームとかTRPG用のスペースを貸してくれるところ。たぶんスグルはもう来てるよ」

「スグルまで心配してくれてるとは……男の友情に泣けてくるね」

 

 

「いやー……実に泣けるだろう。オータムは」

 スグルは鼻をすすりながら、目の端に涙を滲ませて言った。

「本当にね。何回も見てるのに、僕うるっときちゃったよ」

 あるゲームショップの一角。四人がけのテーブルには散らばったカードとDVDプレイヤー。プレイヤーの音量はかなり小さく絞られており、そこに映るのは少女と少年のアニメだった。

「お二人さん……オレは何を見させられてるんだ」

「名シーンだ」

 スグルはメガネをクイッと手で直すと、真面目な瞳をまっすぐ慶一に向けた。

「いや、そうじゃなくてよ……」

「なんだ、説明が必要か? ツンデレクイーンのスミリンがようやく心を開いて、自分は海の女王だと告白するシーンだ」

「でも、主人公の人間のエゴがフラグを折っちゃうんだよね」

 モロが同感だと頷きながら言うと、スグルもまた頷き返した。

「オータムは萌えだけじゃなく、人類への警鐘もあるんだよな。萌えという外套に身を包んだ哲学と言ってもいい」

「わかった……オレが悪かった。素直に謝る。だから答えてくれ。なんでオレはアニメの女の子が書かれたカードが散らばったテーブルで、オータムとかいうアニメを紹介され、それについて熱く語る二人を見てなくちゃなんねぇんだ」

「慶一が言ったんだよ。これなにって指をさして。だからスグルがそのキャラクターについて説明をしてたんだけど。見たほうが早いってことでDVDを流したんだよ。大丈夫? 本当に疲れてない?」

「オレはこのカードゲームがなんだって聞いたんだ。キャラクターが好きなのはわかった。聞きたいのは、どうやって遊ぶものなのかとか、なんでキャラクターが女の子ばっかりなのかとかだ」

「OkazuTCGを知らないだと!? こいつ正気か?」

「スグルよりは正気だと、オレは自信を持って言えるぞ」

「まぁ、慶一はこういうのに疎いからね。普通のトレーディングカードゲームだよ。アニメやゲームキャラクターが主体のね。女の子のカードが多いのはたまたまだよ。ちゃんと男キャラクターのカードもあるよ」

「それを……なぜオレに勧める」

「オレはモロから聞いたぞ、慶一。三次元の女に疲れたら二次元だ。彼女らはいつでも優しくそばにいてくれる。だから、デッキを作るついでに、慶一にも二次元の女の子の良さを教えてやろうという集まりだ」

 スグルはマジシャンのように、カードを一瞬で綺麗に並び直した。

「オレはモロから聞いてないぞ、スグル……。変態の世界に誘い込まれるなんてな」

「HENTAIは今や日本のブランドだ。現実の中国女に疲れたのなら、二次元の中国娘に癒やされればいい。王道だが、この関羽なんてどうだ?」

 スグルは長いポニーテールの黒髪の女の子が書かれたカードを慶一に見せた。

「……どう見ても女の子なんだけど」

「このゲームじゃ名のある武将は女性化されてるんだよ。慶一はポニーテール萌えなんだろう? 無印の頃から人気のキャラクターだぞ」

「いや……萌えというより……なんだ……この感情は……。このキャラクターを見てると、なんかツマミを作らなくちゃいけない焦燥感に駆られる……」

「よくわからんな……。関羽はそういうキャラじゃないんだが……。なら、趣向を変えて賈駆はどうだ?」

 次にスグルが見せたカードは、メガネをかけた女の子というよりは、少女という言葉がぴったり来る感じだった。

「なんだろう……なんかすげぇほっこりする。ご飯を作りたくなってきた」

「これもそういうキャラじゃない。よくわからんが、料理をしたくなるというのが慶一の萌えポイントらしいな。なかなかいい感じに染まってきたじゃないか。お次はこれだ」

 スグルは公孫賛と書かれたカードを高くかざしてから、ゆっくり慶一の目の前に突き出した。

 例によって女性化されていることに、もう慶一はいちいち突っ込む気は失せていた。

「なんだか……やっぱり飯を作りたくなるな……。でも飯を作ったら、全部カラスに持っていかれそうな気がしてくる」

「なんか慶一の感想。さっきから複雑に次元を超えてる気がするよ……。推しキャラっていうのは、もっと軽い気持ちから入っていいんだよ。一歩踏み出せば、泉のように世界が広がっていくんだから」

 モロはものは試しにとあれこれと勧めてくる。

「一歩踏み出せば、底なし沼のように沈んでくだけなんじゃないか?」

「それが二次元への愛だ。つまり底なし深い」

 スグルがニヤリと口元に笑みを浮かべると、モロは大きく頷いた。

「どうせなら、普通にゲームしててくれよ。見ながらハンバーガー食ってるから。ハマりそうなら、改めてご教授願うよ」

「それもそうだな。キャラクターカードを見せるだけよりも、イベントをカードを見せるほうが原作に興味を持つかも知れない。さぁ、モロ。慶一にディープな世界を見せてやろうじゃないか」

 

 

 モロとスグルの二人は慶一が聞いたことや、聞いてもいないことも矢継ぎ早に喋りゲームを展開していくが、中盤に入ってくると熱くなり慶一に説明することなく怒涛の展開を見せていた。

 しかし勝負に決着がつくことはなかった。

「おい! ニュースニュース! ビッグニュースだぜ!」というヨンパチの乱入によって、テーブルの場がすっかり荒れてしまったからだ。

「もう……せっかくいいところだったのに……」とモロはカードを直しながら言った。

「なんだよ、何落ち着いてんだよ。さては誰もスマホを見てないのか? 男連中全員にメッセージを送信したんだぜ」

「慶一にゲームを教えてたからな。勝負に集中するためマナーモードだ」

 スグルもカードを直しながら言ったが、既にデッキが崩れてカードが見えてしまっているので諦めて、全て一纏めにした。

「教えてもらったのは最初だけな。スタメンのプロフィールだけ説明されて、試合が始まるとほったらかしだ。ルールのわかんねぇスポーツを見させられてる気分だ」

「んなことどーでもいい! 見ないなら聞け! いいか?」とヨンパチは大きく息を吸った。「楊志が――なんと! 葉桜先輩のパンツ奪取宣言!!」

 まずスグルの舌打ちが入った。

「三次元のパンツの話なんぞどうでもいい。時間の無駄だ。一般アニメのパンチラをコマ送りでキャプチャする方がよっぽど有意義だ」

「オマエら! これがどういうことかわからねぇーのか!? このバーロー共! いいか、オレの推理によると、パンツを盗まれた葉桜先輩には、確実にノーパンタイムがあるということです。文学少女が校内でノーパン……いったい何人の生徒が犠牲になるのでしょう。だけど、これだけは断言しておきましょう。彼女は赤面と悲鳴をあげると」

「おい、アホ名探偵。頼むから楊志をノセるなよ。あいつは真顔で、趣味はパンツハンティングって言ってのける奴だぞ」

「はい、裏取れましたー」とヨンパチはテンションを上げた。「つまり有言実行。葉桜先輩にノーパンの日が来るってことだろ? やべぇ……想像だけで出すぎて枯れちまいそうだぜ……」

「確かにちょっとドキドキしちゃうな……。夕日に染まるより赤い頬。なびく髪の毛がーなんてね」

 モロが言うと、ヨンパチはこれみよがしに大きなため息をついた。

「おいモロ! ノーパンってことは、かみの毛どころじゃない。しもの毛までなびくってことだぜ」

「うわ……なかなかに最低なジョークだね。おかげでちょっと我に返ったよ」

 モロの批判などどこ吹く風で、ヨンパチは慶一の前の椅子に腰をおろした。

「いいよなー慶一は。あんなに話のわかる女とひとつ屋根の下だもんな。オレ初めてだぜ、エロスより尊敬が先にきた女って」

「その話の内容は聞きたくねぇ……」

「なんだよ。朝からずっと疲れてるじゃねぇか。さては……あんな可愛い女の子達が増えて、右手が大忙しってやつだな! かーっ羨ましいぜ」

「絶好調だね、ヨンパチは」

 モロは苦笑いを浮かべた。

「昼も言ったけどな。何をどうしろってんだよ。癖の強さだけならまだしも、全員武術の達人ときたもんだ。言うことなんか聞かねぇよ」

「オレならエッチな写真で脅して言うことを聞かせる」

 モロは「ヨンパチ!」と声を荒らげた。

「いいだろう。妄想なんだから。林冲ちゃんとか可愛いよなー。制服も似合ってるし、凛としてるのに、急におどおどしたりして。あーいうのって股間にくるよな。なぁ……慶一。出来上がった料理に、胡椒とかバジルとかかけて料理の旨味を引き出す方法ってあるよな」

「まぁ、スパイスとハーブは大事だよな。やっぱり料理を香り豊かにするって、後からって重要なんだよなって……オレに料理の話をさせたいわけじゃないんだろ」

「そのとおり! オレにエロスのスパイスとハーブをくれ! 慶一にしか手に入らないナマモノの情報というスパイスとハーブだ!」

「んなのオレが知ってるわけねぇだろ。だいたい川神院でも学校でも変わんねぇよ、あのかしまし娘達は」

「ちぇー……オレが慶一の立場だったら、絶対利用するのにな。苦労ってのは、報酬がついて当然なんだぜ、慶一」

「あっ、以外にいいこと言ってる」とモロが驚いた。

「洗濯を押し付けられたら、下着は傷むから手洗いねって言われたりとか、掃除を押し付けらたら、間違ってあけたタンスに下着が入ってたり」

「前言撤回。煩悩の塊でした。もう……楊志の宣言に翻弄され過ぎだよ」

 モロは呆れると、なんの気なしに慶一の顔を見た。すると、慶一の顔は真剣そのもので、何かを考えていた。

「慶一? どうしたの」

「そうだよな……苦労っては、報酬があって当然なんだよな」

「慶一!? まさか今のヨンパチの話に感化されたわけじゃないよね? 絶対思い直したほうがいいって」

「いいや、思い直すな慶一! 勇者になれ! そしてオレ達のような魔王に迫害されし者に分け与えるんだ!」

 モロとヨンパチはそれぞれ慶一の左右の耳にやいのやいのと主張を続けた。

「あーもう! うるせえな! とにかくもう決めたんだ。決めたからには、今日にも実行する。ってなわけで帰るわ。いい気分転換になった、ありがとよ」

 慶一はモロとスグルに礼を言うと、軽い足取りで帰路についた。

 

 

 

 

 

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