真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第十一話

 青い空に綿菓子のような積雲が浮かぶ春うらら。河川敷では春紫苑が咲き乱れている。

 たまに見かける名前も知らない老人が、曲名も思い出せない懐かしい歌を口ずさみ横を通り抜けていった。

 だらだらと歩く慶一の足元には一つの小石。特に意味はないがそれを蹴って転がし運んでいく。

 不細工な形状の小石は蹴る度に不規則に跳ね返り、慶一の足取りを千鳥のようにふらふらさせる。

 欠伸をし空を仰ぐと、寝すぎて重くなった瞼に昼の太陽の光が痛く差さる。学園に着く頃には、小石も随分と思い通りに転がせるようになっていた。

 玄関口にも聞こえる賑やかな声が授業中ではないことを知らせる。

 教室のドアを開けると混然一体となって広がる弁当のおかずの匂いが鼻に届いた。

「おはようさん」

「おはよう、もう昼だけどね。今日は休みだと思ったよ」

「いつもは二度寝の後でも起きれるんだけどな、春の日差しにやられたかな」

 教室にいる大和と京に挨拶をする。その隣には見慣れた制服の見慣れない少女がいた。金色の長い髪が日差しに当てられ文字通り輝いている。

「むっ遅刻は関心しないぞ。日本は時間意識が高い国だと思っていたが」

「誰だこのつり目の嬢ちゃんは」

「こないだウメ先生が言ってたドイツからの留学生の――」

「クリスティアーネ・フリードリヒだ。呼び難いだろうからクリスでかまわない」

 凛とした姿勢は声にも現れており、一点の曇りもない澄んだ瞳が慶一を捉えている。

「クリス? 普通はフレデリカじゃないのか」

「自分としては名前の方で呼ばれるほうが嬉しい。んっんんぅ」

 なにかを促すように咳払いをする。

「自己紹介」

 大和が慶一のわき腹を肘で突き、小声でクリスの求めるものを教える。

「前口慶一だ。まぁ、よおしく」

 寝すぎたのが悪かったのか、自己紹介の時に思わず欠伸をしてしまう。喋っている最中なので欠伸を噛み殺すわけにもいかず、素っ頓狂な声になってしまった。

「大和! なんだこの失礼な男は!」

「オレに言われても困るんだけど……。マイペースな奴ってことで多めに見てもらえると助かる」

 やはり拙かったのだろう。クリスがなぜか慶一ではなく大和に突っかかる。転校してきたばかりの人とも直ぐに仲良くできる大和のコミュニケーション能力の高さに感嘆するが……。

「京、オレまずったか?」

「やっぱり欠伸はダメだったかもね。後さらっと言ったけどつり目もNGだと思う」

 なんとか慶一の不躾な自己紹介を取り繕っている大和。

 迷惑ばかりをかけるのもいけないと思い、この場は勢いで乗り越えることに決めた。

「嬢ちゃん。ちぃっとばかし聞いてくれ」

「なんだ?」

 目を尖らせて怒っているクリスだが、呼びかけると素直に反応をしてくれる。

 慶一はクリスの前に立つと両膝をつき腰を下ろし、左手を左膝へ右手を右膝の前についた。

「手前生国と発しますところ葛飾柴又です。帝釈天で産湯をつかい、姓は前口、名を慶一。わたくし、不思議な縁もちまして、生まれ故郷にわらじをぬぎました。あんたさんと御同様、川神の空の下、武道、武士道あふれる川神院に、仮の住まいまかりあります。料理しか能のない私ですが、以後見苦しき面体お見知りおかれまして、恐惶万端引き立って宜しくお頼申します」

 しばらく何とも居心地の悪い間が流れる。教室で談笑をしていた生徒もいつしか口を噤んでいた。 

 沈黙を破ったのは好奇の声。

「お、おぉ! まさに仁義を重んじる日本人!」

 先ほどまで怒っていたのが嘘の様に無邪気にはしゃぐクリスを見て、野良猫にねこじゃらしを与えたような滑稽な愛くるしさを感じる。

 そのクリスとは対照的に冷めているのは大和と京。

「なんで仁義切ってんだ? つーか、ただのと○さんだよな」

「小さい頃は隣町に住んでたって言ってたし、同じ川神育ちなのにねぇ」

 思い出したように大和が慶一に向かって手招きをする。

「見たか大和。ばっちり機嫌を戻してやったぞ」

「いやそれはいいんだけど、からかって泣かすようなことはしないでくれよ」

「前科があるような言い方するなよ。やけに念を押すけど一目惚れでもしたのか?」

 大和に今朝の自己紹介時の出来事を説明される。

 軍人と言えども人の親である、私情を挟むようなことするのだろうか。サッカーで国交断絶にまでにもなったサッカー戦争というものあるが、いくらなんでも最新戦闘機が川神の上空を飛び回ることなんてないだろう。

 考えても仕方のないことだが、窓の外を飛翔するカラスが一瞬だけ戦闘機に見えるくらいの熱弁に心配を覚えた。

「……よーっすヨンパチ」

「あっ、逃げたね」

 脱兎の如くとまではいかないが、クリスの視線が外れているうちに別のクラスメートの元へ向かう。

「慶一情けねぇぞ!」

「藪から棒ってのは、まさにこのことだな」

「オレは悔しい! なぜモモ先輩のスカートはあんなにガードが固いんだ!」

 てっきり転入生のクリス関係の話だと思ったがそうではなく、今朝にあったモモと挑戦者の試合の話らしい。苦戦しただけでも話題になりそうなもんだが、それでもないってことは今日も完全勝利だったようだ。

「まぁ、撮れたら撮れたでヨンパチごとデータ消されると思うぞ」

「一緒に住んでるんだし、慶一はモモ先輩のパンツの色とか知らないのか?」

「知ってるような仲だったら人に教えないだろ」

「スイーツだったら簡単に撮れるのによぉ」

 ヨンパチがカチカチとカメラのボタンを弄っている。画面を覗き込むと一人の少女が写っていた。

 細い腰を支えるように曲線を作り二つに膨らむ肉の山は、秘部に向けて伸びる皺に影を作り、肌と布の間に挿入された指の隙間からは下着が覗き見えた。

「いまどきブルマって本当貴重だよな」

「オレがこの学園を選んだ理由だからな!」

「諦めて転入生でも撮ってくれば?」

「そっちも動きが早すぎて撮れなかったんだよー!」

 慶一が転入生のパンチラよりも気になったのは、一子とクリスが決闘を行ったことだ。

 慶一から見れば一子も充分強い部類に入る。漠然とそこら辺の奴には負けないだろうと思っていた。

 重りをつけて戦って負けるとは、いかにも一子らしい気もする。それがハンデになったのかならなかったのかは本人同士にしかわからないだろうが、クリスの実力は少なくとも一子と同じかそれ以上なのだろう。

 モモの試合には興味はないが、今回のようなスポーツ的な決闘ならば見てみたかった

と後悔した。

 

 カラスが子供は早く帰宅せよと急かすように鳴く夕方を過ぎ、秘密基地ではキャップが持ってきた短期バイトの余り物の寿司をつまみながら転入生のクリスをファミリーに入れるか否かの談義が繰り広げられている。

「オレも反対だな」

「慶一が反対か、またどうして?」

「あのキャラで通さないといけないとか陰鬱になるぞ」

 当然キャップはなんのことを言っているのかわからずに頭をひねる。

「それは早めに訂正して置かないと。どのみち一年は同じクラスなんだし」

「それは軍師大和に任せるとして、本当はどっちでもいいんだけどな。オレも新参だし、あんまとやかく言えねぇや」

「じゃあ、慶一も様子見ってことで。まとめると、不満そうなやつもいることだし、空気悪くなりそうだったら遠慮なく切るってことで」

 一応のまとめの意見が出されたところでいい匂いがしてくる。

「皆、お疲れさま飲み物でもどうだい」

 クッキーがコーヒーを運んでくる。ご丁寧にそれぞれの好きな飲み物も一緒に。

 本当に良く出来たロボットだ。人語を理解して話すし、掃除洗濯もこなす。人間と同じ見ためだったならば、不自由することなく人として生活を送れるだろう。難を言えば見た目がローターにしか見えないことだろう。

「なにか失礼なこと思わなかった?」

「いや、オレの知ってる卵型ロボットより知的だなって」

「慶一はなかなかわかってるね。ポップコーン食べるかい?」

「コーヒーには合わないから遠慮しとくよ」

「慶一も肉汁飲まねぇか? 血の味がたまらんぞ」

 食べると言うことでは美味しそうな表現が浮かんでくる肉汁だが、飲むとなるとどうにも前向きな表現が浮かんでこない。美味しそうに飲み干すガクトを見るだけでも胸焼けが襲ってきそうだ。

「肉汁ってのは喉を鳴らして飲むものじゃないだろ」

「ガクトは味覚がおかしいからね」

 涼しい顔をしてつっこむ京だが、明らかにトマトジュースではない真っ赤な色をした飲み物を手に持っている。

「一子でも飲めないような、血の池地獄を飲み干すのもおかしいと思うぞ」

「一子でもってどーいう意味よ!」

「大和のも飲み干す準備できてるよ」

「飲み干す? なにか美味しい飲み物を隠してるなら、私にも飲ませなさいよ大和!」

「ハァハァ……そうだ出すんだ大和!」

「こらこら! 無垢なワン子に便乗してズボンを脱がそうとするなぁ!」

 いつぞや見たことがあるような光景が繰り広げられる。

「地獄と言えば、鬼の女の子とかいいよな。快楽地獄とか最高なんですけどー」

 天国と地獄は言うなれば快楽と苦痛。相成れないものを組み合わせ妄想するガクトは鼻息荒く興奮していた。

「そんな地獄ないだろ。つーか地獄の鬼のイメージって男だけどいいのか?」

「夢のないこと言うなよ。慶一だってそういう地獄があったら落ちたいだろ?」

「なんにしても地獄は嫌だろ。天国も天国ですげー束縛されそうで嫌だけど」

「地獄のトレーニングは望むところだけど、行くなら天国に行きたいわねぇ」

 将来本でも出せるのではと思うくらい修行に修行を重ねている一子らしい発言だ。もう片方の川神の性を持つ者ならば、嬉々として鬼と戦う姿しか思い浮かばない。それはそれで見物だろうと思うのは随分川神の街に毒されてきた証拠だ。

「私は大和と一緒なら地獄でも天国だよ」

「ポジティブなようでネガティブだね。僕も死後があるなら天国の方がいいね」

「うぅ…死んだ後の話をしてたら、なんだか胸がモヤモヤっと変な感じがしてきたわぁ」

「そんじゃ、現世を生きる若者は明日何をするか考えるか」

 陰鬱そうにする一子の頭を慶一が撫でる。それと、いつものキャップの声で一子の表情もいつも通りに戻った。

「はいはーい! 外で遊ぼうぜ!」

「いいわねぇ。冬はインドアだったから思いっきり体を動かしたいわ」

 明日の予定を立てるというのは言わば遊びの前哨戦である。本当に予定通りに行うための話し合いというよりは、去年の春の思い出話を肴にしただけのただのお喋りだからだ。

 春も本格的に始まり、ファミリーの心も季節同様に浮き立っていた。

 

 

 

 

 

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