ごめんなさい。
もうすっかり口調もわからず。
書きかけのネタを短編消化。
◯不気味の国のクリス。
日曜日。学校もなく、ファミリーの集まりもない。クリスは自室で四時間ぶっ通しで大和丸を見ていた。
あと島津寮にいるのは京だけ。
「うーん! 大和丸はやっぱり面白いぞ!」
「クリス、日本のことを知るにはドラマばかり見てちゃダメだよ」
京は本を読みながら、テレビから離れる様子のないクリスに、あくまで留学生なんだからと注意した。
「もちろんわかっているぞ。だが、日本の時代劇が勉強になるのも確かだ。家屋や言葉遣い。全てが歴史的だ。京こそ、日本人ならば嗜むべきだ」
クリスは座布団を一枚自分の隣に引き寄せると、それをポンポン叩いて京が横に座るのを待った。
あまりに瞳をキラキラさせるものだから、京も「わかったよ……」と仕方なく大和丸夢日記を見ることにした。
「それでいいんだ。京には特別にこのくまのぬいぐるみを貸してあげよう。こうやって抱きしめながら見ると最高なんだ!」
満面の笑みでぬいぐるみを抱きしめるクリスを見て、京も思わず笑みが浮かんでいた。
そのまましばらく大和丸を見ていた二人だが、急に玄関が開く音がしたので、部屋のドアに目を向けた。
すぐに老化を走る足音が響き、それはまっすぐに部屋へと向かってきた。
「遅刻よ! 遅刻! 急がなきゃ!!!」
そう言ってドアを開けたのは一子だった。
「なに!? 遅刻だと!? ……って、今日は日曜日だぞ」
クリスがびっくりしたと胸をなでおろしている間も、一子は「大変! 大変! 遅刻よ!」と走り回っていた。
そして不意に大和丸夢日記のDVDを手に取ると、持ったまま部屋を出ていってしまった。
「待て犬! どこへ行く!」とクリスは慌てて追いかける。
部屋を出て玄関を出ると、浮遊感に襲われた。足元に地面はなく。深い穴の中へ落ちていってしまった。
「……なんだここは? 私は一体どうしたと言うんだ……」
クリスは靴が床につくとホッと一息ついた。
周りには小さな扉がいくつも並ぶ、奇妙な部屋に着いていたのだ。
天井は低く、壁には見たこともない模様が描かれている。
扉の一つの鍵穴を覗くと、中は広大な庭のように見えるのに、手を伸ばしても届かない。
ふとテーブルの上に置かれた小さな包みを見つけた。
ラベルには食べると小さくなると書かれていた。
「ははーん……さてはキャップのいたずらだろう。よし、このクリスティアーネ・フリードリヒ! この勝負受けて立とうではないか!」
クリスは【大和丸夢日記】に決めポーズをすると、すぐさま包みに手を伸ばした。
「キャップが関係しているということは……これは慶一の手作りだろう。問題ないと見た」
包み紙を空けて出てきたのは、まるで童話に出てくるクッキーそのもの。普通なら怪しむものの、慶一が凝ったものを作ったと考えれば、疑う気持ちはあっという間に消えた。
危機として口に放り込むと、胸がみるみる縮んでしまった。
「なっ……! っどうなっている!? これではまるで板垣天使ではないか! 自分の胸はもっと膨らんでいるぞ!」
胸が小さくなったクリスは、揉んだり引っ張たり揺らしてみたりするが、胸は揉むほども引っ張られるほども揺れるほどもなかった。
変わったことと言えば、相変わらず鍵穴は通れないが、胸が小さくなったことにより扉の隙間を通れることだ。
クリスに迷いはなかった。
なぜなら『ロリコニアの匂いがかすかに香った……。退化の香りだ……』という聞き覚えのある声が聞こえたからだ。
体を扉の隙間に滑り込ませると、その先にある森まで一直線に逃げ出した。
森の奥では“珍妙”なお茶会が開かれていた。
大きなテーブルには、魔法少女が被っている帽子を見に付けたスグルと、ブーメランビキニにうさみみを付けたガクト。
「いらっしゃい、迷子さん。助けてよぉ……」
やたらと小さくなったネズミサイズのモロが助けを求めてくると、さすがのクリスでもこれは夢だと気づいた。
「無視だ無視……それより起きるんだ私。起きればこの茶番は終わる」
クリスは目を瞑って祈るように目覚めを呟いた。
しかし、目を閉じると鋭くなるのが聴覚だ。
クリスの耳には、ガクトとスグルのとてつもなくしょーもない会話がどうしようもなく入ってきた。
「だからオレ様は言ってるわけよ。年上の女の威厳にはおっぱいも必要だって」
ガクトがすごんで言うと、スグルは肩をすくめた。
「その選択、運命に抗うにはあまりにも浅はかだ」と薄目で言うと、スグルは突然目を見開いた。「二次元には貧乳のお姉さんキャラが腐るほどいる。本当に腐っているのもいるくらいだ」
「この腐っているっていうのは、腐女子とかゾンビ娘って意味だから誤解しないでね」
モロがフォローまで入れ始めると、クリスの限界はすぐに来た。
「あーもう! うるさい!」
そう夢の中で叫んだ瞬間。
ふっとロウソクの炎が消えたかのように真っ暗になった。
そうして再びまぶたを開けると、口元に笑みを浮かべている自分に気づいた。
「クリスってばぁ情けないんだからぁ……」
そう言うと一子は、犬のようなあくびをして再び眠りについた。
◯ラップに包んで納豆おにぎり
納豆片手に颯爽と参上
発酵度満足の松永納豆
納豆長ネギで納得の感想
Hey!Yo! 皆様ご清聴
納豆には栄養がたくさん
合うのはもちろん白飯とか書いてハクハン
黄色いあいつも刻んでタクワン
納豆とタクワン合わせれば、味覚のタワマン完成
「イエーイ!」
燕は慶一に向けて古臭いラッパーのハンドサインを向けた。
「なにがイエーイなんですか? 松永先輩」
慶一はまな板から視線をずらさずに言った。
「イエーイはイエーイだよ。慶一くんこそイエーイはどうしたの?」
「それを言ったら仲間だと思われます……」
「何言ってるのさ。もうファミリーでブラザーでマイメンでしょう」
「連帯保証人にはなりませんよ」
「ならないよ。なるのはVTUBERか歌い手だよ。ラップする女の子って狙い目だと思わない?。だから自己紹介ラップでもしようと思い立ったの」
「随分流行りに乗っかるんですね」
「慶一くんこそ。こういうのに乗っかっておかないの? 料理する動画投稿者なんていっぱいいるよ。お金稼ぎのチャンスなのにさ。なんなら納豆スポンサーしちゃうよん♪」
百点満点の営業スマイルに、+50点の特別な愛嬌で笑みを浮かべる燕だが、身に覚えがある慶一は彼女が何を言いたいのかすぐに分かった。
「中華フェアはやめませんよ。明日はもう麻婆豆腐祭りってチラシだしてるんですから。急にやめたら、それこそ流行りの炎上しちゃいますよ」
慶一は大和に頼んで地域共有のアプリで、学食のチラシを拡散してもらっていた。
その内容とはこれだ。
【まちの味めぐりアプリ】新登場!
――ページを開けば、そこには香り立つ物語。
本格四川のしびれる辛さから、日本風の甘口でご飯が進む味わい、さらには体にやさしい豆腐そぼろ麻婆まで。
あなたの気分に合わせて選べる麻婆の世界を、学食一つに集めました。
写真を眺めれば思わずお腹が鳴り、匂いを嗅げば財布も開く。
今日は辛さで冒険? それとも優しい一皿でひと休み?
物語の主人公は、あなたと“今夜の麻婆”です。
・ご利用にあたってのご注意
本サービスは川神学院の生徒を主な対象としております。一般のお客様につきましては、放課後の一部時間帯のみご利用いただけます。
ご利用可能な時間は曜日により異なりますので、事前にアプリ内の案内をご確認ください。
慶一が差し出した一般人持ち帰り用の紙のチラシを、燕はビリビリに破り捨てた。
「中華なんか作ってるくせに、なにを炎上なんか怖がってるのさ。らしくないよ! 炎上なんて言葉を、本物の火事だと思うのが慶一くんでしょう」
「そこまでジジ臭いと思われていたとは……ちゃんと新聞は読んでますよ」
「若者はニュースを見ても新聞は読まない」
「あれ……でも、松永先輩って新聞のチラシの広告に出てましたよね。つまりオレと同じジジイ。いや、女の場合は……」
その数十分後。燕は大和に絡んでいた。
「いえーい!」
「燕先輩。なにがいえーいなんですか?」
「遺影だよ遺影」
「そんなことより、慶一見ませんでした? 放課後の学食にいないらしくて……探せって言われてるんですよ」
「だから遺影だって」
「いえい……。いえ……い。イエイ。あぁ! 燕先輩もラップをやってみるってこと? 最近はやってるから?」
「本当……大和くんはいい子だね。おいで」
燕は大和を抱きしめると、いい子いい子と頭を撫でた。
後日ヨンパチが出した号外では、燕に抱きしめられる大和の姿ではなく、燕にクロスチョップされる慶一の姿スクープされていた。
その写真は、ちょうど燕の両腕が黒の細い布のように見え、慶一の遺影のようだった。