真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第十四話

 馬鹿でかい水槽の中で天使の顔を見せながらエイが悠々と泳いでいる。その周りを水流が渦巻いているかと思いきやイワシの群れで、微かに照らされているライトがウロコに反射してきらめいている。

 広大な海と比べたらこの大きな水槽も米粒のようなものだが、空の色を映した海の色に負けず濃藍色が世界を広げている。

 水槽に張り付くように見てる人々の頭部は影で黒く染まり、遠目から見るといかにも魚が主役として映っている。

 この薄暗い空間は尾行をするにはもってこいだった。

「おぉ! なんと神秘的!」

「ドイツにも水族館はあるだろ」

「日本ほど各地には無いがな。それにここまで暗くない。まるで水の中にいるようだぞ!」

 水槽のライトに負けないくらいクリスは目を輝かせていた。魚が自分の目の前を泳ぐ度に、その水の色にも負けない濃いサファイアのような瞳で追いかけている。

「無邪気にはしゃぐクリはカワユイな。今なら色んなところを触っても気付かれなさそうだ」

「ひょんな所で痴漢の心理を聞く羽目になるとは……。オレ達は遊びに来たわけじゃないってのに」

「いいだろー。見てなくても大和の気配なら直ぐわかるさ」

「弟ラヴの自慢はいいけど、大和のデートの監視じゃなくてストーカー探しだぞ」

「そうだったな。お? 京とワン子見っけ」

 話を聞いているのかいないのか、先ほどから新しいターゲットを見つけては視線を変えていた。

 かく言う慶一も、朝から尾行している一子の様子が気になり視線を向ける。

 探偵ものの漫画みたいに変装をしているわけでもないので、その姿はすぐに見つかった。

 時折魚に見惚れているかのように足を止めて、しばらくして京に手を引かれてまた歩き出す。そして思い出したようにキョロキョロと辺りを見回し怪しい人物がいないか探している。その時に魚が目に入るのか再び足を止めてと繰り返していた。

「一子は見てて飽きないな」

「慶一だってワン子ばっかり見てるぞー。ちゃんと探してるのか?」

「探してるけど、今のところ一番怪しい動きをしてるのは一子だな」

「ふっ。確かにな」

 慶一と百代は顔を見合わせて笑う。

 再び一子に目を向けると、また立ち止まって涎を拭くような仕草をしていた。どうやら綺麗とか可愛いではなく、美味しそうということで足を止めていたようだ。

 でかい生簀に見惚れてる一子が迷子にならないように京が手を取って歩き出す。

「こっちにも迷子になりそうなクリがいるけど、大丈夫か?」

「手を握られてるも気付かないほど熱中してるけど、ちゃんといるぞ」

「なんだよー。オマエが触るのはいいのかーずるいぞー」

「そう思うなら交代」

 握っていたクリスの手を百代に渡す。自分の手が人から人へと渡っているのにクリスは気付かず水槽に目を奪われている。

 その間に慶一は大和とモロに定時報告のメールを打つ。

(ホシ現れず。このまま尾行を続ける)

 大和がこのメールを確認するのは水族館を出て一息ついた頃だろう。ちなみにキャップではなくモロにメールを送信したのは、その方が確実にメールを読むからである。

「おぉお! 日本にはこんなにでかいメダカがいるのか!」

「そりゃししゃもだ。しかもそこにいるアザラシの餌の」

 泳いでいるのだか沈んでいるんだかわからないが、小太りのおっさんのような体系のアザラシは、人間なんて興味ないというように目を細め眠そうにしている。

「なんと!? それにしてもこの斑点がかわいいなぁ。アザラシと言ったら白のイメージがあるから新鮮だぞ!」

「日本ではゴマフアザラシの方が一般的だな。北太平洋に生息してるし」

「そうなのか。慶一はなかなか博識なんだな」

 慶一はガラスの前にある板をコンコンと軽く叩く。

「説明文に書いてあるよ」

「そうなのか、なんか褒めて損した気分だぞ。それにしても、ちゃんと説明もついてるとは……。これが日本のお・も・て・な・しなのだな!」

 携帯のカメラで写真を撮るクリスは何故か満足気に頷いている。

「いや、日本に限らず展示施設には大抵説明文はついてるだろ」

 クリスは未だ百代に手を繋がれているのも気付かずに、一つ一つの展示に反応しては子供のように楽しんでいる。ここに来た当初の目的など既に忘れていることだろう。

 しばらく歩いていると、今までの見上げるほどあった大きな水槽とは違い、小さな水槽が並んでるエリアが広がる。

 クリスは入って直ぐにある水槽に張り付いた。ニシキアナゴとチンアナゴが砂の中からニョロニョロ顔をだす仕草に目を引かれたらしい。

 このエリアに釘付けにされたのはクリスだけではなく。今までテンポ良く回っていた大和の足も止まっている。

「大和はどうしたんだ? なんかわかるかモモ」

「ん~、もうちょっと」

 そう言いながら慶一の肩に空いた手を乗せて背伸びをするように爪先立ちをして、大和が足を止めているのが何かを探る。

「どうだ、見えそうか?」

「トラブルってわけじゃなさそうだが、もうちょい近づかないことにはわからんな」

「しゃーない。ここはなにかあったら一子と京に任せるか」

 主に家族連れカップルが目立つが、男一人女一人でうろつく姿もチラホラと見かける。

 最近は携帯で気軽に写真を取る人が増えて、シャッターを切る度に足を止めるので人数以上に混んでいるように感じた。体を伸ばして気分転換をしたくなるが、こう混んでいては首の筋を伸ばすことくらいしか出来ず、そのまましばらく何もない天井を仰ぐ。

「おい、動いたぞ」

 慶一は百代に袖を引かれ歩き出す。

 人混みをスムーズに抜けるのは難しく途中で人にぶつかってしまう。サングラスごしに睨まれたようなので謝りながら進んだ。  

 大和が足を止めていた水槽に目を向けると、世界のヤドカリ展とポップが張り出されていた。大和も結構楽しんでいるらしい。

 ここのエリアを抜けると光が強くなっていく。ぐるっと一周して出口まで来たようだ。

 先までの幻想的な空間と違い食堂や土産物、休憩どころが並び一気に現実に引き戻される。白色の光が強いこの場所では、いつもより洒落込んだ洋服を身に纏った大和の姿がはっきりと見える。

「もう大和たちは外に出るみたいだな」

 慶一が入り口にある大きな時計を確認すると12時を少し過ぎたところで、今から入館する人の群れも途切れてはいない。

「大和のことだから混む前に昼飯をすませるんじゃないか?」

「とりあえずモロに定時報告して、オレらもついて行って昼飯にするか」

 

 

「う~ん! いなり寿司は美味しいなぁ」

 クリスは口いっぱいに頬張り目を細めて咀嚼している。日本に来てからは稲荷寿司にハマりにハマっているらしく、今日も稲荷セットを頼んでいた。

「蕎麦も美味いな。七浜じゃなくて川神にあったらちょくちょく来れるのにな」

 蕎麦に山葵をのせて一口分を箸でつまむと。箸ごしでも、もちっとしたしたこしが感じられた。

 箸で持ち上げた蕎麦の下側だけをツユにつけてすする。少し濃い目のめんつゆは鰹の出汁が頭ひとつ突き出ていて、蕎麦に味が良く溶ける。

「こないだテレビでみたぞ。通の食べ方ってやつだな!」

「その食べ方めんどくさくないのか? 私はツユに混ぜるぞ」

「めんどくさいに決まってるだろ。蕎麦湯に山葵の香りが残るのが嫌なんだよ」

 山葵を蕎麦湯の薬味として入れる人も多いが、そうしてお吸い物として楽しむよりも、ツユだけを薄めた方が食事の締めという感じがして好きだ。

「蕎麦湯とはなんだ?」

「蕎麦のゆで湯。大抵は冷やし蕎麦についてくる。そのままだと濃いから蕎麦湯を入れてツユの出汁を味わうためって聞いたことあるな」

「じじいは最初の一口は何もつけないで食べてたな」

「蕎麦つゆはしっかり麺にからめた方が美味いぞ。オレはツユがはねるのが嫌だから浸さないけどな」

 “通”と言われる食べ方と言うのはあくまで自己満足の世界だ。当然、一般的な食べ方は美味しいから浸透しているのであって、無理して通の食べ方をする必要はない。自分が美味しいと感じる食べ方が一番だ。

 まだ食べている最中にガソゴソとクリスが何かを取り出している。

「気に入ったのはわかるけど、仕舞っておかないとツユがはねたら汚れるぞ」

 クリスは相当ゴマフアザラシを気に入ったのか、水族館を出る前にちゃっかりとぬいぐるみを購入していた。そのデフォルメされた姿を見ると、昔やってたアニメのキャラクターを思い出す。

「確かにそうだな。家に帰ってからじっくり愛でることにしよう」

 卵を仕舞うかのように大事に袋の中に入れた。

「京情報じゃ、部屋に腐るほどぬいぐるみが置いてあるって聞いたけど」

「むっ、ぬいぐるみは腐るもんじゃないぞ!」

「ただの慣用句だよ。そんなに持ってても使い道ないだろって話し」

「観賞したりお話したり抱っこしたりいくらでも使い道はあるぞ。ふふん、慶一はなにも知らないんだな」

 腕を組み何故か得意げになるクリス。

「あぁ、オレが座布団丸めて肘置きにするのと同じ感じか」

「全然違うだろ! 一緒にするな!」

 テーブルを叩くと立ち上がり抗議をする。

 ちょうどその時、チリンチリンとドアに付けられている鈴の音が響く。クリスの立てた物音に男が一度反応するが直ぐに出て行った。

「公共の場では静かにな」

「ううう……。自分は悪くないぞ」

 今しがた出て行った男に反応したのは百代だった。

「今、店を出た男サングラスをかけてたな」

「それがどうかしたのか?」

「ご飯の時までサングラスをかけてるのおかしくないか?」

「出るときにかけたんだろ。それに道を歩いてるだけでもサングラスかけてる人もいるくらいだし、珍しいか?」

 一瞬しか男の姿を確認していない慶一は、特に気にせず蕎麦の残りをすする。

「慶一がクリスと仲良くお喋りしてる間もちゃんと見張ってたからな。あの男は大和たちから死角の席に座ってたぞ。似合わないサングラスをかけてな」

 慶一と百代が怪しげな男を分析していると、思いがけない人物から確証を得る。

「あの男なら水族館からずっといたぞ」

 クリスが携帯を取り出し画面を見せる。アザラシの写真だが、確かに水槽に反射してサングラスの男が映っていた。

 思い返せばヤドカリのコーナーでぶつかった男もサングラスをかけていた。

 あの暗い空間でもサングラスをかけているのはおかしいだろう。わざわざ魚を見に行くのに、見え難くする必要はない。

「キャップ達のところにも現れたら確定っぽいな」

「自分が皆にメールを送ろう」 

 手がかりの写真を携帯に収めているクリスは上機嫌に写真をメールに添付する。

 京あたりは気付いていそうだが、この写真があれば対象を絞って尾行出来るだろう。

「もうひとつ気付いたことがあるんだが」

「なんだよ? クリスはもうメール送っちまったぞ」

「今回慶一は何もしてないな」

 ぐうの音も出ない。存分に水族館を満喫したクリスが偶然と言えども写真に男を収め、百代はその男が怪しいという目星をつけていた。

 慶一が苛立ちとも羞恥とも言えない表情を浮かべ、蕎麦湯を口につけ誤魔化していると、目の前に座っているクリスがメールを終えたのか慶一に向き直る

「役立たずの件はもういらんぞ」

「世界的に有名な熊のぬいぐるみもドイツ生まれなんだぞ!」

「あっ、その話まだ続けるんだ」

 クリスにとっては役に立った優越感に浸るよりも、ぬいぐるみの素晴らしさを伝える方が優先されるようだ。

 

 

 

 

 

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