人の音で賑わう七浜駅前から少し放れた倉庫街は、週末になると屋台がズラリと並んでいるのだが、平日はチラホラと数える程度しか出店されいない。それでも地元の人間と観光客で犇めいている。その喧騒の原因の一つでもある屋台に慶一は立っている。
「これなんかどうですか? こっちが苺でこっちが桜。春らしくていいと思いますよ」
夕方も青色が多くなってきた時刻。そろそろ店をたたみたい慶一は、かれこれ20分くらいあっちもいいこっちもいいと悩んでいる女学生に声をかける。鶴の一声が欲しかったのか、慶一のその一声であっさりと購入を決めた。
「それじゃあ、それください」
「ひとつ300円ね。毎度あり」
二人の女学生からそれぞれお金を受け取る。歩きながら携帯にキーホルダーをつける姿を見送っていると、元気だが少しのんびりとした口調で話しかけられる。
「やっほー慶一君ひさしぶりー」
「お久しぶりです夢さん。これなんてどうです?」
「わわわっ、会っていきなり売りつけるなんて商魂逞し過ぎるよ」
慶一に手渡された少し豪華なハートをあしらったキーホルダーを棚に戻し、横にある動物のキーホルダーのコーナーを物色し一つ掴む。
「ツチブタのキーホルダーのもあるんだね。可愛いなー」
「またマイナーな動物を……。それにそれウサギのパーツが変形しただけだと思いますよ」
「うわあぁぁあん、またマイナーって言われたよぉ!」
「またってことは、大学生になってもマイナー趣味は変わらずなんですね」
大学生になった夢さんは見た目こそ変わらないが、物腰というか雰囲気が少し大人っぽくなっている気がした。しかし童顔は相変わらずで慶一と並ぶと年不相応に幼く見える。
「夢にとってはメジャーのつもりなんだけどね。それにしても男の子はいいねぇ、一年くらい会わないだけでも大人っぽくなるんだもん。私はどう? 少しはアダルトな女性になったと思わない?」
その場でくるりと回りポーズをとる。こういうところが幼く見える原因で、それに気付かない本人は何を気に入ったのかもう一周ぐるりと回っていた。
「揚羽さんくらい変わらないとなんとも言えませんね」
「アゲハちゃんはいきなり髪伸びたもんねー。九鬼のDNAがどうなってるか不思議だよ」
露天をたたみ駅前に向かって二人で歩きながら話していると、人ごみを掻き分け背の高い女性が走ってくる。
「夢ーっ! もう、一人で先に行ったら何かあったら危ないよ」
「ごめんねーナトセさん。懐かしい顔を見かけたからつい」
「こんにちは。夢のお友達ですか?」
お互い見知った顔のはずなのに丁寧に頭を下げ挨拶をされる。
「ナ、ナトセさん慶一君だよ慶一君」
「お久しぶりですナトセさん。一年ぶりくらいですかね」
「え? でも慶一君はもっと小さかったよ」
手を胸の位置より下に下げ慶一の昔の身長をアピールするが、そこまで背が低かった覚えはない。会わない内に都合のいいように記憶が改変されてしまったらしい。
「あんなにビーフジャーキーで餌付けしたのに忘れられるとは……」
「ご、ごめんね。忘れてたわけじゃないよ! 最後に会った時はまだ私が見下ろしてたから……。その、えっと……」
目の前で無意味に手をわたわたと振ったり何度も慶一の顔を覗き込んだりと、わかりやすくうろたえていた。
慶一がいじけたふりを続けていると、顔の凹凸に合わせて豊かな乳房が形を変えて押し付けられる。いや、押し付けられうと言うよりは包まれるの方が合っているかも知れない。早い話が正面から抱き締められているわけだ。
ほろ甘い匂いに混じって僅かに香る汗の匂いを感じると、まるでナトセさんの体温が移ったように顔が熱くなる。
「本当にごめんね」
愛しいものを抱いているように、慶一の頭を優しく撫でる。
もちろん悪い気はしないが、どちらかと言えばいつもは撫でる側の慶一にとっては、慣れない気恥ずかしさに包まれる。
「慶一くんエッチな目になってるよ。男の子だねー」
夢さんはレン君と同じ顔してるよと、のん気に笑う。
「そろそろ離してくれないと、尻がむず痒くなって……」
甘えるのは好きだが甘えさせられるのはどうも苦手だ。
「大丈夫? 蚊に刺された?」
日本語独特の言い回しにまだ慣れていないのか、まじめな顔をしてそんなことを言う。
「流石に人目があるので、続きは二人っきりの時にお願いします」
夕方を過ぎ七浜駅前は帰宅ラッシュのせいで、まるで巣からアリが這い出すように大量の人が行き交っている。傍目には恋人同士が抱擁してるかのようにしか見えない二人を、通りがかる人たちは訝しげな目線を送り足早に去って行く。
その視線に気付いたのかパッと慶一から離れる。
「あはは、ごめんね」
「オレは錬さんみたいに弟属性あるわけじゃないでしょうに」
慶一は照れ隠しをするように襟を正したり袖を引っ張ったりして、少し乱れた服装を直す。
「私からしてみればレン君は悪戯っ子な弟、慶一君は背伸びしたがりの弟みたいなもんだよ」
いい子いい子と子供をあやす様に慶一の頭をまた撫でる。
「いいなー慶一君。料理上手に商売上手、弟属性までついたら、夢には眩しくて見てられないよ」
「あれ? そう言われるとオレもずいぶんと個性がないように聞こえますね。夢さんは本物の妹なんだし妹属性ってことでいいんじゃないですか?」
「うーん、ミューお姉ちゃんという手強い妹キャラがいますからなー。可愛い顔して大食いキャラとかはどうでっしゃロ?」
「最近は大食いの女性タレントも多いですからね、二番煎じ感が否めませんね。というか、お隣さんが既に大食いキャラですし」
ナトセさんを見ると、女性なのに執事服を着ているせいで体のラインがはっきりと出ている。食べた分がどこに蓄積されるのかわからないくらいくびれたウエストが不思議だ。
「うー、ナトセさんは個性あり過ぎだよぉ」
「ゆ、夢にもいっぱい個性があるよ!」
ナトセさんは握りこぶしを作り「ファイトだよ夢!」と励ます。
「あーっと、不毛な流れになりそうなんで別の話しでも」
「そういうことは、もうちっと遠まわしに言って欲しいよぉ」
「お二人は散歩ですか?」
屋台を引っ張っている慶一とは違い、鞄一つ持っていない二人を見ると大学帰りとかではなさそうだ。
「うん、ナトセさんと公園までお散歩に行った帰り。桜が綺麗だったよー」
「桜も散り始めのこの時期が一番綺麗ですよね。花見団子の方が売れたかな」
所々に桜の花びらの絨毯が出来上がっている。
「団子と言えば、シンお姉ちゃんが慶一君の作ったスイーツ食べたがってたよ」
「それじゃ、今度森羅さんがいない時にでもお土産持って行きますよ」
「あはは~、はっきり言うね」
「嫌いじゃないんですけどね。どうも我が強いのは苦手で、揚羽さんも最初は苦手でしたしね。夢さんが普通で良かったですよ」
「もー褒めてるようで褒めてないよぉ、それ」
プンプンと効果音突きそうなほど頬を膨らませる。
「最初は良いとこのお嬢様にはとても見えなかったですもん」
「親しみやすい所が夢のいいところだもんね。私は夢の従者で良かったよ」
「それに比べてナトセさんは最初怖かったなー」
「えぇ!? 慶一君はそんな風に思ってたの? ……少し傷つくよ」
「だって、肉焼いてるところをずっと直立不動で見てるんですもん」
「そ、それは慶一君が美味しそうなお肉焼いてるから」
今でも鮮明に思い出せる。
抱き合わせ商法で売れ残った雑貨をハンバーガーのおまけにして売っていたときのことだ。
目の前で作るハンバーガー物珍しかったのかその日は上々の売り上げだった。
パンに挟むハンバーグを一人ずつに一枚一枚わざわざ焼くわけにはいかず、いっぺんにどれだけ焼いとけばいいのかを節目節目に客の人数を確認しながら鉄板に並べる。その都度慶一の目に入ったのがナトセさんである。
まるで慶一の屋台のマスコットのように斜め前に立っていたのだが、問題は客の方を向いてるわけでもなく慶一の顔を見ているわけでもなく、鉄板で焼かれているハンバーグの行方だけを直立不動のまま目だけで追っていたのだ。今思えば本当にリアルな人形と思われていて、それを見たさに客が来ていたのかもしれない。
声をかけようにも混んでいるのでそんな暇もなく、一時間くらいはなんともやり難い空間で屋台をを切り盛りしていた。
やがて、人の列もなくなり二人だけがその場にいる状況になった。その時に余ったハンバーガーを渡したのが、慶一とナトセさんのファーストコンタクトだった。
その頃から夢さんとは既に知り合いだったが、久遠寺のお嬢様だということは知らなかった。もちろん従者のナトセさんがいるなんてことも知らない。
後から話を聞くと、ナトセさんが待っている間お話でもして暇をつぶせるように慶一の屋台の所で待ち合わせにしていたのだが、この頃はお互いの存在を知らなかった。慶一と知り合いだった夢さんは従者のナトセさんも当然知り合いだと思い違いをしていたのだった。
「あの時はナトセさんが知らない人に餌付けされてるからびっくりしたよ」
「一個食べ終わったらまた肉見つめるから、結局10個くらい渡してましたしね」
「うぅ~、あの時はごめんね。夢がなかなか来なくてお腹すいてたから。帰ってからベニにも怒られたし」
そのときの事を思い出したのかナトセさんがうな垂れている。
「まぁ、次からはお金持ってきてお得意さんになってくれたからいいですけどね」
「一時期給料のほとんど慶一君の屋台につぎ込んでたもんね」
「うん、それは美味しかったから良かったんだけど、慶一君が食べ物の屋台をやめなかったら今頃破産してたかも」
「久遠寺家にいて流石にそれはないでしょ」
「そういうとこお姉ちゃん達は厳しいからどうだろうねー。そうなる前に夢が止めてたかもだけど」
「言葉だけ聞くと、貢がせるホストみたいですね」
「悪い男だねー。夢も慶一君に騙されない様に気をつけなきゃだね」
冗談を言い合っていると突然グゥゥ……キュルルルル……と小動物が唸るように、胃の中が空っぽだと自己主張を始める。
「お腹減ったよ夢ぇ」
「そうだねぇ、そろそろ帰ろっか。慶一君も久しぶりにウチでご飯食べに来ない?」
「夜にコレを引いて歩くのはしんどいですから今回は遠慮しときます」
慶一は後ろにある屋台を指差す。明日も学校がある慶一にとっては、夜風に当たりながら屋台を引くには少しつらい。
「そっか、今度時間あるときにゆっくり遊ぼうね。バイバイだよ慶一君」
「またね慶一君」
二人と別れた後も懐かしい空気に包まれたまま道を歩く。心なしか屋台を引く足も軽い気がした。
――パシャパシャ
その姿を木の陰に隠れて見つめている者がいた。
「……許さねぇぞ……慶一っ……」
右手に持ったカメラを震わせ、左の手は強く握り締められていてうっすら血が滲む。
そう、男の拳は哭いていた。