真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第十七話

「よう! 慶一おはよう!」

「お、おう、おはよう」

 教室のドアを開けた瞬間目に入ってきた光景はいつも通りの喧々囂々としたクラスではなく、満面の笑みを浮かべたヨンパチの姿だった。

 その笑顔があまりに輝いていたので慶一は少し面食らう。

 いつだったかモロに借りた漫画にこんな言葉があった。

 “笑うという行為は本来攻撃的なものであり、獣が牙をむく行為が原点である”

 原作は小説だとかアニメ化しただとか、そんなことは今はどうだっていい。

 問題なのはヨンパチの笑顔がだんだん口の端を吊り上げるだけの邪悪な笑みに変わっていっているのと、いつの間にかガクトが後ろから慶一を羽交い絞めにしていることだ。

 ガクトの筋力に敵うわけもなく、慶一は為す術なく教室の隅の席へと連れ去られる。

 朝だというのに教室はわざわざ遮光カーテンで閉め切っているせいで視界が悪く、椅子に座らされるまでの短い道のりがやたらと長く感じた。

 カーテンの隙間を縫って射す太陽の光の中を泳ぐ埃だけがはっきりと見える。

 そんなことに気を取られていると眩い光が視界を襲う。突然のことに目を細めると、放射線状に光広がる中心に一層輝く球体が見えた。

 そのライトの奥からやけに重々しい声でガクトが声を放つ。

「……昨日の午後4時から8時までの間なにをしていた?」

「七浜まで屋台を引っ張りに行ってたよ。今週いっぱいはあっちに行くってガクトも知ってるだろ?」

「それを、オレ様の目を見て言えるか?」

「ライトが眩しくてまともに見れねぇよ」

 ガクトをどうにかしろとヨンパチに視線を向けるが、薄ら笑いを浮かべるだけで一言も話さない。

「まぁいい、大事なのはそこじゃない。その日なにか特別なことはなかったか?」

「特別なことねぇ……。いつもより売り上げが少なかったかなぁ。やっぱ元手は掛かるけど食い物の方が懐は潤うな」

 足を組み直し腕を組み、視線を斜め下のちょうど机の角あたりを眺めながら考える。ライトの光を正面から顔に浴びると、思い出せるものも思い出せなくなるからだ。

「……ヨンパチ」

 ガクトのその一声で今まで後ろに控えていたヨンパチがズイっと前に出る。

 最初の挨拶以来ずっと黙っていたヨンパチだが、ようやくぽつりぽつりと言葉を発した。

「あれは昨日の出来事だった……。オレは川神を飛び出し七浜にあるマニアックなアダルトショップで買い物をしていた」

「うわっ、サルさいてー」

 いつも通りといえばいつも通りなのだが、千花ちゃんはヨンパチに露骨に蔑む視線を送る。

 周りを見渡すと他にもちらほらと聞き耳を立てている生徒がいた。そもそも朝の教室でこんな異様な光景が繰り広げられているのだから当然だろう。

 それでもヨンパチは気にせず話を続けた。

「お目当てのDVDを手に入れたオレは上機嫌だった。店を出たオレは心踊り、まるで自慰を覚えたての少年のように心臓は鼓動し、股間は――」

「おい、ヨンパチ! 話がずれてきてるぞ」

「おおっとそうだった。いけねぇいけねぇ」

 慶一は朝から何故ヨンパチの性事情をこんな形で聞かなければいけないのか、だんだん憤懣やるかたなくなっていた。

「そんなテレビの向こうに映る彼女達のことを想像するだけで幸せだったオレの目に飛び込んできたのが慶一だ!」

 ヨンパチは真っ直ぐに人差し指慶一に向ける。つられて慶一も自分の人差し指を自分に向けた。

「オレか? そりゃ七浜に居たんだし不思議じゃねぇだろ」

「電影少女に夢を見ていたオレを不幸のどん底に叩きつけ証拠がこれだ!」

 懐から一枚の写真を机に叩きつける。その思いの外大きな音は自然と周りの視線を引き付けた。

「ありゃまぁ、これはまたお盛んですこと」

 いつから居たのか、京が慶一に向かっているライトを机に傾け写真を眺めている。

 ライトで照らされているせいで写真の内容がはっきりと見える。

 そこには慶一がナトセさんに抱き締められている場面が写っていた。昨日の時点では気付いていなかったが、慶一もしっかりとナトセさんの腰に手を回していた。

「どういうことだ慶一! オレ様が納得のいく説明を求めるぞ!」

 叫びとも悲鳴も取れる声だが、それよりも首に浮き上がった血管がガクトの本気さを言葉よりも表していた。

 やましいことがあるわけではないので、ヨンパチ一人なら昨日ことを正直に話してそれで終わりなのだが、この場にガクトがいるのが非常によくない。

 あの二人と一緒にいたことが知れてしまったら、それはそれででうるさいのだが、ガクトから百代にまで漏れる可能性が危惧される。

 恋人と勘違いされるよりも、百代がナトセさんにちょっかいをかけに行くかもしれないというのが問題有りだ。

 それがいつもの女子学生にするセクハラまがいのちょっかいならば問題はないのだが、死合要員として目をかけられてしまったら大変なことになる。

 もし二人が出会ったならば百代は確実にナトセさんの実力を見抜くだろう。戦闘狂の百代とは違う受身のナトセさんに迷惑をかけることになってしまっては心苦しい。

 合成性写真とのたまうか人違いと言い切ろうか考えるが、前者はおそらく難しいだろう。

 その一瞬一瞬に全てを注ぐ(主にエロ関係)ヨンパチにとって自分の撮った写真を自分で弄ることはないだろう。そうでなければパンチラ写真くらいではあんなに興奮する必要もない。

 そうなると必然的に後者になるわけだ。幸い慶一の顔はナトセさんの胸に埋もれているので、逃げ切るとするならばここを突破口にするしかない。

「あれは――」

 ヨンパチは慶一の一語一句を聞き逃すまいと、宛ら高校生探偵のようにオレを観察をしている。一つの綻びを見せると、そこからあっという間に糸を解いてきそうだ。

 その集中している目を見て思いとどまる。

 ……危なかった。コレはトラップだ。

 何故一枚だけ写真を出したのか、それはこの一枚に思考を集中させるためだ。

 この写真一枚だけなら話を打ち切るのは簡単で、如何様にも逃げ道が存在する。しかし、もしヨンパチが他にも写真を持っていたら? それが別角度からだったら?  わざわざ慶一の顔と確認の撮り難いこの写真を最初に出した理由はあるはずだ。

 慶一は慎重に次に発する言葉を捜している。どれも取り繕うような言葉しか浮かんでこず長い沈黙が耳を支配する。

 その姿に業を煮やしたのがヨンパチが再び懐に手を入れた。

「じゃあ、次にこの写真を見てもらおうか」

 今度の写真は、ナトセさんが回りの視線に気付いて慶一から離れようとした瞬間のものだった。見方によっては見詰め合ってるように見える。

 軽はずみな事を言う前に、気付いて押し黙っていてよかった。もし人違いだと言い切った後に、印籠のようにこの写真を出されたら打つ手はなかったからだ。

 風向きが変わったわけではないが、状態が悪化しなかっただけでもよしとしよう。

しかし、決定的な証拠が出たことには変わりない。今考えられるこの場を乗り切る得策としては朝のホームルームが始まるまで持ちこたえることだ。

 授業を挟めば二人の熱く上がりきったテンションも落ち着くだろうし、上手くいけば話題もころっと変わるかも知れないからだ。

かと言ってこのまま黙りを決め込むわけにもいかない。無言を肯定と受け止められてしまっては困る。

「我々を裏切り……。あまつさえ女を作ったことを認めるか!」

「ヨンパチはなぁ、魍魎の宴の参加を許そうとしていたんだぞ! それなのに慶一オマエと言う奴は……」

 時計を見るとホームルームが始まる10分前だった。それを知ってか知らずかガクトとヨンパチは纏めに入ってきている。

 このままだと嫉妬にまみれたまま何を仕出かすかわからず、尾ひれはひれがついたまま百代の元に届いてしまう。耳に届くのはしょうがないが、出来るだけ情報は漏らさずナトセさんへの興味を最小限にしなくては。

「恋人ではないが、時には抱き締められる。そ、そういう関係も……ある!」

 慶一がそう言い切るとヨンパチが少し怯んだ。

「あーっ! この野郎開き直りやがった。 オレ達の年代にとって年上の女性は雲の上の様な存在だ。ましてや女子大生と抱き合うなんて、そんなやつ居るわけないだろ!」

 いつもより一層騒がしくなったクラスにドアの開く音が微かに響いた。

「なんの騒ぎだ?」

 どこかに行っていた大和が教室に戻ってくる。

 残り時間は少ない。慶一はこのチャンスに全てを賭ける。

「大和ぉ! どこに行ってた!」

「え!? ち、ちょっと姉さんに用事があって」

 慶一に叫ばれるように呼ばれた大和がいきなりのことに驚いているが、最後の切り札を逃さない為にもまくし立てる。

「これからオレの質問に正直に答えろ。……嘘をつけば大根をぶち込むからな」

「わ、わかったから落ち着け! 目が据わってるぞ!」

「今日、川神先輩に何回抱きつかれた?」

「登校の時と今会って来た時の2回かな」

「2回ね……。まぁ、それはいい。抱きつかれただけじゃないだろ?」

 これは当てずっぽうの賭けだ。無意識に睨み付ける様に大和に顔を近づける。

「う……。ほ、頬ずりもされたかなーなんて、あははー」

 慶一の予感は的中した。それと同時に勝利も確信する。

 そんな慶一の心中を知らない大和は話の流れさえ理解出来ないまま、ばつが悪そうに視線を泳がす。そんな大和に京が食いついた。

「大和ォ! この短時間に、せ、先輩と何をしていたんだっ!」

「落ち着け京! よくわからないがこれは慶一の罠だ!」

 京が大和に食って掛かっている間に、慶一の目の前に浮かんでいた二人の人影も大和の元へと移動する。

「すっかり忘れてたぜ。枯れかけている慶一よりも、今後女の子を食い荒らしそうな存在の大和のことをよ」

「確かに忘れてたぜ。椎名の事といい川神先輩の事といいエロスの匂いがぷんぷんしやがる」

 ガクトとヨンパチの二人は謎の迫力でにじり寄って行く。その姿があまりに可笑しく思えるのも、慶一の心に余裕が出来た証拠だ。

「落ち着けーっ! オマエラー!」

 ガクトとヨンパチの標的を大和に移すだけのつもりだったが、余計なことに京までついていってしまった。

 切り札の役目を果たしてくれてありがとうと、居て欲しい時に居なかった軍師も悪いと、心の中で大和に感謝と悪態をついた。

 慶一は机の上に置いたままになっていた写真を回収する。

 ガクトが雰囲気を盛り上げるためだけに締め切っていたカーテンを開けると、陽射しが目に刺さる様な外の光が教室を照らした。

 

 

「と、いうことがあったんで今後は人目を考えてくれると助かります」

 久遠寺家で紅茶を飲む慶一は、先日起こった一騒動の話をしていた。

「ううぅ……。迷惑ばかりかけてごめんね。それにしても、その川神百代って女の子はそんなに危ない人なの?」

「危ないなんてもんじゃないですよ。熊と街中でばったり会うようなもんですよ」

「熊? それなら私負けないよ」

「……ナトセさんも大概アレですよね」

「え? えぇ!? 私変なこと言った?」

 

 

 

 

 

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