真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第二十二話

「ひかえい! ひかえい! ひかえおろう」!

「紋様のおなーりー!!」

 二年の廊下を騒がすものが二つあった。ひとつはSクラスに転入してきたクローン組への野次馬。もう一つは井上が辺りかまわぬ、いやむしろ注目しろと言わんばかりの大きな声で練り歩いていることだ。

 一度Fクラスの前を通り過ぎたのだが、いつの間にかまた戻ってきているようだった。

 その声が気になり慶一が顔を出すと丁度Fクラスの前を通ろうとしているところで、井上と目が合ったので聞いてみた。

「いったい何の行脚だ?」

「頭が高い! この方をどなたと心得る!」

 昨日からフルスロットル状態のロリコンはブレーキを入れる気はなさそうだった。慶一の質問に答えるより早く、自身が崇める対象へ注目させるように手を向ける。

「揚羽さんの妹の紋白だろ?」

「オマエは慶一だな! 姉上から話は聞いておるぞ」

 小さい体に似つかわしくない堂々とした立ち振る舞い。世間の目を物ともせず立ち向かうような自信が満ち溢れている。

「オレも揚羽さんから聞いてるよ。自慢の妹って言ってたから会うのを楽しみしてたよ」

「うむ。我も慶一に会うのを楽しみにしておったぞ」

 くりくりの目玉を輝かせ見つめられる。揚羽さんが誇張して伝えたのだろうか、初対面の人物に期待を込められた目線を向けられる程立派な人間でもないのだが……。まぁ、悪い気はしない。

「早速一年を掌握したんだって?」

「九鬼の威光ならば容易いことよ!」

「九鬼の威光を傘に着たところで川神学園じゃ効かない奴も多いだろうし、紋白の人徳だろ」

「フハハ! ストレートに褒められると照れるな!」

「!? 照れる姿も気品に溢れております!」

 紋白の一挙手一投足に反応する井上は見ていて滑稽だった。それでも、当の本人はこの上ないほど幸せそうにしているのでそれはいいのだが……。

「あれいいんですか?」

 会話の邪魔にならないように一歩下がって控えていた老執事に話しかける。

「はい。愛することは自由ですから。もちろん紋様に危害を加えるようならば排除させていただきますが」

「それなら安心ですね。自己紹介が遅れてすいません。前口慶一です。いつも揚羽さん、もとい九鬼にはお世話になっています」

「これはこれは御丁寧に。私、クラウディオ・ネエロと申します。紋様同様、揚羽様がご自慢されるので会えるのを楽しみにしておりました」

 見た目通りの柔らかい物腰で挨拶を返される。今まで会った中で一番従者と言う感じがする。

「クラウディオさんは紋白のサポートで? それともクローン組のサポートの方ですか?」

「両方です」

「クラウ爺は優秀だからな! 慶一にも期待しておるぞ!」

 基本、九鬼の人間は優秀な人物のことは謙遜無しで褒める。とは言っても限られた人数くらいしか称賛されていないだろう。それだけ九鬼のハードルは高く、期待されるだけでも充分な評価と言える。

 慶一はにやついた顔で井上を眺める。

「なぁに勝ち誇った顔してんだよ! 仏のようなオレでもロリのことでは鬼にもなるぞ」

 こめかみに青い癇癪筋を浮き上がらせて、般若のような顔を慶一に近づける。

「その反応が見たくてつい。つーか、本人の前でロリとか言うなよ」

 そんな二人の様子を見て

「井上と慶一は仲が良いのだな」

「取っ付き易いからな。それに、学生でここまで人間が出来てるのは珍しいよ」

 ロリコンと明言している時点で大切な何かが欠如しているとも言えるが、それを除けば立派な人間だ。人を差別することもないし、慶一の軽口にも気にすることなく付き合ってくれている。

「友の慶一にそこまで言わせるのだ。井上もなかなか立派なのだな」

「も、紋様……」

 井上は女神を崇めるように恍惚の表情で紋白をひとしきり見た後、慶一の目の前にすっと立つ。

「なんだ? 礼なら気にしないでいいぞ」

「なぁ、後で校舎裏に来いよ。キレちまったぜ……慶一が名前で呼ばれることによ」

「……やっぱ礼を言ってくれ」

 喜んだり怒ったり情緒不安定だが、やたらと血色の良い顔色は健康そのものだった。恋か尊敬の念かはわからないが、紋白の存在は井上を狂わすには充分すぎるものらしい。

「さぁ、校舎裏か屋上か選べよ」

 当然、屋上にも校舎裏にも行く気はないので適当に井上を往なしておく。

「わかったわかった、今のオマエは面倒くさいから後でな。そういや紋白はなにしてたんだ? 井上と一年引き連れて」

(……気付いていたならプレミアムに話しかけてくれても良かったのに)

「兄上に挨拶をすませてきたのでな、ついでに隣のクラスの慶一に挨拶にきたのだ!」

「そりゃ悪かったなオレから行けばよかったのに。2年のフロアなんて来づらかったろ?」

「なぁに、2年からも優秀な人材を見つけなければならないからな! そんなことで気後れする我ではないぞ!」

 まるで絵画の独裁者のように腰に手を当ててポーズをとる。

 ところどころにしっかりとした九鬼の風格が匂えど、小さい体を目一杯に使って動くので、まだ子供らしさのほうが目立っていた。

「オレもその紋白のスカウトの対象になるのか?」

「慶一はすでに姉上から声を掛けられているからな。姉上が認める慶一の料理、九鬼に来るのを楽しみにしているぞ!」

 今まで慶一が揚羽さんの勧誘を断っているのを知っているのだろうが、お構いなしにそんなことを言う。我が強いというか、しっかりと九鬼の血は流れているようだ。

 九鬼で働くことになれば、ここからSクラスを狙わないといけないし、卒業してからも料理はもちろん。礼節。武道。智力。学ばなければならないものが多数ある。むしろ卒業してからの方が大変そうだ。

 そして、なにより自分には志が足りないのは分かりきっている。いくら揚羽さんに気に入られていようが、九鬼に入ってからは自己責任だ。慣れた環境でのらりくらりと生きている自分が続かないことは目に見えている。

 慶一が難しい顔をしているのに気付いたクラウディオが話題を変える。

「先日、山形からさくらんぼを大量に仕入れましてね」

 ドライチェリーにコンポート、レアチーズケーキに入れるのも美味しい。しかし、果物と言ってもデザート以外にも使い道はある。

「いいですね、これから旬ですもんね。紫蘇漬けにするのも乙なんですよね」

「えぇ、程よい甘味がお茶請けに最適ですね。私も好きですよ」

(なんか一番気が合いそうなのがクラウディオさんとは……。じじくさいと言われても仕方ないのかな)

「いえいえ慶一様は若さに溢れておりますよ」

(!? 人の心が読めるのか?)

「まさか。そんなことございません」

 おそらく慶一の表情から読み取ったのだろうが、あまりに型にハマったような返答だったので脳の中を見透かされているようだった。

 気を使ってくれたクラウディオさんに一礼し、紋白の方へ向き直る。

「九鬼内部は武士道プランでゴタゴタしてそうだし、もうちょっと落ち着いてから作りに行くよ」

「うむ。楽しみにしておるぞ!」

 フハハと笑いながら、特徴的な三人を引き連れて一年の自分のクラスへと帰っていった。引き連れている者が同年代なら微笑ましいのだが、老執事にハゲに万年運動着の女の子が声高らかに連れ添って歩く様は、間抜けなハーメルンの笛吹きに見える。

 

 

「まさか慶一は紋白派なのか?」

 教室に戻るなりガクトにロリコン疑惑をかけられる。

「知らないクローン組より、知ってる九鬼家だな。ただ、井上と一緒にするなよ」

「あれ? まだクローン組と顔合わせてないの?」

「義経と与一って奴にはあったよ。モロ達は昨日S組まで挨拶に行ったんだっけ?」

「うん。弁慶が那須与一を窓の外に放り投げたりしてなかなか衝撃的だったよ」

 与一が空からプールに落ちてきた理由は単純だが常軌を逸するものだった。男一人を軽々と放り投げる女の子なんているだろうかと思ったが、同じ屋根の下に暮らす百代がそうであるとこをすぐに思い出した。

「ってことは弁慶にはまだ会ってないのか? 一目見たら寿命が延びるくらい美人だぜ」

「初鰹じゃねぇんだから。まぁ、美人で寿命が延びるなら川神先輩を毎日見てるオレは不老不死だな」

「あはは、モモ先輩も間違いなく美人の部類だもんね。本人の前でも言ってあげればいいのに」

「人を昔気質な男みたいに言うなよ。軽はずみに言って意識したら変な関係になるだろ、毎日顔合わせるのに」

 折角の居心地の良い関係をわざわざ変える必要はない。険悪とか恋人とか極端に関係が変わるのなら楽だが、気を使い合うような微妙な関係になるのは今更嫌だ。

 少なくとも今は、夕飯のお決まりのレシピみたいなままでいたい。

「それにしても本当に興味ないんだね。学校中転入生の話で持ちきりなのに」

「興味はあるんだけど、タイミングを逃したからな。皆がガッと盛り上がったところに後から入りに行くのは難しいぞ」

「うぅ……。その気持ちがわかるのが悲しい」

 奥手のモロは痛いほど慶一の今の気持ちを理解しているらしく、少しうなだれている。

「モロもガクトみたいに弁慶派なのか?」

「僕はどっちかというと、文学少女の葉桜先輩かな」

「葉桜? そんな偉人いたっけ?」

「僕も思いつかないね。本人にも知らされてないみたいだよ」

 義経、弁慶、与一ときたら同じく源平時代の偉人なのかもしれない。それにしても桜の葉か……。

「しょっぱいのって餡子に合うんだよな。葉脈が食べにくいのが難点だけど」

「もしかして、桜の葉で桜餅のこと想像したの? 慶一もワン子に毒されてきたんじゃない」

 そう言われてもしょうがないかも知れない。一度思い浮かぶとなかなか忘れられないものだ。特に食べ物だと、見た目だけではなく味や匂いまで想像出来てしまうのだから頭から追い出すどころか、片隅に追いやるも困難だ。

 ダイエットをしているわけでもないし、帰りに千花ちゃんの店に寄って買って帰ることにしよう。

「そういや、どうしたんだガクト」

 ガクトはいつの間にか会話から外れなにやら真剣に考え事をしている。

「オレ様のかしこい頭で考えてもわからないことがあるんだが」

「葉桜先輩のことか?」

「よくわかったな、まさにそれだ」

「本人に知らされていないんじゃ、正体なんてわからないだろうし考えても無駄じゃないか?」

「おいおい、オレ様を見くびるなよ。葉桜先輩の正体なんて小さいことで悩んじゃいないぜ」

 一見オトコらしくも聞こえる発言だが、そろそろ付き合いも長くなってきた慶一はガクトの考えが手に取るようにわかった。というよりも、ガクトとそこそこ仲が良いのなら誰でもわかるのかもしれない。

 ガクトと美少女の話題と言ったらこれだ。

「……弁慶と葉桜先輩どっちと付き合うか考えてるんだったら無駄だと思うぞ」

「なに!? 慶一は人の心が読めるのか!?」

「まさか、そんなわけないだろ」

 まるで、デジャブのようなやり取りだった。

 

 

 一年の廊下には先程と同じく「ひかえい」と水戸の黄門を木霊している。

「姉上が申していた通り、慶一はなかなか面白い人材だな」

「そうですね。人との心の距離のとり方が上手い御方です。鍛えればとても良い人材になるでしょう」

(本人にその気があればですが……)

 

 

 

 

 

 

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