真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第二十六話

「カレーに納豆って意外に合うんだよ。納豆を入れられた時はどうしようかと思ったけどな」

「最近じゃ学食の名物みたくなってるもんな」

 慶一は談笑が広がる昼休みの教室の中、一人静かにカリカリとシャープペンを動かし、午後に提出する数学の課題を進めている。ある程度は昨日の内に進めたのだが、分からない問題を一人で悩むよりも学校で教えてもらいながら進めることにしたからだ。

 xにyにAにsin cos tan。数学の問題を解いてるのに、英語の勉強をしているみたいアルファベットが襲ってくる。

「なぁ、京。この図形って」

「まずここに補助線を引くと」

 ノートを見せると的確なアドバイスをくれた。

「あぁ、そういや中学の頃やったな」

 普段から予習復習をしっかりやっている者ならば問題はないが、そうでない者は大事な箇所を忘れていたりする。今みたいに言われれば思い出すのだが、帰ってから復習するわけでもないので来年になったらまた忘れていそうだ。

「ワン子も慶一を見習って自分でやった方がいいよ」

 弁当をガツガツと頬張っている一子に京が少し厳しく話しかける。

 慶一と同じく一子も課題をやっていなかったが、午前中の空き時間を使って京のノートを写し終えていた。

「ご飯を食べてる幸せな時間にそんなこと言わないでよね! 数学は敵なのよ!」

 確かに飯時まで勉強の話題はテスト前くらいで充分なのは同意だ。

 しかし、日ごろの行いもあるせいで京がしばらく一子を攻め立てていた。

「それじゃあ、英語は?」

「敵よ!」

「現国は?」

「もちろん敵ね!」

 一子にとって学校は敵に囲まれているらしい。四面楚歌という言葉が慶一の頭に浮かぶ。

「……まるで垓下の戦いだな」

「GAIKAの戦い?」

 例に漏れず歴史も敵のようだ。

 無駄に成績を落として学長に屋台禁止にされたら元も子もない。最後の問題も解き終えたが、抜けてるところがないかパラパラとページを捲って確かめた。

 すると間違いではないが、ある文が目に留まった。

「なぁモロ〝この値を求めなさい〟ってさ、あずみさんに誘われてるみたいでドキっとするよな」

「絶対に言わないだろけどね。でも、僕は積極的過ぎる女の子は苦手かな」

「それだと絶対進展しないだろ。モロの場合は」

「うっ、たしかに……」

 思いの外課題は早く終わり手持ち無沙汰になる。このまま教室でだらだら過ごそうか、ふらっと校内をうろつこうか、天気がいいのでプールサイドでゴロゴロするのもいいかもしれない。融通の利かない堅い学校の椅子に体重を預け体を伸ばすと、廊下にいる大和が手招きしているのが見えた。

「慶一ちょっといいか?」

 あくびで溜まった涙を人差し指で拭き取りながら教室を出ると、三年の松永先輩も一緒にいた。

 慶一の姿が目に入ると、人懐っこい笑顔で手振ってくる。

「えっと……。知ってると思うけどこちら燕先輩」

 大和に紹介された松永先輩に向かって会釈をする。

「改まって紹介されたけど、結婚でもするのか? それならオレより京に言ってやるべきだと思うけどな」

 身を翻し京を呼ぼうとすると慌てて大和に止められる。

「ストーーップ! 違うから、話をややこししないでくれ!」

「冗談だよ」

「慶一はたまに本当に呼ぶから洒落にならないんだ!」

 文字通り大和の匂いを嗅ぎ付ける京ならば、呼ぼうが呼ぶまいが結果は変わらないだろう。どうせ寮に帰ったら、松永先輩と仲良くなったことを追求されるに違いない。

 もう、された後かもしれないが。

「えっと……いいかな?」

「すいません。オレを呼んだってことは、オレに用事でいいんですよね?」

「そうそう。ズバリ松永納豆の宣伝だよ~ん」

 御丁寧にパッケージの文字が見やすいようにこちら側に向けて掲げてくれる。

「あぁ、今話題なってる美女の押し売り納豆ですね」

「押し売りとはひどい噂だよ」

 美女は否定しないんですね。とはあえて言わない。

「昼飯は3限と4限の間に済ませたから、納豆は間に合ってますよ」

「ノンノン。川神院で扱ってくれないかの交渉だよ」

 最初は宣伝と言っていたのにいつの間にか交渉に変わっていた。納豆は体に良いし川神院でも出している。人数のことを考えると結構な金額になるのは確かだ。目敏いと言うか商魂逞しいと言うか、自分と似たような性格に好感を覚える。

「オレは歓迎しますけど、担当はオレじゃないので院生に頼まないと許可おりないですよ」

「ありゃ、そうなんだ」

「そういうのは全部慶一任せになってると思ってたよ」

 珍しく大和が情報不足だったが、川神院の台所事情なんて知ってる方が変だろう。

「川神院の材料費って言ったら人数がいるだけに結構掛かってるからな、流石に学生に管理させるわけにはいかんだろ」

「そかそか、今度直接交渉しに行ってみるよん」

「一応話は通しておきますよ。馴染みの店で買ってるわけじゃないし、すんなりいくと思いますが」

「ありがとねん。大和君の友達はいい子が多いね~」

 何故か慶一ではなく大和が頭を撫でられていた。

「大和も一子のこと言えなくなってきたな」

「燕先輩、流石に人目が」

「友達の前だからって照れちゃって、か~わいい~」

 大和の反応が気に入ったのか、続け様に撫で続けていた。

「それにしても、納豆ってそんなに売れるんですか?」

「納豆をなめちゃいかんよチミ、川神に来てからますます躍進中だよ」

 川神という街の特徴上武道やスポーツを嗜む人が多いのは言わずもがな、その体作りの基本となる食材も有名だったりする。早い話、体に良いものはかなり受け入れられる。もちろん川神学園も例外ではない。

 これは結構ねらい目なのではないだろうか……。部活終わりの小腹が空いている時間、学食は閉まっているので学生は駅前まで足を伸ばすか、近くのコンビニで腹を満たすしかない。

 そこに栄養価の高い納豆に、お腹に溜まるお米、食欲を誘うパリっとした海苔を合わせると納豆巻きを売り歩く。なにより納豆小町というキャッチフレーズを持つ松永先輩がいれば、かなりの売り上げが期待できるのではないだろうか。

 上手く行けば、わざわざ七浜まで面倒な屋台を引っ張ることはなくなるかもしれない。

 しかし、学校で商売とは制約が色々ありそうというのが問題だ。それに、上手くいく確立の方が低いかもしれない。最近は米も値上がりしてきているし失敗は手痛いリスクになる。

「お~い、前口君?」

 慶一の目の前で手をヒラヒラさせるが反応はない。

「あぁ、慶一はいきなり考え事して黙りこくる時があるんですよ。こういう時はちょっとやそっとのちょっかいかけるくらいじゃ反応しないですよ」

「ほぉ、なかなか面白い生き物と友達だね。これでも気付かないのかな?」

 慶一の頭頂部の髪を引っ張り、根元を髪留めのゴムで固定する。

「慶一が気付いたら怒りますよ、初対面でも容赦ない奴ですし」

「でも、おもしろいよ。大和君もやってみなよ」

 松永先輩にマジックを渡された大和は一瞬躊躇ったが、おもしろそうだと思いマジックで頬にぐるぐると渦巻きを書いていく。

「ぷっ、まじめな顔してるとシンプルな落書きが映えるね」

「確かに。クールな顔してるのになんとも間抜けな光景ですね」

 二人は慶一に気付かれないように笑いを堪えながら会話をしていた。

「やめた。課題で頭使ったのに、また使う必要はねぇや。それじゃ、お二人さんまた」

 今年いっぱい松永先輩はいるのだし、時間があるときにゆっくり考えることにする。

「ありゃ、気付かず行っちゃったよ。後のことは任せたよ大和君。バイビ~」

「ちょっと!? 燕先輩も共犯でしょ!」

 松永燕は大和を置いて、納豆の布教活動に行ってしまった。

 

 

「よう、バカ殿。どこ行ってたんだよ」

 教室に戻ると、ニヤニヤしながらガクトが慶一のところにやってくる。

「オレがバカ殿なら、ガクトはバカ将軍だろ」

「いやいや、オレ様でもそこまで露骨にバカみたいな格好はしないぜ」

 ガクトが慶一を指さして笑うが、当の本人の慶一はなんのことかわからず呆気とにとられる。

「はい、バカ殿。自分で確認した方がいいよ」

 京がこちらに向けている手鏡を覗く。

「なんじゃこりゃ!」

 知らない間に慶一の頭にはちょんまげが結われており、頬には赤色の渦巻きが書かれていた。

 確かめるように触ると、赤のインクが擦れて伸びていく。幸い油性のマジックではなく水性のマジックで書かれていたようだ。

 ペットボトルのお茶をハンカチに含ませて頬を拭く。水飲み場まで行くのが億劫なのではなくて、流石にこのまま人目を受けて廊下を歩くのは嫌だったからだ。

「いやー、オレ様は慶一が新たなキャラ付けしようとしてるのかと思ったぜ」

「なにが悲しくて、オレがバラエティタレントみたいなことするんだよ」

「そうそう、馬鹿はガクト一人で充分だよ」

「おい、京。オレ様はあんな格好しないぞ」

「普段のガクトと、バカ殿ルックの慶一で引き分けくらいだよ」

 まだ若干頬に赤みが残っているが、これだけ拭ければ充分だろう。

「バカ殿がいるって聞いて、美少女が可憐に登場だぞー」

 慣れた衝撃と柔らかさが慶一の背中を襲う。誰が連絡したのか百代までやってきた。

「オレは大和じゃないんだから、学校ではコレ勘弁して欲しいんだけど」

「今更照れるなよ。それに大和も燕見つからなくて暇なんだよー」

「そのとおり、今更のことだから別に照れてるわけじゃねぇよ。さっきまで両方ともそこの廊下にいたぞ。気配を探せば見つかるんじゃないか?」

「大和は見つかるが、燕は気配を消して移動するからなかなか見つからないんだ」

 百代に見つからず移動できるってことは、松永先輩はやはりかなりの腕を持っているらしい。

「んん?」

 突然まじまじと百代に顔を見つめられる。その距離があまりに近いので、睫毛の長さや薄く光る唇がより強調して慶一の瞳に映し出された。

「なんだ?」

「なんだよー。やっぱり照れてるんじゃないか」

「あん? なに素っ頓狂なこと言ってんだ? バカ殿の肩代わりにでも来たのか」

「顔を赤くして憎まれ口叩いても、効果ないぞー」

 わしわしと少し乱暴に頭を撫でられる。

 慶一は自分の頬を触ってみるが熱がこもっているわけではなさそうだ。

「目にゴミでも入ったのか?」

「慌てちゃって可愛いじゃないかー。授業がなければこのまま可愛がってやるのに」

 少し離れた席で一子と千花が話している。

「モモ先輩と前口君ってあんなに仲良かったんだね」

「チカリンは知らなかったの?」

「仲が良いのは知ってたけど、あんな風にじゃれ合ってるのは初めて見たかな」

「そう言えばそうね、学校であそこまでスキンシップとってるのは珍しいわぁ」

 普段の見慣れてるコミュニケーションが、見慣れない場所で行われているのが珍しく一子も二人の様子をじっと見ていた。

「よしよし、続きは家で可愛がってやるからな」

 予鈴が鳴ると、嵐のように場を荒らした百代は去っていった。

「オレ赤くなってたか?」

「はい」

 再び京の手鏡で顔を覗くと確かに顔が赤くなっていたが。

「インクの吹き残しじゃねぇか!」

 

 

 

 

 

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