真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第二十七話

 朝食の用意を始める時間は、闇と光が交じり合いまだ濃い紫の色をしていた。その静寂に鳥の鳴き声がよく響いていた。それが一時間もすると小鳥の囀りは修行僧の掛け声に変わり、大気を揺るがすような野太い声に混じり一子の元気な掛け声がこだましている。

 ここまではいつも通りの朝の日常。今日は珍しく別の声もよく響いていた。

 百代と燕の声である。

「お姉さま今日は張り切ってるわねぇ。私も負けてられないわ!」

 一子は百代に負けじと朝の基礎鍛錬に力を入れていた。基礎鍛錬といっても基本は根性論の川神院なので、ありえないほどの運動量になる。

「一子ちゃんは元気だね~」

「かわゆいだろ。素直だから言動と表情がすぐ一致するん……だっ!」

 百代の突如放った拳は、朝の清々しい空気を禍々と切り裂いた。燕は拳で受けず、距離をとることで攻撃をかわした。

「わわっ、いきなり危ないよ」

 燕は口ではそう言っていたが、顔には余裕が見られる。二人が一瞬で動いた後には砂埃だけがゆっくりと舞っている。

「こら百代! 危ないヨ」

 ルーが止めようとするが、鉄心の手によって遮られる。

「まぁ、よいじゃろ。朝御飯までの間じゃ。あくまで手合わせと言うことを忘れてはいかんぞい」

「じじいから許可も出たしな。改めて……いくぞ!」

 先程と同じく百代が先手をとった。小手調べの攻撃を燕にさらりとかわされ、二手三手とパワーを上げ追撃をする。四手目の正拳突きが襲い掛かる時に初めて百代の拳を手のひらで燕が受け止めた。

「あいたた、相変わらず百代ちゃんはパワフルだね」

 燕は受け止めたまま対峙することはなく、直ぐに距離をとり痺れた手をプラプラさせている。

「今のを受け止めきるとは、やっぱりやるなぁ燕」

「ありがと♪ それじゃ、今度はこっちから行くよん」

 燕の攻撃は、名前の通りツバメが急旋回をするようにトリッキーに攻撃の道筋が変わっていく。そのどの流派の武闘家に当てはまらない、セオリーを無視した攻撃に百代の頬は緩んでいた。

 重心を低く構え攻撃に備えると叩きつけるように、距離をとろうと跳ぶとそのまま吹っ飛ばすように、百代は力任せに攻撃を繰り出す。

「う~む、モモの悪い癖が出ておるの」

「そうですネ。突っ込んでばかりで攻撃一途過ぎル」

 川神院の実力者の二人は百代に辛辣な言葉を向けるが、百代が優位なことには変わりなく力で押さえつけるように燕の逃げ場をなくしていく。

「百代ちゃん、ちょっと本気出しすぎじゃない?」

「なぁに、まだ小手調べだ。燕もそうだろっ!」

 一気に距離を詰め当てるための拳を突き出すが、燕はそれを冷静に捌くと同時に攻撃を加える。

 百代の優勢の中、燕は追撃の隙間を縫っては百代の体に攻撃を当てていく。お互い手合わせで本気を出していないとは言え、ボクシングのように判定で勝負が決まることがあるのならば、優勢と劣勢は逆になっているかもしれない。

 手合わせをしている二人も、それを見守っている者たちも時間を忘れるように戦いの風に吹かれていた。

 

 

 沸騰しそうな味噌汁の入った鍋の火を止める。いつもならばとっくに門下生が通りかかるはずだが、誰も通る気配がない。お腹を空かせた一子すら通らないのは聊か異常である。

 おかずが多少冷めるのはいいのだが、味噌汁を覚ますわけにはいかない。

 慶一が一人で食堂に行き食事の支度をするには時間が掛かるし、なにより中身が入った寸胴鍋を運べるわけがない。

 それにこのままじゃコンロが使えず弁当を作ることも出来ないので、仕方なく修行場に様子を見に行く。

 静かな廊下を歩いて行くと軋む音がする。川神院も年季がはいっているしあちこち痛んできたのだろう。

 しばらく歩いていると、軋む音よりも肉や骨がぶつかる聞き慣れたくない戦闘音がよく響いてきた。

 修行場に顔を出すと、紫だった空はすっかり光に当てられ青を広げていた。

「あっ、おはよー慶一! 修行場に顔を出すなんて珍しいわね」

 まだ、うっすらと額に汗が浮き出る一子が慶一に向かって走ってきた。

「おはよう。飯の時間なのに来ないから様子を見に来たんだよ」

「もうそんな時間なの!? 気付いたら途端にお腹が減ってきたわぁ……。でも、お姉さま達は終わりそうにないし」

 一子がお腹が減るのを忘れる原因を作っている二人の戦いに目をやる。今殴ったと思えば蹴りを繰り出し、蹴りをいれたと思えばいつの間にか距離をとっている。脳が映像と認識する前に次の行動に移っているので、慶一の目には何がなんだがわからなく映っていた。これで手合わせというのだから、一般人には最早異次元の出来事に感じる。

 周りを見ると学長も二人の手合わせを眺めているが止める気配はない。なんだかんだ孫に甘いのでギリギリまで遊ばせるつもりなのだろうが、これ以上長引くと弁当を作る時間がなくなる。そろそろ湿度も高くなってきており、一度おかずを冷やしてから弁当に詰めたい。時間を考えると今日は二度寝は出来なさそうだ。

 一子もお腹が減って唸りだしているので、やめる気配がない百代に向かって歩き出す。

「危ないわよ慶一!」

 一子の言うことも尤もだ。まだ十分離れているのに小石が見たこと無い速度で慶一の横を跳んで行った。

 当たったら確実に血が出るなんてのん気なことを考えながら、一度止まった足を再び進める。半分ほど近づいたところで、二人の動きがピタリと止まり慶一の方を向いた。

「おい、死合の最中に近づいたら危ないだろ」

 注意と言うよりは睨む様な視線を向けてくるが、動きが止まったので今度は安心して二人の下へ歩いて行った。

「死合じゃなくて手合わせだろ。時間切れ」

 慶一の手が二人の間をチョップをするように空を切った。

「なに!? こんな中途半端で止められるか!」

「そいじゃ、モモは今日ご飯抜きな」

「うっ……夜もか!?」

「当然」

 慶一がそう言うと渋々受け入れたらしく、人を刺すような目つきもいつも通り不満そうな百代の目に変わっていった。

「いや~、前口君も思い切ったことするね~。百代ちゃんの攻撃が止まらなかったらどうしようかと思ったよ」

「流石に人が目に入ってまで戦い続けることはないですからね」

「百代ちゃんを信頼してるんだね」

 どちらかというと、なにかあったら学長が助けてくれるだろうという信頼の方が強かった。いつもの百代ならともかく、嬉々というか鬼気とした目をしてる時は流石に安堵することは出来ない。

 学長より強くなったら誰が止めるのか不安になるくらいだ。

「これ以上暴れられたら、弁当作る暇ないですし」

「暴れてるわけじゃなくて、仕合してただけだろー」

 先程まで楽しく戦っていたのを止められてしまい、不完全燃焼の百代は慶一にへばり付くことで不満を解消している。

「オレから見たら二人とも怪獣だよ」

 土が捲れあがっている修行場に目をやると、人が動いた形跡にはとても見えなかった。

「私も!? それはちょっと酷くない?」

「酷いのは松永先輩の方ですけどね。昨日の悪戯のせいでこの通り」

 慶一の背中に体重を預けた百代は、頬を指で引っ張りながら「生意気だぞー」と文句を垂れていた。

「あはは、ごめんね~。でも、赤ペン使ったのは大和君だよ」

「渡したのは松永先輩でしょ?」

「うっ……痛いところついてくるね。見方によっては私のおかげで百代ちゃんに甘えられてるって状況を作ってあげたことにならない?」

 慶一の肩から顔を出す百代を撫でる。

「甘えられるのはいいけど、オレが優位に立ってないと嫌なんですよ」

「なるほどなるほど、前口君は大和君みたいに弟分ってわけじゃないんだね」

「そうですよ、だから力で敵わないから言葉では勝っておきたいんですよ」

「ふ~ん、男の子してるんだね」

 慶一の答えに満足したのか、松永先輩は勝手に納得していた。

「燕とばっか話すなよー」

 昨日のように乱暴に頭を撫でられる。

「照れさせたいなら大和にしとけよ」

「大和は照れてる時わかりやすいからいいんだー」

「確かに。大和君は結構顔に出やすいよね」

「そういえば、燕は最近大和にちょっかいけてるな。あれは私のだぞー」

「いやいや、前口君に引っ付いといて説得力ないって」

 女三人寄れば姦しいと言うが、二人でも十分過ぎるほどうるさかった。この調子ならば10人集まれば神をも殺せそうな勢いだ。

「つーか、そろそろ飯食いに行ってくれないと本当に弁当抜きになるぞ」

 慶一は肩を揺らし、へばりつく百代を剥がす。

「美少女らしく汗を流した後は、美少女らしく食べるか。行くぞ燕」

「あはは、現金だね~」

 ようやく食事に向かった二人を見て、これでやっと弁当を作りに行ける。観戦していた門下生達も姿を消していた。おそらく先に戻って食事の支度を始めてくれているのだろう。

 調理場に向かおうと靴を脱ぐと、縁側に物体が丸まっていた。

「おーい、飯食わないのか一子」

「お腹が空いて力が出ないのよー。まるでア○パンマンになった気分だわ」

「ア○パンマンは、お腹は減った奴を助ける側だ」

 放って置くわけにもいかないので食堂まで背負って行く。

 

 

 弁当を詰め終わり時計を見ると、やはり二度寝する時間はなかった。というより、もう仕度をして出なければ行けない時間だ。

「ナイスブルマじゃったろ?」

 弁当を運んでいると学長に話しかけられた。

「ブルマ見る余裕があるなら止めてくれも良かったんじゃ……」

「子供のことは子供が止めるのが一番じゃ」

 人事のようにそんなことを言ってのける。

「子供じゃ、あんな戦闘しないと思いますけど」

「まだまだ、手合わせの範疇を超えておらんかったからな」

「あれ以上だったら、止めに行ったら確実に死んでますね」

「ほっほっほ、お主が笑ってる間は大丈夫じゃろて」

 無責任に笑う学長に呆れつつ学校に行く用意をする。

 自分の部屋を出て玄関に向かう途中の一室では、百代と松永先輩がまだ寛いでいた。

「それにしても、家ではモモって呼ばれてるんだね」

「そうなんだよ、私に敬語使わないくせに学校では川神先輩なんだよなー」

「ありゃ、秘密の関係ってわけじゃないのか残念」

「お二人さん、そろそろ遅刻する時間ですよ」

 二人の前に弁当箱を置く。

「おお、私の分まで作ってくれたんだね」

「用意してて食べきれなかったら、モモに食わせてくださいよ」

「おい、私は残飯処理か?」

「少なくともオレの弁当を食い漁る野良猫ではあるな。足りないなら多めに作るのに」

 決して少ない量ではないだけ弁当に詰めてるはずだが、知らない間に弁当を食べれられていることがある。

「早弁することに意味があるんだにゃん」

「百代ちゃん……。そこは自分のお弁当を食べようよ」

「自分の食べたらお昼に食べるのもの無くなるにゃん」

 万年金欠だし、しょうがないと言えばしょうかないのだが……。そろそろキャップが新しい依頼をもぎ取ってこないだろうか。

「そういえば、さっそく松永納豆使ってくれてるんだね」

「まさか昨日のうちに交渉してるとは思いませんでしたよ」

「納豆小町は迅速なのだよ」

 昨日も思ったが、商魂逞しい姿を見ると今度なにかやるときは松永先輩を誘った方が儲けられるかもしれないとしみじみと思った。

 

 

 

 

 

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