真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第二十八話

 その女は足音も無く現れ、気付いたときには影を作り後ろに立っている。柳のように揺れる髪間から覗く目はあなたを捉えている。白い手から覗くのは土気色の物体。

 見目麗しい容姿からは想像も出来ない腐食した臭気を漂わせて彼女は笑う。

 彼女は学生の喧騒に引かれてやってくる。

 決して目を合わせるな。腐食に取り込まれたくなければ。

 決して話しかけるな。大事なものを失いたくなければ。

「てな具合で、そのうち川神学園の七不思議になると思うんだけど」

「そんなこと言ってると松永先輩に怒られるよ。だいたい大事なものってなんなのさ」

 慶一とモロは暇を持て余し、放課後の部活生徒を窓越しに眺めながら談笑をしている。

「そりゃ金だろ」

「身も蓋もないねぇ。そう言えば川神でフライングヒューマノイドが目撃されたらしいよ」

「そりゃ、七不思議ってよりUMAだな」

 ベートーベンの光る目、歩く二宮金次郎の銅像、深夜学校を徘徊する人体模型、十三階段、夜ひとりでに鳴る楽器、赤い紙青い紙、自分の死ぬときの顔が映る鏡など、どう考えても七個じゃ足りないくらい伝承されている。七つ目を知ると災いが起きるなんて、どう考えても数合わせに使われている話もあるくらいだ。

「たまにそういう噂話出るけど、大抵はモモ先輩とかだもんね。と言うより今回もそれっぽいよね」

「十中八九そうだろうな」

「そこらへん全部がモモ先輩で片付くのが川神らしいなぁ」

「川神先輩とまゆっちの一人会話辺りも将来的に七不思議で伝承されそうだな」

「あはは、じゃあ最初の松永先輩のを含めて有力なのは3つっぽいね」

 川神学園に入学してから一年と数ヶ月経ったが、それらしい七不思議と言う話題を聞いたことがなかった。ほとんどの学校は伝承されてると言うよりは、漫画やテレビなどで聞きかじったことを各々勝手に七不思議に認定していることが多い。

 ひとつひとつの話の内容も結構曖昧で、人によって話の着地点が違っていたりする。

「そう言えばトイレの花子さんってどういう話だっけ?」

「女子トイレの右から三番目のドアをノックして話しかけたら返事が返ってくるんじゃなかったっけ?」

 聞きたいのはその後どうなるかなのだが、慶一もそこしか知らないのでその後続きがあるのかもわからない。

「その後なんだかんだありまして、心優しい青年と結婚しましたとさ」

 話を聞いていたらしく、井上が話に加わってくる。

「いつの間に……」

「ロリ話に花咲かせるのにオレを呼ばないとはな」

「いやいや、僕達ロリ話してたわけじゃないんだけど」

「オレさぁ、花子さんって絶対気立てのいい子だと思うんだよね。なんていうか純朴? 幸せにしたくなるよなぁ」

 いつまでも幸せに暮らしましたとさ。なんてペローやグリムの昔話の決まり文句みたいな幕の閉め方は、怪談話には似合わないだろう。

「解決したら七不思議にならんだろ」

「子供は救われるべきなんだよ。オレにかかればエク○シストのリー○ンだって救えるね」

「リー○ンはちゃんと神父に救われてるはずだが」

「神父がロリ救うなら坊主がロリ救う話もあるはずだ、オレはそういうストーリーを描いて行きたいもんだ」

 井上は悟りきった顔で自分の言葉に深く頷いている。その姿を見てモロが矛盾につっこむ。

「医者の息子だから坊主じゃないでしょ!」

「医者だろうが坊主だろうが命を扱う職業には変わりない! 違うのは命を救うか、天寿を全うした者を導くかくらいのもんだ」

 理由はどうであれ、そう言い切った井上は髪の毛一本生えていない頭部と同じくらい輝いた笑顔を放っていた。

「良いことを言ってるはずなのに、着火点がロリなだけだけに素直に褒められない……」

「つーか、あの映画だと医者は役立たずだったよな」

「あの映画は昔の医療だ。今の医療技術なら悪魔でも追い出せるね」

 悪魔祓いというか霊的治療なら川神院の方が合ってる気もするが……。いくら武闘派で名が通っていようが寺だということには変わりないし、なにより川神鉄心の力があればなんでも解決できそうだ。

 そんなことより思うことがあった。

「オレに娘が出来ても、井上が小児科の担当医だったら絶対通院させないぞ」

「そういうなよ、お義父さん。是非将来は葵紋病院をご贔屓に!」

「贔屓になることなく元気に育って欲しいもんだ」

「それには同意するな。幼女は元気なのが一番だ」

 早々に自分の言ったことを曲げる。臨機応変に幼女への思いを対処していた。

「幼女の紋白と一緒にいなくていいのか?」

「紋様は用事があるとのことだ。オレが専属だったならば片時も離れないというのに」

 井上の握った拳は小刻みに震えている。

「まぁ、専属になる素質は揃ってるんじゃねぇの?」

「!? やっぱり慶一もそう思うか!?」

「……僕は九鬼の危険人物のブラックリストに登録される方が確立高いと思うけど」

「一概にそうとも言えんぞ」

 慶一が窓を見下ろすと、野球のユニフォームに身を纏った集団がランニングをしている。足並みを揃え「アイン! ツヴァイ! アイン! ツヴァイ!」と掛け声が響く。いつからこの学校の野球部はドイツ軍に鞍替えしたのか疑問に思ったが、マルギッテの姿を見かけたので経緯を理解した。クリスのお目付け役で来たはずなのに、思いの外学校生活を楽しんでいるようだった。

 どこでも指揮をとりたがるのは軍人の性分なのだろうか……。

 慶一と同じように井上も窓の外を覗く。

「どうした? 外になんか面白いものでもあるのか?」

「ここから紋白の名前を叫べるか?」

「そんなの息をするより簡単に決まってるだろ。紋様あああああ! 紋様あぁぁああ!」

 井上が叫喚を発する度に、部活に励んでいた生徒は足を止め何事かとざわつき始める。先程の野球部だけマルギッテに喝を入れられ再び走り出し始める。そのマルギッテは指導の邪魔をされたせいかこちらを睨んでいた。それに気付いたのは慶一とモロで、敬愛する者の名を叫んでいる井上は気付かずに連呼を続けている。

「ほらなモロ」

「なにが「ほらな」なのさ! ものすごい注目されてるじゃん!」

「どんな状況でも主の名前を叫べるってのが、専属の条件なんだと思うんだ」

「持論を展開してるとこ悪いけど、僕にはこの視線は耐えられないよ」

 モロは外からの視線に身を隠すように後ろに下がる。一足遅れて慶一も同じように下がった。

「さて、金曜集会に行くか」

 慶一はモロの背中を押すように歩き出す。

「え!? あれほっとくの?」

「葵が見つけたら止めるだろ」

「焚きつけた本人なのに、あっさりしすぎでしょ!」

 突っ込みは欠かさないが、モロも足早にその場から離れて行った。

 

 

 階段を下りて一階に来たが、まだ微かに井上の紋白を叫び呼ぶ声が聞こえていた。

 生徒玄関まで歩くとモロの足が止まる。

「あっごめん、慶一。ヨンパチに用事があるの忘れてたよ」

「そうか、待ってるけど遅くなりそうなら先行ってるから連絡くれ」

 モロはヨンパチが何処に居るのかがわかるかのような足取りで歩を進めていった。その姿を見送りながら慶一は自動販売機の前に移動する。

 自動販売機に、溜まっていた10円玉を次々に投入していく。12枚も使うと流石に財布が軽くなった。冷たいお茶のボタンを押すと、人が疎らな生徒玄関に響く。

「慶一は帰らないのか?」

 声がした方を向くと大和が少しダルそうにして歩いてきていた。

「モロ待ちだよ」

「それじゃ、オレも待つかな。秘密基地行くんだろ?」

 大和も鞄を床に下ろした。

「放課後に大和の姿を見かけるのは久々な気がする」

「最近はだらけ部に顔出しでるからな」

「だらけ部? また川神学園の教育方針とはかけ離れた部活があるんだ」

「まぁ、空き教室でだらだらと暇潰すだけだしね」

 大和は眠気を噛み殺すように欠伸を飲んでいる。光に順応していない細くなった目は少し前まで寝ていたことをあらわしていた。

「全国大会には出れそうか?」

「優勝できそうなくらいだらけてるね。そうそう弁慶がこないだのつまみ気に入ってたよ」

「大型ルーキーもマジメにだらけてるとは熱心な部活だな」

「顧問がヒゲ先生だからな、練習はきついけどやりがいはあるよ」

 大和に宇佐美先生に弁慶の三人だけの部活は、放課後の空いた時間を有意義に過ごすにはうってつけの場所らしい。その三人にとってはだが。

「オレが言うのはおかしいかもしれないけど、不健康な生活送ってるな」

「そこでお願いが。オレ達が健康な生活を送るためにも、つまみが欲しいなーなんて」

「作るのは構わんけど、大和の愛情表現が餌付けなのってどうよ」

「愛情とまではいかないけど、喜んでくれるのを見るとついね」

 その言葉に慶一は深く頷く。そのせいで甘やかしすぎと言われるのだが、その分大和とか京が厳しくしているので問題ないだろう。

「また葉わさびの醤油漬けでいいのか?」

「なんでもいいよ」

「なんでもいいとは困ったこと言ってくれるな」

「リクエストするより、慶一に任せた方が評判良さそうだし」

 葉わさびが気に入ってるということは、結構田舎臭い食べ物が好きだったりするのだろうか。ちくわが好きと大和から聞いたし、どちらかと言えばおやじくさい食べ物が口に合うのかもしれない。

「それにしても、オレは大和を見直したぞ」

「なんだよ突然」

「オレに任せるってことは、頬が真っ赤に染まるほど辛いものでもいいんだな?」

 慶一は自分の頬に渦巻きを書くようにひとさし指の腹でなぞる。

「うっ……。やっぱり昨日の今日だし覚えてるか」

「恥辱にまみれた体の責任はいずれとってもらうぞ」

「本当に悪かった! だが、無茶振りだけは勘弁願いたい!」

 腕を組み仁王立ちをする慶一に、腰を低くぺこぺこと謝る大和。たまに通りかかる生徒が不思議なものを見るような視線を送っていた。

「……なにやってるのさ……二人とも」

 手紙が入るくらいの普通の大きさの封筒を持ったモロが帰ってくる。

「モロみたいに女装するとかどうだ?」

「僕のは変装だってば!」

「そ、そう言えばその封筒はなんなんだ?」

 話をそらす為にモロが持っているものに大和が食いつく。

「え!? な、なんでもないよ」

 モロは明らかに動揺して後ろ手に封筒を隠した。

「焦るわりには手に持ってるな。鞄に入れたくない理由がありそうだ」

「大和がモロの封筒の中身を当てれたら無茶振りは止めといてやるよ」

 その言葉を聞いた大和は、モロの顔と封筒を交互に眺めじっくり考え出す。

「鞄に入れたくないということは、教科書とかに挟まって曲げたくないと言うことか……。答えは写真だ!」

「おぉ、それっぽい答えだな。どうだモロ、正解か?」

「言うわけないでしょ! 察してよ!」

「ガクトもたまに同じ封筒を持ってるから、魍魎の宴とかってやつに関係してるんだろう」

 大和の言った魍魎の宴というのには聞き覚えがあった。前にガクトがそのワードを出していたのを覚えている。

「不気味な名前の宴に行ってきて、人に見せたくないもの貰って来るって怪しさ半端ないぞ」

「慶一と大和にはわからない世界ってものがあるんだよ」

「大和も知らないのか?」

「どんなことしてるのかは知らないねぇ。最近ちょっと活発に集会が行われてるってのは耳に入ってきてるけど」

「も、もういいから、早く秘密基地行こうよ! 京とか待ってると思うよ」

 モロは急かすように靴を履いて歩き出す。

 慶一の中では七不思議がまたひとつ出来上がった。

 

 

 

 

 

 

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