真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第二十九話

 雨が降りそうな湿った空気が埃に混ざり独特なにおいが漂っている。同じ廃ビルでも普段過ごしている秘密基地とは違い汚れていた。人の手が入るのと入らないのとでは、こうまで違うものなのかと驚く。歩く度に土と埃が混じり合って汚れた廊下に足跡が出来る。窓ガラスが割れているせいで枯れ葉や枝など外のゴミもかなり入り込んでいた。

「まゆっちは今のところ友達と上手くいってるらしいぞ」

「大和田さんだっけ? まゆっちも人付き合いが苦手なのに頑張ってるね」

「そうそう、前はせっかくまゆっちがモロロさんって呼んだのにモロはスルーしたしな」

「うっ……。でも、僕も人付き合い得意な方じゃないんだから、そういうのは気付かないよ」

 慶一とモロの会話は静寂に良く響いていた。話し声だけではなく枝を踏む音も小石を蹴る音も、まるで耳元で鳴っていると錯覚するほど闇に響く。

 夜空に浮かぶ月の光だけじゃ頼りなくて、足元を懐中電灯で照らす。

 懐中電灯を動かす度に光に釣られる蛾が、不恰好に羽ばたいていた。

「それにしても慶一は怖くないの?」

「怖いよ。おっ見ろよアレ」

 何気なく右手に持った懐中電灯を壁に向けると、卑猥な落書きが描かれていた。ご丁寧に壁の染みを乳首に見立てて描かれている。たいして上手くない裸婦画がマシに見えるのは、その横には何の工夫もない丸二つの間に長丸一つのデフォルメされた男性器の絵が描かれているからだ。何が楽しいのか、通る道々の壁にそんなのがいくつも描かれていた。

「とても怖そうには見えないんだけど……」

「怖いから喋って誤魔化してるんだよ」

「僕はライトで照らしたとこに何かあるだけで、ビクビクしてるのに」

「怖いことは怖いけど、別なことに意識いくとそればっかり気になっちゃってさぁ」

 照らした先にはプリクラが貼られていた。その下に矢印があり、090から始まる携帯の電話番号と〝誰にでもやらせる女〟というフレーズがでかでかと書かれていた。

「単純な慶一が羨ましいよ……。僕はライトを照らすのも怖いのに」

「幽霊だろうが不良だろうが出てきたところで、オレらはなんにもできないし……っな!っと」

 ご丁寧に閉まっているドアは年季が入っているせいか固く閉ざされていて、力いっぱいにドアノブを回すとギシギシと錆が擦れる音がした。地面を引きずるようにドアを開くと隠れていた虫が這い出てくる。何か物を動かす度に虫が蠢くので不気味さにも慣れてきた。

「慶一が躊躇い無くドアを開けてくれるから、僕は頼りにしてるけどね」

「大体なんで男二人で組むことになってんだ? ファミリーのメンバーなら丁度男女でペアが組めるって言うのに」

「僕だって折角なら女子と組みたいよ!」

「いつもは貧乏くじを引くのはガクトの役目なのになぁ」

 深夜零時を回ろうかという時間。大和と百代、一子と京、ガクトとまゆっち、クリスとキャップ、そして慶一とモロのペアに別れて廃ビルをうろついている。

「うーん、なんか見つかった?」

「全然ないな。こっちは人が入った形跡がないし探しても無駄かもな」

「だよね、普通は人が来てたらドア開いてるもんね」

「そもそも騒音騒動になんでオレらが借り出されるんだ。それも夜中に」

「キャップの安請け合いと、いつもの思いつきでしょ」

「……肝試しとは、まだ気が早いな」

 繁華街から離れた場所にある廃ビル。今は立ち入り禁止区域になっているのだが、夜になると騒音がすると春先から近隣住民の苦情のタネになっていた。注意をしに行こうと近づくと音が止み、しばらくするとまた騒音が響きだす。

 巷では幽霊が出るとも噂されている場所なので、今回の件もあってか噂は尾ひれはひれがついて誰も寄り付かなくなってしまった。

 夏に向かっているということもあり、窓を開ける家が増えてきたので、いい加減なんとかしてほしいと学校に調査の依頼が来た。その依頼をもぎ取ってきたキャップが廃ビルなら夜の方が楽しいだろの一言で、わざわざ夜中に懐中電灯を照らしうろつく羽目になっている。

「お? なんか光ったな」

「えぇ!? 人魂とかじゃないよね?」

「言い方が悪かった。なんか反射してるぞ」

 慶一が懐中電灯を反射した場所に向けると、チカチカと壁に放射状に反射していた。慶一とモロが近づいて見ると、趣味の悪い髑髏のシルバーリングが泥にまみれて転がっていた。かなり細身に作ってあるので女性の物だろう。

「なんでこんなところで指輪を落とすんだろう」

「彼氏か別の男かは知らんが〝モノ〟を傷つけないために外してくれたんじゃねぇの? 優しい子じゃないか」

「優しくても浮気性の子は嫌だな……。そもそもこんな所でそんなことする女の子なんていないでしょ!」

「そんなことないだろ、ほれ」

 慶一の目の前に落ちていた布に適当な枝に引っ掛けて、モロの目の前で左右にふらふら揺らす。

「わ! 変なもの近づけないでよ!」

「大丈夫大丈夫。男の夢が包まれていたものだ」

 モチーフに枝を引っ掛けて吊らしたブラジャーを再度モロに近づけ見せる。ブラジャーの肩ひもが頼りなさそうにぶらぶら揺れている。

「この状況で見せられると動物の死骸かと思うよ」

「ヒョウ柄の下着なんて付けてるのいるんだな。ギャル物でしか見たこと無いぞ」

「こういうところに来ると開放的になるのかな?」

「なんとも羨ましい話だ。さて一旦戻るか」

 慶一がぐるりと懐中電灯で照らすと行き止まりで、窓が開いているだけだった。おそらくこっちの窓から出入りしているので、今通ってきた道には人が通った形跡が無かったのだろう。

 入り口に戻ると、既に皆が戻っていた。

「慶一達のところは進展あったか?」

「趣味のわりい指輪とアニマルなブラジャーがあったぞ」

「なにぃ!? ブラだと! オレ様もそっちに行けばよかったぜ」

 ガクトとまゆっちの組は特になにも見当たらなかったらしく、早々に戻り皆を待っていたようだ。

「こっちは煙草の吸殻と、飲食した後のゴミを発見したぜ」

「吸殻を捨てて行くとは許せないな。自分が直々に成敗してやりたいところだ」

 クリスとキャップの組は、ゴミを数種類拾ってきていた。ポテトのスナック菓子が入っていた袋は真新しく、油分が付着しているせいで泥をはねており綺麗なままアルミのフィルムが光っている。

「こっちもゴミと雑誌が落ちてたわよ」

「ワン子には教育に悪そうなのばっかりだったけどね」

「うぅ……ああいう本は隠しておいて欲しいわ……」

 京と一子の組は同じくゴミを発見していた。

「ただ、ゴミ拾いしに来ただけになっちまったな」

 慶一は一箇所に固められたゴミの固まりを懐中電灯で照らす。

「いや、そうでもないよ。少なくとも人が出入りしてる形跡はあったんだし、落ちてた物からだいたいの人物像も浮かんでくる」

 タイヤの跡がなかったということは暴走族の類ではないし、車を持たない学生だと大和は当たりをつけた。

 まず大学生ではない。大学生でここに来るのならば酒盛りをしそうだが、タバコの吸殻は落ちていてもアルコール類のゴミは落ちていなかった。そもそも、わざわざこんな汚いところで溜まることはないだろう。大学生ならカラオケでも誰かの部屋でも、深夜に時間を潰せる場所はどこにでもある。

 ファミリーと同い年という線も低そうだ。携帯全盛期の今の世の中で、ボロボロの古いエロ本を拾うのは流石にないだろう。

 となると中学生というのが有力だった。お酒の自動販売機は川神にはないが、タバコの自販機ならまだ見かける。自動販売機でタバコを買うには成人識別のICカードが必要だが、親のカードを借りれば簡単に買えてしまう。

 慶一が持ってきたヒョウ柄の下着もスポーツタイプの安いプリントものだった。スカルリングも銀メッキが剥がれて鉄が露出していた。どちらも金欠の中学生の精一杯のお洒落に使われるようなものだ。

 この廃ビルの前の通りを10分ほど歩くと駅前に出る。そこには塾もあるので中学生ぐらいの子供を遅くまで見かけることもある。勉強のストレス発散の場所にこの廃ビルを選んだ可能性が高い。

「よくゴミだけで、そこまで推理できるな大和」

「慶一……。物事は全て、繋がっていないようで繋がってるんだよ」

 大和の言葉は直ぐにファミリーの笑い声に飲み込まれた。

「いやー、本当与一と会ってから再発したよな。なんだか懐かしいぜ」

「だよねー。最近やったゲームにこういうキャラ出てきたよ」

 昔から大和と認識のあるものはどこか懐かしむように笑い。

「なんかこう、こそばゆくなる言い回しだな」

「あははははは! 大和坊ってばかっけー!」

「こら、松風失礼ですよ! 大和さんは真面目なんですから」

 クリスとまゆっちは新鮮さに笑みを浮かべていた。

「おまえらー! 今のはそういう意味て言ったんじゃなくてだな」

「自分に酔ってる大和も素敵。結婚して!」

「今はその優しさが嬉しいけど、お友達で!」

 慶一も同じように笑っていたが、あることに気付く。

 いつもなら、いの一番に大和をからかいそうな百代の声が聞こえない。大和と一緒にいたなら迷子になることはないだろう。もしかしたら先に帰ったのかと見渡すと、地面を一点に集中して何かを見ている百代がいた。

「どうした? 具合でも悪いのか」

「うるさい。カナブンを見てるんだ邪魔するな」

 百代から地面に視線を下ろすと、確かにカナブンがじっと止まっていた。

「カナブンより大和の方が面白いことになってるぞ」

「私は今、カナブンだけに集中するんだ。余計なものを見ないためにも……」

 百代は自己催眠をかけるように「集中集中」とぶつぶつ言っている。

「あー、そう言えば幽霊で噂になってるんだもんなココ」

「その単語を言うなよー! 聞こえない! きーこーえーなーい!」

「別に幽霊って単語を出したからって出てくるわけじゃないだろ……。それに大和の考えだと、人間の仕業らしいぞ」

 その言葉を聞くと百代はシャドーボクシングを始める。

「人を怖がらせるとは、美少女が直々にぶっ飛ばしてやるぞー」

「今は誰もいないんだって」

「ちっ、見かけたら骨も残らないよう粉々に砕いてやるのに」

「……幽霊よりよっぽど物騒なこと言ってるぞ」

 今幽霊が出たら、間違いなく幽霊のほうから逃げ出すだろう。 

「さて、心配事はなくなったし大和をからかいに行くかなー」

「幽霊が出るって噂は騒音の前からあったけどな」

「ひいいいっ! いちいち怖がらせること言うなよ!」

 いきなり百代が慶一の背中に飛びつく。

「ここらへんで、有利性を取り戻しとこうかなーって」

「……オマエ絶対ろくな死に方しないぞ」

「どんな死に方しても死んだ後は皆同じだよ。こんなとこに居たくないんだったらさっさと戻るぞー」

 百代を背負いながらファミリーの元に戻ると、ひとしきり大和をからかい終わったらしく二人のことを待っていた。

「遅いぞー慶一、とりあえず今日は帰ろうぜ」

 そう言うとキャップが眠そうに欠伸をする。

「だな。産婆蛙の慶一も姉さんも戻ってきたことだしな」

「いくら絶妙な例えをしても、今日のからかいの対象は大和だってことを忘れるなよ」

「さ、帰りましょうか慶一さん。暗いので足元照らしますよー」

 慶一の足元を懐中電灯で照らしながら大和は先頭を歩いて行く。

 

 

 川神院に付く頃には深夜の2時を回っており、部屋についた慶一は直ぐに眠りについた。

 しばらくすると雨が降り始める。瓦は雨音を吸収するが溜まった雫が大粒になり地面に叩きつけられるので、バラバラと重い音が響いている。その音に紛れるように熟睡している慶一の部屋のドアがそっと開くと、床が軋まないように慎重に百代が慶一の元に近づく。抜き足差し足で慶一に近づいたのに肩を揺らして起こすように話しかける。

「美少女がきたぞー。起きろよー」

 慶一は少し身をよじったが、直ぐにまた寝息をたてた。

「むー、起きる気配ないなぁ……」

 今度は慶一の頬をつんつんと弱めに刺激するが効果はなかった。

「これならどうだ? 流石に驚いて起きるだろう」

 鼻をつまむと、慶一が息苦しそうに顔をしかめた。

「どうだ? 早く起きないと酸欠になるぞー」

 その時、強い風が吹き雨粒が乱暴に雨戸に叩きつけられる。

「ひいいいいっ! って私が驚いてどうすんだ」

 百代の叫びにも反応することなく深い眠りにつく慶一は、近くに雷が落ちてきても起きそうになかった。

「起きろよー。こういう時助けるのが舎弟の役目だろー。っとそういえば舎弟じゃなかったか……」

「オマエが怖がらせるから寝れなくなったんだぞー。薄情者ーっ」

 雨音が弱くなると、今度は時計の針が時間を刻む音が響く。規則正しく鳴る音は何故か恐怖心を煽っていった。

「起きないなー。今更ワン子のとこに行くのも出来ないし……。眠いけど怖くて寝れないし……。」

 百代は怖くて何気なく掴んでいた布団の端を捲る。

「おじゃましまーす……。おぉ、ぬくぬくだぁ」

 慶一の体温で温まった布団に身を預けるように入り込んだ。

 「えっと、まくら……まくらと」

 仰向けで寝ている慶一の腕を引っ張り出しで頭をのせると、体が温まって安心したのか慶一の寝息に重なるように百代も寝息をついていった。

 

 

 

 

 

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