真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第三十一話

 放課後の川神学園の一室。茶道室では将棋の駒が将棋盤にぶつかる音と飲食をする音がしている。

「ところてんに川神水が合うねぇ」

 大和の差し入れのツマミを弁慶が美味しそうに咀嚼している。

「これはところてんと言うよりおきゅうとだな」

「なんか違うの?」

 持ってきた大和も慶一に渡されただけで、見た目でところんだと思っていたので宇佐美の聞きなれない言葉に反応する。

「食感がツルツルというよりさらさらしてるだろ。博多だとおきゅうと、佐渡だといごねりと言われてるな」

「いいよー無駄なうんちくは。川神水に合えば私は満足」

 弁慶は気だるそうに川神水を一口飲んではツマミを口に運ぶ。

「若い子に知識をひけらかすのは楽しいんだよ。ってこの考えが既にオジサンか……。オレも年をとったもんだ」

「加齢臭がしてから、悩んだ方が健康にもいいんじゃない?」

 話しながらも大和はしっかりと角道をあける。木と木がぶつかり合う小気味いい音が響いた。

「ありきたりだけどな、自分の枕の臭いで目を覚ますと死にたくなったりするわけだよ」

「悩んだふりしても、銀は貰っていくよ」

「ちっオジサンに花を持たせようという気はないのかよ。まぁ、銀をとった飛車を貰っていく」

「それじゃ、その飛車を角で狙っていくことにする」

「ちゃっかり角道開けてやがったか」

 宇佐美は不利になった局面を誤魔化すかのようにツマミに手を伸ばす。

「ツマミを食べても形勢は変わらないと思うよ」

「おきゅうとは“お救人”って漢字で書くんだよ。オジサンもそれにあやかろうと思ってな。……それにしても本当に美味いなコレ」

「慶一が作るものに外れはないからね」

 大和も宇佐美につられるようにおきゅうとを摘む。おろし生姜をのせて生醤油をかけて食べるとさっぱりとするので、頭を使う作業にちょうど良かった。

「オジサンさぁ、実は前口には結構仲間意識持ってるんだよね。特にあの枯れ具合とか」

「ヒゲ先生は結構ガツガツしてるような……。てか、枯れてるって慶一に言ったら怒られるよ」

「慶一ってこないだもツマミ作ってくれた慶一?」

 川神水も進みすっかり恍惚の表情になった弁慶が、この間の葉山葵の醤油漬けのことを思い出していた。

「そうそう。弁慶はまだ慶一に会ったことなかたっけ?」

「遠巻きに与一と仲良く話してるところは見たけど、しっかり話したことはないね」

「慶一は九鬼にも出入りしてるから、そのうち会うこともあるんじゃない?」

 慶一が九鬼に行った日はケーキやチョコレートなど、手の込んだお菓子をお土産に持ってくるので大和は密かに楽しみにしていた。 

「前口ねぇ……。風間や九鬼と違った意味で目立つ奴だよな」

「あっやっぱり目立ってるんだ」

「学校ってよりは代行業関連でだけどな。川神来る前から七浜で荒稼ぎするガキって有名だったぞ」

 いつの間にか将棋も大和の勝ちで終わり、だらけ部の三人は床に背をつけゴロゴロとしていた。

「まぁ、良い意味でも悪い意味でもマイペースな奴だよ」

「ふーん。大和は川神先輩と風間と慶一の話題がよく出るね。特に慶一の」

 弁慶は残り少なくなったおきゅうとを箸で摘み大和に見せながら言う。

「たしかにそうかもな、話題に事欠かない人たちだし。キャップと姉さんは騒動の中心になったりであれだけど、慶一の話はだらけ部の話題に合うからな。ツマミ的にも」

 大和も弁慶と同じように箸でおきゅうとを摘んで言った。

「うんうん。料理上手、面倒見が良い、でも結構めんどくさがり屋。会ったことないけど変に詳しくなっちゃったよ」

「慶一も慶一でガクトとかから弁慶の話を聞いてるみたいだけどね」

 大和がふわぁっと欠伸をすると、連鎖するように弁慶と宇佐美も欠伸をする。

 欠伸で油断しているところにリズムよく三回ノックの音が響いた。

「誰か来たみたいだね」

 弁慶が目だけをドアに向ける。

「ほっといたらそのうち帰るだろ。オジサン眠くて動きたくないしな」

 ドアの外にいた慶一の耳にはしっかりと宇佐美の声が届いていた。いることを確認した慶一はドアを開ける。

「居留守使うつもりなら、普通に喋っちゃだめでしょう宇佐美先生……」

 言われた宇佐美も、入ってきたのが慶一だと気づくと気にせず弛緩した顔を晒していた。

「おぉ、慶一が来るなんて珍しいな」

「そのうちが向こうから歩いてきたね」

「あん?」

「弁慶の言うことは気にしないでいいよ。それより急用か?」

 眠たそうな瞳を慶一に向けた大和がのそりと上半身だけを起こす。

「渡し忘れた刻みネギとかつお節持ってきたんだけど、もうほとんど食っちまったみたいだな」

 蓋が開いて出しっぱなしになっているタッパーを見ると、数える程度しか残っていなかった。

「それは惜しいことをした。もうちょっと残しとけばよかった」

 だらけていた大和以外の二人もゾンビのようにノロノロと起き上がりだす。

「お? 残りのダメ人間も起きてきたか」

「ダメ人間の宇佐美でーす」

「どもー、パワーゴリラの弁慶でーす」

 歓迎会の時に慶一と与一が話していた内容がしっかりと耳に届いていたようだった。

「あれは弁慶のことを言ったわけじゃなくて、川神先輩のことを言ったんであって気にしないでくれると助かる」

「まぁ、武神にお仕置きされてるのも見たし、なかったことにしとこう」

 口ではそう言っているが、弁慶はツマミを必要以上に強調して見せてくる。許されたければツマミをしばらく献上しろということらしい。

「今回みたいに簡単なもので良かったらまた作るよ」

「それじゃ、お近づきの印に川神水でもどう?」

「ノーサンキュー」

 慶一は手のひらを向けて、弁慶が差し出す酒杯を断った。

「おっ? いっちょまえに美女の酌を断るのか。オジサンには理解できないね」

「川神水ってただの水だしな。どうせ酔うなら別のものがいい」

「今の危険な発言は聞かなかったことにするぞ」

 宇佐美は職務放棄とも取れる発言をし、残りのおきゅうとを口に運ぶ。

「別に大っぴらに飲むわけじゃないよ。料理をしてたら多少はね……。日本酒、ワインなんてのは頻繁に使うもんだし」

「それもそうだ。みりんだって買うのに年齢確認が必要なご時世だしな」

「それにしてもコレを簡単だと言えるんだから恐れ入るよ」

「煮て固めるだけだからな、材料さえあれば大和でも出来るよ。……いや、それをしないからだらけ部なんだな」

「ご明察。慶一もどう? だらけ部に入部しない? 素質はあるよ」

 食べ終わり再びごろっと横になった大和が「な?」と同意を求めるように弁慶に話しかける。

「ツマミ持ち込みなら大歓迎」

「聖域を崩さないならオジサンも歓迎するよ」

「朝の4時半に起きて飯の支度をして、開いた日は七浜まで屋台を引っ張るオレをだらけ者の一言で済ませるつもりか?」

「オジサンだって今はこんなんだけど、夜は代行業に精を出してるよ。それも今日はないし、このまま茶道室に泊まりたいもんだ」

「それでウメ先生を口説こうってんだから図々しいよね」

「いや、だらけてる大和が言うセリフじゃないだろ」

「そうそう前口の言うとおり、ここでだらけてる奴は皆同じ穴の狢だよ」

 宇佐美はだらしなく体を伸ばすと如何にもオジサン臭い声で唸ったかと思えば寝息を立て始める。弁慶は既に寝ていて、大和も会話が途切れたのをきっかけに寝息を立てだす。

 慶一がいるのを気にせず、三人はだらけ部の信念を全うしていた。その三人を起こさないように茶道室を出ると、慶一は購買に向かった。

 

 

 購買で豆乳を買い、次に調理部に向かい鍋とコンロを借りて茶道室に戻る。

 鍋に豆乳を入れ、沸騰しないように火加減を調整していく。料理をする音が耳に届いたのか弁慶が猫のように体を伸ばして欠伸をしている。

「おはようさん」

「む~、なんか寝た気がしない……」

「そりゃ、30分も寝てないからな」

「私が寝ている間寝顔を見て過ごしてたわけじゃなさそうだ」

 夏と冬が同居している梅雨の時期は途端に寒くなることがある。まさに今日がそうだった。それに加えて寝起きで体温が下がっているのだろう。火元の鍋に弁慶が近づいてくる。

「ありがたいことに、この間美女の寝顔を堪能したばかりだからな。ちょうどそろそろ出来るぞ」

「なにこれ?」

 鍋の中には具は一切なく、汁から湯気が出ているだけだった。

「箸で突っついてみ?」

 弁慶が箸の先でちょんちょんと白濁色の汁を突くと薄い膜に皺が出来た。皺の膨らみに水蒸気がたまりふるふると震えだす。

「湯葉か?」

「そうそう、安物の豆乳で作った簡単なやつだけどな。もう食べられると思うぞ」

 弁慶に器を渡す。これもポン酢に、使わなかった刻みネギを入れた簡単なものだ。

 弁慶が鍋の端から恐る恐る箸を入れると、鍋の中の汁と同じ色をした湯葉が顔を出した。それを持ち上げると湯葉が両端からくっついて、絹のように光沢のある湯葉になる。

「結構もちもちしてるんだな、ミルキーで。んっ……、川神水にも合う」

「寝起きの体が温まるだろ? 次に出来るのは3分後くらいかな」

 鍋を見るがまだ膜が張った様子はなく、ゆらゆらと湯気だけが寂しそうに揺れていた。

「呑気な鍋だねぇ」

「まっ、だらけ部にはぴったりだろ」

「違いない」

 弁慶は笑顔をこぼすと、川神水をの入った酒坏を口元に寄せちびちびと飲みながら鍋を見つめ、湯葉の出来上がりを待っている。

「いくら見ても早くは出来ないぞ。だらけ部らしくのんびり待ったらどうだ?」

「少しずつ出来上がるの見るのを肴に川神水を一杯というのも、乙でなかなか」

「一杯というより“いっぱい”だろ。会ってから寝るか食うか飲むしか見てないぞ」

「食べる原因も飲む原因も作ったのは慶一だし、私はそれに従っているだけ」

 2回目で慣れたのか、弁慶はさっきより綺麗に湯葉を剥がしている。取るときの楽しそうな顔を見ると、川神水を断った詫びとしては十分だろう。

 のんびりしているとまた膜が張り出す。弁慶が箸を入れようとするが、それより先に慶一が箸を入れて持ち上げる。

「次はオレ。2回目は川神水を断ったから譲ったけどな。弁慶はまた3分待ちなさいな」

「はーい」

 市販の豆乳で作ってもしっかりとコクが出ていた。ツルンとしているがとろける不思議な舌触りが楽しめるのは湯葉くらいだろう。

「どうした黙って。そんなに次湯葉を食いたかったのか?」

「コレを用意したのって川神水を断ったから?」

「まぁ、そんなとこ。かつお節はともかく切ったネギを早めに使いたかったてのもあるけどな」

「なるほど、これからは会う度に川神水を進めたほうが良さそうだ」

 いたずらに笑う弁慶の頬は赤みがさしていて色っぽく映る。

「そう何度も作るほどお人好しじゃないぞ」

「なになに、大和から慶一のことを聞いてるからね。こうしてだらけてれば面倒を見に来ると踏んでる」

 話しながら何回目かの湯葉を食べていると宇佐美が起きてきた。

「何それ湯葉じゃん。どうしてお前らそんなの食ってんの」

「オレが作った」

「私がそれを食べてる」

「いやいや、学校で湯葉ってどうよ」

 そう言いながらも宇佐美は鍋の前に腰を下ろす。

「クマちゃんなんかはもっと本格的な鍋とか作ってるし、今更でしょうよ」

「それもそうだな。オジサンも面倒なこと考えるの嫌だし食べて忘れよう」

 食べる人数が増えたことで食べるまでの時間がまた伸びた。

「もう食えるよ宇佐美先生」

「いやー温まるね。これで熱燗があれば言うことないんだけどな」

「同意」

 同意してはいけないはずの年齢の弁慶が同意していた。

「台風でも接近すれば後は暑くなる一方だろうけどね」

「6月ってイベントらしいイベントもなくて、雨ばかりだもんな。気分は滅入ってばっかりよ」

 茶室らしい障子張りの窓からは、子供のようにぐずっているいつ泣き出すのかもわからない曇天が広がっている。

「美味いものでも食べて、せめて空元気でもだせば?」

「空ってお前……。オレもコレの作り方でも覚えて、小島先生を家に飲みに呼んじゃおうかな」

「ウメ先生がツマミ一つで家来るくらいだったなら、もっと楽に口説き落とせるんじゃ?」

「それもそうか。前口はどうよ? 料理を餌に女の子を呼んだりしないの?」

「川神院に?」

「そういやそうだったな。そうなるとオマエの料理の腕も宝の持ち腐れだな」

 ひと通り皆が食べ終わり満足気に胃の重さにまかせてのんびりしていると、やっと大和が起きだす。

「何それ湯葉じゃん。どうして――」

「「「それもうやった」」」

 今度は大和一人を残して、三人が床に背をつけてだらけ出していた。

 

 

 

 

 

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