真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第三十二話

 タイムセールの魔力は財布の紐を緩くする。南瓜に茄子に獅子唐にズッキーニ。何に使うか考えていないが夏野菜ばかり無駄に買い込んでしまった。

 結果的に得をしたのか損をしたのかわからないが、手に袋が食い込む原因になっている南瓜の重さの分は得していると考えたい。

 帰り道で通りかかった多馬川の堤で佇む男を見かけた慶一は、買い物袋ブラブラさせながら近寄って行った。

「今日は……風が騒いでるな……」

 与一は風に吹かれた前髪を煩わしそうに手で抑え、風に流された草を目で追っている。

 曇天は落ちかけの陽に照らされ濁った金色を空に広げていた。切り裂くような風は、遥か上空の雲をかき混ぜながら生き物の唸り声のような風音を発している。

「与一の周りじゃ毎日風が騒いでるぞ。たまには有給でも取らせてゆっくりさせてやれよ」

「風は休まることは知らない……。この世の混沌を全て吹き飛ばすまではな」

「いや、むしろこの風が梅雨前線って言う厄介なものを押し上げてきてるんだけどな」

 遠くに見える黒雲が風に流されてこちらに向かってきている。天気予報通り明日は激しい雨になりそうだった。

「いいところに気付いたじゃねぇか。風は世界を浄化しては厄災を引き連れてくる。オマエもそんな漆黒の風に惹かれ外に出て来た身だろ?」

「よく見ろよ。オレが惹かれたのは商店街のタイムセールだよ」

 慶一は買い物袋を与一に向かって中身が見えるように突き出す。

「落ち着けよ。最後の晩餐にはまだ早すぎる」

「一度フィルター掃除したほうがいいぞ。埃が詰まってオレの言葉がちゃんと届いていないみたいだからな」

 その言葉を聞いた与一は、なぜか無言のまま憐憫の眼差しを慶一に向けた。慶一もまた何も言わず惻隠の情にも似た視線を送る。

 二人が目だけで会話をしているとどこか呑気な声が聞こえてくる。

「与一誰と話してるんだ?」

 奥の方にいた義経と弁慶が長い髪を風になびかせながら歩いてきた。

「よう、義経」

「前口君こんにちはだ。与一と仲良くしてくれているみたいで義経は嬉しいぞ! これからも与一のことをよろしく頼む」

「ちっ、余計なお世話なんだよ」

 与一が不愛嬌な言葉を吐くと、義経の屈託のない笑顔に少し陰りが見えた。

「与一ィ、主に恥をかかせたらアルゼンチンバックブリーカーだって言ってるだろう」

「まて姉御! 話せばわかる!」

「それじゃ、アルゼンチンバックブリーカーは話した後ということで。今はこれくらいにしとこう」

 そういうと弁慶は与一の制服の襟を掴み川に投げ込んだ。与一の叫び声が途切れると同時に水柱が上がる。

「ちーかま。と言っても2時間ぶりくらいだね」

「その挨拶ってどうよ?」

「私なりのコミュニケーションの形だよ。ささ、慶一も言ってごらん」

 川神水を飲んで顔を赤くした弁慶が慶一に絡みだす。

「ちー……ちーたら」

「惜しい60点。オリジナリティが足りません」

「100点もらうにはアル中にならないと無理そうだな」

「まぁ、明日もツマミを献上することで許すとしよう」

「べ、弁慶! 悪酔いし過ぎだぞ!」

 義経は弁慶を咎めているが、今日一日で弁慶の人となりがわかってきた慶一は特に気にすることなく、わたわたと焦っている義経の表情を人知れず楽しんでいた。

「いいんだよ、慶一は人の面倒を見るのが生きがいなタイプなんだから」

「そ、そうなのか? 前口君は素晴らしいの人間なのだな! 義経はいたく感動したぞ!」

「いやー、そういう笑顔を向けられるとなにも言えなくなるんだけど……」

 義経に尊敬の念を抱かれた慶一は居心地が悪そうに身をすくめる。

「それに、しっかり明日のツマミの材料を買い込んでるみたいだしね」

 目敏く慶一の袋の中身を確認した弁慶は、どこか上機嫌に一口また一口と川神水を口に運んでいた。

 手品師が手品を始める前に種がバレてしまったような気恥ずかしさが、臀部から背中にぞわぞわと這い上がってきた。

「そこは見ないフリしてくれりゃいいのに」

「照れることないじゃん。私に尽くせばいいことあるよ」

「飲んだくれに貢ぐ未来は良いイメージが想像できないな……」

 すっかり草の上に腰を下ろして呑んだくれる体制に入った弁慶を眺めると、自然にそんな言葉がでてきた。

「あぁ~弁慶、またそんなに飲んで。前口君も弁慶が迷惑かけたなら言ってくれ」

「そうするよ。弁慶に直接言うより効果ありそうだしな」

「そうしてくれ! 家臣の失態は義経の責任でもあるからな」

 こうして適当にツマミの材料を買ってしまった身としては、迷惑というより習慣になりそうな気もする。しばらくは義経の手を煩わせることもないだろう。

「そういえば、義経たちは何やってたんだ?」

「自己鍛錬だ。と言っても鍛錬していたのは義経だけの気もするが……」

 義経の目線には、視線を送られたことに気付いて手をヒラヒラとさせている弁慶が映っている。

 与一もあの性格を考えれば人目の付く場所では鍛錬なんてしないだろう。わざわざこんなところで鍛錬しなくても、九鬼には立派なトレーニング施設もあるしそこで十分そうだ。

「義経は努力するのが好きそうだもんな」

「うむ、努力・友情・勝利! 大好きな言葉だ!」

「オレは血筋・覚醒・勝利の方が楽で好きだな」

「前口君が弁慶と仲良くなった理由が、なんだかわかった気がする……」

 義経は呆れるというよりも、納得した様子で慶一と弁慶の顔を交互に見る。

「私はやる時はやるよ。今がその時じゃないだけ」

「オレだって努力が嫌いなわけじゃないんだがな。ただ……」

「「しなくていいことはしたくない」」

「い、息がピッタリだ……。義経と与一もこれくらい仲良くなれたら……。そういえば…与一!?」

 思い出してはっとした義経は、未だ戻ってこない与一が飛ばされた川に向かって慌てて走って行った。

 それを眺めていた弁慶は、仁愛と慈愛が入り交ざった感情を隠すことなく慶一に話しだす。

「可愛いでしょ? なんでも一生懸命で」

「弁慶も一生懸命鍛錬して弱点無くしたほうがいいんじゃない?」

「私の弱点?」

「ほら、有名なのあるじゃん」

 慶一は人差し指で、黒いストッキングに包まれた弁慶の脛を指す。

「なるほど。でも、私はもっと明確な弱点があるよ」

「義経か?」

「まぁ、それも間違いじゃないけど。ツマミこわい」

「川神水こわいと言わないなあたり、人を選んでるよな」

「それでツマミが怖い私を脅かすために何を作るんだ?」

 袋を持った手が余計に重くなったと思ったら、弁慶が袋を引っ張りガサゴソと物色していた。

「いまのところ考えついたのは、夏野菜の揚げびたしかな」

「それは野菜お化けが出そうで怖いなー困っちゃうな―」

 義経がいてもいなくても川神水を飲むペースは変わらず。同じ水でもさらさらとした川の流れとは違い豪快に喉を鳴らしていた。

「本当は弁慶のクローンじゃなくて酒呑童子のクローンなんじゃないのか?」

「それじゃ貰ったラヴのレターは燃やさないようにしないと」

「さらっと自慢されたような……」

 気づくと辺りは湿っぽい空気に包まれて、風は土の匂いを運び出していた。慶一は空いた手を出し雨粒が落ちてこないか確認するが風に撫でられるだけで、まだしばらくは雨の心配はなさそうだった。

 その一連の行動を見ていた弁慶が得意気に言った。

「後二時間もしたら雨がふるでしょう」

「そんなことわかるのか?」

「私の髪がそう言ってる」

 そう言って弁慶は自分の髪を触るが見た目的にはなにも変わりはなく、空気の通りが良さそうな綺麗なウェーブのかかった髪にしか見えない。

「古傷が痛むとかじゃないんだな。それで明日の天気もわかったら便利でいいのに」

「よし、やってみよう。むむ~」

 弁慶は目を閉じると静かに唸りだす。しばらく黙って次の言葉を待っていると、弁慶がおもむろに口を開いた。

「明日は晴れ、時々豚が降るでしょう」

「それじゃ明日のツマミは鉛筆の天ぷらにするか」

「あれ、イカ天みたいで美味しそうなんだよねぇ」

「食べたら絶対お腹壊すけどな」

「消しゴムおろしがあれば大丈夫」

 そういえばそういう解決法があったなと思いだすと、懐かしさからか笑いが漏れる。慶一と弁慶が笑い合っていると声を震わせた義経が恐る恐る会話に混ざってきた。

「よ、義経は鉛筆を食べるのは遠慮したいぞ」

「好き嫌いはダメだよ主ィ」

「しかし、鉛筆は食べ物じゃないぞ!」

「主の好き嫌いをなくすのも配下の役目。それ、こちょこちょこちょ……」

「あはははは! べ、弁慶っ…やめっ……」

 美女二人が組んず解れつ絡み合っていた。主に組んずの部分は弁慶で解れつの部分は義経だったが。

「私も本当はこんなことしたくないが、主の為を思えばこそ…心を鬼にしなくては」

「あははっ、ぜ、絶対弁慶はっ、楽しんでるぞっ。あははっ」

「食べるって言うまでやめないよーホラホラ」

「はいはい、ストップ」

 慶一は弁慶から義経を剥がしとる。

「あー、いいところだったのに無粋な真似を」

「流石に理不尽過ぎたからな。毒食って皿まで食われちゃたまらんし」

「た、助かったぞ。前口君」

 笑いすぎた義経は肩で息をしていた。

 

 

「そういえば昔三人で見たな。あの頃は与一も素直だったんだが……」

 義経はタオルで濡れた体を拭いている与一を見るが、それに気付いた与一は煙たそうに手を払いこっちを見るなとジェスチャーをしていた。

「あんな与一もアニメとか見るんだな」

「むしろハマったんだと思うよ。それでふつふつとアレが発症したんだと思う」

 タオルで髪の毛を拭いている与一は、突然タオルを剥ぎ取りビルの屋上を睨みつけ「隙を見せちまったか」とか色々と呟いていたが、端から見ると愉快に踊っているか闘牛士の真似をしているようにしか見えなかった。

「前口君! 今あんな感じだけど、与一はいい子なんだ誤解しないでくれ」

「誤解はしてるけど、悪い奴とは思ってないから大丈夫だよ」

「そうか! それはよかった……のか?」

 義経が可愛らしく小首を傾げていると。

「伏せろ!」

 与一の叫びが木霊する。

 弁慶は気にすることなく座り続けていたが、慶一と義経は伏せ何事かと確認する。後方から黒い影頭上を飛んできて川に着水した。

「何だ鴨じゃねぇか」

「ちっ、とうとう奴らは鳥にまでカメラを付けだしたか……」

 それだけ言うと与一は辺りを窺い、キョロキョロと視線を動かしていた。

「鴨ならカメラ付けるより葱でも付けるほうが合ってるけどな」

「確かに。鴨に葱、こりゃまた川神水が進みそうだ」

「弁慶は何かと理由をつけて直ぐ飲みたがる」

 義経は弁慶のひょうたんを取り上げようとするが、簡単にあしらわれてしまっていた。

「鴨って美味いけど、羽むしりが大変なんだよな」

「羽!?」

「首の骨を折る時もなんとも言えない感覚が手に残るのもアレなんだよな」

「お、折るのか!?」

 義経は慶一の言葉の単語を広い衝撃を受けていた。

「その方が血液が肉の中にとどまって、風味が高くなるんだよ」

「聞かなければ良かったと義経は後悔しているぞ……」

「慶一……。あんまり主をイジメないように。私の特権なんだから」

「命の食べ方を知るのも大切かなーと思って」

 その言葉を聞いた義経は、真っ直ぐ慶一のことを見る。

「その通りだ。義経は大切なことを習ったんだ。これから食事の時は一層感謝して食べることにするぞ!」

 慶一が一子を見ると時のように微笑ましく義経を眺めていると、横から弁慶に話しかけられた。

「それにしても、慶一が食育に熱心だとは知らなかったな」

「必要以上には感謝しないけどな。いただきますで十分」

「やっぱり主のことからかって遊んでいたんじゃないか」

「なっはっは、バレたか」

 

 

 

 

 

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