真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第三十四話

「ここで辞めるは卑怯じゃない!?」

 女の言葉はまるで悲鳴のように男の耳に届いた。

「……もう疲れたんだよ…自分を偽るのに」

「大丈夫あなたなら出来るわ」

「無責任なことを言うなよ!」

 男は感情に任せてテーブルを叩く。その衝撃で倒れたコップからは男女の代わりに涙がこぼれ出ているように水が流れていた。

「でも……」

 男の憤りをぶつけられた女は、そこから喉に蓋をされたように言葉が出てこない。握った手が震えている。力を抜いてしまったら涙がこぼれてしましそうだから、手のひらに食い込む爪の痛みで必死に誤魔化しているのだった。

「オレが…オレがどんなに苦労しているかわかるか?」

 男も苦しみを思い出しながら震えた声を絞り出す。

「わたしも…いや、わたし達も苦労してるわ! どんなにあなたを思っても、あなたは私一人のものにはならない……。それがどんなに苦しいことかわかる?」

「オレが言いたいのは、もっと肉体的な苦労さ。毎朝早く起きて歯を磨いておはようのキスに備えたり、お腹が出ないように筋トレしたり」

「そんなのしなければ済む話じゃないっ!」

「……男の朝ってのは口が臭うんだよ。それに、これから歳を重ねるごとにお腹は出る髪の毛は抜ける……。そんなオレを愛せるのか!」

「そ、それは……」

 男は女の答えを聞かないまま続けた。

「それにハーレムってのは聞こえはいいけど、その人数分を養わなきゃいけないんだぞ! 4人、オレを入れて5人だ! 働けど働けど先は真っ暗だ……っ。ここ数年休みらしい休みはないじゃないか!」

「それがあなたの選んだ道なのよ。もう私達のお腹にはあなたの子供がいるわ……。もう…逃げることなんて出来ないのよ!」

「うわああぁぁああああ!」

 男は叫び声をあげて年甲斐もなく泣きじゃくる。これから生まれてくる子供達の養育費はあまりにも重く男の背中を押しつぶしていた。

 エンディングの曲終わると、暗くなった画面は現実の昼の教室を映し出した。

「くっ……。何度見ても泣ける……」

「第一話からのこの展開。他の追随を許さないよねぇ」

 ノートパソコンの液晶を眺めているモロとスグルの目にはうっすらと涙が浮かび上がっている。

「話の出来の良し悪しは置いといて、先が気になるのは間違いないな」

 同じく画面を見ていた慶一は、どこか醒めながらも破茶滅茶なストーリーに惹かれかけていた。

「これで終わりだよ」

「え? 第一話って言ったじゃねぇか」

「打ち切りになったんだよ。この一話でな……」

 スグルがどこか感慨深そうな表情で動画プレイヤーを消した。

「そりゃまたどうして」

「放送後に苦情が多くてな、“日本よこれがハーレムだ”って宣伝したのがマズかったと俺は思ってる」

「ネットでは放送前にマンハッタンのハーレムってひねってくるんじゃないかって話題になったりもしたんだけどね」

「ひねるどころか折り曲げてきたってわけだ。録画してた俺は運が良かった……。DVDにもなっていない幻のアニメだからな」

 スグルはメガネの隙間から指を入れて涙を拭き取ると、どこか遠くを見るように目をしかめた。

「つーか、梅雨時にこんな暗いもの見せるなよ……」

「梅雨時だからいいんじゃないか。ジメジメした空気が相まって、まるでアニメの主人公になったような気分が味わえるだろ?」

「いやー、それでも昼間に見るもんじゃないだろ」

 必要以上に重苦しい内容は、肩の筋肉を緊張させ疲労感を広がる。

「それじゃ今度慶一も交えて、オールナイトでオータム鑑賞でもする?」

「オータムで慶一を洗脳させるか……。それも悪くない」

「オレには向かない道だ……」

 慶一は不吉なことを話し始めたスグルとモロからこっそりと離れる。

 さっきのアニメのせいで、底のない井戸を眺めているような重い気持ちを抱えた慶一の背中をクリスが軽く叩いた。

「いくら梅雨だからって背中を丸めてだらしないぞ慶一!」

 事情を知らないクリスがいつも通りの調子で慶一に絡みだす。

「クリスは機嫌いいな。なんかあったのか?」

「昨日の暴れん坊上様は面白かった!」

「あぁ、アイドルがヒロインに抜擢されて話題になったやつか」

「そうだ! 歌と踊りが出来るのは知ってたが、演技もあんなに上手いとは知らなかった」

 昨日放送された時代劇はクリスの中でかなり盛り上がったらしく、興奮冷めやらぬまま学校に来ていた。

 目を輝かせて身振り手振りを使い、事細やかに感想を慶一に話している。

「そんなに演技が上手かったのか」

「そうだ、ラストの雨の中で抱き合っているシーンは涙なしでは語れないぞ」

 どこかで聞いた台詞だが、クリスは泣くと言うよりも瞳には炎が滾っていた。

「泣いてないじゃねぇか」

「む~、茶化すなっ! 慶一もあのシーンを見たらきっと感動するはずだ」

 クリスの話を聞くと、背景は濃い緑に包まれた森の中。和傘に雨が弾かれ、その雨粒が二人を強調させる。抱き合った女性の顔は映らずに、死地に赴く決心をした男の顔で終わったらしい。

「下着メーカの調べによると。ここ30年は胸のサイズは変化してないらしいぞ」

「ん? つまりどういうことだ?」

「実際の大きさじゃない、つまりは演出のおかげってことだな」

「なっ!? コホン。そういうジョークは関心しないぞ」

 一瞬強く反応したクリスだったが、慌てて咳払いを一つして冷静に慶一を窘めだす。

「なんだ、クリスも胸の大きさ気にするのか?」

「じ、自分の胸の話はしていないじゃないか! 確かにもう少しあったらなぁって思う時もあるが……」

「別にスタイル悪いわけじゃないし、今のままでいいんじゃねぇか?」

 豊麗に成熟したと体とは言えないが、制服の下で女性らしい膨らみが何か動作をする度に揺れ動いている。

「そ、そうだろうか?」

「まぁ、見てみないことには詳しい事わからんけどな。見せてみ?」

「そうだな……って見せるかーっ!」

 陰鬱な気分もクリスの元気な声を聞くとどっかに吹っ飛んで行きそうだ。

 大声を出したからセクハラ発言に反応したからなのかわからないが、顔を赤くしたクリスは慶一を睨んでいる。

「そう怒るなって」

「なんで自分が窘められるんだ、おかしいだろ!」

「こういう時はな、煙草の火を押し付けられて声を荒らげた方が負けなんだよ」

「……回りくどい例えで誤魔化そうとしてるだろ」

 クリスの三角の目つきがジワジワと警戒をするジト目に変わっていった。

 その視線を受けながら慶一はクリスの頭を撫でる。お伽話に出てくるお姫様のような金色の髪は撫でる度に柔らかく形を変えては小さく波を打った。

「よく気付いたな。偉いぞ、よーしよしよし」

「えぇい! 自分は犬じゃないぞ!」

「本当は一子で癒やされたいけど、今いないからなぁ」

「それはそれでなんか納得いかないなー。っていうか代わりにするな!」

 慶一の手を頭から払いのけたクリスは、大きく口を開けて講義してくる。こう素直に反応してくるものだから、からかうのがやめられない慶一だった。

 

 

 クリスで遊んだ昼も終わり放課後になったが、相変わらず雨の音に包まれていた。

 秘密基地から見える工場の煙突から上る煙が、湿気った空気のせいでゆっくり拡散するのでいつもより目立っている。

「どうぞ慶一さん」

「ん、ありがとう」

 まゆっちが温かいお茶を入れてくれていた。飲みやすい温度になっていてまゆっちの気遣いを感じる。

「なかなか珍しい組み合わせだよなこの三人って」

 慶一はモロとまゆっちの顔を見回して言った。

「おいおい、オラを忘れると痛い目みるぜ」

「……本当に腹話術上手だよね」

「モロボーイ何回も言ってるだろ? オラは九十九神なんだぜ」

「モロの持ってるフィギュアも喋り出したら面白いのにな」

 慶一は棚に飾ってあったフィギュアを手に取り、適当に動かす。

「それは最早オカルトだよ!」

「何百年後には美少女フィギュアも呪いの日本人形みたいに怪談話になるのかねぇ」

「それを喜びそうな人がいるのも怖いよね」

「スグルなんかは喜びそうだよな」

 呪いの市松人形の類と九十九神は違うかもしれないが、元はどっちも長い間大切に扱われていたことには違いない。

 人形に愛情以上のものを注ぐ愛好家も少なくない今の世の中では、相当歪んだ魂が乗り移りそうだ。

「そういえば、どうしてまゆっちは松風って名前つけたの?」

「おっ、なかなか良い所に目を付けたなモロボーイ」

「オレは、なんでモロボーイって呼んでるかの方が気になるけどな」

「ボーイだからさ……」

 まゆっちの手の平に乗った松風がどこか遠い目をして言っているように見えた。

「ちょっと! 話が進まないでしょ!」

 ボーイの深い意味を知りたくないモロはツッコミを入れることで回避した。

「ええとですね。色が黒いこともありまして、前田慶次って人の馬からとりました」

「それじゃ、名前的にオレの持ち馬じゃね?」

「HAHAHA! けいいつぁんは傾奇者にしてはチキン過ぎるぜ!」

「そりゃっ」

 慶一がデコピンをして松風を飛ばすと、弧を描ききる前に残像を残す速さでまゆっちがキャッチする。慶一はその姿に目を奪われるよりも、思いのほか爪に走った激痛に身悶えていた。その時に棚に頭をぶつけて、今度は頭を抑えて身悶える

「ま、まゆっち……一矢報いてやった…ぜ」

「えぇ、立派でしたよ松風」

「どんどんカオスな空間になってきたなぁ……」

 モロはまゆっちの淹れてくれたお茶を飲みながら一人つぶやいていた。

 騒ぎ立てた反動か棚の上から雑誌が落ちてくると、モロの頭に当たり床に落ちる。

「あ痛っ。もう、二人共暴れるのはいいけどこっちにまで被害が来てるよ」

「わりぃな。落ちたのが雑誌でよかった」

「すいませんモロさん。今、片付けますね。……あわわっ!」

 まゆっちが拾った雑誌を慌てて放り投げると、ページが捲れちょうどテーブルの上に雑誌が開いた状態で落ちてきた。

 それは普通の雑誌とは違い、やたらと光沢のある紙が使われていた。電灯の光を反射して肌の色をぼやかしている。

 そのページに写っていたものは、男のモノを本来ならば受け入れることのない穴で受け入れている女性が、裸でカメラ目線を向けている写真が掲載されているものだった。

「わーっ! まゆっちは見ちゃダメだって!」

「なっはっは、こりゃまたキツイページが開いてきたな。ガクトにも困ったもんだ」

 あっけらかんと笑う慶一にモロが耳元で話しかける。

(ちょっと、そんな無責任な!)

(だってどうせガクトのだろ? オレ達の性的趣向がバレるわけじゃないからよくねぇか?)

(いや、あれどう考えても大和のでしょ!?)

(いいんだよ、ガクトって言っとけば丸く収まるんだから。大和がここに隠すはずないから、どっちにしろガクトが関係してるだろ)

 慶一とモロがコソコソと話してる間に、さっきまで慌てていたまゆっちは二人の隙を見計らってページを捲っていた。

(ま、松風こ、こ、これはどういう行為なんでしょうかっ)

(オラ人間のすることはわからないぜ)

(で、で、で、でも! これは出すところの穴であって)

(まゆっち! 女の子が穴とか言っちゃダメだぜ!)

 二組の内緒の話し合いがどちらともなく終わると、三人と一匹は顔を見合わせて苦笑いを浮かべる。

 最初に重い口を開いたのは慶一だった。

「まぁ、居づらくなったし帰るか」

「そ、そうですね!」

「とりあえずこの本はここに置いておくわけにもいかないし…持って帰るか……。あれ? ページが変わってる?」

 テーブルの上に開かれていた雑誌は、いつの間にか女性が四つん這いになっているページになっていた。

「き、気のせいじゃないですか?」

「オレもちゃんと確認したわけじゃないし、そうかもな」

 帰り支度を終え部屋の玄関に向かい振り返ると、まゆっちは何故か名残惜しそうに部屋を眺めていた。

「おーい、なにしてんだ? 帰るぞーまゆっち」

「ひ、ひゃい!」

 ドアを閉め廊下に出ると、まゆっちは一人立ち止まった。

(まゆっち……。まだオラ達が知らない世界があるんだな)

(そうですね松風。これは帰って勉強ですね!)

 

 

 その頃、だらけ部を後にし家路についていた大和にメールが届いていた。

「おっガクトからメールだ」

(ヨンパチから仕入れた例の本は秘密基地の棚に固定して隠してある。強くぶつかりでもしない限り見つからないから安心しろよ)

「あの本を仕入れるとは流石ヨンパチだな」

(了解。ミッションご苦労であった)

 大和はガクトにメールの返信を済ませた。

 なにも知らない大和は進む足速く、帰路を変更して秘密基地向かっていった。

 

 

 

 

 




詳しく日にちは進めていませんが、小説本編は今回で6月20~あたりの話です。
7月には入ってません。
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