今日の朝に作った料理と材料をノートに書き出していく。今日は川神院では持久力トレーニングを中心にする日なので蛋白質を少なくして、かわりに糖質を増やしたメニューにしていた。
朝ごはんと昼の弁当となるべく細かく書いていく。
書き出し終わったら、そのノートと栄養成分表を見比べてだいたいの成分を書き足していく。栄養士の資格なんて取るつもりもないが、川神院にお世話になってからいつの間にか日課になっていた。
昼は各々自分たちで考えて食べているのであまり意味が無いかも知れないが、せめて自分が作る時はバランスの良い食事を撮ってもらおうと考えたからだ。
コンビニのカウンターコーヒーを口に運びながら前に書いたページを眺める。最近は魚が続いていたので、明日の朝は肉をメインに作ることに決める。
ふと時間が気になり携帯を取り出すが電源が落ちていた。念の為にボタンを長押しして見るが、画面は暗くなったまま虚しく慶一の顔を映し出していた。やはり充電が切れているが、気にせずポケットに入れ直すと再びノートをパラパラと捲りだす。
ある程度読み終えると、座ったまま両手を上にあげて指を組み体を伸ばした。関節が音を鳴らすと、満足して伸ばすのをやめる。
ノートを鞄にしまうついでに立ち上がり窓の外を眺めると、空が銅色に染まりかけていた。その景色を眺めながら本棚に向かい、適当な漫画とまゆっちが置いていった料理の本を手に取るとソファーに横になる。料理の本をテーブルに乗せて、まずは漫画から読みだした。
「これが慶一が一人で秘密基地にいる場合だよ」
秘密基地の壁に映し出された映像は、クッキーの目の光が消えるのと同時に消えた。
「うわっ! つまんな!」
その映像を見ていた百代は思わず声を上げた。
「人の隠し撮り映像見といて、それは傷つくぞ」
「こう……もっと思春期らしい行動をしてる慶一の映像はないのか? クッキー」
さっきの映像に納得がいかないらしく、もっと面白みがあるものを見せろと百代がクッキーに詰め寄った。
「僕に言わないでよ! 三回も撮ってみたけど、珍しいことと言えば二回目の隠し撮りの時は携帯の充電器を持ってたくらいだよ」
再びクッキーの目が光ると、壁には慶一が簡易式充電器を携帯に挿しているところが映しだされた。変わったところはそれくらいで、他は同じく本を読んで横になっていた。
「いやー、慶一ってどこにいても慶一なんだな」
大和はクッキーが作ったポップコーンを食べながら呑気に慶一に言葉をかける。その言葉を聞いた慶一は大和に近づき、こっそりと耳打ちをした。
(……アナ○でイクの女王)
「っ!? クッキー! プライバシーの侵害はダメだぞ!」
昨日の夜に島津寮まで届けに行ったエロ本のことが効いたのか、大和はあっという間に慶一の味方についた。
「僕に怒らないでよ! 皆が慶一が一人の時に何をしてるか気になるって言ったから撮っただけなのに!」
クッキーは素早く変身すると、光る剣をチラつかせ大和を牽制する。
「あまり文句を言うならば、切り刻んでくれる」
「いちいち変形するなってクッキー!」
百代の後ろに隠れた大和は安全地帯からクッキーに非難を浴びせていた。
「面白いもんが見たいなら、ガクトでも盗撮させりゃあいいのに」
「ガクトのはとてもお見せできないよ」
「オレ様のも撮ってたのかよクッキー!」
「っていうかガクト何してたのさ……」
答えは聞きたくないのだろうが、モロは思わず声を出していた。
「それにしても慶一さんは料理のことばかりですね」
「最近は弁当以外にも作るもの増えたからな」
あれから第二茶道室に毎日通っているわけではないが、弁慶用のツマミは毎日作って大和に渡している。リクエストは特になくお任せなので結構悩みどころだ。“何を食べたい?”の答えが“なんでもいい”というのは料理をつくる上で一番困ることだったりする。
「それだけ料理の腕があるとパパっとなんでも美味いもの作れそうだよな。川神院が羨ましいぜ」
キャップが慶一の背中を叩きながら言う。
「いやー、腕を鍛えても調理道具が進化しないことには劇的に時間短縮なんて出来ないからな」
「そうなのか? 料理漫画とか直ぐ料理が出来たりするぜ?」
「調理道具以外の時間短縮は基本的に下ごしらえだからな。時間がかかるものはちゃんと時間をかけないと出来ないぞ」
コンソメスープにデミグラスソース。自分で作ろうと思ったら時間がかかりすぎる。市販品の進化というのはとてもありがたく感じる。
「そういうのって作ってみたりしないの? 慶一が作るなら食べてみたいわぁ」
「川神院で作ったらコンロが一つ埋まるからな。オカズが減ってもいいなら明日から作るぞ」
「明日は唐揚げにしましょー!」
「うんうん。それが懸命だな」
慶一が素直な反応をした一子の頭を撫でていると、キャップが続けて言った。
「でもよー、昔は作ってみたりしたんだろ?」
「前に二回程作ろうとして挫折したものがあるぞ」
「お? なんだ? 慶一に作れないものなんてあるのか」
「金平糖」
ゆっくりと回転する特殊な釜にザラメを入れてグラニュー糖を水に溶かした糖蜜をかける。火が通り金平糖が乾いたらまた糖蜜かける。かけたら糖蜜が均等に混ざるようにヘラでかき混ぜていく。その日の気温、湿度によって火も糖蜜の量も変えていき、乾いたらまた糖蜜をかけヘラで混ぜる。1日目寝ずに続けるが何も変わらず。3日ほど続けると小さな角が出来てきた。5日目に金平糖が少しだけ大きくなるのを確認をするとぶっ倒れた。
「何も喋らずにずっとその工程を繰り返すとな。腕が喋り出すんだよ……やぁ、こんにちはってな」
「ぎゃぁああ! 慶一の眼の焦点が合ってないわ!」
「まかせろワン子ーっ、姉きつけ!!」
百代が慶一の頬を叩くとパシーンといい音が響いた。
「姉さん、それただのビンタじゃ……」
「いいんだよアレで。ほら見ろ」
叩かれてヒリヒリとした熱い痛みが広がりだした頬を撫でながら、慶一はファミリーに向き直る。
「オレの数少ないトラウマが顔を出すとは」
「そりゃ、5日も寝ずにやってたら気も狂うでしょ!」
「いや、それは別に寝たらスッキリしたからいんだけど。それだけやって完成しなかったのがな……」
「慶一も他のメンバー同様どっかズレてるよねぇ……」
モロが呆れて呟く。
「それで三度目はやらないと心に決めて、揚羽さんには別の形で誕生日を祝うことにしたわけだ」
「私はそんな苦労した誕生日プレゼントもらってないぞ―」
「モモには去年の誕生日に、そこそこ高い飯奢ったつもりなんだけど……三回も」
「三回じゃ足りんー、もっと奢れ奢れー」
百代は後ろから慶一の頭に軽くチョップを繰り返している。
「痛くはないけど、理不尽過ぎやしないか? コレ」
「昔のテレビはこれで良くなるんだけどなぁ」
「奢るのが良いことと捉えてる時点でダメだろ。是非自分の頭をチョップしといてくれ」
慶一がそう言うと一度チョップ強くなったが、その後はまたゆっくりと当てるだけのチョップに戻った。
しばらく続けていると、百代のポンポンと慶一の頭で遊ばせている手が撫でるような動きにだんだんと変わっていった。慶一も近くにいる一子の頭を撫で始める。一子は気にした様子もなく皆で持ち寄ったお菓子を食べている。
「川神院組は平和だなぁ」
「モロの頭も撫でてやろうか?」
慶一は余っている手で撫でるようなジェスチャーで手を動かす。
「変な気使わないでよ!」
「そうだ! モロの頭を撫でるのはガクトって決まっているんだ!」
「決まってねぇよ! 恐ろしいこと言うなよ京!」
相変わらずガクトとモロは京の妄想の糧にされていた。
「でも、この状況って猿の親子の毛づくろいにしか見えないよな」
慶一は撫でていた手を指でついばむように仕草にかえる。
「子供は一心不乱に餌食べてるけどね」
「わふ? なんか言った大和?」
「なんでもないよ。オレのも食べていいから気にせず食べてな」
「わーい! ありがとう大和!」
今日は金曜集会ではなかったが自然と全員が集まっていた。このメンバーで集まると楽しいが、時間が過ぎるのは速く帰る時間になるのもあっという間だった。
慶一は夜中に尿意で目が覚めた。寝起きの布団の温もりに誘惑され5分くらい尿意と格闘するが、抗うことは出来ずトイレに向かった。緞帳が落ちたような真っ暗な闇に包まれている廊下を帰り歩いていると、幕の隙間から光が漏れていた。
一子の部屋をノックし、返事が帰ってきたのでドアを開ける。
「まだ起きてたのか一子」
「うぅ……ホームワークが終わらないのよ」
ノートと睨み合っていた一子は涙目になっており、考えなくても勝敗は決定しているようだった。
「頑張って終わらさないと、学校からさよならバイバイになっちまうぞ」
「ぎゃぁぁあ! 脅さないでよぉ、やるわよぉ……」
「夜食作ってきてやるから、もう少し頑張れよ」
「やる気出たわ! 全部平らげてやるわよ!」
その言葉のニュアンスは別の意味に聞こえたが、再びペンを走らせだしたので心配いらないだろう。
慶一はやる気を出した一子の気を逸らさないように、静かにドアを閉めると調理場に向かった。
こういう時に限って冷蔵庫にご飯がなかった。今から炊くには時間がないし、麺類は買い置きしていない。
買い置きしていない理由は、川神院では麺類を作らないことにしているからだ。夏には冷たい麺類、冬には温かい麺類が食べたくなるが、人数分を作っていたら麺が伸びきってしまうので出すのは難しい。
他に主食になりそうなものを探すと豆腐を見つけた。
まずお湯を沸かして、大葉を千切りにする。次に豆腐を器に入れレンジで温めている間にまな板と包丁を洗う。
温め終わった豆腐に大葉と梅干しを乗せて昆布茶の粉を入れて、最後に沸かしたお湯を入れれば出来上がりだ。
器をトレイに乗せると、再び一子の部屋に向かう。
「おまたせ」
「早すぎるわよ!! ていうか、やっぱり早く料理作れるんじゃない」
「フルコース作ってたわけじゃねぇし、時間はかからんよ。鍛錬だってじっくりするものもあるし、あっさり終わるものもあるだろ」
汚さないようにノートをどけて夜食をテーブルの上に置いた。
「いただきまーす!」
一子はレンゲで豆腐を崩しながら食べていく。目が覚めるようにと慶一がお茶を淹れていると、既に食べ終わっていた。
「ごちそうさま!」
「しっかり噛まないと腹持ちが良くならないぞ」
「豆腐で噛めって言うのは無理な相談だわ」
「まぁ、確かに噛む食材じゃないもんな」
今度作る時は豆腐に片栗粉をまぶして軽く焼いてから茶漬けにしてみようかと考える。豆腐にも少しは噛みごたえが出来るし、その方が汁にも少しとろみが付いて自然と咀嚼が多くなりそうだ。
「今度はもっとお腹に溜まるもの作っても大丈夫よ。食べた分のカロリーは次の日に燃やしちゃうから!」
「お腹いっぱいになったら眠くなるだろ?」
「はーい……。がんばりまぁーす」
「宿題が終わるまでは一緒に起きててやるから、わかるところは教えてやるよ」
慶一も自分で淹れた熱いお茶を飲み無理やり目を開ける。
「私も慶一もわからない問題はどうしよう」
「そしたら電話で大和を叩き起こす」
「流石にそれは大和に悪いわよ」
「オレは一子の為なら大和の睡眠なんて気にしないからな。迷惑かけたくなけりゃ頑張ろうぜ」
宿題で煮詰まっていた一子の頭を慶一が撫でる。
「ひーーん! 優しい言葉だけど、何気にスパルタだわぁ」