真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第三十九話

 朝のニュース番組はいつもと同じで、当たらない天気予報とどっかの誰かの不祥事を映しだしていた。変わったといえば女子アナの髪型くらいだろう。

 天気予報が当たろうが当たらまいが、家を出る予定のない慶一にとってはどうでもいいことだったが、ふつふつと文句が湧いてくるのは人間の性だろうか。

 どうせなら天気“予想”に変えてしまえと心の中で悪態を付いていると、地震でも起きたかのように大気が揺れ出した。

 人がぶっとばされたのか、それとも気と気がぶつかり合ったのかはわからないが、いつもより一際派手な破壊音が響く。少なくとも戦争映画で見た戦車の砲弾よりも轟音だった。

 慶一が残響に耳を傾けていると、続いてこれまた一際大きな怒鳴り声が響いた。

「こりゃモモ! やり過ぎじゃ!!」

 百代の反論の声が続くと思ったが、静けさを保ち時間が過ぎていた。

 

 

「うぅ~、納得いかないぞ~」

 百代は鉄心に説教をされた後に、真っ直ぐ慶一の部屋へと赴き文句を垂れ流していた。

 頭を慶一の太ももに乗せて足をバタバタと空中を蹴るように動かしている。

「納得いかないのは松永先輩だろ。手合わせで吹き飛ばすってどうよ?」

「燕がひょいひょい避けるからつい力が入ったんだよ」

「松永先輩も災難だったな。それでも怪我一つしてないんだから大したもんだけど」

 慶一は百代の頭を撫でながら愚痴に付き合っていた。

「手合わせだって少しくらいは本気になることもあるよな?」

「ないから怒られたんじゃないのか? 切った張ったの世界はオレにはわからんよ」

 その言葉を聞いた百代はいつもみたいに手は出してこないが、頭をグリグリと太ももに押し付けるように力を入れて講義をしていた。

「男なら少しくらい強さに憧れてもいいんじゃないのか?」

「オレだって子供の頃は強さに憧れてたけどな」

「とてもそうは見えないがな」

 カラフルなスーツに身を包んだ戦隊ヒーロー。その中でも赤は特別だった。どんな困難にも立ち向かい悪の秘密組織を打ち倒していくその姿は正義感に溢れていて、子供の慶一にとっても例外ではなく強さの象徴だった。

 もちろんごっこ遊びもしたし、それどころか本気でヒーローにもなれると思っていた。変身ポーズはお手の物。新しい武器が出れば手頃な傘や定規で代替をした。

 いくら工夫を重ねて真似をしても出来ないことがあった。敵の攻撃を壁を走りながら避けるあの芸当は子供の力では不可能だった。今でも出来はしないのだが……。

 早い話が身体能力というものは限界が合ったのだ。

 巨大ロボットや変身後の姿は妄想で補うことができるが、体の動きというのはある程度合っていないと満足できない。パンチ、キックなんてものは鋭さも力強さもなかったが、動作はすることが出来る。ところが壁走りというのはなかなか二歩目を踏み出すことが出来ないのだ。

 運良く二歩目を壁に踏み込んだところで、それは反動を利用して横に飛ぶだけのもの。走るどころか歩く行為にも満たなかった。

 それでも壁に足の裏を付けて走ることに固執した理由は、子供の慶一にとって壁走りはとても格好良く見えていたから。

「オレの子供時代の夢を打ち砕いた人間がよく言うよ……」

「私がか?」

「……変身ヒーローごっこ」

 慶一がため息が混じったようにそう呟くと、百代は「あっ」と短く反応をした。

 作りかけのパズルのような思い出の中、慶一は百代と遊んでいた。百代がヒーローで悪役は慶一。その配役を決めるときの事だった。

『ヒーローって壁走りが出来ないと格好悪いよ。二人共出来ないんだからジャンケンで決めようよ』

『私は出来るぞ』

 まだ少女だった百代がそう言うと、苦もなく壁を走ってみせた。

 あっけなく自分の目標を達成され打ちひしがれて見ている慶一に、百代の一言が追い打ちをかけた。

『それじゃ壁走り出来る私は格好良いから、これからはヒーロー役はずっと私な!』

 為す術なく自分はヒーローにはなれないと認めさせられた瞬間だった。それから慶一は戦隊物の番組を現実ではなく物語として見るようになった。

「そういえば、そういうことがあったような……なかったような……」

「あったんだよ。可哀想に……慶一少年はその頃から強くなるという夢は儚く散っていきました」

「どうせそんな夢続かないくせに」

「だろうな。男の子の8割はどっかで強くなることを諦める時期があるだろうし」

 一番早いのが喧嘩だろう。子供もでもコイツには絶対敵わないというのが出てくる。単純にガキ大将まで上り詰める奴だ。

 それが中学になると強さという定義が変わり始める。もちろん喧嘩を続ける奴もいるが、大半は力の使い方をスポーツへと鞍替えをしていくものだ。

 強さの世界が変わっても諦めなくてはならない瞬間がある。レギュラーになれない者プロになれない者。ほとんどの人が諦めていかなければならないからだ。

「慶一の料理は強さとは程遠いもんなぁ」

「料理ってのは世界で一番強いかもしれないぞ」

「どこがだよ」

「一生を過ごすために腕力はいらないけど、料理は生きる上で必要だろ?」

 慶一はしてやったりと百代に笑いかけた。

「そんなの詭弁だー。食料があればいいだろー」

「死ぬまで生野菜を食うつもりか? オレだったら緑色の糞を出す前に肉でも焼いて食うけどな」

「糞とか言うなよ!」 

「食ったら糞が出る。自然の摂理だろ」

 慶一は百代の長い髪を使ってとぐろを作っているが、寝ている百代はそれに気づかずに話を続けだす。

「あ~あ、せっかくの休日なのに朝から説教で気分は最悪だ。挑戦相手でも現れないかなー」

「都合良く現れても、説教されたばかりじゃ学長が取り合ってくれないだろ」

「……九鬼にでも喧嘩売りに行っちゃおうかな」

「物騒だな……。年頃の娘の発言とは思えないぞ」

 百代の前髪をクロスが崩れないように額に手を合わせて上げると、慶一は百代の瞳を見つめた。目つきは変わりなく、つまらなそうな眠たそうなそんな目をしていた。

 義経の対戦者選びがあるからか、ヒュームというある程度の目標が出来たからかはわからないが、前よりは戦闘衝動に駆られるということにはなっていなさそうだった。

「なにすんだよーっ」

 百代は頭を動かして慶一の手から逃れようとしている。どこかで見たことあるその動きは、撫でられるのを嫌がる猫のような動きだった。

「安心しろ前髪のバッテンは維持してあるから。……とりあえず怖い顔してないかの確認だから」

「そんなの戦うこと考えたら多少は強張るだろ」

「いやいや……。今までなんとなく言わなかったけどな、たまにいい年した男がちびりそうになるくらい怖い顔してるぞ」

「ふーんだ。余計なお世話だ」

 説教の後だからだろう。慶一の言葉を聞いた百代は口を尖らせて拗ねてしまっていた。

「余計なお世話というならせめて隠し通せよ。大和あたりは気付いてるし心配してるぞ」

 慶一は百代の額に置いていた手を目隠しするように被せる。

 百代は慶一の手を退けるわけでもなく、じっと考え事をするように動かない。

 慶一の手の平には百代が目を閉じるまつ毛の感触があった。

「お姉ちゃんとして弟に心配をかけるのはダメだな。でも、強い奴と戦いたいっていうのはどうしようもない」

「モモはいつも大和に心配かけてると思うけどな……。いっそ相談してみりゃいいのに」

 慶一は今度は目の上に置いていた手を頬に滑らせて、薄く張り付いている肉を軽く摘んでフニフニと弾力を楽しんでいる。

「私自身の問題だし、相談するのもなぁ……。って! さっきから私の顔で遊びすぎだ!」

 慶一は最後にペチペチとリズムよく百代の額を叩いて手を引っ込める。

「まぁ、勝者の崇め方は知らないけど、敗者の慰め方は知ってるからな。ヒュームさんに喧嘩でも売って遠慮無く負けてこいよ」

「負ける前提で話が進んでるのがムカつくなー。九鬼に行くのは辞めて、このままふて寝してやる」

「一度でいいから見てみたい、百代が勝負に負けるとこ。う○まるです」

「またじじ臭い番組を選んだな」

「そう言うなよ。クリスだって見てるだろ」

  あの緩い空気の中で突如開戦される舌戦はなかなか見応えがある。クリスの場合は単純に着物に提灯に座布団など日本風の舞台に興味が有るのだろう。

「あぁーっ! ダメだやっぱりモヤモヤする……。行くぞ! 慶一」

「まさか、まったりムードで過ごしてるのに外に行くとは言わないよな?」

「いいだろー。ファミレスで勘弁しといてやるから」

「オレが奢ること前提なんだな。まぁ、昼飯食わないといけないし行くか」

 

 

 金柳街のとあるファミレス。正午を少し過ぎた時間帯は、休日ということもあって学生、家族連れで溢れていた。

「で、どこから湧いたんだオマエらは」

 百代と2人ファミレスに足を踏み入れたと思ったら、店員に4人掛けのボックス席を案内されていた。慶一と百代の向かいの席には一子とキャップがいつの間にか腰を下ろしている。

「慶一が奢ってくれると聞いて!」

「オレもそう聞いて!」

 メニュー表から顔を上げた2人のは目を輝かせていた。

「いいけど、そんなに財布に入れてきてないから一人1500円位で収めてくれよ」

「任せてよ! そういう計算は得意なんだから!」

 隠しようもない自信に満ちた顔の一子が笑った。

 慶一もメニューに目を通す。なぜファミレスのメニューは美味しそうな料理ほど頼むのが恥ずかしい名前になっているのだろうか。“ふわふわ”“とろとろ”などが付くのはまだいいのだが、“太陽の恵みの”とか”イタリアの風薫る”とかを付けられると恥ずかしくてとても頼めたものじゃない。

 慶一は結局、値段も手頃なハンバーグのランチセットに決め、皆も何を頼むか決めたの確認すると店員を呼びメニューを伝えた。

「そういえばお姉さまは慶一と何してたの?」

「デート」

 百代は一子の質問に短く答えた。

「デートねぇ……。デ、デートってあのデート!?」

「男女が2人で食事、支払いは男となれば立派なデートだろ。少なくとも宗教の勧誘や美人局じゃないしな」

 慶一の皮肉に反応したのはキャップだった。心底嫌そうな顔で話しだす。

「げっ、デートって男持ちなのかよ。女と飯食って金だけ払うって割に合わねぇな」

「キャップの場合は払う心配なさそうだけどな。むしろお金払ってでもデートしたい奴多いだろ」

「そうか? なんかめんどくせーけどな。やっぱファミリーと遊ぶほうが楽しそうだぜ」

 未だ女に目覚めないキャップは、ドリンクバーのコップが届くと一目散にドリンクバーのコーナーへと走っていた。

 一歩出遅れて一子も釣られるようドリンクバーへと向かう。慶一は頬杖をつきながらその姿を眺めてポツリと百代に言葉を漏らした。

「あの様子じゃ当分はガクトが発狂する状況にはならんだろうな」

「どうだろうな。キャップみたいなタイプこそ一気に女に目覚める可能性もあるぞ」

「キャップの面倒を見る将来の嫁さんは大変そうだ」

「人のこと言える立場か? 慶一もあっちへフラフラこっちへフラフラしてるから相手が大変そうだぞ」

「それじゃモモが大変だな」

 慶一が百代と話していると、わかりやすいくらい一子だという足音を立てて戻ってくる。

「ねぇねぇ、何の話ィ?」

「大人のジョークを楽しんでた」

「おおうっ……アダルトな会話なのね」

 

 

 

 

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