「で、説明して欲しいんだけど。オレが見知らぬ部屋に拉致された理由を」
慶一は時間が空いた夕方に睡眠をとっていたはずだった。
目を覚まし見渡すと、本や漫画が綺麗に整頓されている本棚。プラモデルやぬいぐるみ、マグカップなどの雑貨も置いてある。誰かの部屋なのだと思うが、何故か違和感を拭いきれない。
「金曜集会は断られたからな! 日曜日に誘ってみたぜ!」
風間がいつかの発言の言葉尻を捉えて、したり顔をしている。
ここは風間ファミリーが溜まり場にしている秘密基地らしい。なるほどと合点がいく。違和感の原因は統一感のなさだろう。本一つ取ってみても、少年誌に少女マンガ、スポーツ用品のカタログやらゲーム雑誌など様々だった。しかし不思議とこの統一感のなさに心地よさを感じる。適当に手に取ったファッション雑誌をめくると、何箇所か印がつけられていた。
「それは姉さんだね、動物の柄のTシャツとか好きなんだ」
「あー、いつもスカンクのTシャツとか着てるもんな」
「どう見てもリスだろ! クルミも持ってるだろ! あまり美少女を挑発すると痛い目を見るぞ」
骨を鳴らす姿が実に似合っている。女性でこれが似合うのは、どこぞの錬金術師の女師匠くらいのもんだろう。
よく見ると、二匹の動物の下にchip munkの文字が見える。本当にシマリスらしい。
「まてまてまて、頭に一本の線入ってるからスカンクに見えたんだよ」
「よく見ろよー。可愛らしい縞模様の尻尾があるだろー」
「だって、オレの方が背が高いから、体は影で隠れて顔しか見えないんだから仕方ないだろ」
「ちゃんと見ろよ。シマリスだろ」
百代が二匹のリスの全体が見えるようにTシャツを伸ばすと、少し胸元が強調された。その胸元にか、なんとなしの仕草にかはわからないが、鼓動が一度大きく高鳴った後、抑揚をつけて徐々に静まっていく。
それを隠すように言葉を吐く。
「スカンクだし”害獣は殺す!”って座右の銘を込めてるんだと思ってたよ」
「よーし、わかった! オマエの武器は口だな。私の武器は拳だ!」
「悪かった、言いすぎたって! 拳を固めるな!」
昨日のことを思い出し、とっさに鼻を中心に手でガードすると、不思議そうに大和がたずねてきた。
「鼻どうかしたのか?」
まだ少し腫れている鼻を触ると、乾いた血のかさつく音がした。
「美少女の添い寝で鼻血出したんだよなー」
すっかり調子を取り戻し、嘘八百を並べて後ろから首に腕を絡めじゃれ付いてくる。
「なにいいいい!? そんな関係になったなんてオレ様聞いてねぇぞ!」
「そんな関係になってたら、もっと甘い雰囲気になってると思うんだが」
絡み付いた腕が、捕食するために窒息死させるアナコンダの締め付けのように思えることさえなければ役得なのだが、今度また失言するとこのまま頚動脈を圧迫され落とされそうな気がするので気をつけなければ。
「モモ先輩に抱きつかれるだけでギンギンになるっつーの! 慶一はその年で枯れてんじゃねぇのか」
「そんなこと言ったら、いつも抱きつかれてる大和だって不能者になるだろ。オレも雰囲気さえあればガッチガチだってぇの」
「おーい、こっちにその話題振るなよ」
「オレ様なんていつどこでもバッキバキよ」
「そりゃ、見境ないだけで、オレだって――」
「ストーッピ! ワン子がいるのを忘れてはいけない」
京の声で我に返ると、会話についてこれない一子があわあわとしていた。
「ふー、危うくガクトのペースにはまるところだった」
「十分すぎるほどガクトのペースにのまれてたよ。姉さんのことといい、慶一には売り言葉に買い言葉って言葉がぴったりだよな」
そんなことないと言いたかったが、今の状況を見ればそう思われても仕方がなさそうだ。適当な雑誌を手に取り談笑を続けることにした。
「そういえば、春以来屋台引っ張ってないね」
「屋台だけど、中身は露天商よりだけどな。わりと稼げたからなー。風間にも手伝って貰ったし。顔がいいってのは本っっ当に得だよな」
いつもと同じ場所で店を開いていたのに、一見さんが倍近く増えた。主に女性客だが。常連の女性客も風間の方で会計して談笑してるのを見てたら、流石に理不尽を感じた。
「あれは、かなり稼げたよなー。またやるなら誘ってくれよな!」
「いつもはあんなに稼げねぇよ。あの時は不法滞在で強制送還になった知り合いの商品の委託販売だったからな。元手がかかんない分だけ利益があったんだよ」
彼が再入国出来るかどうかはわからないが、今度会うことがあれば売り上げの一部を渡さなくては。
「夏祭りもあるし、そこでもやるの?」
「いや、露天許可申請書とか道路使用許可申請書とか保健所への申請とか、とにかく手続きばっか面倒くさいからやらねぇな」
「前の時みたいに七浜市でやりゃいいんじゃねぇの?」
「わざわざ、七浜まで行ってるんだな」
大和の言うとおり、川神から七浜まで移動距離が結構あるのは少々キツイ。でも、七浜にいる叔父の骨董屋の移動支店みたいなものとして営業してるから、学生でも屋台を引っ張れるというのもある。
店の商品の一部の販売と、売り上げの一部を収める代わりに好き勝手やらせてもらっている。もちろん営業許可書等諸々は叔父に頼っている。
「七浜の方が売れるんだよ。露天とか大道芸とかやってる人多いから人が立ち止まりやすいんだよ。それに、七浜じゃ揚羽さんが買ってたって実績があるからな。下手な芸能人が顔出してたってよりもよっぽど効果あるぞ」
「そこで、英雄のお姉さんと知り合ったのか?」
「そうだな。まぁ、元々は夢さんって人が贔屓にしてくれてたんだけどな、そこから友達の、ミィさん、ケイさんとか誘って来てくれるようになって」
「ちょっとまて! 女の名前らしきものが大量にでてきたぞ! 夢さんって誰だよ。オレ様にも紹介しろよ」
「ほら、久遠寺森羅って知らない?」
「あー、七フィルの指揮者の人だよね。確かこの雑誌に載ってたよ」
モロが開いた雑誌のページに七浜フィルハーモニー交響楽団の特集が載せられていた。
深緑に近い黒く長い髪を静かに遊ばせ指揮をとっている女性の写真も掲載されている。少しきつめの目をしているところは百代に似ているかもしれない。
「こんな美人と知り合いなのかよ! 神様ぁー! 聞いてるかぁー! あんたは不公平だーっ!」
「夢さんが、その人の妹なんだよ。姉さんの方は何回か顔合わせたくらいしかないんだけどな」
「なんだよ。それを早く言えよな! そんな美人のお姉さんと知り合いになれないなんて、慶一も負け犬だな」
「夢さんもいいけどな、美人つーよりは可愛い感じで」
「神様ーっ!――」
「姉チョップ! はしゃぎ過ぎだぞガクト」
どこぞの漫画のように頭からプスプスと黒煙を上げ気絶している。ガクトが頭突きをして、された相手が黒煙を上げた方が似合うんじゃないかと思ったのは何故だろう。
「やりすぎなんじゃないの?」
「あれくらいでいいんだよ。それより、そんな美人のねーちゃんと知り合いだったとは知らなかったぞー」
「オレ美人のねーちゃんと知り合いなんだぜって、わざわざ言わないだろう普通」
「紹介しろよー。川神の美人姉妹が七浜の美人姉妹に挨拶しないのは失礼になるだろー。ほら、サービスしてやるからぁ」
一度目は、ガクトをからかうためのダシにされ、二度目は下心ありありで抱きつかれ。結局一度もまともに抱擁されていない。まぁ、いいけど。
「そんなことより、屋台だ! オレが稼ぐためにもやろうぜ慶一!」
「良い商売内容が思いついたらな」
「安心しろ! ちゃんとなにをやるか考えてやる! 大和が」
「オレかよ!」
「軍師だろ、頼むぜ大和!」
「キャップもアイディア出してくれよ、慶一も」
「糞じゃあるまいし、毎日出るか!」
「なんて汚い例えだ……」
皆思い思いに思考を巡らせる……。はずだったが、風間は考えるのに飽きたのか漫画を読んでいる。慶一は特に出来ることはないと結論付けているのでぼーっとしている。結局、大和だけが真剣に考えている。
「かき氷屋はどう?」
「あー、前に考えたけどダメダメ。場所代、電気代、保管代、水代、氷代考えたら割に合わん。利益考えたら駄菓子売ってるのと変わらんよ。屋台で高いかき氷売るわけにもいかんしな」
「クレープ屋はどう? 大和と私、夫婦でやってるって話題になるかも」
「かき氷がダメなら、クレープはもっと金がかかるから無理だろうな(スルー)」
「大和の言う通りだな。食い物に絞ると調理器具とか揃えるのに初期費用が掛かりすぎるからな。あと、暑くなってきたから、あんま食品関係はやりたくねぇな。食中毒とか怖いし」
「あー、気をつけてても怖いもんな。ガクトとワン子と姉さんは平気そうだけどね」
「馬鹿野郎! ”一子のは”ちゃんと気をつけてるぞ!」
作りたてのオカズは冷蔵庫で冷まして、水分を飛ばしてから弁当に詰めるし、ご飯も防腐作用のある笹の葉とか柿の葉でしっかり包む。白飯ではなく味ご飯にすると、開いた時に見た目もいい。生野菜や果物を入れるときには、保冷剤を入れるのも忘れない。
「おいおい、ワン子と”私”だろ。美少女を忘れるなよ」
抱きつかれている体がキリキリと締め上げられる。背中で柔らかい物が形を変える感触を楽しめたのは最初だけで、直ぐにアナコンダが再来した。
「本当に仲良いね。姉さんが甘えるの珍しいよ」
「これって、甘えてるのか? 暴力の延長ような気がしないでもないんだが……」
「まぁ、否定できないけど。大抵はガクトみたいにぶっ飛ばされるから」
「甘えられるより、甘えたい派なんだけどなー」
「それは、男なら弟の特権だな。なんなら大和みたいに舎弟にでもしてやろうか?」
「え、すげー嫌だ」
「なんだよー。嫌なのかよー」
「大和を見てたら苦労の方が多そうだからな」
「当然だ。お姉ちゃんと舎弟が平等なわけがない」
……下克上。そんな言葉は大和と百代の関係には存在しないのかもしれない。
「とにかく、夏はしないかな。秋か冬頃にはやるだろうけど」
「あーあ、じゃあ別のバイト探さねぇとな」
「紹介しようか?」
「お? いいのあるのか?」
「まぁな、なかなか高額だな。短パンは大丈夫か?」
「まっ、動きやすいし大丈夫だな。体動かす仕事なのか?」
「いや、あっ。そうだな、ある意味体使うけどな。写真撮られるのは?」
「うーん……。友達と撮るなら別だがよぉ。知らない奴に撮られるのは、あんま好きじゃねぇかな」
「尻触られるのは?」
「嫌に決まってるだろ!!」
今日一番の速さで却下されてしまった。
「キャップに何させるつもりだったんだよ」
慶一には短パンが似合わないという理由で却下されたバイトを斡旋するつもりだったが、やっぱり無理だった。
「大和はどう? 結構いけると思うんだけど」
「大和のお尻は渡さない! 臀部も穴も私のもんだ!」
「慶一も京も危ない話するなよ!」
「でも、残念だわぁ。私も夏に遊ぶために手伝いたかったのに」
「屋台はしないけど、買い食いでお小遣い使わないように、弁当の他にもなんか作るから安心しろ」
「わーい! やったわー!」
頭を撫でるとポニーテールが嬉しそうに揺れる。
「慶一って、ワン子に甘いよね」
「確かに、私の時と全っっっ然あつかい違うよな」
それは自分でも自覚があった。流石に年上で頭を撫でるわけにはいかなかったが、美味しそうに食べたり、素直に感情を表す姿はある人にとても似ていた。
「そうだな、ナトセさんに似てるからかな」
「まぁーた、女の名前が出てきたぞ! 神様ー――」
「しつこい!」
百代の「ふんっ!」と言う掛け声と共にボディブローが決まる。いつの間にか復活したガクトが、またすぐに気絶する。ガクトも大概丈夫だよな。
「オレも人脈広げてるけど、慶一も結構あっちこっちにあるよな」
「オレのは大和みたいに広くねぇよ。基本は揚羽さん関係だしな。ナトセさんも夢さんの従者だから」
揚羽さん以外の人たちとは川神学園に入学してから一回も会っていないし、今度会いに行こう。お土産でも持って。
「んじゃ、モロとクリハンやってるからモモが帰るとき声かけてくれ」
「お? 美少女と一緒に帰りたいのかにゃん?」
「牛モモ三キロくらいと醤油と酒買いたいし、桜の生木も拾いたいからな。オレ一人じゃ買えん」
「それなら、ワン子でもいいだろー」
「たぶん鍛錬してから帰るだろうし悪いだろ。デザートくらいなら奢るから頼むよ」
「よーし! 決まった! なに奢らせようかなー」
「姉さんも単純だね」
大和は百代を皮切りに、秘密基地にいるメンバーを眺めていく。そこに、慶一がいる事の自然さにファミリー入りする日は遠くないなと一人思っていた。