真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第四十九話

 見慣れた町並みは離れていき、新たな景色を窓の外に映しながら通り過ぎて行く。同じようなビルやマンションの風景が走馬灯のようにぐるぐると続くので、遠くに行ってるという印象はなかった。

 雑踏する車内は車輪がレールの繋ぎ目を通過する度に体を揺らし、手すりに捕まる手には自然と力が込められていた。

 慶一が手すりを握りなおしていると、百代が楽しそうに声を出した。

「おっ? 綺麗な姉ちゃんみーっけった」

「その反応はどうよ」

「なんだよぉ。慶一だってあのドアのところに立ってる姉ちゃん綺麗だと思うだろ?」

 慶一は百代が言っているドアの前で手すりに手をついて立っている女性を見る。

 整った面立ちは真っ直ぐ外の景色を見ている切れ長な目のせいでより端麗に見えた。太陽が当たった白い肌と茶色のウェーブがかった髪は、顔を引き立てるように光っている。

 巨乳というわけではないが適度に膨らんだ胸はピタリとTシャツが張り付いていて、その下はジーンズというラフな格好はスレンダーな魅力があった。

 確かに百代の言う通り美人だと慶一は思ったが。

「これ引っ掛け? 正しい答えが見つからねぇんだけど」

「そんな捻くれた考えじゃなくて、素直に言えばいいだろ」

 男同士のような会話の内容だが、答えが同じではないことくらいわかっている。彼方を立てれば此方が立たずとでも言うのだろうか。とりあえず両方の答えをそれぞれ言ってみることにした。

「そうでもないって言ったら?」

「つまんない奴だな―」

「美人だなって言ったら?」

「浮気は許さんぞ―!」

 やはり二つの選択肢はどっちを選んでも百代はお気に召さないらしい。

「今のところオレより百代の方が女に浮気しそうな気がするけどな」

 そもそもこの話題を出したのは百代だった。

「可愛い女の子は好きだけど、私はノーマルだからな。ヤキモチを焼かなくて大丈夫だぞ」

「女に寝取られたら、餅を焼くどころかトラがウマになりそうだ」

「ふふん、それじゃもっと私に尽くさないとな」

 満員とまではいかないが、それでも電車は混み合っていて少し動けば肩がぶつかりそうなる。

 ガタンで上へゴトンで下へ。心地の良い振動につられて、繋いだ手は終わりかけの振り子のように小さく揺れていた。

 日曜出勤のサラリーマンが、その揺りかごのような振動に身を任せて電車の振動とは違うリズムで頭を垂らしている。その姿を見ると知り合いでもないのにご苦労様と言いたくなるのは何故なのだろうか。

「そういや、疲れてないか? 鍛錬した後だろ」

「いつものことだから疲れてないぞ。むしろ体を動かしてるから調子良いくらいだ」

 課題や仕事ではないので前倒しに済ませられものではなく、デートだからといって鍛錬がなくなるわけでもない。

 百代の鍛錬が終わるのを待って早めの昼ごはんを食べてから川神院を出たので、今の時間は昼にさしかかろうというくらいだろう。

 確かな時間がわからないのは、腕時計を付けた方の手で百代と手を繋いでるいるからだ。携帯で確かめるという方法もあるが、電車で携帯を出すのはマナー違反じゃないとしてもどこか気が引ける。それにこの瞬間を時間という概念にとらわれるのはもったいない気もする。

 それでも電車に乗っている限りは時間を気にしなくてはいけないので、なんとも焦れったい気持ちになる。

 電車の中では昼ごはんの予定を立てている会話がそこかしこで聞こえてきて、昼の時間だということを余計に意識させられた。

「真っ直ぐシーサイドラインに乗り換えていいか?」

「んっ、私は大丈夫だ。慶一がどこか寄りたいなら行ってもいいぞ」

「いや、川神院出る前に飯食ったけど腹減ったなら百景島に付く前に寄ろうかと思ったんだが、大丈夫そうだな」

 周りの会話に耳を傾けているとご飯の話題ばかりだったので、なんとなく百代に聞いた慶一だが、その言葉を聞いた百代は唇をぴくぴくとひきつらせる。

「あのなぁ……今日はいつもの倍近くの量がある昼飯を私に食わせた自覚あるのか?」

 慶一は指を折りながら昼の献立を思い出していく。

 白米、つくねハンバーグ、鶏の唐揚げ、水菜と豚バラの炒め煮、ひじきの煮物、わかめの酢の物、根野菜の味噌汁、ポテトサラダ、生サラダ、冷奴。

 数えている内に気づけば折りたたんでいた指は五本とも開いていた。

 なんというか、子供にはあり合わせのチャーハンなんかを食べさせて、自分は高級料理を食べに行くような主婦になりたくないという気持ちが強かったのかもしれない。子供というのはもちろん一子のことで、相変わらず一子に対しての甘やかしが出ていた。

「晩飯作れないからって張り切りすぎた。一応小鉢で増やしたつもりなんだけどな」

「おかげでいつものお盆テーブルじゃ皿が全部乗らなくて、長テーブルを引っ張り出す羽目になったじゃないか」

「だいたい朝に起こすのが悪いんだろ。今日は朝飯作る日じゃなかったのに……。そのせいで百代の鍛錬終わるまで暇で暇で、そりゃ昼飯の品数が増えるのもしょうがない」

「彼女が鍛錬してるのに、彼氏が幸せそうに寝てたら普通起こすだろ。……それにしてもなんだか騒がしいな」

 百代のとんでも理論も気になったが、確かに電車内は騒がしかった。全体的に騒がしいわけではなく、二つ三つの声色がまくし立てるように何かを言っている。ヒステリックに高い声だったので、聞き耳をたてないと内容が耳に入ってこなさそうだった。

 駅のホームの方向からしていると思っていた喧騒は、停滞していた駅から電車が発進しても続いていた。元凶に目を向けると、三人組のおばさんが座っている女子校生を囲むようにして何か言葉をぶつけている。

 声を荒らげている内容からして座席のトラブルらしい。「席を譲らないのはおかしい」という言葉が耳に入った。おばさんたちは座れなかったのが納得いかないのだろう。優先席が空いてるのを見ると、女子校生が悪いわけではないというのがわかる。こういうトラブルは人生で二、三回は見かけるかもしれない光景だ。

 この手のおばさん連中には関わらないのが得策だろう。鍛えられた屁理屈と息のあった集団攻撃は、どれだけ正論を振りかざそうが泥仕合になってしまう。これに参加するとどっちが悪い悪くないかかわらず、人前でみっともない姿を晒すのは目に見えている。

 誰かが事を荒らげてしまう前に慶一はふらっとおばさんと女子校生の間に体を入れて、おばさん集団に頭を下げて謝った。

「すいません、揺れたもんで」

 リーダー格であろうおばさんが突然間に割り込んできた慶一を一度睨んだが、流石に人を挟んでまで言いがかりをつけるつもりはないらしく、まだ文句を言ってるものの次第に井戸端会議へと落ち着いていった。

 しばらくして次の駅で止まるとおばさん三人組は電車から降りていった。少し時間を空けて女子校生も腰を上げたが、慶一の隣で一旦足を止めて頭を下げる。

「あの……。ありがとうございました」

「いいえ」

 慶一はその一言と手を振るだけで返すと、女子校生はもう一度頭を下げて電車のドアの向こうへと歩いて行った。

 再び電車が発進すると、人が少なくなった車内の床は窓の外からの光で照らされていた。

「ふーん、ふーーん、ふ~~~ん」

 百代は慶一の顔を覗き込むと、歯は見せずに口の端だけ吊り上げて悪戯に笑みを浮かべていた。

「なんだよ」

「やっさしぃんだぁー」

「茶化すなよ。こういうのはスマートにするからカッコイイんだから」

「ふふん。なんだか気分がいいぞ」

 百代が笑みを浮かべながら手を揺らすと、慶一の腕も肩を支点に大きく揺れる。周りに人がいないのでぶつかることはないが、どこか子供っぽい行動に慶一も笑みを浮かべた。

 上機嫌になった百代を乗せて電車はまだしばらく走り続ける。

 

 

 改札を出て出口に向かうと日射しが目蓋につき刺さる。暗いところに居たわけではないが、夏の日差しは直接顔に浴びると眩しく感じるものだ。

「うーん、結構潮の香りがするなー」

 軽く体を伸ばした百代が匂いに気付く。

「湾がすぐ近くだもんな。天気が良いと潮の匂いも悪くない」

 金沢百景駅で降りた二人はシーサイドラインへと乗り換えるために歩いている。

 川神院周辺とは違う古い町並み。レトロとでも言うのだろうか。世代じゃなくても、どこか懐かしさを感じるような町並みだった。

 歩道橋の階段を上がってふと眺めると、駅の直ぐ後ろの山の木々が太陽に照らされて濃い緑を揺らしていた。

 握って汗ばんだ手に潮風が気持ちよく通り抜けていく。

「やっぱり川と海じゃぜんぜん違うな。川神の直ぐ近くに多馬川みたいに海があったらキャップとワン子なんかは夏中ずっと泳いでそうだ」

「確かに。で、百代とガクトが女の子の水着を見に海に行くと」

「おい、決めつけるなよ」

「でも行くんだろ?」

 色めきだった男達以上に大喜びをする百代の姿が容易に想像できる。自覚してる割に無頓着というか気にしないというか、自分に向けられた視線は気にしないだろう。

「絶対行く!! 悪いかっ!?」

「いやー、仮想の話でそんな気合入れられても」

「まぁ、どっちにしろもうすぐ水上体育祭だもんな。女の子の水着いっぱい見られるぞぉー!」

 川神学園の体育祭は夏季に行われ。その内容は三種類から毎年ランダムで選ばれる。今年の体育祭は水上体育祭に決まっていた。

 夏らしくて良いと言えば良いのだが、運動が好きでもない慶一にとっては結構どうでもいい行事だった。願わくば砂に埋まってだらだらと過ごしたいが、クラス対抗ということもあってそうもいかないだろう。楽しんでるクラスメートをよそに不参加を決めるほど慶一は薄情ではない。

「水上体育祭か……。水族館の魚を見るみたいに眺めてるだけなら楽なのに」

「私もジジイに参加を制限されてるから、水着くらいしか楽しみがないんだけどな。誰かジジイに魔法でもかけて意識操作しないかなぁ」

「あの学長にか? そりゃまた、ハリーもサリーもかけられないような魔法だな」

 道中は慶一と百代のようなカップルに家族連れが多くなっていた。半数は同じく百景島の水族館に行く人達だろう。

 中には友達同士もいる。マキシ丈ワンピースと白のトップスにミニスカートの二人組なんかもそうだろう。服装の趣味は全然違うが仲良さそうに談笑をしている。

「薄着の姉ちゃん見るとつい声をかけたくなるな」

「ダメだ」

「ちょっとくらいなら……」

「ダ・メ・だ」

 慶一は一音ずつ区切りながら繰り返した。

「だいたい手を繋ぎながら声をかけるってマヌケにも程が有るだろ」

「慶一は4Pになっていいじゃないか」

「そいつは話がはええな」

「そんなのダメに決まってるだろ!」

 百代が手を強く引くと慶一の足元がふらついた。追い打ちを掛けるように頭を押し掴まれる。

「たとえ話を出したのは百代なのに、コレはおかしいだろ」

 コレと言って指したのは慶一の頭を掴んでいる百代の手だった。

「冗談でも胸がキュッとしたんだ……。この代償は高く付くぞ」

「しまった。罠だったか……」

「よーし! 今日は遠慮しないぞ!」

「おかしいな……。遠慮してる百代を見たことないんだが」

 百景島までの乗車券を買うと一つは百代渡し、もう一つは自分のポケットの中に突っ込んだ。

 外観に比べて改札は以外に質素な感じで、ホームと線路は一本だけだった。前に来た時と変わりなく、窓からは湖のような湾が静かに波打つのが見えた。

 

 

 

 

 

 




デートの話はまだ続きます。
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