渺々とした青い海が、ガラスを撒いたみたいに乱雑に太陽の光を反射させている。きらきらと霞むように凪いで光る波を眺めるものは少なく、男子に至っては殆どの者が違うものを見ている。
「水着、水着、水着。首を回せば何処を見ても女子の水着姿が……っ!」
忙しなく視線をあちらこちらと動かすガクトの顔は緩みに緩みきっていた。
「同じ割合で男子も混ざってることを忘れるなよ」
「慶一……。今日はオレ様の方が正しい反応だと思うぞ」
「そっちまで正しい反応したら、二度と女子が近づいてこなくなるから気を付けろよ」
慶一はブーメランパンツのピッチリとした水着を履いているガクトの一部分を指して言った。
「朝からイッてから来たから安心しろよ。そう簡単には戦闘態勢にならないはずだぜ」
ガクトは任せろと言わんばかりに体の筋肉を強調させる。学校と違い、その姿は海だとなかなか様になっている。
「それにしてもS組は壮観だぜ。山登りは男のロマンだよな」
弁慶、小雪、マルギッテの二つずつそびえ立つ山脈を眺めながらガクトは満足そうに頷く。ガクトの頭が動く度に砂浜の影も同じように頷いている。その影に何者の影が重なると、影の主はつらつらと文字を書くように言葉を続ける。
武蔵坊弁慶。バスト89ウエスト59ヒップ88。性格と同じくだらけた胸元に釘付けになる男子多数。川神水を飲ませ酔い潰して、どうにかしたいと思っている男子も多い。
榊原小雪。バスト88ウエスト59ヒップ87。天然と言うよりは電波で近寄りがたい存在だが、その不思議な魅力に言い寄る男子も少なくない。白い肌とボクっ娘が魅力。
マルギッテ・エーベルバッハ。バスト85ウエスト57ヒップ86。能力によって人を見下すタイプだが、その凛々しさと惹かれて叱られたい男子も多い。軍服姿にM心が芽生える者も少なくない。
「そんな三人の水着姿が拝めるんだから、水上体育祭って最高だよな」
カメラの紐を首からぶら下げたヨンパチが、荒い呼吸を繰り返す度に口の端から涎を垂らしている。
「あんなに見事に実るなんて女体の神秘だよな」
「普段はガードが堅くても、海だと波に負けてポロリとかあるんだぜ」
「おいおい、ヨンパチ。とかってなんだよ。そこら辺もっと詳しく話せよ」
盛り上がる二人をよそに、慶一は冷静に茶々を入れる
「スクール水着でポロリはないだろ」
「本っっ当に慶一はこういう時水をさすよな」
「だってスクール水着で見えるってことは、ポロリどころか丸見えじゃねぇか」
ビキニと違いスクール水着は運動を目的に作られているので、意図的な手が加わらない限り胸元がはだけるようなことはない。
「ヨンパチ聞いたか? 丸見えだってよ……」
「あぁ……聞いたぜ。どんなにその文字に騙されようが、男は丸見えって言葉が大好きなんだよな……。見直したぜ慶一!」
「見直されてもなぁ……。弁慶達武士娘がそんな失態を演じるとは思えないけどな」
「いいんだ。そんな直接的なエロじゃなくても。オレはこの海岸で女体を迎え撃ち! この一件をエロにする! それがエロ伝道師として! オレの通すべき筋ってもんだ!!」
右手に握りこぶし、左手にカメラを構えたヨンパチが声高らかに宣言する。
「ヨンパチ……。オレ様、エロップ海賊団に一生ついていくぜ!」
熱気が高まり吼えている二人のうるささにこっちを見た弁慶が、慶一の存在に気付き片手を上げて近づいてきた。
「おはヨーグルト和え」
ほとんど茶魔語のような挨拶だが、慶一も慣れてきたので適当に返す。
「おハムカツ。弁慶もこういうのにちゃんと参加するんだな」
「慶一もね。ちなみに与一も大和に説得させられて参加してるよ」
「うちの軍師は相変わらずあっちこっちで役に立ってるんだな」
「料理長は最近少しサボりぎみだけどね」
そう言うと弁慶が杯に入った川神水を飲み干す。わずかに残った雫のような川神水が海に負けじと太陽に照らされ光を反射していた。
「最近ちょいと忙しかったからな、顔出しに行く暇がなかった」
「女にうつつを抜かして酒の神に貢物を忘れるとは、慶一らしくない」
「弁慶はバッカスかなんかか。オレが用意出来なくても、大和がどっかから仕入れてるだろ」
「日本語にはそれはそれ、これはこれって便利な言葉があるじゃないか」
弁慶は話をそらすには非常に万能な一節を用いて、つまみのライフラインを確保しようとしていた。
「これでも二日に一回は大和につまみを渡しているはずなんだけどな」
「生きている限りは税金に終わりはありません。税金未納すると差し押さえになるよ」
「宗教的から社会的になったな……。むしろ弁慶に対しては高額納税者になってる気もするけど」
「それより後ろの二人はどうしたの?」
分が悪い話になると弁慶は露骨に話題を変えだした。
どうしたと言われたガクトとヨンパチは、弁慶がこの場に来てから一言も発していなかった。叫んだままのポーズで固まっているが、視線だけは弁慶の姿をとらえている。
「男の持病ってとこだろうから気にしないでやってくれ」
「ふ~ん。それじゃ発症してない慶一は男ではないと」
「むしろ男だから、川神先輩以外には迂闊に反応しないように気をつけてるんだよ」
「ありゃ、これ以上惚気けられるのもアレだし、退散退散っと」
弁慶は慶一の惚気けからというよりも、露骨な視線にどう反応していいかわからなくなったように義経の元へと戻っていった。
「うちのクラスも皆集まってるみたいだし、そろそろ行こうぜ」
「先に行っててくれ、オレ様少し動けそうにない」
「オレもだ……。弁慶の水着姿があんなに“どん!!”とくるとは……。せっかくあんな近くにいたのに、シャッターを押すのも忘れちまったぜ」
仕方なく動けなくなった二人を置いて、慶一一人クラスの輪に戻っていく。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
「なにさそれ」
モロが疑問の顔を浮かべるので、慶一は後ろにいるガクトとヨンパチを親指でさした。S組の巨乳の類に入る女子達を見ている二人は、何かを目立たなくさせるために腰を引いて前かがみになっていた。
「モロ達はなにやってたんだ?」
「まぁ、いつも通り――」
「あっ、慶一いいところに来たわね!」
モロとの会話の途中一子が寄ってきた。続けて大和、京と、いつもと同じメンバーが顔を揃える。
「なんだ? 一子をいじめてたなら、ファミリーと言えども食事にタバスコを混入するぞ」
「私はむしろ望むところ。バッチ来い。大和も来い」
「残念ながらこの距離感からそっちへは行けません」
一子は大和と京の会話に反応することなく真っ直ぐ慶一の前に立つ。
「私も成長したと思わない? 大和達ったら変わってないなんて言うのよ」
そう言った一子は下手くそに腰をくねらせてポーズをとっていた。いくら身体をしならせても強調される部分は少なく、口で発した「バイーン」という効果音が虚しく砂浜に吸い込まれていく。
「そうだな……。少し背が伸びたな。鍛錬の成果が出て来たんだろうな」
「でしょでしょ! 努力は裏切らないのよ」
後ろ手に腰を屈めた一子が褒めてと言わんばかりに上目遣いではしゃぐので、慶一は頭を撫でる。陽光に温められたせいか、いつもより髪の毛には熱がこもっていた。
「あれは上手いこと逃げたね」
「そう言うなって京。はっきり言わない慶一の優しさなんだから。それにしてもやっぱり皆色めき立ってるな」
大和は周りの風景を見渡す。ガクト達は言うまでもなく、鉄心や宇佐美などの教師陣。エレガンテ・クワットロに対する女生徒達など、いつもよりもはしゃぐ姿が目立っていた。
「大和も私に色めき立っていいよ。もちろん別の所を立たせてオッケー」
「色めき以外に立つところがあるんですかねー」
「それは、チン――」
「言わなくていいって!」
大和は京の発言の最後の一文字を慌てて大声で掻き消す。
「でも、少しくらいはグッと来るでしょ?」
京は両腕で挟むように二つの膨らみを強調すると、大和の顔に近づけていく。別のポーズをとろうと腕を離すと、ハリのある乳房が躍動と余韻を繰り返してやがて静止する。
「まぁ、少しくらいは……。こ、この話題はどう転んでも不利になりそうだから終わり!」
「くっくっく。揺れる私の胸を見て、大和の心も揺れておるわ」
「なんだか京が悪代官みたいだわ……」
京の誘惑に負けそうになっている大和を尻目に、クリスが少し難しい顔をしていた。
「なぁ、慶一。色めき立つとはどういう意味なんだ?」
「緊張と興奮とかそんな感じ」
「なるほど! みんな水上体育祭に気合が入っているのだな!」
「……そんな感じ」
慶一の呆れた顔が覇気のないように見えたのか、クリスは慶一の背中を軽く叩くと自分の腰に手を当てて言葉を続ける。
「慶一も少しはシャッキっとしろ。一つしか競技に出ないからって弛んでるぞ! 今からでも他の競技にも参加申請を出してきたらどうだ?」
「競技って言ったら真剣勝負だろ。真剣勝負はその一回に全身全霊をかけるんだよ。だから一つ出れば十分」
「むっ、そうなのか? それならば、自分の行為は失礼に当たるのではないだろうか」
慶一の適当な言葉にクリスは頭を悩ませてしまった。
「それはあくまで雑兵の話だ。クリスみたいに将の一角を担うくらいの実力ならそんな心配ないだろ。一騎当千って言葉はクリスみたいな奴にある言葉なんだぜ」
「そ、そうか、ならば仕方がない! 自分が慶一の分まで活躍してこようじゃないか! マルさんに自分の意気込みを伝えこなくては」
砂を蹴り去っていく姿も、間違いなく色めき立ってると言えるだろう。慈愛の目でクリスの後ろ姿を眺めている慶一にモロが話しかける。
「あしらい方がレベルアップしてきたね。ファミリーはなんだかんだ身体を動かすのが好きだから、慶一がいるとほっとするよ」
「ただでさえ最後に遠泳があるのに、余計な力を使いたくない。無理すると身体が悲鳴を上げるってのは東西交流戦で実証済みだしな」
のんびりと慶一とモロは砂の上に腰を下ろすと、少し遠くでキャップが手を降っているのが見えた。
「おーい、慶一にモロ! 深海魚でも打ち上げられてないか探しに行ってみね?」
「人魚ならともかく、深海魚は遠慮しとくよ」
「オレも蛤女房なら引かれるけど、クジラはいいや」
「せっかく海に来たんだ。遊ばないとつまんねーぞ」
キャップは競技の始まる前からあちらこちらへと動きまわり海を満喫していた。
「クマちゃんの昼飯を楽しみにしてるからいいんだよ。キャップも釣りするんだろ?」
「そう言えばそうだったな。よーし、今から釣りの穴場を探しに行ってくるぜー!」
キャップは二人の前からあっという間に姿を消す。穏やかな海では今日のキャップは風よりも速かった。
「キャップを見てると、少しは気合入れた方がいいのかなって気になってくるね」
「疾きこと風の如くはキャップに、侵し掠めること火の如くは女子連中に、動かざること山の如しは大和とガクトに、残りの林はオレとモロで担っていこうぜ」
「情けないなぁ……。それでもいいやと思っちゃうところがまた」
「そういえばモロは男用の水着なんだな」
「あたりまえでしょ! 他に何を着れっていうのさ!」
「女子用のスクール水着とか。正直言うと一番楽しみにしてたんだけどな、どれくらい似合うのか」
「この際言っとくけど、別に僕は女装が好きなわけじゃないんだからね」
その言い方がどことなく女っぽい気もするのだが、慶一は適当にからかってカマをかけてみることにした。
「そんなことないだろ。よし、モロの深層心理を探ってみよう。今から何かを言うから連想する言葉を続けて」
「わ、わかったよ。それで誤解が解けるなら」
少し間を置き、慶一は一つ一つ言葉を出していく。
「プリティ?」
「ウーマン」
「ハイスコア?」
「ガール」
「マイフェア?」
「レディ」
「ほら、答えは女ばっかしだ」
「これは捏造だよ!!」