真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第五十四話

「オレはやるぜ! オレはやるぜ!」

「燃えてるね―、キャップは」

「当たり前だろ! 慶一も気合入れてけよ!」

「あいよー。頑張りまーす」

 ヒラヒラと手を振って歩いて行く慶一の後ろ姿にキャップが言葉を投げかける。

「わかってるな、ファミリーの掟。何事も全力だぞ!」

「結果は知らんけど、全力は出すぞ」

「おう、ポイントはオレが稼いでやるから、慶一は自分の力を目一杯出せばいいさ」

 海上に並べられたエアーマット。その不安定な足場を駆け抜ける浮き橋渡り。基本的に後になればなるほど足場が濡れて不利になる。

 大和が言うには大半は足場から落ちて失格になるので、落ちないようにそこそこのスピードでゴールを目指すのが得策らしい。

 簡単な言葉とは裏腹に一歩目からこの競技の難しさを知った。左右上下に浮き沈むマットに足裏をつけた瞬間から、身体も同じように不安定に揺れる。それを緩和しようと人間の身体は無意識に足に力を入れるのだが、海水によって濡れたマットは海へと弾かせるように足裏を滑らせる。

 三つほどマットを飛び越えたところで、ようやく大和が言っていた“そこそこのスピード”で走るという意味がわかった。マットの上にいる時間はなるべく短く、体の反応に任せて駆け抜けた方がリスクは少ない。

 コツを掴む頃には既に先に二人がゴールの旗の下に立っていた。

 持久力はないので、なるべく距離が短いものをとこの競技を選んだのだが、単調作業の競技のほうが身体に負担はかからなかったのではないのかと思う。

 後ろを見ると、慶一の後に一人ゴールしただけで海に落ちている者が多かった。

 慶一が髪をかき上げて水を拭っていると、スターターピストルの音が鳴った。

 次の走者のキャップがこっちに走ってくるのが見える。

「うらうらうらうらー!」

 キャップの走る姿は駆けるではなく、名前通り翔けるようだった。陸の上を走るのと変わらず、マットはコンクリートで固めて鉄の杭に打ち付けられているのではないかと思うほど、安定したスピードで他者を引き離していく。他は陸上部の面々だと言うのにキャップとの差は縮まることはなかった。

 人差し指を突き上げ「しゃー! いちばーん!」という声のもとゴールの旗の下をくぐる。

「おめでとさん。でも、そろそろスピード緩めないと落ちるぞ」

 慶一の声が聞こえたか聞こえないか、キャップはそのまま海に落ちて水柱を上げた。

 海面から顔を上げると、犬のように顔を振り飛沫を飛ばす。

「ぷはぁ! 海は気持ちいいぜ! なぁ、慶一このまま砂浜まで競争しようぜ! よーいどん!」

 慶一の返事も聞かず海の水を掻いて泳いでいく。

 キャップの笑顔に仕方なく慶一は海へと飛び込む。夏と言えども海の水の冷たさは少し身震いするくらいに冷たかった。

 少し遅れること慶一も泳ぐが、そもそもキャップが待つことなく泳いでいってしまったので既に競争じゃないことに気づいた。

 それでも頭に太陽の光を受けて泳ぐのもなかなか気持ちよかったので、少し速度を上げて水を掻いていった。

 

 

「ありゃ? なんじゃろ?」

 一際高い歓声が上がる海上に目を向けた燕が、手で双眼鏡のような形を作っていた。

「今、キャップが一位でゴールしたところだ」

「風間君はやっぱり速いんだねぇ。んで、モモちゃん愛しの彼氏くんは?」

「慶一は三位だったな」

「そりゃまた、速くも遅くもない微妙なところだね」

「慶一は運動神経バツグンってキャラじゃないしな。運が良かったとしても、三位になったことの方が驚きだ」

 慶一の中途半端な運動能力で話が進むわけもなく少しの沈黙が広がる。その間を狙ったようにキャップの掛け声が響いた。

「おっ? 風間君が戻ってきたね。陸に着くなりあっという間に走り去ってどっか行っちゃったけど」

「あはは、キャップはじっとしてられないからな」

 それからしばらく百代と燕が談笑を交わしてると、波打ち際にのそりのそりと慶一の頭が見えた。

 砂浜から沖に向かって走る浮き橋渡りは、帰りも同じ距離泳いで帰らないといけなかった。

 慶一はさざ波に打ち上げられるように波打ち際へと辿り着くと、背中を砂浜につけて空を見上げる。

 濡れて冷たい砂と太陽の熱を一身に浴びると体の力が抜けていく。目を閉じると体の周りの砂が波にすくい取られていくのを感じた。幾度も繰り返されて不安定に削り取られた砂の上に寝転んでいると、崩落する砂上の一歩手間の状態に身を任せているような不思議な感覚に襲われるが、それもまた心地良く感じる。

 寄せる波で息を吐いて、返す波で息を吸う。走って泳いで少し荒くなっていた呼吸は、だんだんと波と同化していくように同じ波長で静かになっていった。

 同じ波はなく同じ飛沫もない。時にゆったりと時に荒々しく。止まることのない波に身を任せていると、じゃりじゃりと砂の粒子同士がお互いを傷付合うように摩擦を繰り返す音が聞こえてくる。

「土左衛門はっけーん」

 目を開けると、せっかくの夏の太陽を隠すように百代の顔があった。

「水着女子がそこらにいるのに一人とは珍しいな」

「一人じゃないよん。やほー」

 百代の顔が見えていたのは右側。空いていた左側に燕の顔がひょっこり出て来た。握った拳を慶一の口元に持っていくとインタビュアーのように続けた。

「惜しくも三位に敗れた前口選手ですが、今後リベンジの予定は?」

「三位で満足です」

 慶一は胸元で小さくガッツポーズをする。キャップの時のように運動部の面子が揃っていないので運が良かった。そうでなけれな三位に入ることも出来なかっただろう。

「それより、私を見て言うことがあるだろ?」

 百代は右手腰に当てて、お尻を突き出すように背中を反らせてポーズをとる。慶一の顔に影を落とすほど膨らんだ二つの乳房は、スクール水着を押し広げるように形を作っていた。下に寝転んだ角度からだと、体の影に隠れている頼りない布に包まれたふっくらとした丘が強調される。

「……すげぇ贅沢なこと言っていいか?」

「なんだ?」

「スクール水着より競泳水着の方が好きなんだけど」

 慶一の頬に風が切ると、直ぐ横の地面には百代の足跡が深く付いていた。

「どうだ? 美少女らしくしなやかな脚だろ?」

「いくらオレが悪いからって脅すのはどうよ?」

「寝転がっている方が悪いんだ」

「なにを言われようと昼まではここを動かないぞ。午前の部の二年の競技は一旦区切りついてるしな」

 そう言うと慶一は目を細めて、砂に身を捩っていく。

 百代は慶一が広げている腕に頭を乗せると、身を寄せるように寝転がる。

「うーん……。気持ちよさそうだから真似してみたけど、眩しいだけだぞ」

「そりゃ太陽を見てたら眩しいだろ。こういうのは目を閉じてじっとしてるもんだ」

 太陽の熱とは違う肌と肌とが直接触れ合って感じる温もりは、二人を眠りの底へと運ぶには十分すぎるものだった。慶一より一足先に百代の寝息が聞こえてくる。

 今度は波ではなく、百代の寝息に同調するように慶一も静かに寝息を吐き出した。

「ありゃりゃ二人共寝ちゃった。それにしても、私を置き去りにして寝るとは……」

 少し考える素振りをした燕はどこかに走っていった。

 しばらくしてお目当ての人物を探し当てた燕は、人の間を縫うようにして手を引いている。

「ほら、大和君こっちだよ」

「なんなんですか燕先輩」

「こっちこっち。面白いものが見られるよん」

 大和の手を引いた燕は、慶一と百代が寝ているところまで戻ってきていた。

「姉さんと慶一じゃないですか。今更珍しくないですよ」

「いいからいいから。3・2・1」

 燕が中の三本出した指を薬指、中指と順番で折っていった。

「あっ」

 と大和が声を漏らした時にはもう遅く、大波が慶一と百代を飲み込んでいく。

「なんだ!?」

 口に入った水を咳き込みながら外に吐き出している二人を見た燕は、1と言ってから一本立てたままの人差し指を慶一と百代に向ける。

「波打ち際で寝るときには波に気をつけましょう」

 そう言って口を押さえて笑った。

「どっちだ?」

 慶一は両手の人差し指を大和と燕にそれぞれ向ける。

「いやいや、原因があるとしたらどう考えてもそこで寝てた姉さんと慶一だろ」

「それもそうか、悪かった」

 寝起きでつい目の前にいた人物が悪いと疑ったが、よく考えなくても波が来ることはわかっていた。それを考えつかなかったのは。泳いで疲れたまま寝てしまったからだろう。

「起きたならちょうどいいよ、クマちゃんがもうお昼の準備始めてるから。燕先輩もどうです?」

「それじゃ私もお呼ばれしちゃおうかな」

 

 

 軽く焦げ目が付けられてカリカリになった麺を歯で砕くと、モチっとした小麦粉の食感に混じって、吸った豚の肉汁を再び広げ出している。

 油で炒められたキャベツと人参は天然石のような淡い光を放っているようだった。炒められることによって出来た甘みのおかげで塩っ辛いということはなく、塩味と甘味を上手いことに融合させて塩焼きそば独特の甘じょっぱい味を作っている。

「クマちゃんの塩焼きそばは絶品だな」

「ありがとう。ミネラルたっぷりの石垣島の塩で作ったから、より味に深みが出てるんだよ」

 鉄板の上には塩焼きそばだけではなく、キャップが釣ってきた魚や貝なども並んでいた。とりわけこの一帯は食べ物の良い匂いが取り巻いている。

「食べてばかりじゃなんだし、オレもなんか作るか」

 慶一はキャップが釣ってきたばかりのカワハギを手に取る。まだ生きているだけあって、歯を擦り合わせてグッグッと鳴いていた。ずいぶんでかいウマヅラハギだ。この辺りに泳ぐ魚だったかと疑問に思ったが、釣ったのがキャップということもあって気にしないことにした。

 エラの後ろに包丁を刺して締めて目の後ろの背骨を切断すると、焦げ茶色のような体の色が徐々に白くなっていった。

「おぉ~? おっおっ! 色が変わったわ!」

 慶一の隣にいた一子が興味深しげに見ていた。

「血の気が引くって奴だな。アオリイカとかも締めると白くなるな」

「カメレオンみたいに変幻自在に色を変えられるのね!」

「いや……それは違うぞ」

 切断した箇所から腹に向けて軽く線を引く用に包丁を走らせ、硬い皮に少し切れ目を入れて剥がしやすくする。こうして頭と身体を引っ張ると内臓ごと頭がとれる。

 身の方はしっかりと水で内臓の膜と血を洗う。

「私も手伝うわ」

「そいじゃ皮を剥いでくれ」

「まかせてよ! カワハギの皮を剥ぐなんて、まさに名前通りね」

 慶一はカワハギの背中の皮に切れ目を入れると、一子に手渡した。

「切れ目のところから片面ずつ尻尾の方に剥いてけばいいからな。結構皮がザラザラしてるから気を付けろよ」

 一子は元気に「はーい」と返事をすると、最初は恐る恐るゆっくりと、思いの外簡単に剥けるのがわかると手際よく剥いでいった。

「なんか癖になりそうな感触だわ」

「わかる。プチプチを潰すみたいな、やめられない感覚だよな」

 慶一がカワハギを締めている横で、固い皮を剥がす音はビリッビリッとシールを剥がすように激しい音を立てていた。

 一子が皮を剥くよりも速く、数匹のカワハギを頭と胴体に分けた慶一は頭に付いたきた肝を取り出していく。肝に付いた苦玉と言われる胆のうを潰さないように取ると、生臭さを取るために肝についた血管を切り取る。

 一子も全部皮を剥がし終えたようなので三枚におろしていく。

 骨に沿って包丁を入れるとカリカリとギロのような心地よい音が鳴る。

「おぉ~向こう側が透けて見えるわ。さすが慶一ね」

 一子は三枚におろしたばかりの骨を手にとって太陽にかざして見ていた。

「悔しいことに、それは慣れれば誰でも出来るんだよな」

「私でも出来るかしら?」

「やってみるか?」

「そうね、人生何事もチャレンジよ! でも、失敗したら怒る? 私の勝手で食材を無駄にするのはさすがに……」

 慶一から包丁を受け取った一子は心配そうに慶一の顔を伺っている。

「失敗は怒らないけど……。クマちゃん味噌ってある?」

 横を向いた慶一の目の前にはキャップの手があった。

「じゃじゃーん! 味噌はオレがバッチリもってるぜ!」

「なんでキャップが持ってんだ?」

「クマちゃんと出かける時には味噌と醤油は忘れずにってな」

「まぁ、持ってるならなんでもいいや。ありがとな。というわけで失敗しても味噌汁の出汁とったり具にしたり出来るから気にしなくていいぞ一子」

「では、いざ!」

 気合を入れた一子が慶一に教えられながら魚に包丁を入れていく。その姿を話題にして百代と燕が話をしていた。

「前口君はお父さんしてるねー」

「私達の親はルー師範代に負けてから武者修行の旅に出てるからなー。今は慶一が親みたいなもんなんだろうな」

「ジェラシー感じたりしない?」

 燕は口の端を少し吊り上げてからかうように問いかけた。

「ワン子にか? あそこまで親と子で成立してると流石にないな」 

「そう言いながらも、一子ちゃんの頭を撫でる前口君を見て独占欲がジワジワっと滲み出るモモちゃんでした」

「変なモノローグいれるなよ! 私の頭を撫でる時は腕を回して抱きしめるように撫でるからいいんだよ!」

 姦しく騒ぐ二人の声は当然、慶一達の方まで届いていた。

 一体何をバラしてるんだと慶一の顔が少し引きつる。

 その慶一の肩をガクトが強く握っていた。

「慶一……。恥を忍んで頼みがある! そのテクニックを是非オレ様に伝授を! どうやって撫でればいいか、オレ様で実践してみてくれ!」

「嫌に決まってんだろ! 恥は忍ばず感じてくれ!」

「は、早くっ! ガクトの頭を撫でるんだ!」

「京まで便乗するなよ!」

 

 

 

 

 




吹雪いている季節に夏の海の話を書くのはなんとも言えない気持ちになる……。
A-4をやり終えると、西に行くのも楽しそうだと思ったり思わなかったり。
この小説が終わるのは思ってたよりも長くなりそうです。
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