真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第五十六話

 ブルーダイヤモンドのような薄い青空に、石膏をまき散らして固めたように立体的な雲が流れていた。しっかりと縁取られた入道雲は、ちょうど良く日陰を作り出しいる。

 食べ終えた弁当の重みは身体を横たえるように脳から信号を出しているみたいで、空を仰ぐ理由を作るには十分過ぎるものだった。

 風がバンダナで押さえられたキャップの前髪を揺らそうと強く吹いた。ベンチの上で寝返りを打ちながらキャップが言葉を漏らす。

「あーこんな天気の良い日は、ゾンビでも襲撃して来ねぇかな」

「襲撃してきても九鬼と川神院が総力を結集して、簡単に殲滅しそうだけどな」

「百歩譲って、謎の武装集団が学校を占拠とかでも面白そうだぜ」

「それは譲ったとは言わないだろ。そもそも川神学園自体が武装集団の集まりみたいもんだし」

 慶一も寝返りを打ちながら答えるが、風の流れが変わり白い光が目蓋を襲う。雲の影はキャップを浸すように伸びていた。

 チリチリと炙るように顔を照らされるので、寝ているよりも座った方がましだった。慶一は少しでも影に入って涼を取るために、だらしなく身体をずり下ろすように座る。

「それも面白そうだな。戦闘の手練達から無事生きて島津寮に帰れるか! みたいな感じで」

「B級映画でもなさそうな内容だな。まぁ、無事帰るのは無理だろう。ラスボス連中が校内をウロチョロしてるような学校だし」

 川神鉄心、ヒューム、ルー、川神百代、松永燕、武蔵坊弁慶、源義経。最強を目指すのならば、これ以上ないほどにやりこみ要素が詰まっている学校だった。

「そんなの関係ねぇ! オレはゲームの強制負けイベントでも、無理やり勝利する男だぜ! 主人公の父親に「ぬわーーっっ!!」とは決して言わせねぇ!」

「残念でした。「ぬわーーっっ!!」は回避できません。出来たところで、どうせ負けイベントで進むだろうしな」

「細かいことは気にすんな。会心の一撃を出し続ければどんなボスにも勝てるってよ」

 キャップの言葉を聞いてあることを思い出した。前にキャップと島津寮で遊んだ日、話をしながらキャップがゲームをやるところを見ていた。まるで“ひとしこのみ”でも使っているのではないかと疑うほど、会心の一撃の乱舞する音は気持ちよくスピーカーから響いていた。逃げるメタリック経験値をあんなに倒すのを見たのは初めてだった。

 慶一も川神院に帰るなり押し入れから引っ張ってやり始めたが、聞こえる音は脱兎の如く逃げる効果音ばかり、耳にの奥にこびり付いているレベルアップの音が妬ましく感じた。

 やるせなくなった慶一は、そいつと出会うと“逃げる”を選択する道を選んだ。少しでも逃げられる気持ちを味わえばいいと、テレビの画面にほくそ笑んだところを百代に見られた。あの冷ややかな目は忘れられそうにない。

「5の主人公は旅に連れて行かれて、奴隷にされて、王様になって、石にされて、世界を救ってって結構アグレッシブな人生を送ってるし。仲間を次々増やしていくし、少しだけキャップっぽいよな」

「そうか? まぁ、主人公しか覚えられてない唯一の風の呪文もあるし、5の主人公は気に入ってるけどな」

「一番弱い竜巻の呪文だけどな。それもリメイク前限定だし」

「オレが5の主人公だったとして、慶一はなんの役割なんだ?」

 慶一は考えるよりも早く口が動いた。

「最後の街で暴利を貪る武器屋」

「やたらと高い値段設定にしてるのは慶一のせいか! 全部買い揃えたら所持金限度額じゃ足らねぇよ! 金返せよ!」

「どうせ後はラスボス倒すだけなんだから、大盤振る舞いしろってことだよ。ゲームでもカジノで稼いでるキャップには、最後の街の武器なんて使わないだろ」

「カジノは稼ぐだけで、景品とは交換しないんだよ。じゃないと次の街で装備を買い揃える楽しみがなくなっちまうじゃねぇか」

 ゲームでもキャップなりのこだわりがあるのだと思っていると、少し難しい表情を浮かべキャップが言葉を続けた。

「5は間違いなく名作だと思うんだけどよー。一つだけ納得いかねぇんだよな」

「あー、4からやると主人公以外のキャラを操作するのは、ちょっとなぁって思うよな」

「違う違う。せっかく旅するのに女とか邪魔じゃね?」

「そう来るか……。キャップだもんな。オレは迷うことなく姉さん女房選んだけど」

 一番悩んだのは子供の名前だった。人に見られても恥ずかしくなく、尚且つ自分の納得の行く名前を考えるのは至難の業だ。無難ではなく派手でもない。そんな矛盾の狭間を彷徨った結果、適当な名前を付けて酒場に子供を預けるという、育児放棄の道を選んだ。

「だってよー、結局石にされて暗黒世界に行く直前までパーティーから外れるんだぜ? その頃には仲間になったモンスターの方に愛着沸いちまってるけどな」

「確かに愛着はあるな。パーティーメンバーに個性が出るのはそのせいか」

「日本にも伝説の防具みたいのってないかなー」

 夏休み前だからだろうか、キャップはやたらと刺激を求めていた。

「川神にはありそうだけどな。案外、川神院の蔵とかに眠ってたりしてな」

「それは近すぎて盲点だった。さっそく行ってみようぜ!」

「今はダメだな。年末じゃないと」

「えー、なんでだよ」

 川神院に行こうと飛び起きたキャップは口を尖らせて慶一を見る。

「一年の締めくくりにちょうどいいと思わないか?」

「うーん……。そうか? でも、オレ一人で蔵に入るわけにもいかねぇしな……。蔵に入る時はオレを絶対に呼べよ!」

 こうして慶一は年末の大掃除の手伝いゲットした。

 

 

 カジノの話が出たせいかキャップは賭場へと向かってしまった。太陽も真上から少し西へと微妙な角度に傾き、日陰が少なってしまったので慶一も教室へと戻ることにした。

 気になることが合ったので、自分の席で携帯を弄っている大和に聞いてみた。

「大和はどっちにした?」

「オレはビアンカだな」

「どうも、椎名・ビアンカ・京です」

 大和が携帯を弄るとトラウマになる効果音が流れてきた。大和はそれに合わせて言葉をつなげる。

「おきのどくですが ぼうけんしょは きえてしまいました」

「また子供時代から私とヌレール城での一夜を過ごしたいだなんて」

「勝手に卑猥な城の名前に改名するなよ!」

 いつもの夫婦漫才が始まったので、慶一はそそくさと退散する。この手の話題をするにはもっと適任がいる。

「僕は直前にセーブして両方進めたよ」

「当然だな。リメイク版になってから三人に増えたよな」

「だね。リメイク版は、なんか押し切られるように新キャラ選んじゃったよ」

 はははと笑うモロだが、その姿は慶一には色々なものが透けて見えた。

「将来のモロの姿が見えるようだな。逆プロポーズで結婚を決めるって」

「勝手に人の将来を決めないでよ! 僕だって結婚を決める時には勇気をだすって」

「三次元と結婚だなんて正気か? 無駄に金と時間を浪費するだけだ。やめとけモロ、ディスプレイの中の嫁達が泣くぞ」

 スグルは携帯を出してアニメのキャラクターの画像をモロに見せる。

「これは、監コレのアルカトラズだね。昨日のイベントからの虹レアなのにもう手に入れたんだ」

「あぁ、思わずキャプって待ち受けにしてしまったよ。決して脱獄させないと気を張っているところに見え隠れする、少し抜けてそうな所がいいよな。今年の夏は薄い本が出まくりそうだ」

 何やら二人で携帯を見ながら同調しあっているが、アルカトラズと薄い本。結びつかない単語が飛び交っていて、慶一には理解できなかった。

「カンコレ?」

「慶一は監獄コレクションって知らない? 監獄を萌えキャラに擬人化したブラウザゲーだよ。監娘を集めて強化して脱獄犯を出さないようにするタワーディフェンスゲーム」

「そんなに有名なのか?」

「人気あるね。人気声優を起用してるってこともあって、僕達みたいな人には特にそそられるゲームだよ」

 慶一も携帯の画像を覗きこむ。多種多様なキャラがいるが、アルカトラズやバスティーユ牢獄などはまだわかるとしても、アフリカーナ強制収容所やキャンプ・パパゴ・パークなど聞いたこともない名前ばかりだった。

「つーか、女の子のキャラなのにこんな変な名前でいいのか?」

「ふっ、それがまたいいんだよ。二次元だからこそ許される特権だな」

「みんな大抵は“牢獄”とか“強制収容所”とかの名称は取って呼んでるよ。バスティーユとかだとちょっとそれっぽいでしょ?」

「いやいや、レベルが高すぎてわからんって。だいたいなんで軍服着てるんだよ」

 ディスプレイに映し出されたキャラクターはどれも軍服や制服を着ており、監獄の擬人化としてはピンとこなかった。そもそも監獄自体にピンとこないわけだが。

「うーん。そこは説明が難しいところだねスグル」

「だな。特に最近は、コスプレと擬人化の定義が曖昧になりすぎて――だから――で――。結局のところ――」

 慶一がしまった。と思った時にはモロとスグルの二人は既に火がついてしまったようで、最終的には“萌え”とは何かという話にまで発展してしまっていた。

 焚きつける原因を作った慶一が逃げるわけにもいかず、午後の授業が始まるまで数時間かけて聞くような情報量を、無理やり短時間で教えこまされてしまった。

 

 

 オーバーフロー気味の脳みそで受ける午後の授業は辛かった。現代文の教科書に出てくる小説の人物全てがアニメ顔で思い浮かび、脳内で勝手に会話をしていた。

 授業も終わりトイレで用を足してホッとしたせいか、廊下で思わず「萌えか……」と呟いてしまった。

「私は慶一君に萌えですよ」

 そう言ってニコリと微笑んだのは葵だった。

「オレはそんなオマエが怖えよ」

「オレは迷わず、幼女萌えぇぇえ! だ」

「井上……。オマエは人生に迷ってるよ」

 相変わらずの濃い面子に、慶一は頭を抱える。

「おいおい、廊下で「萌ええええ!! 萌え萌ええええ!」って叫んでたのは慶一だろ。そんな奴に人生に迷ってるなんて言われたくないぜ」

「誇大広告で訴えるぞ。それにしても萌えっていつから出来た言葉なんだろうな」

「さぁな。その言葉が浸透したせいでオタクが偏見の目で見られることが多くなったのは確かだな。ロリコンも同じだよ。その言葉のせいで誤解を受けがちだが、これほどまでに純真な愛はないっ!」

 最初は淡々と話していた井上だが、ロリの話になると最後には握りこぶしを作って叫んでいた。

「ロリコンって言葉が浸透してなかったら、幼児性愛者だぞ。どう考えてもこっちの方が世間の目は冷たいと思うが」

「窃盗だって万引きって言葉で濁してるからいいんだよ」

「濁してるって自白しちゃったよ」

「慶一だって、年上の女と付き合う異常性癖者じゃねぇか。後は腐っていくだけの女と付き合うなんて正気の沙汰とは思えんな。うちのクラスの不死川を見てみろよ。数年もしない内に賞味期限が切れていくんだぜ。生命の成長って儚いよな」

 井上はSクラスにいる不死川を遠い目で見つめていた。

「井上の言う賞味期限は短すぎるんだよ。モヤシじゃねぇんだから」

「そうですよ準、腐っても鯛と言うではないですか。腹痛が快感に変わることもあるんですよ」

「葵のもニュアンスが違うぞ……」

「私、食わず嫌いはしませんから」

 変わらず笑みを浮かべ続ける葵に目眩を起こしそうになる。どうも今日は日が悪いというか、会話に食あたりをする日だった。

 葵と井上と別れた慶一は、頭を垂れ気味に生徒玄関へと歩いていた。

「どうした、元気ないぞーっ」

 背中を、慣れた心地良い重みと温もりが包んだ。振り向かなくてもわかる。百代だ。

「今日はなんだか疲れた」

「ふーん。秘密基地でマッサージでもしてやろうか? まっ、とりあえずこのまま秘密基地まで連れてけよー」

「疲れたって言葉が聞こえなかったのか?」

「聞こえたけど、もう無理ですー。私に抱きつかれた者は脱獄出来ませーん」

 百代が体を押し付けながら、慶一の首元を甘噛みする。

「なるほど、これがアルカトラズ萌えか……」

「は?」

 

 

 

 

 

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