真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

59 / 112
第五十九話

 掛け流しの湯は岩肌から滝のように流れているせいか濁り、細やかなあぶくを広げて肌に纏わり付いていくる。

 洞窟といえばいいのか洞穴といえばいいのかわからないような、岩のくぼみを押し広げられて作られた湯船は滑らかな石で出来ており、人の手が加えられているのは明らかだった。

 空気の通り道が入り口の穴しかないので、さながら蒸し風呂のように湯気が閉じ込められていた。おかげでお湯から露出した肩も温められている。

 湯の中で胡座をかいて、肘を後ろの岩に置く。温泉の靄なびく季節外れの朧月を楽しむように眺めれば、心までも温まるようだった。

 入り口の左右に二つ掛けられている、四面にガラスを貼り付けた灯籠のようなランプは、心許なく怪しげに橙の光を湯の上へと浮かべていた。

 湯煙りとともにあふれる硫黄の匂いが、体中を擦り付けるように満ちている。山に来て水と湯のありがたさが身に沁みた。

 お腹を水圧で押されるように、思わず喉奥から声が漏れた。

「あ゛~……」

「オヤジ臭いぞ」

 百代は白い尻を慶一の太腿の上へと下ろし、胸を背もたれ代わりにして体重を預けている。

 タオルは巻くというよりも体の前面に乗せているだけで、薄い布はぴったりと体の凹凸に合わせて張り付き、隠す役目としては不十分になっていた。むしろ裸よりも、引き締まった艶かしい肢体のラインが浮かび上がる。

 汗か湯かわからない雫を谷間に瑞々しく滴らせながら、若く程よく張った乳房はツンと上を向き湯にぷかぷかと浮いている。

「普段なら絶対言ってるくせに」

「私は“あ゛~”なんて濁らせないぞ。“あ~”だ」

 百代があの形に口を開くと、体をのけぞらせて声を出す。少し動くだけで湯は波打ち、慶一が両腕を回している湯殿の縁にまで静かに湯が打ち上げられてくる。

 抱きしめれば柔らかく答えてくれる百代の体は、湯に負けないくらい火照っていた。恐らく慶一の身体も同じように熱を放っているのだろう。

 谷間に作られた水溜りは甘美な匂いを放っているようで、思わず釘付けになる。

 慶一の視線に気付いた百代は自分の胸を手で少し持ち上げて、艷やかしげな瞳を流し含み笑いを口に浮かべた。

「ふふっ、実ってて美味しそうだろ?」

「いただきます」

 慶一は後ろから覗きこんだままの体勢から、百代の細い首筋に軽く歯を立てる。温泉か汗がわからないが少ししょっぱい味が口の中に広がった。

「ひゃ…あっ。噛んだな!」

 嬌声をあげた百代が慶一を睨む。

「ちゃんといただきますって言っただろ。いつもオレの噛んでくるくせして、文句言うなよ」

「乙女の玉のような柔肌を噛むとは……。山だからって野生に目覚めたのか?」

 湯に当てられ薄い薔薇色に上気した頬に、艶やかに濡れた黒い髪が張り付いている。それを剥がし取るように頬と髪の毛の間に手のひらを差し込んでいく。いつの間にか慶一の腕に触れていた百代の手のひらよりも、百代の頬は赤く熱を持っていた。

 頬に添えた手のひらに少し力を入れると、百代の顔が簡単に傾いた。慶一も顔を少し傾けるだけで唇は重なる。

 百代の下唇を咥え込み、それを口内で舌でなぞる、さっきと同じようなしょっぱさがした。

 溶けるような舌の生温かさを舌で感じる。いくら絡み合わせても擦り合わせても、決して溶け合うことはできない。そのもどかしさが百代の腰を抱きしめる片腕に力を入れさせていた。

 二の腕を掴む百代の手が、爪をたてて食い込む。初々しい動作にぞくりと背中に何かが走るのを感じた。

 しばらく百代の唇を貪っていたが、突然ここにいる理由を思い出した。

「そういや、精神鍛錬って禁欲しなくていいのか?」

「欲を出してるのは慶一だろ。ここまで野生に目覚めちゃって……。ずいぶん座りずらくなってきたぞ」

 そう言った百代は何度も体を沈めるように座り直す。

 その度に慶一の下腹部にあるモノは、百代の尻の柔肉の谷間と腰の滑らかな肌に刺激されていた。

「そう思うならあんまり動くなよ。かえって収まりがつかなくなってくるから」

「隠すことなく押し付けてくるとは……。この変態め」

「今擦りつけてきたのは百代の方だろ。それに、隠そうにもオレのタオルは使われてるしな」

 慶一は百代の肩から手を伸ばし、乱れ下がってきていたタオルを摘んで上に引っ張り直しながら言った。

「しょうがないだろ。慶一が先に風呂に行ったから慌てて追ったら、忘れちゃったんだよ」

「もう山に入って三日経ったんだぞ。まだ一人じゃ無理なのか?」

「むぅーりぃーだぁーっ! だいたい慶一が、山篭り行くって決まった時に怖い話をするから悪いんだろ。夜になる度に思い出す私の身にもなれよ」

 慶一は両手をお椀のように合わせ、真っ黒な湯をすくい取る。顔に近づけると白く濁ったお湯だが、指の隙間からこぼれ雫を垂れると真っ黒なお湯に変わる。

 それくらいここは暗かった。

「そんなに怖いなら穴の入口の方で入るか? あっちのほうが月明かりが入って明るいぞ」

「温泉は湯口の近くで入りたいんだ」

「百代のほうがよっぽどオヤジ臭いじゃねぇか」

 四、五人が楽に入れるような湯船で身を寄せ合っているのには理由があった。

 露天風呂に美人と月ときたら殺人事件が起こりそうな気がするが、我が儘と恐怖の妥協点としてはずいぶんと幸せな時間だった。

 

 

ぴちゃりぴちゃりと湯煙が天井で水滴に変わり、湯面に波紋を広げる。

「そう言えば、この風呂ってどうなってんだ? この岩の中から沸いてるわけじゃないんだろ」

「じじいが昔掘った温泉を、岩を通して奥から引いてきてるらしいぞ」

「ってことは、この洞穴も」

「じじいが鍛錬代わりに削った穴だな」

 岩に寄りかかっても肘を置いても、怪我をしない程度の絶妙な削り加減は鉄心のこだわりだろう。あまり削りすぎて平らにするとタイルになってしまう。適度な角張りは岩風呂らしさが出ていた。

「それならログハウスも作っといてくれたらいいのに」

「それもじじいいのこだわりなんだろ。自然との対話がなんちゃらって」

 そう言って百代は慶一の鎖骨のあたりに頭を乗せる。慶一がその頭を撫でてると気持ちよさそうに目を閉じていた。静かに響く呼吸は寝息のようにも聞こえる。

 ふと百代の胸元に視線を下ろすと、白に薄く紅を引いたような桜色の乳嘴がタオルの隙間から覗いていた。

「こら、美少女の寝顔で何を想像してたんだ」

 腰から背中にかけて感じる異変に気付いた百代が、薄目を開けて慶一を見上げる。

「想像というか……まぁ、この自然現象は諦めて気にしないでくれ」

「話してる間はおさまってただろ?」

「そりゃさっきまでは学長の話しをしてたからな」

「そういうもんなのか。……えいっ!」

 百代が上半身だけ捻って抱きついてくる。本人は胸を押し付けただけのつもりだろうが、タオルを押し上げるように膨れた小さな蕾が、慶一の胸のあたりで抵抗するように硬くなっているのを感じた。

 それに気付いた慶一も、馴染みある感覚が下腹部の奥から湧き上がり、再び硬さを取り戻す。

「おおっ! もっと硬くなった。なんかおもしろいなぁー」

 無邪気な子供のように笑いながら胸を押し付け続ける。

「風呂で上へ下へと血が行ったり来たり、オレの体は大忙しだな」

「なんで他人事なんだよ。そう言えば今頃ワン子はどうしてるかな」

「夜食を食べているか、鍛錬に費やしてるか。……勉強はしてなさそうだな」

 熱く硬くなっていたのが、花が萎れるようにうなだれていく。

「ははは、娘の話題は慶一の息子にとってはNGなんだな」

「こらこら、遊ぶなって」

 慶一は一旦百代を引き剥がすと、頭を湯船の縁につけて上を見る。慶一が座り直し落ち着くと、再び百代も胸に頭を乗せた。足を伸ばして空気に晒し、チャプチャプと音を立てて遊んでいる。

 鎖骨、谷間、臍。人体の窪みに溜まったお湯は、脂光りのように婉美にテラテラとツヤを作っていた。

 さっきのやりとりの間に百代のタオルは取れてどこかにいってしまった。こうも光少ない真っ暗な湯では見つかりそうにない。手探りであたりを弄ってみるが水の抵抗があるだけで、布らしきもはなかった。

 探さなくていいと慶一の腕をとった百代は、気にした様子もなくそのまま慶一に身を預けていた。

 百代のお腹に腕を回すと手が握られる。

「どうした?」

「じじいか慶一を連れてきた理由がわかった気がするな。ファミリーの時とは違う安心感というか、自分でも落ち着くのを感じる」

 絡めた指に締め付けられるように深く力を入れられる。濡れた手は空気が抜けてキュキュっと音が鳴った。

「こうまで武神を落とすとは、オレの時代がきたのかもな」

「慶一が時代の中心になることはないんじゃないか?」

「そこは持ち上げたままでもいいだろ」

「私が言ってるのはそういうことじゃないんだよ。慶一は誰と接してもあまり変わらないだろ?」

 百代は同意を求めるように、慶一の瞳へと視線を動かした。

「オレ自身変えてるつもりはないけど、そういうのって客観的に見たほうがわかるんじゃないのか?」

「人が不快になるところまでは踏み込んでこないけど、手を伸ばしたら掴んでくれる位置で待っててくれるような感じかな」

「現実に例えるとストーカーみたいな奴だなオレは」

「いい話してるんだから、そこは素直に受け取っておけよ」

 百代は呆れた顔で溜め息をつくと、一呼吸置いて続けた。

「深く知り合えば知り合うほど良さがわかってくるから,だからちょっと心配だぞ」

 百代に二の腕をつねられると、刺すように鋭い痛みが襲ってきた。

「痛たっ! まさか女関係で心配されるとは思わなかったな」

「ファミリーは心配いらないだろうけど、餌付けしてる弁慶とか、気に入られてる揚羽さんとか。……たまに匂いを付けて帰ってくる女とかっ」

 つねられた皮膚をさらに、まるでドアノブを回すようにひねられる。

「いてえ、いてえって! 夏休み中には紹介するよ。今なら会わせても大丈夫そうだし」

 つねられた二の腕は赤くなり、さっきとは違う鈍い痛みがじんわりと広がっていた。湯に付けると少しヒリヒリとしてくる。

「そっちが悪いのに、ずいぶんと偉そうじゃないか」

「百代と付き合ってからは一回もないし、その前も匂いが移るほど甘やかされて帰ったのは二、三回しかないはずだけどな」

「そうだけど、思い出したらなんか腹が立ってきたんだ」

「過去のことでヤキモチを妬かれてもなぁ」

 百代の頭を撫でていると、顔だけこちらに向けて鎖骨から首筋にかけて舐め上げてきた。

「慶一から私の匂いがしなくなったら浮気とみなすのはどうだろうか」

「無理。半日くっついていなかったら匂いも消えるだろ」

「うーん。……それもそうだな」

「こんなに百代にベタ惚れしてるのに信用がないとは」

 肩口をそっと啄む。唇を這わせていると、百代が頭を後ろに倒し、喉元に慶一の唇が届きやすようにした。首筋を上がり顎から頬へと移り唇に辿り着くと、髪に指をくぐらせて口吻を深めた。

 悩ましく続いたキスのなか、深い結び付きを求めるように舌をからめる。

 するのとされるのでは随分と感覚が違う。

 唇を押し付ける強さは慶一が決めた。舌を使うタイミングも、百代に舌を使わせるタイミングも。次の行動へと移る主導権は慶一が握っていた。

 口腔をまさぐると漏れる息は、愛撫のように鼻先をくすぐる。唇を離すと今まで水中にいたのではないかと思うほど大きな呼吸が広がる。それに合わせて肩も静かに上下を繰り返していた。

 今までの感触を確かめるように、自分の唇に指を這わせながら百代が言う。

「なんか今日はエロいキスだなぁ」

「どうだ、若々しいだろ」

「……結構気にしてるんだな、それ」

 

 

 

 

 




バトル要素がない小説なのに精神鍛錬に付き合わせた理由は、このシーンが書きたかったからだけだったり……。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。