真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第六十三話

 一週間ちょっと離れたくらいではどこも変わらないはずだが、川神院の門を見た瞬間から少し懐かしく思える。

 鉄心が連絡したのだろうか、そこには一子とルーが立っていた。

「おかえりなさーい」

「三人共お疲れ様だヨ」

 一通り挨拶を済ませ話し込んでいると、ルーと鉄心がその場から離れ、改めて話をしだす。

「百代の様子はどうでしたカ?」

「モモよりも、問題はワシじゃな」

 鉄心の顔が神妙な面持ちに変わると、ルーの顔も真摯な顔に変わる。

「どうかしたんですカ!?」

「綺麗な姉ちゃんが居る店で一杯やりたくてしょうがないわい」

 鉄心は右手で輪を作り、お猪口を口に運ぶような動作をつけながら言った。

「ソ、総代……お年を考えてくださいヨ」

「孫のイチャイチャを一週間も見せられたワシの身になってもらいたいもんじゃ。そりゃ、姉ちゃんも酒も欲しくなるじゃろJK」

「ジ、ジェーケー?」

「常識的に考えてじゃ。ルーは疎いのう」

「総代はもっと落ち着いた方がいいかト思いますヨ。デモ、百代は心配なさそうで安心ですネ」

 ルーは久しぶりに一子と会って、じゃれつきあっている姿を見て安堵していた。

「まぁ、完璧とは言えないが上々じゃな。うかうかしとると、お主との差もあっという間に開いてしまうぞ」

「ソ、そんなに効果があったんですカ?」

「早う素人童貞も捨てんか」

「総代ィッ!!」

 ルーが叫ぶと、木にとまっていた鳥が一斉に羽ばたきだした。

「珍しくルー師範代が叫んでるわね」

「内容までは聞こえないけどな。さぁ、さっさと片付けるか」

「荷物運ぶのを手伝うわ、さっ、カモンカモン」

「それじゃ、寝袋とテントを蔵の中に戻しておいてくれ」

「了解よ!」

 慶一が重そうに下ろした荷物を、一子は軽々担いで蔵へと走っていった。

「さて、私はゴロゴロするかなー」

 腕を伸ばした百代はアクビをすると、川神院の中へと入っていた。

「オレもやることやったらダラダラするか」

 部屋の布団を外に干した慶一は、山籠り中の洗濯物を洗濯機に放り込むと、バケツに水を汲み自分の部屋へと戻る。

 一週間以上使用されていない閉めきった部屋は、熱気と埃が溜まっていた。

 棚の上から順番に拭いていくと、雑巾を絞る度に透明な水が灰色に汚れていく。最後に畳に掃除機をかける。

 窓を開けて風の通しを良くすると、暗く淀みを作っていた空気は吐き出され、新鮮な空気を運ぶ風が火照った身体を吹き抜けていった。

 埃臭くなった体を洗うために浴場へと向かう。久しぶりの滝のようなシャワーは、汚れと一緒に元気まで落としていくようだ。

 熱を頭から浴びる。水の流れは髪から肌へと伝い。耳元でゴウゴウと鳴る。一息ついたのだと実感すると、どっと疲れが出てきた。

 体を拭き着替えて部屋へと戻ると、開けられた窓からの風でカーテンが揺らされ、夏の匂いを部屋に運んでいた。

 座布団を二つに折り、頭を乗せて寝転がる。仄かに香る畳の匂いに身を任せていると、今まで気付かなかった脹脛の張りが鈍く染み出すように広がりだしてきていた。

 慶一がウトウトとし始めた頃、部屋のドアを開ける音が聞こえた。足音は二つ、両方ともよく知っている声だ。

「やっと終わったのね。せっかく帰ってきたんだからゆっくりすればいいのに」

「私は一時間くらい日向でゴロゴロしてたぞ」

「百代も今のうちにやっとかないと、夜に埃だらけの部屋で寝ることになるぞ」

「しばらくは慶一の部屋で寝るから問題なーい」

 慶一は少し考えるが目蓋が重くなるのを感じると、そのまま目を瞑り答える。

「そっか。オレもゴロゴロするから、腹が減ったならそこに置いてある余ったブドウ糖でも食っててくれ」

「わーい。糖分でリフレッシュよ」

 一子がブドウ糖をガリゴリと音を立てて食べているの聞いていると、お腹に柔らかい感触と僅かな重みを感じた。

 慶一の下腹部に座った百代が、顔を覗きこんでいる。

「玉子焼き作ってくれる約束覚えてるか?」

「わかってるよ。後でな」

「後っていつだよー」

「三十分後くらいに洗濯物が終わるから、それを干した後だ」

 眠気もしばらく話している間にどんどんと冴えてきてしまった。

「お腹減ってるわけじゃないけど、早く食べたいなー食べたいなー。このままじゃ慶一を食べちゃいそうだ」

「なにを今更」

 慶一は右手を伸ばして百代の頭に添えると、優しく傾けていく。最初はただ押し付けて柔らかい感触を楽しむだけで、徐々に唇に舌を這わせて口を開く様に合図をする。

 押し出すように伸ばした慶一の舌を、百代がすするように下唇と舌で絡めとる。溢れる唾液は夢中な口吻のせいか飲み込むの忘れ、口の中に溜まっていった。それを舌でこねくり合う度に粘着性が増すように感じる。

 百代の口の端からこぼれ落ちそうな唾液を舌で拭うと、舐め上げた瞬間に一際大きな音が響く。

 音に反応した一子が振り返ると、百代の唇を甘咬みしている慶一の姿が見えた。あまりのことに、それから声が出るまでには時間がかかった。

「わう!? なんかいきなりチューしてるし!」

 しばらく一子は行き先が覚束ない手を空中でワタワタさせていたが、意を決したように拳を握った。

「わ、私、大和に二人が帰ったって伝えに行ってくるわね! ご、ごゆっくり!」

 慶一はバタンとドアが締められた後も、一子の背中を見送ったままの形で止まっていた。

「まいった……。すっかり山にいる時と同じ感じのまましちまった」

「まぁ、キスだけならワン子だってそのうちに耐性がつくだろう」

「そういう問題じゃないって」

「そうだった、問題はこっちだ。慶一の暴れん棒は見ても耐性付かないだろうからな。……付けられても困るけど」

 百代が腰を動かすと、慶一の硬くなったモノが百代の尻の下で擦れた。

「こらこら動くな」

「それじゃ、もっとキスだ」

「洗濯物干すって言わなかったか? そろそろ時間なんだけど」

「いいだろー、もう少しくらい。ちなみにリクエストはじっくりねっとりだ」

 今度は百代から顔を近づけてきた。慶一も抱きしめるように腰に手を回すと、空いた方の手を百代の頬に添えて顔を傾けた。

 

 

 一子は走り、島津寮まで向かっていた。呼吸を整えないまま大和の部屋へと上がり込む。

「お姉さまと慶一が帰ってきたわよ!」

「結構早かったな。それにしても、メールか電話で教えてくれればいいのに。本当の犬みたいだぞ」

「色々あったのよ……」

「まぁ、喉乾いたろ。お茶でも持ってきてやるよ。ペットボトルだけどな」

「ありがとう大和」

 大和は一子にペットボトルを渡すと、座布団の上に腰掛けた。

「せっかく帰ってきたんだし、二人の顔でも見に行くか」

「ぶっ!? 今はダメよ!」

 口からお茶を吹き出した一子が大和の提案を止める。

「汚いやつだなぁ……。拭いてやるからじっとしてろ。よし、拭けたな。で、なんで今はダメなんだ? ワン子もその為にオレを呼びに来たんじゃないのか?」

「そうなんだけど……。あっ! お昼寝してたから、もう少し後の方がいいかなぁって」

「「あっ!」って言うのが気になるけど、それじゃあもう少し時間つぶして行くか」

 大和が読書をしてる間、一子は普段大和が使っている小さめのダンベルを持ち上げていた。ふとその手を止めると、恐る恐る大和に話しかける。

「大和ぉ……。キ、キスって食べるものなのかしら?」

 一子は先程の光景を思い出していた。慶一が百代の下唇を唇ではさむと、ソフトクリームを味わうように上下の唇を駆使して、緩く挟んでは吸い付き、吸い付いては放している。二人の擦るような唇の動きは、一子にとっては未知の世界だった。

「そういうのはワン子の方が詳しいだろ?」

「詳しいわけないでしょ! それで、どうなのよ?」

「そりゃ、食べるだろ。(キス)は美味いし」

「美味しいの!? なんか色々と衝撃だわ……」

 一子はわけがわからないといった風にぼーっとしだした。見ているか見ていないかはわからないが、視線の先ではヤドンとカリンが水槽の中で砂に埋まっていた。

「天ぷらとかが一般的だよな。食べ過ぎたら唇がテカテカになるけど」

 大和は一子が鱚の食べ方が知らないなんて珍しいなと思いながらも、海水魚であることや簡単な容姿や食べ方を説明していたが、一子が話を聞いていないのを見ると軽く頭にチョップをお見舞いした。

「こら、ワン子が質問してきたんだからちゃんと聞けって」

「うぅ……。これ以上何があるって言うのよ」

「だから、食べ過ぎると唇がテカテカになるぞって」

 貪り合うような口吻は音が立つほど激しかった。

 舌は上唇を左から右へと沿わせ口角まで辿り着くと、下唇の右から左の口角まで舌を走らせる。

 唇を放すと、百代と慶一の混ざり合った唾液で紡ぎ出された糸が伸びる。唇の距離が離れるほど細く垂れ下がるのが見えた。途中で唾液の糸が切れると雫になり、唇に垂れて妖しく光らせていた。

「確かに……。お姉さまの唇も、慶一の唇もテカテカになってたわ」

「なんだ、帰って来てそうそう鱚を食べてるのか。二人は元気だなー」

「元気すぎるわよ……。キ、キスの次は“舐めよう”としてたみたいだし」

 思い出せば思い出すほど、一子の頬は熱くなっていった。

「鱚でもあるんじゃないか? “なめろう”は大人の味だと思うけど」

「や、やっぱりアダルトなことなのね……」

「まぁ、なめろうどころか、慶一なら鱚を味わいつくすんじゃないか?」

「私には刺激が強すぎるわ……」

 一子は溶けるように体を畳の上に崩し項垂れていると、クリスが部屋に顔を出した。

「なんだ騒がしいと思ったら、犬が来てたのか」

「姉さんと慶一が帰ってきたって伝えに来たんだよ。鱚食べた後に寝ちゃったみたいだけど」

「KISU?」

「こないだ一緒に食べただろ?」

「おぉ! あの鱚か! あれは美味しかったぞ。まさに日本の味!」

 クリスが胸元で手を合わせると、パチンと音が鳴った。

「クリスと大和がキスぅ! あわわ、あわわっ。み、京はこのことを知ってるのかしら」

「知ってるも何も、京も一緒に食べに行ったんだよ。ワン子も誘おうとしたんだけど、ルー先生と新しい技を考えるって言ってたから――ってワン子どうした!?」

「大和と京とクリスがキスして、私も誘うとして……。日本の味なのにキッスはアメリカンで……。松風はストラップで付喪神で腹話術なの。卵が先か鶏が先か……。どっちも美味しく食べればいいじゃない」

「お、おい! 犬、大丈夫か!?」

「なんでか知らんが知恵熱を出してるな」

 頭から煙を出した一子は、大和の膝の上に頭を乗せられ撫でられていた。

「ふーむ。二人が帰ってきたんなら顔を見せにいかないとな。自分も二人の顔を見たいし」

「まだ、寝てるかもしれないから後でってワン子が言ってたぞ」

「犬が来てからだいぶ経ってるんだろ? あまり時間が経つと明日になってしまうかもしれないじゃないか」

 クリスは善は急げと言いたげに、大和を急かす。

「どうせクリスは鱚が目当てなんだろ?」

「そんなことないぞ! 自分は純粋にだな!」

「慶一なら残しておいてくれてるかも知れないぞ」

「そうか!? 犬も届けないといけないし丁度いいな。行くぞ大和!」

「はいはい。ワン子の御守りもあるのに、騎士様の御守りもあるとは我ながら大変だぜ」

 

 

 川神院に着いたクリス達は「たぶん部屋に居るわよ……」と言う元気のない一子の言葉を聞いて、早速慶一の部屋へと向かっていた。

「慶一の鱚を貰い受けに来たぞ!」

 勢い良くドアを開けたクリスが声高らかに宣言するのを聞いて、百代がゆらりと立ち上がった。

「……なんだと? クリスと言えども慶一のキスはやらんぞ!」

「あれ? モモ先輩が食べる事になってたのか?」

「慶一が私のものだと知っておいて手を出そうとするとは……。少しお仕置きしてやらんといけないな。行くぞ! クリ!」

「え? え?」

 百代はクリスが防御できるギリギリの攻撃を繰り出す。

「なにがどうなってんだ大和」

「さぁ? オレにもさっぱり」

「あわわ、キスで修羅場だわ」

 慶一は一人違う反応を示す一子を見て、なにか知っているのではないかと事情を聞いた。

「なるほど……。キスを鱚と勘違いして、鱚をキスと勘違いしたわけか。誰がどう勘違いしてるのかややこしくなってきたな」

「元はと言えば、慶一がワン子に刺激的なもの見せるから悪いんじゃ」

「なんにせよ私の勘違いで良かったわ。あれ? でも、慶一はお姉さまの唇食べてたわよね?」

「……。さっ、玉子焼きのついでになんか作るか。山籠りであんまり肉食べてないしカツ丼とかいいな」

「わーい、カツ丼カツ丼!」

 慶一の言葉を聞いた一子は、調理場に向かう慶一に小躍りしながら付いて行った。

 一人残された大和は、慶一の部屋で暴れる百代とクリスを見ている。

「え? オレがあれ止めるの?」

 

 

 

 

 

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