真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第六十四話

 湿気と一緒に熱が肌に揉み込まれているような天気は、自然と身動きを止めてソファーに張り付けにさせる。暑さに茹だる姿は、ロウソクにでもなったみたいだった。

 一筋垂れる汗が冷たく肌を伝うが、一度通り道を作った汗は絶え間なくそこから流れてきて不快に感じてくる。

 白い光を放つ太陽が世界を黒く焦がす様に高く登っており、気だるい夏の暑さを象徴していた。

 出てくる言葉も自然と間延びしたものになる。

「あーつーいー」

「あついねー」

 慶一とモロが秘密基地のソファーでぐったりとしていた。

 慶一は肘掛けに顎を乗せてうつ伏せに寝転がり、左手は床に付けるようにだらりとさせている。体は背もたれに隠れ太陽の光も当たらないが、風も遮られており、ソファーと体の間に挟まれた右腕が一層汗ばんでいた。

「あーつぅーいぃー」

「あついよねー」

 モロも読んでいたジャンプをテーブルに置き、手頃な雑誌を手に取りうちわ代わりに扇いでいる。

「ええい! さっきから暑いしか言ってないではないか! そんなに連呼されると余計に暑くなるだろ! 黙ってじっとしてろ!」

 堪え切れず言葉を荒らげるクリスに顔だけ向けて慶一が答える。

「これでもちゃんと会話してるぞ」

「どこがだ!」

 クリスが乱暴にテーブルを叩く。この暑さにクリスも参っているらしく、苛つきが態度に現れていた。

「最初のオレの言った『暑い』は『この暑さどうにかなんないのか?』ってことで」

「僕の答えた『暑い』は『夏だし仕方ないよ』って意味だね」

「二回目の『暑い』は『早く夏を終わらせてくれ』って言ったんだよ」

「それで僕の言った『暑い』は『無茶言わないでよね』ってこと」

 慶一とモロは事前に打ち合わせしていたかのようにすらすらと言葉を交わす。

「こ、こじつけだ!」

「でも、こう気温が高いと暑いとも言いたくもなるだろ。三十五度越してるんだぞ」

「日本には心頭滅却すれば火もまた涼しという言葉があるではないか。日本男子なら見習うべきではないか」

 額に汗を浮かべているクリスだが、体裁を取り繕うように姿勢を正している。

「そりゃ、信長が焼き討ちにした比叡山の坊主が言ったやせ我慢の言葉だ。心頭を滅却しても涼しくはならねぇよ」

「慶一は屁理屈が多すぎるぞ」

「クリスだって暑いんだろ? 無理するなよ。大和が寮ではクーラーばっかり使ってるって言ってたぞ」

 慶一はようやくソファーから体を起こすと首筋の汗を拭った。体がソファーに面していた場所は蒸れており、体勢を変えだけで空気に触れた部分は涼しく感じた。

「あの男は余計のことを~っ」

「それで、クリスはなんでせっかくの極楽浄土を捨てて秘密基地に来たんだ?」

「そ、それは……」

 一度クリスは言いづらそうに言葉を飲み込んだが、小さな声で続けた。

「ちょっと寮に居づらくなって……。その……怒られたんだ」

「体に悪いってっか?」

「うん……」

 クリスのしょげた返事は、自分でも良くないことをしていたとわかっているような声色だった。

「僕はクリスの気持ちわかるなー。パソコンをつけてると熱気が凄いから、ついついクーラーを強めに設定しちゃうんだよね」

「丁度いい温度で自分の好きなことやってたら、部屋から出たくなくなりそうだな」

「そうかも。秘密基地がなかったら、夏中引きこもっていそうだよ」

 モロは力なく笑いながら鼻の頭をかいて言った。

「自分とモロの理由は今言った通りだが、慶一はなんで秘密基地に来たんだ?」

 今年の最高気温記録を更新しようが、常日頃と変わらない川神院では鍛錬が行われている。

 準備運動、素振り、打ち込み、組手、何をしていても、恐ろしい速さで周囲の気温を上げる。

 掛け声は慶一の部屋まで届いており、蝉の声と競うように激しさを増していった。

「哼! 呀! 哈! って掛け声を聞くだけ、体感温度が三度は上がるな」

「暑いというか暑苦しいというか、僕も想像するだけで暑くなってきたよ」

「そのうち頑張ってる人の声を騒音認定しちまいそうだから、秘密基地に逃げてきた」

 慶一は肌に張り付いたTシャツの襟を人差し指で引っ掛けて、空気の通り道を作るようにパタパタと動かす。

「そうだ! 打ち水をしようではないか!」

「川神院でもやってるけど、今は逆効果だな」

「なぜだ? 島津寮では暑い時に麗子さんがやってるぞ」

「焼け石に水ってやつだな。今日みたいに湿気が多い昼間に打ち水をすると、気温が下がるどころか、湿度が上がるぞ。一瞬の涼しさのために地獄を見たくないだろ?」

 慶一は自分で言った言葉に、余計に暑さを感じてしまった。手元のお茶を喉に通すが、生温く気味の悪いお茶になっている。心なしか胃に届くまで時間がかかる気がした。

「うぅ……。解決策が見つかったと思ったのに」

「もうすぐ川神院で風鈴市があるから、それを楽しみに我慢するしかないな」

「風鈴かー。確かにあの音は良いものだ! 不思議と心も休まる気がするぞ」

 クリスの言うとおり、微風に誘われて時々思い出したように鳴る風鈴の音は、その度に音の波紋と一緒に涼が広がるような不思議な音である。

 慶一はチリンという代表的であり単調な風鈴の音ではなく、子供が木琴を適当に鳴らすようなバラバラの音階を思い出していた。

「昔はよく炭で風鈴を作ったな」

「炭で作れるのか?」

「そう、竹炭とか備長炭とかで作るんだよ。簡単に言うと、炭を数本吊るすだけなんだけどな。金属には出ない高く澄んだ音が気持ちいいぞ。一本一本長さも硬さも違うから、風が吹く度に木琴の演奏を聞いてるみたいな気になるんだよ」

「日本家屋といい、打ち水といい、風鈴といい、日本人の工夫には目を見張るばかりだな」

 クリスは気候に合わせて発達した日本の文化に、「凄いのだなぁ」としきりに感心していた。

「それにしても、暑いって言うよりも涼しい話をしてた方が気が紛れるな」

「ふふん。自分の言ったとおりだろ」

「ん? クリスは黙れって言わなかったか?」

「それより、暑さを和らげるには夏を楽しむことが大事なんだな」

 クリスは誤魔化すというよりも、気づいていないという風で無意識に話題を変える。

「そうだね。僕も夏だからこそ見たいアニメとかやりたいゲームもあるよ。ホラーゲ―ムとかね」

 そう言ってモロが取り出したのは、カメラを使ってストーリーの謎を解いていくという和風ホラーのゲームだった。

「そういえば、日本は夏になってからホラー番組ばかりやってるな」

「日本が夏になるとホラーや怪談話が多くなるのは、怖さで肝を冷やすってやつだね。ドイツにはそういうのないの?」

「ドイツの夏は短いし、日本と違って蒸し暑さも殆どないな。エアコンがない家のほうが多いぞ。後はアイスだ! 屋台に並び、小陰で食べるアイスは最高だぞ!」

 話をする内に嬉しそうに口元を綻ばせるクリスを見ると、ほのぼのと暑さも少し和らいだ気がした。

「日本だと、かき氷とかだな。宇治金時が食べたくなってきた」

「慶一は贅沢だね。僕はシンプルにイチゴがいいな」

「そうだな……よしっ! 寮に帰ったら両方食べることにしたぞ!」

 クリスは閃いたといった風にぽんと手を打つと、いそいそと帰り支度を始めた。

「あんまり食べ過ぎると、ぽんぽん痛くなるから気を付けろよ」

「子供扱いするな!」

 

 

 慶一とモロはクリスが帰ってからしばらくは秘密基地でだらだらと過ごしていたが、少しでも冷房が効いている場所に行こうと、駅前のゲームセンターに来ていた。

 少し暗く、モニターやディスプレイから漏れる光が良く見える。電子音がそこかしこで鳴り響いていた。

「ここはここで別の意味の熱気が溢れてるな」

「最近は人気プライズをオークションで高く売るために、命かけてる人もいるくらいだしね」

「昔は不良の溜まり場だし、いつの時代もゲーセンは殺伐としているな」

 特に何か目的があるというわけでもなく、ゲームセンターの空気に浸りながらゆっくりと歩きながら離している。時折、目ぼしいものを見つけるとそこに張り付くくらいだった。

「あっ、九鬼の金髪のメイドが格ゲーやってるね」

「本当だ。流石にメイド服じゃないな」

 見知った顔を見つけた慶一は近づき声をかける。

「なんで格ゲーやってるんですか?」

「なんだ慶一かよ。ガンシューやってたんだけどよ、ファックなガキに挑発されてな。今ロックにぶっ倒してるところだっ!」

 画面を見ると、対戦相手が使っているクマの長いリーチの攻撃で、チクチクとゲージが削られていた。そして、アッパーラッシュからKOの文字。

「ロックにぶっ倒されましたね」 

「ファック! ファック! ファーック! 同僚のよしみで忍者使ってやったっていうのに負けやがったぜ!」

「サイボーグ忍者もメイド服忍者も、もうすでに忍者じゃないですけどね」

「リベンジマッチだ」

 ステイシーは慶一の方をガッチリと掴むとそう言った。慶一は慶一でモロの肩を掴んでいた。

「だそうだ」

「え!? 僕がやるの?」

「だってオレより格ゲー上手いじゃん」

「それはそうだけど……」

 モロの煮え切らない態度に業を煮やしたステイシーが、無理やりモロを画面の前に座らせると耳元で囁いた。

「ただゲームをやるだけだろ。それか、今ここで私に土手っ腹に風穴を開けられるか好きに選びな坊主」

「わわっ! やりますやります!」

「モロって言ったか? まぁ、勝利したら褒美でもやるからよ。頑張りな」

 ステイシーが乱暴にモロの背中を叩くと、その度にモロの体が大きく揺れた。

「ステイシーさん、そのへんで止めないとモロが集中できませんから」

 慶一はステイシーの襟を掴み後ろに下げる。

「ファーック! 私は猫か!」

「ゲーセンでファックを連呼する人は、猫なんて可愛いもんに例えられませんて」

「先にオマエに風穴けてやろうか?」

「ちょっと! 僕が戦う前に、後ろで戦わないでよ!」

 モロは苦戦したものの、なんとか2-1で勝利を収めた。勝ち鬨を上げたのはモロではなくステイシー。

「ロックンロールだぜ! よくやったモロ!」

「いたた! 遠慮がない人だなぁ……」

 またしても背中を強く叩かれたモロがだが、褒められたのが嬉しいのか、美人と交流を持ったのが嬉しいのか、どことなく嬉しそうな顔をしていた。

 三人が勝利に盛り上がっていると、機械を挟んだ向かいの席から赤い髪が顔を出した。

「ざけんなボキャ! なにいきなり人が代わってんだよ!」

「こりゃまた、口の悪い子供が出て来たな」

 慶一が思わず口走ると、少女がすかさず突っかかってきた。

「なんだオメー! ウチに文句あるんかぁ?」

 少女が小さい体を目一杯に使って威嚇をすると、頭の左右で二つに結った長い髪の毛が、まるで猫の毛が逆立つように揺れた。

「あれ? やっぱりキミだったの?」

「ん? なんだオメーか。どおりで強いはずだぜ」

「コツコツ攻撃を当ててくるからそうかなーとは思ったけど」

 モロと少女は顔見知りらしく、なにやら納得し合っていた。

 モロに女の子の知り合いとは珍しいと思い、慶一は問いかける。

「知り合いなのか?」

「うん、たまにゲーセンで見かける子だよ」

「よく遊ぶ仲だったり?」

「まぁ、スグルが一緒の時とかはね。流石に僕一人の時は声を掛けづらいし……」

 確かにモロが得意そうな性格ではなさそうだ。現に今もステイシーとキツく言い合っていた。

「つーか、九鬼のメイドがなんでウチに突っかかってきてんだよ」

「最初に突っかかって来たのはオメェだろうが! こっちはヒュームにたまに板垣三姉妹の様子を見るように頼まれてんだよ。それなのに昼間っから遊びやがって」

「ウチの所はアミ姉とタツ姉が働いてるからいいんだよ」

 九鬼の監視対象ということは、あまり素行が良くない少女なのだろうか。

「あれを養うのは大変だぞモロ」

「話を飛躍させないでよ!」

 

 

 時間は少し過ぎて太陽は西に傾いているが、まだまだ強く照らしている。そんななか、慶一達は駅前のオープンカフェに来ていた。

「いやー、人の金で食う飯はなんでも最高だぜ」

「なんでオマエは飯まで食ってんだよ」

 丼飯をがっつく少女にステイシーが文句を言う。

「遊んでやったんだからいいだろ」

「ファック! 違うだろ! どっちかというと私が遊んでやったんだ」

「まぁまぁ、たかられるのも年上の役目でしょ」

 慶一はかき氷を食べながらステイシーを宥める。

「お? いいこと言うじゃねぇか、誰だか知らねぇけど」

「オメェもだよ慶一。私はモロに褒美で冷たいものでも奢るって言ったのに」

 ステイシーがモロと呼んだのをきっかけに、少女はモロの顔をまじまじと見た。

「へー、オメーモロって言うんだな。初めて名前知ったぜ」

「それはアダ名で、本名は師岡卓也だよ。……そ、それでキミのなま――」

「つーか、能面野郎! さっきの子供発言は許してねぇぜ」

「その能面野郎発言で、もう痛み分けだろ」

 慶一は特に気にすることなく、かき氷の冷たさを味わっていた。

「性格まで能面とは、つまらないやつだぜ」

「これが、大人の男と幼女の違いだな」

「幼女って言うなや、ボキャ!」

 慶一が口が悪いわりには妙に人懐っこい少女をからかって遊んでいると、コーラーを飲んでいたステイシーが聞き慣れた話題を振ってきた。

「そういや川神百代と付き合ってんだってな」

「夏休みに入ってからは、その質問はもう終わったと思ってましたけど」

「武神と付き合えるような、ロックな男には見えねぇけどな」

「でも、ろっくでもない男でもないでしょう?」

「だから、そりゃもういいつってんだよ」

 慶一とステイシーの会話を聞いていた少女は興味なさそうに肉をほうばっている。

「もぐもぐ。ウチは色恋よりも、飯と娯楽だぜっと」

 少女は残りのご飯を口の中に雑に掻きこむと立ち上がった。

「それじゃ、ウチはそろそろ帰るわ。今日はアミ姉が飼ってる豚から寿司を巻き上げるって言ってから、早く帰って腹ごなしのゲームやらねぇと」

 モロは「今ご飯を食べてたのに」「豚から寿司を巻き上げるってなに」など色々言いたいことがあったが、一言でまとめた。

「なんかもう色々無茶苦茶だよ!」

「じゃあな根暗君!」

「モロだって! さっき自己紹介したでしょ!」

「あはは、そうだったか。ウチのことは天でいいぜ。またゲーセンで会おうな!」

「もう……」

(ガクトは予定を変更して海にナンパに行くって言ったけど、秘密基地に来てれば可愛い女の子と美人な大人の女性と知り合えたのに。本当に女運ないんだなぁ……)

 

 

 

 おまけ

 

 その日の川神①

 寮に帰ったクリスは大和に呼び止められていた。

「クリスさっきは悪かったよ。慣れない日本だもんな」

「さっきは自分も暑さで苛ついていたからな、こっちも悪かった」

「じゃあ、コレ。仲直りの印ってことでアイスでも食べて涼を取ってくれ」

 大和がクリスにアイスを手渡す。

「なんと! でも、そこまでしてもらったら悪い気がするぞ」

「オレも食べたかったから丁度いいよ。皆と一緒に食べようぜ」

「うむ、そうだな。ありがたく気持ちを受け取るぞ」

 キャップは旅に出ていて居らず、まゆっちも伊予と買い物に行ったらしく居らず、大和と京とクリスの三人でアイスを食べていた。

「さぁ! アイスを食べ終えたぞ。次はかき氷だ!」

 クリスは帰り際に買ってきたアイスを冷凍庫から取り出した。

「クリス、そんなに冷たいものばかり食べたらお腹壊すよ」

 京は至極当たり前のことを言い、クリスの心配をしている。

「騎士には心配無用だ!」

 笑顔でイチゴのかき氷と宇治金時の二つを平らげたその日の夜。クリスは布団の上で唸っていた。

「うぅ……。お腹痛いよー」

「しょーもな」

 

 

 その日の川神②

 慶一達が去った後のオープンカフェでは、西日を反射させながらなにかを模索する青年の姿があった。

「幼女どこだ! 誰かここで幼女と言っていたぞ!」

「やれやれ、準はしょうがないですね」

 オープンカフェでうるさくしてる井上を、嫌そうな顔で見ている女性二人組に近づいていった。

「ご迷惑かけてすみませんね。お詫びと言ってはなんですが、一緒にディナーでもいかがでしょうか?」

「トーマもハゲもしょーもないのだ」

 

 

 

 

 

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