真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第六十五話

 風が川面に波を立てると、生暖かい風が冷たい風に変わる。

 片手にはこの間の山籠りで蓋が歪んでしまい修理に出していたダッチオーブン。もう片手には安売りで思わず買い込んでしまった油。

 いくら冷たい風が吹こうが、流れる汗は止まらない。

 慶一は一息つくために河川敷へと下り、川の直ぐ近くで緑の風に吹かれることにした。

 ウグイやフナの小さな魚影に交じり、ぬぅーっと顔を出す大物がいる。鯉だ。優雅に泳ぐその姿に見とれていると、鯉よりも大きな魚影が近づいていた。鯉が跳ねたかと思うと体にモリが突き刺さっており、大きな魚影の正体も直ぐに姿を現した。

「へへ、大漁大漁っと」

 小気味の悪い笑顔を浮かべた釈迦堂が、川底から這い出してくるように現れる。

「多馬川の河童の正体見たり、梅屋との関係性は!? っと」

 慶一は携帯を取り出して、校内掲示板に書き込む。

「くだらないことしてねぇで、コイツを捌いてくれよ」

 いつの間にか岸まで上がってきていた釈迦堂が、慶一に鯉を投げつける。鯉の血と泥水でシャツが汚れていく。

「あー、汚れてしまった」

「男が細かい事を気にすんじゃねぇよ」

「とても料理を頼む人の台詞とは思えませんね……」

「調度良く料理道具もってるじゃねぇか。オマエにも鯉こく食わせてやっからよ」

 頭を切り落とすと、出汁を取るために頭を割る。

 鱗を取りながら釈迦堂に話しかけた。

「包丁とかあるということは、自分で作る気だったんですか?」

「最初はそう思ったんだけどよ。面倒くさいからまるごと煮込んじまおうとしてたから、オマエが通りかかってよかったぜ」

「……ワイルドに生きてますね。ところで味噌しかないですけど、酒と水は?」

「水ならその辺にいっぱいあるだろ」

 慶一は見渡すがそれらしい容器は見当たらなかった。目に入ったのは多馬川しかなく、そういうことかと途方に暮れていると、突然目の前でペットボトルが揺れていた。

「水なら二日酔い覚ましに飲んでた、オジサンの飲みかけのペットボトルがあるよ。迎え酒用の日本酒も」

「どうも」

 ペットボトル水は三分の二ほどしかなかったが、湯をかけるくらいなら足りるだろう。

 お湯を沸かしている間に、鯉の内臓をとって輪切りにしていく。

「あっ! わかってねぇな。鯉は内臓が美味いんだよ」

「いやいや、野生の鯉は内臓取らないと泥臭くて食えたもんじゃないですって」

「そうそう、オジサンも食べるんだから無茶はしてほしくないね」

 慶一と釈迦堂の他にもう一つ声が聞こえる。振り向くと買い物袋と一升瓶をぶら下げた宇佐美が立っていた。

「突然現れたことにも驚いたけど、買い物袋がこんなにも似合わないとは……」

「オジサンにだって色々あるんだよ」

「色々とは?」

「昨日はせっかく小島先生と飲みに行ったのに、ルーというおじゃま虫はついてくるし、マレーシアから取り寄せた精力剤は効かないし、もう散々よ」

 どっこいしょとオヤジ臭く腰掛けた宇佐美は買い物袋を適当にその辺に置く。その買い物袋からは、山芋やオクラ、にんにく、うなぎなどが顔を出していた。

「それで、精力剤に頼らずに食生活でチャレンジと」

「当たり。これでダメだったらオジサンはショックで寝込んじまいそうだよ」

「なんだそいつは?」

 見慣れない顔の男に釈迦堂が眉間に皺寄せていた。

「この前口の通ってる学校の教師で宇佐美です。非行に走らせないためにもご一緒させて頂きます。それにオレの酒と水がないと料理進まないしね」

「あん? まぁ、おたくのおかげで飯にありつけるなら、願ったり叶ったりだわな」

 そう言うと釈迦堂はどこかにふらっと行ってしまった。

「ダメ人間に挟まれてるほうが、非行の原因になりそうだと思うんですけどねー」

「反面教師って言葉もあるんだよ。オジサンだって立派な教師さ。ついでにオジサンの食材も使ってなんか精力付くもん作ってくれ」

 そう言った宇佐美は、その場でごろんと寝転がる。

 ダッチオーブンは二重になっているので、鍋二つ分の料理は出来るから問題ないし、いざとなったら蓋も使えばいいだろう。

 水がないので、日本酒だけで鯉の輪切りを煮込んでいく。調味料に砂糖もないのでちょうどいいかもしれない。酒だけのほうが甘みも出てくる。

 宇佐美の持ってきている袋の中には鯉こくには使えそうにないものばかりなので、その辺に生えていた浜ダイコンを後で加えることにする。

 一度沸騰させてから弱火にして、丹念に丹念にアクをすくい取っていると釈迦堂が何かを片手に戻ってきた。

「また、美味そうなもの見つけちまった。今日のオレは食運がいいぜ」

「亀ですか?」

「そっ、すっぽんだな。これも鍋にしちまおうぜ」

 今まで興味なさそうに寝転がっていた宇佐美が起き上がる。釈迦堂の持ってるすっぽんに近づいき、自分の顎に手を当てて言う。

「すっぽんか、そりゃいい。食えば精力がつきそうだ。オジサンの適合食材に違いない。これ食って夜の生活もパワーアップよ」

「生き血を飲めば更に効果アップだな。おい、前口包丁取ってくれ」

 釈迦堂がすっぽんを持っていない方の手を伸ばして包丁を受け取ろうとするが、慶一は釈迦堂からすっぽんを取り上げる。

「いや、素人がやると血に尿が混じって臭くなるんで、オレがやりますよ」

「人間だって頭を切られりゃ失禁するもんな。すっぽんも一緒か」

「二人ともよくこれから飲むもんに尿だとか言えるね。オジサン飲む気失せちゃうよ」

「そうならないためにオレが切るんですよ……っと」

 甲羅を下に腹を上に向けてまな板の上に置くと、起き上がろうとすっぽんは首を出すので、素早く首根っこを掴み引っ張りだして、根本から切り落とす。切断した箇所を下に向けて紙コップに垂らして溜めた。

「とりあえず血は取ったけど、すっぽんの血はそのまま飲んだら危ないですよ。酒で割らないと雑菌が……。後、直ぐ固まっちゃいます」

「それじゃ、オジサンの持ってきた日本酒で」

「日本酒だとちょっとアルコール度数足りないかな。……せめて焼酎かなんかで処理してからじゃないと」

「じゃあ、僕の持ってる焼酎なら大丈夫かな?」

 ラベルを見ると三十五度と書いてあった。

「これなら大丈夫ですね……って、今度は誰ですか!?」

「しがないギャンブラーとでも呼んでもらおうかな。珍しくパチンコで買っちゃってさ、思わず良い焼酎買っちゃったんだけど、よく考えたらこれ持って帰ったら燕ちゃんに怒られちゃうかなーってフラフラしてたら、美味しそうな匂いがしてきてつい来ちゃったよ」

「燕ちゃん? 松永先輩のお父さんですか?」

「そうだよー。燕ちゃんの愛するおとんの久信です。そういうキミは燕ちゃんのお友達かな?」

「そんなとこです」

「そっかー、これからも燕ちゃんと仲良くしてね。さて、燕ちゃんの友達ってことなら遠慮無くこの輪に入っちゃうぞー、ハハハハ、カンパーイ」

 いつの間にか鍋の周りにはダメな大人が集まって宴会を開いていた。慶一は作り始めた物はしょうがないと、マイペースに鍋の準備を再開する。

 鯉こくも、すっぽん鍋もメインの食材は揃っているが、如何せん野菜が足りない。もっと言えば昆布も欲しいところだが、野菜だけでもどうにかしたかった。

 とりあえず、道端に生えてるハマダイコンの泥を落としていると、釈迦堂に本物の大根を渡される。

「これ泥ついてますけど、どっかから盗ってきたもんじゃ」

「不法耕作地から拝借してきたもんだから大丈夫だって。ほれ、ネギも白菜もあるぞ」

「よし! なにかあってもオレは知らなかったで通そう」

「むしろ管理者の手間を省いてやってんだから、いいことだぜ」

 酔っているのか酔ってないのかわからないが、全く気にせず笑う釈迦堂を見た慶一は深くため息をついた。

「釈迦堂くーん。はやく夜の棒術師範代の話の続き聞かせてよ」

「おいおい、オジサンの武勇伝だって、まだ話し終わってないぞ」

「だって、宇佐美先生の話はキャバ嬢に貢いだり、小島先生とやらにフラれた話ばっかりなんだもん。失敗なら、株に失敗して連れ合いに逃げられた僕のほうが笑える話だしね」

「……それを笑える話とは、こいつはある意味大物なのか」

 

 

 慶一はグツグツと煮えるすっぽん鍋から、おたまでひとすくいして味見をする。本来すっぽん鍋は淡泊と濃厚さが合わさった独特な出汁を楽しむものだが、昆布がないことによって淡泊さが勝っていた。それでも鶏鍋のようなあっさりとした味わいは食欲を誘う。

 鯉こくの方も、泥臭さが臭みではなく風味として感じられるくらいに収まっており、いい感じになっていた。ダイコンやネギがあるだけでだいぶ変わる。

「お待ちどう様。鯉こくとすっぽん鍋に、あと山芋とオクラの天ぷらですよ」

「いやー、思いがけない豪勢な飯だ」

「オジサンも精力がつきそうなもんばっかで満足よ」

「僕は、美味しいもの食べてお酒が飲めればなんでもいいけどね」

 久信の手には酒が波々と注がれた紙コップ。その傍らには封も開けてない日本酒の瓶が転がっている。

「あれ? 酒瓶増えてません?」

「うん、さっき買いに行ったからね。酒臭い息でお酒を買ったら、レジでコンビニ店員に白い目で見られちゃったよ。アハハ」

 太陽は白く光っている。昼過ぎから酒臭い男がお酒を買っていたら、白い目で見られるのは当たり前だろう。

「そうだ、うなぎは使い道なかったから、帰ってさっさと食べたほうがいいよ宇佐美先生」

「とは言ってもな、思いつきで買ったもんだし……。よっしゃ鍋に入れちまえ」

 宇佐美が乱暴に鯉こくの中にうなぎを入れると、鍋が揺れて飛沫が跳ねた、

「あーあ……。よりによって味噌の方に」

「大丈夫大丈夫。チャレンジ精神って大事だよ。だから僕もそろそろまた株に手を出すのもいいと思うんだよね」

「人生に刺激は大事ですわな」

「だよね。釈迦堂君もそう思うかい?」

 思いもよらない賛同に、久信は上機嫌で酒を煽る。

「川神も退屈になっちまったからな。まぁ、梅屋は梅屋で楽しんだがよ」

「オジサンは夜の生活に刺激がほしいね。気分はいつでもオフェンスよ。早く小島先生にゴール決めたいぜ」

「拝み倒せば上手くいくよ。僕もそうやってミサゴをゲットしたんだから」

「でも、久信さんよ、結局女房に逃げられちまってんじゃ意味ないんじゃ」

「欲しいなら力づくでものにするのが一番手っ取り早えよ。拝み倒すより押し倒すって言うだろ」

 女の愛の話はドロドロしてるとよく聞くが、中年男の愛の話の負けじとドロドロしていた。

 気付けばいつの間にか空は赤く染まり、カラスの鳴き声が似合う色になっていた。鍋が空になっても未だ終わる気配のない酒盛りは、少女の声で突如中断される。

「おとん! 昼も帰ってこないと思ったら、こんなとこでなにしてんの」

「おんやぁ? 燕ちゃんの姿が見えるよ。質量を持った残像かな」

「そんなわけないでしょ。帰るよ、おとんとん」

 燕は久信の持っている紙コップを強引に奪うと、襟首を掴んで無理やり立たせる。

「おとんとんって、ネット風に言うとおtnt――」

「前口君もおじさま方も、おとんが迷惑かけてすいません。すぐに連れて帰りますんで」

「あれ? 僕、無視されてるよ。って、わわわ! 待ってよ燕ちゃん! 僕まだちゃんと立ってないんだって!」

 久信は引きずられるように、燕に連れ去られてしまった。

「なんだかんだ子持ちは幸せそうでいいね。オジサンなんか帰ったら誰も居ない家に一人だっていうのに」

「ガキなんか出来たら自由に生きられなくなるし、面倒くさいだけだって」

「あんたとは気が合いそうだ」

 宇佐美と釈迦堂が紙コップを合わせる。グラスではないのでキンっという音は鳴らず、虚しく厚紙が擦れる音が響く音が聞こえるだけだった。

「師匠ーっ。アミ姉がすき焼き作ったから食べに来いってよ。豚の貢物の最高級の松の阪の牛だぜ」

「おっ? いいねぇ、すき焼き。帰って飲み直しと行くか」

 釈迦堂は天使に連れられて立ち上がって行ってしまった。その背中に向けて宇佐美が叫んだ。

「アンタ言ってることとやってることが違うじゃねぇか!」

「まぁまぁ、美味いもの食えたんだから。それに、ゲンさんに連絡しといたから、そろそろ向かえに来てくれると思うよ」

「前口……オマエは優しいな」

「つーか、この場で一番虚しいのは、不良中年トリオを日暮れまで面倒見てたオレだし」

 慶一はしばらく宇佐美の愚痴に付き合いながら鍋を手入れしていた。

 ちょうどダッチオーブンに蓋をハメたところで、草を踏み潰す柔らかな音が聞こえてくる。

「ほら、ゲンさんが向かえに来たぞ」

「わりぃな前口。オヤジが迷惑かけちまったみたいで」

「いいって。借りは宇佐美先生にしっかり返してもらうから」

「そうか。ほら帰るぞ。しっかり立て」

 ゲンさんは宇佐美の体を優しく持ち上げると肩を貸して歩き出す。

「悪いね、迷惑かけて」

「いいから、早く帰って休め。明日の仕事に支障が出ちゃ困るんだよ」

「よーし、オジサンがツンデレな忠勝にソープおごっちゃる。実はさっきから下腹部が妙に疼きだしてきてな。前口の精力増強料理は効果ありだ」

「気持ち悪いこと言ってると張っ倒すぞ」

「女を抱くのは男の本能だろう? オジサン忠勝の将来が心配になってきたぜ」

「オレはオヤジの発言に気持ち悪いって言ってんだよ」

 慶一は誰もいなくなった河川敷でしばらく後処理を続けていたが、それも終わり荷物を持つと、電話をかけながら歩き出した。

「もしもし、一子。なんか食べたいものあるか? そうそう、今帰るところなんだけど――」

 

 

 

 

 




せっかくの夏休みの話だし、テンプレ以外の登場人物を絡ませたくなる。
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