真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第六十七話

 映画とは芸術なのか娯楽なのか。そもそも難しく考えること自体ナンセンスなことなのかもしれない。

 薄暗い映画館の中で光線が埃を照らし、スクリーンへと映像を届けていた。

 いくつもの人が、いくつもの声が、いくつもの音楽が、いくつものセットが、脚本に添って誰かの物語を紡いでいる。

 見慣れない外国の景色は、見ていくうちに見慣れた景色へと変わり、誰だか知らない登場人物は、まるで知り合いのように心の中へと入り込んできた。

 一つの物語が終わり、淡い光が館内を照らすと、浦島太郎のように世間から取り残されたような、どこが寂しさにも似た気持ちが沸き上がってきた。

 映画館から出ると、今までスクリーンに映っていたような綺羅びやかな風景ではなく、日常の生活が街中で繰り広げられていた。

 ただ、色だけが違って見えた。映画館が暗かったせいだ。数歩歩いたところで聞き慣れたメロディーが隣から届いたので、慶一は光に慣れない目を押さえながら百代を見た。

「電話か?」

「いや、メール……。キャップが帰ってきたから夕方に秘密基地来いって」

「へー、そういや今日は金曜集会だもんな」

「ファミリーに一斉送信されてるから、慶一にも届いてるんじゃないか?」

 慶一はポケットから携帯電話を取り出すと、適当なボタンを数回押して直ぐにまたポケットの中に仕舞った。

「……そうらしいな」

「また、充電切れてるのか」

「そんなとこ。秘密基地には後で行くって、オレの分の返事も送っておいてくれ」

「毎度毎度、携帯の意味が無い奴だなぁ」

 百代は小さな画面に顔を近づけてメールの返信を打っている。百代の片腕は慶一の腕に組まれたままなので、慶一は身動ぎも出来ずに、見ず知らずの人が行き交う駅前の風景を眺めていた。

 その中で一つ頭が飛び抜けた男がいた。意気揚々と胸を張り、後ろから女性に話しかけては、無視されて頭を垂れている。

 こちらに気付いたのか、凄い勢いで走って向かってきた。そのまま話しかけてくると思ったのだが、ガクトの姿は急ブレーキを掛けたかのように途中で止まり、呼吸を整えないまま話し掛け出した。

「ハァハァ……。お姉さん…ハァハァ……お一人ですか? ハァ…良かったら、ハァハァ……オレ様と――」

 ガクトに話しかけられた女性は、ナンパのしつこさに呆れるような嫌な顔ではなく。恐怖の表情を残して足早に去って行ってしまった。

「あれ? どこ行くんですかーっ!」

 親友の情けない姿というものは、思ったよりも胸を痛くする。なんと声を掛ければいいのか、それとも見なかったことにした方がいいのか。慶一は決めかねて呆然とガクトの姿を見守っていた。

「おーい、負け犬!」

 メールを打ち終えた百代が手を振りながらガクトに呼びかける。

「ひでぇよ、モモ先輩! そんな呼ばれ方したら成功するもんもしなくなるじゃねぇか」

「いやー、明らかに失敗しかしないだろ。それに私が声を掛けないと、通行人が変態が出没したって通報入れてたかもしれないぞ」

「そんな……女の人に声を掛けるのは犯罪っていうのかよ」

 がっくりと肩を落とすガクトに慶一が肩を叩きながら話しかける。

「筋肉むき出しの男が、息を荒げながら近づいてきたら怖いだろ」

「オレ様の武器が裏目に出るとは……」

「普通は武器を見せながら話しかけてきたら脅しだもんな」

「鋼の肉体ってのも考えものってわけか。オレ様も罪な男だぜ」

「本当に考える頭があれば、そんなこと気にする前にやることがあるだろ」

 喋りながら三人は、何処ヘとも決めずに適当に歩き出す。駅前は今日も晴れで、コンクリートの床に反射した夏の日差しが眩しい。

 慶一が途中で寄ったコンビニで買ったお茶を飲んでいると、同じくコンビニで買ったコーラを飲みながらガクトがつぶやいた。

「なぁ、慶一よ。なんでオレ様のナンパは成功しないんだろうな」

「性交したいのが見え見えだからだろ」

「別に言葉遊びしたいわけじゃねぇよ! 解決策を出してくれって言ってんの!」

「ロキのマスクでも探してきて被りゃいいんじゃねぇ?」

「オレ様はマスクよりゴムつけるような事のほうがしたいぜ。まぁ、ゴム無しでも可なんですけど。アハハ!」

「不可だ! 川神ハンマー!」

 百代が力任せにガクトを上から殴りつけると、ガクトの身体がコンクリートにめり込むように倒れた。

「うわぁ……。ガクトがおせんべいになっちゃった」

「ったく。オレ様じゃなかったら怪我してたぜモモ先輩」

「先に足でコンクリートを割っといたからな。優しい先輩だろ?」

「つーか、これまた学長に怒られるぞ」

 慶一は不自然に陥没した歩道に、散らばった破片を集めると適当に足で踏み均した。

「そうだガクト。私と慶一はデートしてたんだ。羨ましいだろ」

「ぐはぁっ! せっかく聞かないようにしていたというのに」

「オレも言わないようにしてたのに」

「くっ……慶一の優しさがなんだか痛いぜ。まぁでも、そのうちモテまくってよ。ガクト・ガールなんて呼ばれる美女たちを侍らしたいもんだ」

「ほらよ」

 慶一はガクトの手からコーラを奪うと。勢い良く振り、ガクトに返した。

「なにすんだよ!」

「決め台詞は“ステアじゃなくシェイクで”だろ?」

「コーラをシェイクするなんて聞いたことねぇよ。さて、オレ様はキャップに負けない武勇伝を語るためにも、もう一発ナンパ。いや、ナンパして一発やってくるぜ!」

 振られたコーラを更に振りながらガクトは、また駅前へと走っていった。

「オレ達はどうする? 早いけど秘密基地にでも行くか?」

「デートらしいデートは久しぶりだし、もうちょっと二人きりでぶらつきたいぞー」

「それじゃ、真実の口に手でも食われに行くか」

「そんなつまらなさそうなのは却下だ」

 百代は繋いでいる手を下に引っ張りながら抗議する。 

「イタリア商店街でジェラートは?」

「それに決定!」

 

 

 青い空と西日が混ざる時間は、何故か真昼の青空よりも空が青く見える。靴音響く廃ビルの階段を抜けて、慶一と百代は秘密基地の部屋に来ていた。

「皆揃ってるわりには、キャップはいないんだな」

「寮に戻って、荷物を置いてくるってさ」

 大和はテーブルに広げられたノートを見ながら、慶一の質問に答えた。

「で、大和は空いた時間で一子の勉強を見てるのか」

「定期的にワン子が宿題やってるか確認しないと、夏休みの終わり辺り大変なことになりそうだし」

「知ってた? 慶一。信長は天下統一していないのよ!」

「流石一子だな。正しい歴史を覚えるとは」

「まぁねーまぁねー!」

 一子が撫でて欲しそうに頭を突き出しているので、慶一は軽く右手を置いた。そして、左手で自分の口を押さえると指の隙間から息を漏らす。

「シュコー。シュコー。大和に多くを学んだな。だが、一子。私がお前の父だ」

「あわわ! 衝撃の事実ってやつだわ」

「こら、ワン子。遊んでないで秀吉のところまでは駆け足で進めるぞ。慶一も邪魔するなよ」

「悪かった。モロはなにやってんだ?」

 慶一は一子が勉強しているテーブルの反対側で話し込んでいるモロとまゆっちの元へと席をずらした。

「おすすめのアニメをまゆっちに教えて上げようと思ってね」

「おすすめって言っても、持ってきすぎだろ。あんまりあり過ぎると、選べないんじゃないのか?」

 テーブルの上には積まれるようにアニメのパッケージが置かれており、まゆっちはその一つ一つを手に取りじっくりと眺めていた。

「大丈夫。本当に見たいアニメは光って見えるんだよ」

 テーブルの上に並べられたアニメのパッケージは、慶一には見慣れないものばかりだったが、一つ見覚えがあるものを見つけ手に取った。

「これは女子高生がバンドするやつだっけ?」

 慶一が手に取ったパッケージは、女子高生の五人組が制服姿のまま、部室であろう場所でソファーに座っている絵が描かれているものだった。

「そうそう。まゆっちには合わないかなと思ったんだけどね。どんなのが好きかわからなかったからさ」

「そんな、私の為に色々用意してくれたことに感謝してます。でも、たくさんありすぎて迷ってしまいますね。ですよね、松風」

 まゆっちが松風に問いかけるが返事はない。

「どうしたんですか? 松風」

 窓から差す西日が、ちょうど松風を照らすように入り込んでいる。まゆっちの手の上で松風が小刻みに震えたかと思うと、絞りだすような声を上げた。

「バンド……。ザ・バンド」

 その松風の声にモロは嬉しそうな笑顔を浮かべると、人差し指を松風に向けながら言った。

「松風は光を見たんだね!」

「ザ・バンド!」

「松風は光を見たね!」

「一体何の光なんですか!? 松風」

 一人芝居をしているまゆっちを気にも留めず、モロは同じ言葉を繰り返す。

「松風、君は光を見たね!」

「イ、イエス! オラは光を見たんだぁっ!」

 松風はまゆっちの手の上で何度もバク転を繰り返している。

「まゆっちバンドだぜ。友達作るにはバンドが一番だ!」

「バンド……。バンドですね!」

「いや、今からバンドの練習する暇あるなら、どこかに遊びに行ったほうが友達できると思うぞ」

「けいいっつぁんが鬼のような一言を! 急激にテンションを下げさすのは止めてほしんだぜ」

 慶一は人差し指で、松風の頭を撫でる。というより、物質的には磨くのほうが正しいのかもしれない。

「悪かった悪かった。今度なんか奢ってやるから」

「私はドライのトーストを」

「オラはフライド・チキン四羽だぜ」

「さて、屋上で少し外の空気を吸ってくるからな」

 慶一は身体を伸ばすと、ドアの方へと歩いて行く。

「スルーされたぜまゆっち」

「ネタを引き伸ばしすぎたんでしょうか」

 慶一がドアノブを回したところで一子が声を上げた。

「あっ! あたしも少し休憩! いいでしょ大和」

「本当はキャップが来るまでやろうと思ったけど、随分来るの遅いし……よしっ休憩だワン子」

「わーい! 私も外の空気吸いに行くわ」

「僕もちょっと暑いから、夜風に当たりに行こうかな」

 一人、また一人と部屋から出て行く。人が少なった部屋でまゆっちが少し退屈そうにしているのを見た京が優しく話しかける。

「私はここに居るから、まゆっちも行ってきていいよ」

「でも……」

「オレも京とここに残ってキャップを待ってるから大丈夫」

 出づらそうにしているまゆっちへ、大和が背中を押す一言を投げかけた。

「そうですか。それじゃ、ちょっと行ってきますね」

 まゆっちも出て行くと、部屋の中は静まり返り大和と京の二人になった。

「ねぇ、大和。皆直ぐには帰ってこないね」

 京はCDプレイヤーからムーディーな音楽をかける。

「やっぱり、オレも屋上に……」

 大和がソファーから立ち上がると、カチャっと錠のかかる音。ドアへ先回りした京が後ろ手に鍵をかける。

「皆ゆっくり外の空気を吸いに言ってるんだから邪魔しちゃ悪いよ」

「参ったな。ダメだよ京そんなこと……」

「そんなことって、なぁに? それにしても暑いねぇ」

 京は少し悪戯に笑うと自分のシャツの裾を少しまくり上げた。

「まさかオレは、そんなことをするつもりは……」

「だから、なぁに? 大和」

「皆が屋上にいて直ぐには帰ってこないなんて言って、ムードのある音楽をかけて、その上……服の裾をめくり上げるなんて」

「それで?」

「あなたは……、僕を誘惑していますね」

「ウフフ……。その通り! 映画のようにダラダラせず、この場で大和を頂く!」

「だ、誰か助けてぇっ!」

 大和が叫ぶとドアノブを回す音と、声が聞こえてきた。

「ありゃ、立て付け悪くなってねぇか?」

 大和が必死の思いで伸ばした腕は、願いが通じ、ドアの鍵を開けることに成功した。

「いよーう! オレのご帰還だぜ!」

「ちぇ~……お帰りキャップ。あと少しで、大和が落ちそうだったのに……。本当にキャップはヒーローなんだから」

「あぁ! キャップお帰り!! 本当にキャップはヒーローだよ!」

「なんだなんだ? よくわかんねぇけど、大和と京のヒーローの意味合いが違って聞えるぜ」

 

 

「惜しかったな京。もう少しだったのに」

 慶一はクッキーから貰った、玉露っぽいなにかを飲み干すと京に話しかけた。

「本当だよ。慶一だってモモ先輩に手を出してるのに、このままじゃ大和が一番枯れてるってことになるよ」

「オレはたとえ慶一より枯れてると言われようが、生半可な気持ちで京には手を出したくないんだよ」

「つーか、オレを基準に枯れる枯れないを決めるなよ」

「そうだぞー京。慶一が枯れていないことは私が実証済みだ」

 百代は慶一の股ぐらに腰を下ろすと、首に腕を巻き付けて肩の辺りに頭を乗せてよしかかる。

「あぁ……。オレ様が連敗街道を走ってる間に、慶一とモモ先輩はしっかりと愛を育んでやがる。なぁ、モロ女装しないか? ヨンパチに彼女出来たって自慢するちょっとの間だけでいいから」

「いやだよ! もしバレたら僕だけ変態みたいじゃない!」

「おいおい、オレの土産話も聞いてくれよ! 乗ったバスに爆弾が仕掛けられて、時速80㎞以下になると爆発するってんで大変だったんだぜ」

 

 

「そういえば、クリ吉は夏休み何かやってるのかい?」

「自分か? 自分は大和丸夢日記見てたぞ」

「へっ? ずっとかい?」

「うむ! ずっとだ」

 

 

 

 

 




全部分かる人はいるのだろうか……
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