真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第六十八話

 昼過ぎの川神院の調理場では、昼食の洗い物を終えた後に再び料理の音がしていた。

 沢庵を桂剥きにすると、布の様に薄く長く広がる。それを絨毯のように巻いて元の形に戻して、横から渦巻きに合わせて包丁を入れていく。ザキュザキュと繊維が切れる音が気持よく、ついつい包丁の動きも早くなってしまう。

 切り終えた金色の細い糸のような沢庵を、軽く持ち上げてほぐしておく。

「うへぇ~、いつもこんな面倒くさい切り方してるのか」

 大和が沢庵を一つ摘んで口に運ぶと、ポリポリではなくシャリシャリとした咀嚼音が響いた。

「いんや、今回は特別。あんまり太く切ると納豆の食感が消えちゃうからな。沢庵と納豆の歯触りを両方楽しめるのを考えたら、これが一番いいんだよ」

「家で食うわけじゃないし、小さなこだわりも大事ってことか」

「ゲンさんの言うとおり。良い噂より悪い噂の方が広がり早いからな。食べづらいなんて噂広がったら買いに来なくなるし、納豆巻きなんてオレくらいしか出さないだろうから、直ぐにどの店かわかっちまうからな」

 慶一がタッパーに沢庵を詰めていると、大和が巻きすを南京玉すだれのように弄っていた。

「それにしても、風鈴市で納豆巻きなんて売れるのか?」

「ばっちり売れる」

 屋台の定番と言えば、甘いものとしょっぱいものだ。最近だとしょっぱいものは、焼きそば、お好み焼き、たこ焼きなどのソース味から、焼き鳥、から揚げ、ケバブ、海鮮串焼きなどオカズよりにシフトしてきている。場所によっては鮎の塩焼きなんてものも見かけるものだ。

 祭りの屋台でお腹を満たそうなんて思う人は少ないが、しょっぱいものを食べると白いご飯が欲しくなるのが日本人だ。

 白いご飯だけだと、値段設定が難しくなる。なにか一品足すだけでも気にならくなる人が多いが、白飯のおにぎりだけで百円と言われると、買うのがもったいないという気がしてしまう。

 そこで慶一が思い出したのが、納豆小町という松永燕の存在だ。百代の山籠りに付いて行った慶一は、七浜で屋台を出すことも出来ず元手が心許なかった。

 共同出費で屋台を出そうと持ちかけたのは思いついて直ぐだった。

 燕側には当然、売上の50%と松永納豆の宣伝という利がある。慶一側も同じく売上の50%と松永納豆の宣伝という利がある。うまい具合に利が一致している。

 松永納豆の宣伝というのは、燕にしてみればそのままの意味だ。慶一にしてみれば松永納豆の宣伝は売り文句だ。よく屋台のPOPで見かける“○○海産”や“ジャンボ”“特製”“元祖”などといった、人目を引く広告を手に入れたことになる。

 そうなると、残りはどれだけ売れるかということになる。鮭や昆布などで種類を増やすことも考えたが、それならただのおにぎり屋になってしまうし、元手が余計にかかってしまう。

 考えた末に行き着いたのが薬味のトッピングだった。シンプルに納豆巻きだけのものもあれば、メニューに名前を乗せて気軽に頼めるもの並べるが、松永納豆という広告を活かすためにもベースは納豆巻きで、そこに野沢菜漬けや沢庵など好みの具材を付け加えられるようにする。

 バレンタインの時のチョコレートも、数種類から選ぶというもので利益を上げた実績もある。それに屋台定番のクレープやかき氷など、自分でトッピングを選べるというものは狙い所だったりする。

「後は作り置きしなくちゃくちゃいけないような、時間かかるものもダメだっていう考えもあってシンプルなのにした」

「確かにパックに詰められてるのを渡されるよりも、作りたてを直接パックに詰めてもらったほうが美味しそうに見えるかもな」

「それと手に持って食べれるヤツのほうがいいかな。焼きそばとか買っても、食べる場所がなくって持ち歩いたままの人とか結構見かけるだろ? 巻物なら手に持って食べられるし、切って渡せば一口で食べられるからな」

「箸を使って食べるやつは、落ち着ける場所じゃないと食べづらいもんな」

 慶一は大和と話している間も、食材の下ごしらえをしていた。

 オクラ、みょうが、かいわれ、大葉、みつば。王道のネギは種類多く、青ネギ、小ネギ、あさつき。梅、ごま、ちりめんじゃこなど思いつく限りのものを用意する。

「さぁ、メニュー開発するぞ。「これください」って指さして頼めるものも必要だし」

「まぁ、その為に呼ばれたからな。報酬はオカズ。島津寮は土日炊飯だから助かるぜ。でも、ワン子とかは誘わなくてよかったのか?」

「本当は京にも頼みたかったけど、珍しく部活出るって言ってたから頼む悪くて。一子は嬉しい事に、なんでも美味いって言うから当てにならないんだよな……」

 ゲンさんは少し眉を寄せて、真っ直ぐに慶一の目を見た。

「美味いもん作ってんだ。一子の反応は正しいんじゃねぇか?」

「そりゃ、御尤もな意見だけど……。どうしたんだ?」

 慶一は小首を傾げながら、目を合わせた。

「別にどうもしねぇよ」

「ふーん……」

「なんだよ、その“ふーん”は」

「色々思うことがあって、その辺どうなのかなーって思ってな」

「ちっ、余計な詮索してんじゃねぇ」

 慶一が顔を覗き込むように近づくと、ゲンさんはバツ悪気に顔をしかめてそっぽを向いていしまった。

「……まぁいいか。とりあえずコレ渡しとくぞ」

 慶一はゲンさんに巻きすを渡す。

「巻きすってことは、細巻きにするのか?」

「細巻きと手巻き両方用意するつもり。友達とか家族と分けて食べたい人もいるだろうしな。そこら辺は気を使った方がいいだろ?」

「気を使い過ぎな気もするけど、屋台で見慣れないもの売るんだし、確かにそれくらい気を使った方が食いつきがいいかもな」

「ゲンさんのお墨付きを貰えりゃ安心だな」

 慶一が薬味の入ったタッパーをずらし、調理できるスペースを作る。

 その一体を眺め、物足りなさそうな表情を浮かべたゲンさんが慶一に言った。

「肉はねぇのか?」

「肉? こんだけ薬味を用意をしたっていうのに肉使うのか?」

「ガッツリと食いたい奴も出てくるだろ」

「納豆でガッツリねぇ……。祭りでそんな奴いるか? まぁ、挽き肉くらいはあると思うけど」

 慶一は冷蔵庫を覗き、パックに入った合いびき肉を取り出しゲンさんに渡す。

「手巻きにするなら、肉団子……あと、肉味噌は合いそうだな。ちょっと台所借りるぞ」

 そう言うとゲンさんは手際良く調理を始めだした。静かになった台所に、再び包丁の小気味の良い音が響きだす。

 真剣な顔をして包丁を握るゲンさんの横顔を眺めながら、大和はしみじみとつぶやく。

「ゲンさんはすっかりワン子基準で考えだしたな」

「あっ、やっぱりそういうことなのか。一子も川神院の手伝いで買いに来る暇ないだろうに」

「オレのはただの勘だけどね。で、慶一はどうする?」

「さぁ……。いっそ一子の為にケバブ屋にでも鞍替えするか」

 慶一は両肘を曲げて手の平を上に向けると、コメディー俳優のように大げさにポーズをとった。

「今更そんなことしたら、燕先輩に怒られそうだな。それにしても、よくゲンさんが手伝ってくれたな。代行業で忙しいって言ってたのに」

「この間、宇佐美先生が迷惑かけた埋め合わせだとよ。宇佐美先生に直接借り返して貰うからいいって言ったんだけどな」

「ゲンさんそういうの気にするからね。優しいというか、義理堅いというか」

「不器用な生き方してるよな」

 慶一と大和が話し込んでいると、まな板に包丁が叩きつけられる強い音が響いた。

「おい、喋ってばかりいないで、お前らも手を動かせ」

 目尻を険しく吊り上げたゲンさんが二人を睨む。

「わりぃわりぃ、ちゃんとやるよ。とりあえず夏だし、さっぱりといってみるか」

 細切にしたきゅうりに軽く塩を振り、小口切りにしたミョウガと、細かく刻んだ大葉を納豆に混ぜ合わせる。

 長方形に切った海苔の左側にご飯を乗せて、その上に混ぜたものを乗せる。円錐になるように巻いていき、ご飯一粒を糊代わりに巻き終わりの部分につけて、海苔が剥がれないようにくっつければ完成だ。

 慶一は巻き終えたばかりの巻物を改めて見る。

「やっぱり手巻きの方が見栄えがいいな」

「なにが入ってるかもわかりやすいしね。オレのはどう?」

 大和が作ったのは、小ネギ、ちりめんじゃこ、ほぐしたカニカマを混ぜたものだった。

「色合いが綺麗だな。特にカニカマの赤が映えていい感じだ。後は味だな」

「味かぁ……。そうだよな。はい、ゲンさん」

 大和がゲンさんに向かって“あ”の形に口を広げて、まるで自分が食べるかのように口を開いて見せる。

「おい、なにしてんだテメェ……」

「なにって味見。ゲンさん手がふさがってるから」

「やめろ、気色悪りぃ。そういうのがしたんだったら、椎名にでもやってもらえ。」

「うぐっ! 未来が見える人選はやめてくれ。でも、とりあえず味を見てみてよ」

 大和は巻きすを広げて、その上に先ほど作った巻物を置いた。

 こんなやりとりを続けるのが阿呆臭くなったのか、ゲンさんはフライパンを振るっていた手を止めて、仕方なく観念して口に運ぶ。

「おっ、美味えじゃねぇか。ポン酢で和えたのか……。さっぱりしてていいな」

「へへっ、ゲンさんに褒められると自信がつくぜ」

「馬鹿言ってねぇで、他のも作れよ」

 

 

 そんな二人のやりとりを少し前から眺めている二人がいた。

「何故に大和君は彼にあんなに懐いているのだろうか」

「男心をくすぐるフェロモンでも出てるんですかね。もっとも女心もくすぐるタイプですけど」

「源君はとんでもないモテ男なんだね。……ところで前口君や」

「なんです? 松永先輩」

 慶一がそう言って横を見ると、口を尖らせた燕が立っていた。

「もちっと驚いてくれもいいんではないかね?」

「気配もなく現れる人って、川神にいっぱいいますから」

「今度は登場シーンを考えなければ……。それより、商品開発するなら私も呼んでよね。とりあえず追加納豆持ってきたよ」

 いつの間にか調理台の上には、ダンボールに箱詰めされた松永納豆が積まれていた。

「これだから松永先輩は呼ばないでおいたんですけど……。風鈴市までに腐りますよ?」

「まぁまぁ、余った分は川神院へおすそ分けってことで」

「本音はなんですか?」

「うわっ……。私の信用低すぎ……?」

 燕はわざとらしく口元を両手で押さえて、驚いた顔を見せる。

「どうせ“川神院の皆さんは、松永納豆を食べてこんなに強くなりました!”って宣伝が欲しいとかですよね?」

「バレテーラ」

「わかりやすいですからね。どうですこれ?」

 慶一はさっき作った巻物を燕に渡す。  

「うむ、グットだね。がはははって感じだよ。当日は売り子手伝うからねん」

「当然です。松永先輩目当ての客の分も勘定した作戦ですから」

「ちゃっかりしてるね。大和君は?」

「人数増えると、分け前減りますよ? 松永先輩の分から引いていいんだったら誘いますけど」

「そう言われると考えちゃうなー……」

 燕は腕を組み、悩むような素振りを見せている。

「まぁ、ファミリーは各々やること決まってますしね。大和は百代と警備するって言ってましたよ」

「ふむふむ。それじゃどっちみち無理かな」

「ずっと売り子する必要ないですし、途中で抜けても大丈夫ですよ」

「およ? 気を使われたかな」

 慶一はまな板の上を川神院周辺に見立てて、ぐるりと人差し指でなぞり進路を取る。

「最後にさり気なくでいいから、その辺の客を屋台まで誘導して歩いてくれればと思いまいしてね」

「と思ったら、黒い算段があったよ」

「最近ちょっと入用でしてね。なるべく元手は低く、売上高くですよ」

「納豆はこっちが用意するって話だったけど、お米はそっち持ちでしょ? 結構お金かかるんじゃない?」

「巻き寿司って、思ったよりもご飯使わないですから」

 そう言って慶一は、海苔の上にご飯を乗せる。長方形に切られた海苔の左半分に、軽く一握り程度のご飯でいい。左側全部にご飯を引き詰めると、巻いた時に太くなりすぎて食べづらくなる。

「確かに。おにぎりよりも全然少ないね」

「特に手巻きだと、具が多いほうが見栄えがいいでしょう? 刺し身とかだったら金が掛かりますけど、主は納豆ですからね。薬味を付けても安いもんですよ」

「主は納豆。良い言葉だね」

 燕は左手で器を作り、右手で混ぜる動作をした。

「川神院で変な宗教普及しないでくださいよ」

「日本には八百万の神がいるんだから、一人くらい引退するかもしれないから大丈夫だよ」

「嫌な世代交代ですね」

 慶一が苦笑いを浮かべていると、ゲンさんに感想を貰った大和が戻ってきた。

「慶一ぃ。ゲンさんが小ネギよりも玉ねぎのスライスを入れたほうが、食感が面白いかもって」

「なんでゲンさんの前だと、大和は精神年齢低くなる時があるのかねぇ」

 親に学校で習ったことを報告するみたいに、期待に満ちた顔をして寄って来るので、慶一は思わず大和の頭に手を乗せていた。

「年上に可愛がられるために生まれてきたような子だし、自然とそうやってトレーニングしてるのかもね」

 そう言った燕は、慶一の手を払いのけると大和の頭を撫でだした。

「あれ……。燕先輩がなんでここに? あと、なぜ頭を?」

「いいからいいから、そのまま…そのまま……」

「お前ら……早く商品開発しろよ」

 ゲンさんは調理台に腕をついて項垂れていた。

 

 

 

 

 




本来なら風鈴市は七月中旬のイベントですが、夏休みのイベントとして書いてます。

ちなみに自分は祭りで納豆巻きの屋台が出ても絶対に買いません。
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