秋風が落ち葉を掃き散らかしていく。赤に黄色に交じり合った絨毯を誰かが踏み鳴らす度に、乾いた音が砕けた。
砕けた葉を照らす柔らかな日差しは、二人の影を前方に長く伸ばす。
「すっかり秋ねー」
「ついこの間まで、暑い暑い言ってたのにな」
慶一が正式にファミリーに加入してから、ひとつの季節が過ぎていた。高々とそびえ立っていた入道雲も、今では薄い雲が空に張り付いているだけで、どこか寂しく見える。そんな風景も一人の少女の声で明るく和らいでいく。
「サンマー! 秋鮭ー! 新米ー! ……お腹が減ってきたわぁ」
「秋ナスに栗にサツマイモ。一子じゃなくても食欲の秋だよな」
「お弁当の鮭ご飯美味しかったわぁ。いつもありがとね、慶一!」
「朝に筋子もほぐして漬けといたからな、夜にはイクラも食えるぞ」
風が吹くたびに、軽くなった葉が枝から放れようと揺れている。それが、命ある限り大木へとしがみつき永らえているように見えるか、新しい季節へ向けて飛び立とうしているように見えるかは、その日の気分しだいだ。
いっそう強く風が吹くと、ひらひらと二人の目の前に葉が落ちてきた。一子が正拳突きのように腕を突き出し、その葉を空中で捉えた。
「私はスポーツの秋でもあるわね!」
「スポーツの秋と言うか、スポーツの人生と言うか。毎日たらふく食って、たくさん体を動かしてるような……」
「失礼ね! 他にもちゃんとやってるわよ! 慶一こそ折角だし一緒に鍛錬してみない?」
「じじいに川神院の鍛錬はきつすぎるのじゃ。秋は、のんびり虫の声を聞いて過ごすにかぎるのう」
わざとらしい程おおきく前屈みになり、腰の中心を右の手でトントンと叩く。
「おおう……。普段じじくさいって言われたら怒るのに、こういう時は利用するのね」
だらしないわよと言い、シャドーボクシングの真似事をし挑発をする。ひとつ動作をする度に舞い踊る落ち葉が風に流される。そのうちの数枚が一子の頭にふわりと着地した。
それを見た慶一は頭を撫でるように枯葉を優しく手で払いのける。
髪の流れに沿って撫でると、それにつられるように一子も笑った。
一子が油断してるところに空いた腕を首に巻きつける。首を絞めるのではなく、ただ添えるだけ。形だけのチョークスリーパーをする。
「反則よ! それはプロレス技だわ!」
「弱者の知恵と言ってくれ」
急にバランスを崩して倒れないように注意しながら体重を一子の前方に預けていく。木枯らしで少し冷えた体も一子の体温を感じて少し温まっていく。
「う、うう……。重いわ…」
「新潟には、おばりよんって呼ばれる妖怪がいるらしい」
「それがなんなのよ!」
「背中におぶさってきて、どんどん重くなっていく妖怪らしいが、そのまま家に帰ると大量のお金に変わるらしいぞ」
「おぶさるってよりも、押しつぶされそうだわ」
慶一は一子の首に回していた腕を放し、両手を肩に置いておぶさる。
いきなり体勢が変わったことにより少し足元がおぼつかなかったが、軽く踏ん張りすぐに体勢を立て直していた。
「このまま秘密基地まで、ハイヨー、シルバー!」
「合点承知之助よ!」
落ち葉を蹴り上げながら、自分の影に追いつくように速度を上げていった。
騒がしい二人とは違い、秘密基地ではまったりとした空気が流れている。
ズズっとコーヒーを飲む音や本を捲る音が部屋に響く。そんな空気に耐え切れない百代が、お決まりの相手に絡みだしていた。
「あー……。暇だぞー。かまえよー大和ー」
「クリハンでもやる?」
読みかけの本を閉じ、鞄から携帯ゲーム機を取り出して百代に見せた。
「あれか、んー。いや……。なかなかおもしろいかもな」
百代はなにか思いつくと、素早く大和の背後を取り羽交い絞めにする。
「リアルクリハンだ。捕獲した獲物からは素材を剥ぎ取らないとな」
「……クリハン協力プレイが定石。私は前から剥ぎ取ることにしよう」
今まで本に集中していた京も、ここぞとばかりに参加し大和のベルトを外していく。
「助けてー! 誰か助けてー!」
暴れれば暴れるほど拘束は強くなっていき、服は乱れていく。京がベルトを外し終わり、ズボンのボタンに手をかけたところで扉が開いた。
「前口慶一参上ォ!」
「川神一子参上よ!」
勢い良く部屋に入ってきた二人だが、目の前の光景に目を丸くする。そんな二人とは対照的にいそいそとズボンを下ろそうとする京とニヤニヤとしている百代。
「一人一時間と計算して、二時間か……。おごるから飯でも食いにいくか」
「ごはん!? さぁ、行くわよ!」
「ちょっとちょっと! おふたりさーん!」
「冗談だよ」
慶一が京を引き剥がし、一子が百代にじゃれ付くことで大和が開放された。本気で逃げようとしていたからか、大和の額には汗が浮かんでいた。
「姉さん! 京が止まらなくなったら、どうするつもりだったんだよ」
「そしたら、力技でとめてやるさ。それに、ワン子と慶一の近づいてくる気配も感じてたからな」
さすがに京を暴走させるつもりはなく、慶一と一子が来るまでの間だけ大和いじりをする予定だったらしい。
「新婚性活を邪魔された…」
「いくら新婚とは言え、二人相手とは大和は絶倫だな」
「色々と突っ込みたいけど、助けてもらった身としては強く突っ込めない……」
「私がいるのに慶一に突っ込みたいなんて……。ありかも……」
「大和にはキャップがいるだろう」
「大和を取り合うキャップと慶一というのも……なかなか!」
グッと胸の前で握りこぶしを作っていた。
「京には男同士の友情は全部ボーイズに見えるらしいな。ガクトの万年色ボケ思考といい勝負な気がしてきた」
想像で悶えてる京を放っておき、慶一は読みかけの本を手に取る。椅子に座りパラパラとページを捲り、読み終えたページをおぼろげに探す。
見覚えのあるダッチオーブンの写真を見かけ、次のページを捲ってみる。丸く手のひらサイズのパンがダッチオーブンいっぱいに敷き詰められた写真が掲載されていた。上から撮っているので全容はわからないが、やわらかくてふわふわしていそうな白パンに、こんがりパリパリのきつね色の焦げ目、少し形が崩れたパンは手作りの美味しさを表していた。
コンビニやスーパーで売っているパンを見て想像すると、機械的で流れ作業。科学の実験をしているような白づくめ作業着を着てベルトコンベアの前に立っている従業員が浮かんでしまう。もちろん、コンビニのパンは嫌いではないし、良く買って食べる。ただ、店にいるだけで胃の中にまで入ってくる焼きたてのパンの匂いには勝てないのだ。
雑誌などでパン屋の紹介の写真を見ると、ひとつひとつ形が違い焼き色が黄金に輝いているように見え、トレイを片手にトングで品定めをしている楽しさも伝わってくる。
「違うだろー。オマエまで本を読んでどうするんだよー」
空想の味と匂いに浸っている慶一を現実に引き戻した声の主は、不満げに口を尖らしている。
他のファミリーを見回すと、大和と京は再び本を読んでおり、現在この秘密基地にいる中で唯一本を読まないであろう一子は大和の隣で寝息をたてていた。
「それは大和の役目だろ」
慶一も再び読みかけの本に目を向ける。
チーズにスパム、くるみなどが入っている物もなかなか食欲を誘う。焼き終えてから切ってはさむよりも、混ぜ込んでから焼いたほうが美味そうだ。
慶一の視界が突然埋まり、柔らかな感触が太ももに広がった。
「こうすれば本は読めないだろ? もう、美少女にかまうしか選択肢はないぞ」
器用に本と慶一の間に入り込み、胸に背中を預けて胡坐の上に腰をおろしていた。
何気なく慶一が腕を回すと腰骨が二の腕に当たった。丸みを帯びた、なだらかに広がる腰が、武神のイメージとは全くかけ離れていると感じる程に華奢な腰だった。
「この細い身体のどこに筋肉が詰まってるか不思議だよ」
「触るなよ。くすぐったいだろー」
「なんかこの瞬間、世界で一番幸せな気がしてきた」
「お? 珍しく素直じゃないか。私の魅力にやられたか?」
「どうせなら、もっと寒くなってから改めてお願いしたいかな」
「私は湯たんぽ代わりか!」
「いや、湯たんぽ代わり代わりだな。一子の方が体温高いし」
この季節、外は肌寒く感じるが建物の中に入ってしまえば結構な暖かさを感じる。二人の体温のせいもあって薄っすら汗がにじむ。
石鹸とシャンプーの匂いが交じり合ったような独特の甘い匂いが鼻翼をくすぐる。
「また、ワン子とイチャイチャするのか。あれは私のだぞー」
「一子に大和に独占欲強すぎじゃないか?」
「可愛い妹に弟なんだ当たり前だろ」
「モモの相手もそうだけど、大和と一子の恋人になる相手は大変だな」
「人のことより自分の心配をしたらどうだ?」
「モモが女漁りをやめたら、多少はこっちの網にかかると思うんだけどな」
「私に負けないくらいの魅力を身に付ければいい。美味そうじゃなければ魚もやってこないだろ」
「おいしそうねぇ……。弁当屋でも始めるか」
左手を軽く丸め、右手を包丁を扱うように上下に数回軽く動かす。
「そういうことじゃないと言いたいが、オマエの料理の腕は馬鹿に出来ないからなー」
「まぁ、四六時中モモや京にべったりされてる大和よりはチャンスがありそうだな」
(ご愁傷様)右の掌と左の掌を合わせ静かに目を閉じる。
「目の前で手を合わせるなよ。嫌味か!」
「体勢を考えろよ。オレの上に座ってる限り他にどうしようもないだろ」
「私の身体に回してる腕を解けばいいだろ」
「これは役得だから――」
「だいたい――」
大和はページを捲る雑音を楽しんでいた静かな時間を懐かしみ、徐々に声が大きくなる二人を耳にしていた。一度途切れた集中を取り戻そうと体勢を変えたり、お菓子を口に入れたりするが効果はなく、手持ち無沙汰に目を泳がしている。
「ハムチーズなんて美味しそうな名前をしている犬には負けないわよー!」
(それ、マルチーズな!)
夢の中でマルチーズと一戦を繰り広げている一子に大和は心の中でつっこんだ。それをクッションにして雑音を消し、再び本の世界へと入っていった。