真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十話

 子供連れの女性客が屋台の前で立ち止まって物珍しげに眺めると、子供に話し掛ける。

「納豆巻きだって、おもしろいねー」

「そうでしょう。みょうがとか大葉を混ぜると、さっぱりして美味しいですよ」

「でも、うちの子クセのある野菜が苦手なんですよね」

 母親は少し難色を示して、買うかどうかを決め倦ねている。

 そんな様子を見た慶一は直ぐに話を続ける。会話が途切れてしまい間が出来ると、屋台から離れていってしまう可能性があるからだ。

「甘い卵焼きとレタスとかどうですか? 子供が好きな味で食べやすいと思いますよ。今日はよく子供連れの人がトッピングに入れて買ってきましたし」

「そういうのも出来るんですか?」

「納豆だけのシンプルなのも出来ますけどね。三種類までのトッピングなら一律百円なんで、トッピングした方がお得ですね。たまには一味違った納豆なんてのもいいと思いますよ」

 慶一は屋台から少し身体を出して、トッピングが書かれているメニュー表を指でさすと、隣の子供には聞こえないくらいの小声で話を続ける。

「安いしお腹にたまるから、子供に余計なもの買って財布が軽くなる心配が減りますよ」

「あはは、それはいいですね」

 笑い合ってる二人を見て、子供が母親のシャツの裾を引っ張った。

「ねーねー、なんのお話してるの?」

「大人の話だからいいの。それよりどれ食べたい?」

 親子は少し話した後、慶一が提案した卵焼き入りの手巻きと、梅と大葉の手巻き。それに、分けて食べるれるようにと、沢庵とオクラの細巻を買っていた。

 去り際に子供が振り向き、大人の思惑なんてものを知らずに笑顔で手を振り、お礼を言いながら歩いて行く。

 慶一もそれに対して手を振り返した。

「お見事」

 客が屋台から離れるのを確認すると、燕は小さく手を叩いて言った。

「押し売りよりも、選択肢を与えた方が買いやすい場合もあるってことですね」

「ありゃりゃ、なんか耳が痛いよ。それにしても結構売れるもんだね」

「まぁ、今回限りでしょうけどね」

「そうなの? 結構売れ行きがいいから別のイベントでもイケそうな気がしたけど」

 燕は後ろの丸椅子に腰掛けると少し疲れた顔を見せたが、直ぐにいつもの笑顔に戻っていた。

「一回食べて味がわかれば、家で作れますからね。物珍しさで買うのは一度限りの客が多いですし」

「そっか松永納豆を普及させるには、地道にいくしかないかなー」

「歌まで出しておいて地道もないと思いますけど」

「ノンノン。そこに行き着くまでが地道だったんだよ」

 燕は人差し指を立てると左右に振った。

「まぁ、関西で納豆を売るってだけで大変そうですもんね」

「最近は関西でも納豆の消費量が増えてきてるんだよ。それに乗っかったら大当たり。おとんが株に失敗した時はどうしようかと思ったけどね」

「おとんって、あの人か……」

「前口君も、今度おとんに会った時は甘やかさないように! それよりお客が途絶えちゃったね」

 燕の言うとおり、話し込んでていても問題がないくらい客が来なくなっていた。慶一の屋台が繁盛していないわけではなく、通り一帯が派手な屋台に反比例するように簡素になってしまっている。

「夕方から18金製の風鈴特集やるって、テレビの取材入ってますからね。みんな野次馬に向かってるんでしょう。少し早いけど客も途切れてますし、ご飯も無くなってきたし、屋台畳むんで行ってきていいですよ」

「では、さりげなぁ~くテレビに映って、松永納豆の宣伝でもしてこうようかな。納豆巻き少しもらってくねん」

 燕は手早くパックに納豆巻きを詰めると、遠くの人混みに向かって歩いていった。

 慶一はしゃがみこんで、下の戸棚に入れていたトッピング用のタッパを取り出し、屋台を畳む準備を始める。

 風鈴市の期間中は、合わせて各所巡りのウォークラリーもやっているので、子供連れのお客が予定より多かった。明日からは卵焼きは少し多めに仕込んでおいた方がいいかもしれない。

 ウォークラリーの受付は川崎駅前で、朝の九時から受け付けている。川神院でやっている風鈴市は十時から。朝一から始めたとしても、十時までは風鈴市は開催していないので川神院を後回しにする人が多い。必然的に川神院に来る人はお昼頃になるのが多かった。

 去年は川神院の手伝いをして裏方に回っていたので気にも留めてなかったが、昼間の川神院はお腹を空かせた客が多い。

 屋台の匂いにつられて、ここでお腹を満たそうとする人が結構いるので、屋台一帯は賑わっていた。歩くと思いの外お腹が減るのでご飯物を食べたいのと、物珍しさもあって納豆巻きは屋台は繁盛したわけだった。売り子に美人がいたので、それに癒やされるのを目的の人もいただろう。

 何はともあれ、慶一にとっては嬉しい誤算だった。

 慶一が人気のあったトッピングを加味して、明日の仕込みの量を考えていると、突然人影に浸された。

「納豆巻きくださないなっと」

「すいません。今日の分は終わりなんですよ」

 慶一が顔を向けると、片手を上げた弁慶が立っていた。

 弁慶は慶一と視線が合うと、上げていた手を少し動かし「ちーっす」と挨拶をする。

「おう、終業式以来だな。どうせなら昼間に来れば良かったのに」

「昼間は暑いからね。涼しい夕方に来たんだよ」

「年寄り臭いやつだなぁ」

「慶一には言われたくないよ」

 そう言うと弁慶は屋台の中に入ってきて、畳んであった丸椅子を開き腰掛ける。

「今は、片付けの最中なんだけど」

「いやー、西日がキツくてね。私のことは気にしなくていいよ。どぞ、続けて続けて」

「邪魔さえしなけりゃ、片付け終わるまでは居てくれていいけど。今日は一人なのか?」

「主と与一はテレビの取材を見に行ったよ。私は人混みが苦手だからね。慶一も飲むかい?」

 トクトクっと水を注ぐ音が聞える。弁慶は慶一が川神水を飲まないことを知っているので、本題がそれじゃないことは直ぐに分かった。

「まぁ、オレも人混みを歩くのは苦手だから、気持ちはわかるよ。ほれ」

 慶一は、カイワレ、大葉、ミョウガをオイスターソースで和えたものを、パックに入れて割り箸と一緒に弁慶に渡した。

「おぉ、これこれ。催促したみたいで悪いねぇ」

「どっちにしろ明日に使い回しできない食材だからな。食ってもらった方が助かるよ」

「いい配慮だね。慶一は私専属の執事になれるよ」

「弁慶の執事になったら川神水取り上げるけどな。面倒事減らすためにも」

 慶一は空になったタッパーを重ね終えると、台を拭きながら弁慶に釘を刺す。

「私の自己紹介聞いてなかったのかい? 川神水を飲まないと、生まれたての仔鹿のように震える体質なんだよ」

「その時は寝てたからな。つーか、生命の神秘と呑兵衛の依存症を一緒にするなよ」

「大して変わらないよ。どっちも可愛いでしょ」

「早くも酩酊してるなぁ……。男子に人気あるのは間違いないけど」

「こんなめんどくさがりが人気なんて、男子はわからないねぇ」

 弁慶はクイッと杯の川神水を飲み干し、唇の端についた水滴を指で拭くと、少し眉を八の字曲げて疑問の表情を浮かべた。

「自分の魅力に気付いてないところが魅力なんじゃねぇのか?」

「ふふふ……。口説かれちゃった」

「……勘弁してくれ、酔っぱらい」

 

 

 気付けば西日も色濃くなり、様々な風鈴が風に誘われて思い思いに音色を奏でている。

 忙しく片付けを続ける慶一の後ろでは、相変わらず弁慶が川神水を飲んでまったりとしていた。

 一度手を止めて凝った肩を回す。慶一がストレッチをしていると、パックを割り箸で叩く音が響いた。

 その音に慶一が振り返ると、弁慶は口を開く。

「夏休みになりました」

「そうだな、もう結構経ってるけど」

 弁慶からパックを受け取りながら慶一は答えた。

「そろそろ、釣った魚に餌をあげないと死んじゃうとは思わないのか?」

「コマセを撒いて寄ってきただけの魚を、釣ったとは言わんよ」

 慶一はタッパーから細切りの沢庵を取り出すと、同じく細切りのキュウリと合わせて白胡麻をふりかける。それをパックに入れると弁慶に渡した。

「それじゃ、私が安い女みたいじゃないか」

「結構高くついてると思うけどな。いっそ与一に作らせてみたらどうだ?」

「ふむ、それはいい考えかもしれない。今から与一を調教しておけば、お酒が飲める年になる頃には、こういう憎い一手間をするようになるかも」

「そりゃ、文字通り憎まれるだけだろ」

「料理が出来て損することはないし、感謝されるって」

 自分の考えに満更でもない顔で頷く弁慶に慶一は呆れ顔を向けるが、本人は気にせず川神水を飲んでいる。

「暇そうで羨ましいこって」

「それが、そうでもないんだよ。夏休みに入ってからは、社会勉強のためにバイトさせられるしね」

「普段の弁慶からは、バイトしてる姿が想像できないな」

「まぁ、九鬼ビルの近くのBARだから、楽しくやってるんだけどね」

 九鬼ビルの近くのBARは、あずみやステイシーなどのメイド、ヒュームやクラウディオなどの執事などが良く利用している。

「未成年がBARでバイトか……。九鬼も目が届きやすいところに置いときたいんだろうな。そう考えると弁慶も意外に大変なもんだ」

「意外じゃないでしょ。学年三位にいるためには勉強しないといけないし、九鬼での鍛錬もあるし、こう見えて結構多忙なんだよ。だから、私がだらけるのは必然なことなのさ」

「最後の一言を言わなければ、素直に賛同できるのになぁ……」

 後片付けも終わり、やることがなくなった慶一は静かに椅子に腰掛けて弁慶の話を聞いていた。

「弁慶おまたせ!」

 義経が駆け足でこちらに向かってくる。その後ろではポケットに手を入れて、気だるそうに歩く与一の姿が見えた。

「義経がこっちに来たってことは、テレビの取材も終わったのか?」

「18金製の風鈴の取材は終わっていたが、今は納豆小町の納豆ソングのカラオケ大会が始まっていたぞ。テレビとは筋書きのない物語なんだな。義経はまた一つ覚えたぞ」

「なにやってんだあの人は……」

 燕はさり気なくどころか、ガッツリと松永納豆の宣伝を始めているらしい。明日の食材の用意を、宣伝効果も考えて計算し直した方がよさそうだ。

 慶一が余計な仕事が増えたことによって頭を抱えていると、義経が肩をつついた。

「前口君。弁慶の面倒見てくれてありがとう」

「あぁ、弁慶のことなら、喋る野良犬がいるみたいなもんだから気にしなくていいぞ」

「それはちょっと私を落とし過ぎじゃないか」

「「かまって、かまってー」「おなかへったよー」犬が喋ったらこんな感じだろ? たいして変わらないと思うぞ」

 恨めしげに慶一に視線を向ける弁慶に、慶一は呆れたといった風に肩をすぼめて答える。

「姉御は犬なんて可愛いもんじゃないだろ。ケルベロスって言ったほうがしっくり――ぐはぁっ!」

 与一がもんどりを打って倒れたかと思うと、弁慶の錫杖の柄の先が与一の顎を捉えていた。

 その姿を見た義経が慌てて与一のもとに駆け寄っていった。

「よ、与一!?」

「無茶するなぁ……。それ鉄だろ?」

「絶妙の力加減で怪我はさせてないから大丈夫」

 弁慶は川神水で赤くなった顔に笑顔を浮かべると、新たにひょうたんから川神水を杯に注ぐ。

「錫杖って一般的には煩悩を除去する効果があるって言われてんじゃないのか?」

「煩悩は消し去るのは、除夜の鐘に任せたよ。だから新年を迎えるまでは川神水を止めることはないよ」

「新年は新年で飲むくせに」

「もち」

 そう宣言した弁慶は、ふらふらと心許ない足取りで義経の元まで歩いて胸を背中に押し付ける。

「弁慶はなんで、義経におぶさるんだ?」

「疲れて歩けないから」

「弁慶は酔っ払って歩けないのだと思うが……」

「ふふふ、そうとも言う」

 弁慶は義経に頬擦りしながら、背中にぴたりと張り付いていく。義経は動きづらそうに立ち上がる。

「それじゃ、義経達はもう帰るぞ。バイバイだ前口君」

 慶一が「気をつけてな」と声をかけると、義経が振り返ってブンブンと手を振る。弁慶の重みでバランスを取るのが難しいのか、少しよろついていた。

 二人の姿はゆっくりと夕焼けに消えていった。

 

 

「弁慶はずっとここにいたけど、なにしに風鈴市に来たんだ?」

「……さぁな」

「なぁ、与一……。オマエの存在忘れられてるけど、オレが九鬼まで送ってやろうか?」

「余計なお世話だ!」

 

 

 

 

 

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