真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十一話

 風鈴市が始まって三日目の夜。慶一の部屋には、屋台でバイトをしていたガクトが来ていた。テーブル上には、パックに入った売れ残りのお好み焼きが積まれている。

「あー、全然売れねぇ……」

 座布団の上に胡座をかいたガクトはテーブルに箸を置くと、そう言ってテーブルに突っ伏していた。

「オレのとこは上々だけどな」

「慶一のとこは納豆小町がいるんだから、売れるのは当たり前だろ」

「まぁ、否定はしない」

 慶一もお好み焼きを口に運ぶ。

 カリカリに焼かれた豚バラ、シャキシャキとしたキャベツ。魚介の出汁が効いた上品な味の生地に、紅ショウガの甘みが混じった酸味が良いアクセントを効かせている。桜えびの香ばしさと濃いソースのおかげで、物足りないということはなくガッツリとした味に仕上がっていた。

 美味しいことは美味しいのだが、冷めたお好み焼きはどこか寂しい味に感じる。

「やっぱり筋肉焼きって名前がまずかったか」

「それもあるだろうな。筋肉とお好み焼き関係ないし」

「これを食えば、オレ様見たいに筋肉がつくって煽り文句のつもりだったんだが」

「相撲取りがちゃんこ鍋作るってのは美味そうに見えるし、あながち間違いじゃないかもな。いっそバーベキューにでも変えりゃいいんじゃねぇの?」

 ガクトの相談に、慶一は適当な案を出していた。

 箸で切ると、キャベツが邪魔をしてボロボロになっていくお好み焼きに悪戦苦闘していたからだ。冷えると生地も硬くなり、浮いた脂で豚バラ肉も剥がれやすくなっている。

「勝手に売りもん変えたら、雇い主に怒られちまうじゃねぇか! 頼むぜ慶一。儲かった分で演劇部に言ってるモロに奢るって約束しちまったんだから」

 慶一はソースの味に染まった口の中をお茶で流すと、少し考えてから口を開いた。 

「モロで思いついたけど、コスプレって手もあるな」

「おいおい、オレ様に女になれって言うのか? そんな趣味はねぇぞ」

「別に女装しろってわけじゃねぇよ。祭りなんて雰囲気で売ってなんぼの商売だし、形から入るのも悪く無いだろ」

「だいたい、お好み焼きを売る衣装ってなんてあるのかよ」

「定番は作務衣だろうな。店と違って屋台は調理する所が丸見えだし、そこを逆手に取って雰囲気のある服装で人目を引くとかもあるな」

 慶一はノートパソコンを立ち上げてウェブブラウザを開くと、検索ワードに“作務衣”と入力して、出てきた画像をガクトに見せる。

「こんなの着たら、オレ様の筋肉が目立たねぇじゃねぇか。却下だ。せっかく慶一に相談してるんだ、もっとこう料理方面でアドバイスないのかよ」 

「そもそも、お好み焼きってのがなぁ……」

 腕を組んで考えこんでしまった慶一に、ガクトは心配そうに話しかける。

「問題あるか? 祭りと言ったら定番だろ?」

「定番すぎるんだよな。広島風お好み焼き、モダン焼き、はしまき。名前は違っても同じような粉物がいっぱいあるから、お好み焼き目的の客がバラけやすいんだよ」

「そういうことはバイト始める前に言ってくれっつーの!」

「とりあえず餅を絵に書くよりも、実際に餅をついてみるか」

 慶一は立ち上がると、ガクトに付いて来いと手で合図をして部屋を出た。

 調理場についた二人は、さっそくお好み焼きを作り始めた。冷蔵庫からお好み焼きの材料を用意をすると、熱したフライパンで生地を焼いて材料を乗せていく。

「食べ物を売るにはコツが三つある。まずは匂いだな。これは祭りって時点で他の店と混ざるから気にしてもしょうがない」

「たしかにそうだ。お好み焼き焼いてても、隣の焼き鳥の匂いがしてくるくらいだもんな」

 慶一はフライパンの開いたスペースに卵を割って焼くと、ヘラを滑らせてお好み焼きの上にのせた。

「二つ目は見た目だ。目玉焼きが表に見えてるだけで美味そうだろ?」

「おぉ! さすが慶一だ!」

「まぁ、これは広島風お好み焼きとかでも使い古されてる手だな。屋台の定番と言ってもいいくらい浸透してるし」

「……長ったらしく勿体ぶらなくていいから、早く本題に入ってくれって。じゃないと、オレ様の筋肉が自分でも制御できなくなりそうだぜ」

 目を輝かせていたガクトは、あっという間に引きつった顔に変わり、腕に力こぶを作り慶一を威嚇していた。

「与一みたいなこと言うなよ。こういうのはお約束だろ。最後は、自分の店の希少性を上げるってことだな」

「希少性って、慶一も自分でお好み焼きは定番過ぎるって言ってたじゃねぇか」

「屋台のお好み焼きって量重視で一種類のものを売ってるからな。こっちは種類で勝負をする」

「でも、材料は増やせねぇぞ」

「まぁ、まかしとけ。祭りの気分に酔えば、見てくれだけも変化させれば客の足は止まるって」

 慶一は具なしのお好み焼きの片面を焼くと、立て一列にネギ、豚バラ肉、桜えび、キャベツと分けてストライプ模様のように並べるて、裏返してもう片面を焼く。

 焼きあがると、食材ごとに分けるようにヘラで縦に切る。縦に切ったものを。食べやすいように一口サイズに四角く切ってパックに詰める。

「これで1つ分の値段で四種類のお好み焼きとして売れるわけだ」

「これ……結局は入ってるもの同じだし、詐欺にならねぇか?」

「本当はイカとかエビとか豚肉で分けた方がいいんだけど、それは出来ないんだろ? 付け焼き刃としては十分だと思うぞ」

「一パックに四種類あるにしても、キャベツだけってのはなぁ……。客になんか言われたら、オレ様じゃ言い訳できねぇよ」

「ねぎ焼きだってあるんだから、キャベツだけってのも有りだろ。「ヘルシーですよ」って魔法の言葉でも使って誤魔化しとけよ」

 慶一はガクトの質問に答えていくが、今まで売れなていないことによって、不安に襲われているガクトの疑問はまだ続いた。

「あと、一口サイズに切る意味あるか? いくらオレ様でも焼く度に切るのは疲れるぜ」

「祭りみたいに座って落ち着いて食べられない場所で、パックを持って箸で切るのは大変だろ? 最初から格子状に切ってあると食べやすいし、分けやすいから金のない学生も買いやすいと思うぞ。それに、切るときに筋肉のアピールにもなっていいじゃねぇか」

「オレ様的には、もっと全面に筋肉アピールを入れていきたいが、贅沢も言ってられねぇか」

「まぁ、なんでもいいから、とりあえず焼いてみろって」

 慶一はガス台から離れると、ガクトに生地の入ったボウルを渡した。

「むむ……。こうか?」

 ガクトが焼いているお好み焼きは、性格に似合わず生地からはみ出さないように綺麗に材料を並べてた。

「それじゃ、量が少ないな。はみ出すくらいでいいんだよ。ケチって焼いてるところを見せたら、客も冷めるからな」

「確かに、オレ様少し日和ってたぜ。やっぱ豪快なのが一番ってだな」

 ガクトは豪快に材料を並べていく。生地からはみ出した豚バラの脂が、フライパンの上で豪快に音を立てだす。

「豚バラはそんなに乗せたらダメだって」

「なんでだ? 派手にいくとしたら肉もこんなもんでいいんじゃねぇか?」

「お好み焼きみたいな平面的な食べ物は、肉をてんこ盛りにするより、桜えびとかネギを多くしたほうが派手に見えるんだよ。それに肉ばっか使うと、お好み焼き一つの材料費がオーバーするだろ」

「料理ってやつも、結構面倒くさいんだな。儲けるためだ。慶一の言うとおりにするか」

 屋台で三日もやれば慣れたのか、ガクトのヘラ裁きはなかなか様になっていた。

「筋肉焼きの煽り文句をやめれば、普通の売上になると思うけどな」

「だから、そこは譲れねぇっつーの!」

 それからしばらく、ガクトが焼き方のコツを覚えるまで続けられた。光明が見えたと思われたが、ガクトは渋い顔を浮かべると腕を組んで話しだす。

「この焼き方も覚えていい感じだけどよ。やはり、筋肉焼きと煽るには物足りないぜ」

「これ以外になると、ジャンボお好み焼きにして10分以内に食べたら賞金つけるくらいしかないだろ」

「いや、やり方はこのままで、なんとか食材増やしてもらえるように雇い主に掛けあってみるぜ」

「その方が栄養満点だし、筋肉焼きって銘打っても違和感ないだろうな」

 慶一は玄関までガクトを送った後、食材を増やせるなら普通に焼くだけでいいのではないかという考えが頭をよぎったが、ここまでの苦労が無駄になると悟る前にそっと片隅に追いやることにした。

 

 

 慶一が部屋に戻ると、慶一のシャツを寝巻き代わりに着た百代が、布団を引っ張りだして枕代わりに寛いでいた。

「ガクトは帰ったのか?」

「やる気出して帰っていったよ。それより、最近オレの部屋に居ることのほうが多いんじゃないか?」

 慶一はテレビをつけて、適当な番組にチャンネルを回しながら言った。

「言われてみれば、夜は一緒に寝てるし、ほとんどここにいるな」

 慶一の部屋には、少しずつ百代の私物が増えていた。百代がよく見ているカタログ雑誌やお気入りのティーカップなど、部屋で過ごすのに必要な物が慶一の物に混ざって並べられている。

「おかげで宝箱になっちまったな」

 慶一は洋服ダンスの上から二番目の引き出しを指して言った。ここには百代の服がしまってある。慶一が宝箱と称したのはパンツやブラなどの下着類もそこにしまってあるからだ。

「ドキドキハプニングが出来て嬉しいだろ?」

「百代は黒の下着が好きってことはわかった」

「黒は美少女をより美しく見せるんだぞ」

「宅急便のバイトでもするのか?」

 慶一が電気ケトルでお湯を沸かし紅茶を淹れると、百代は起き上がり慶一の隣に腰を下ろす。

「届けるといえば、今日は迷子が多かったな。見慣れない風鈴に興味を引かれて、親からはぐれるんだろうな」

「好奇心がある子供は迷子になりやすいもんな。面白いもの見つけると、それ以外周りが見えなくなることもあるし」

「その言い草は、身に覚えがあるのか?」

 百代はティーカップをテーブルに置くと、興味ありげに肩を寄せてきた。

「子供の頃に百代と出会ったのも、好奇心からだったからな」

「美少女がいるって噂は広がるからなぁ」

「いや、新品のマウンテンバイク買ってもらったら、隣の県まで楽に行けると思ってな。結局それが隣り町だって知った時は、子供の行動範囲の狭さに驚いたもんだ」

「小学生と中学生じゃ、遊ぶ場所もずいぶん変わるもんな。キャップなんかはどんどん行動範囲が広がっていったから、皆で探しに行ったことが何度もあったぞ」

 楽しそうに笑って話す百代を見るだけで、当時の様子を鮮明に想像することができた。

「一子も迷子になりそうなタイプだけど、どうだったんだ?」

「ワン子は結構大和にべったりだったからなぁ。一回だけ、匂いにつられてタコ焼きの移動屋台に付いて行って迷子になってたな」 

「なはは、一子らしい理由だ。でも、タコ焼きとかの粉物の匂いって結構するもんな」

 慶一が自分の服についたお好み焼きの匂いを嗅いでいると、百代も肩口に鼻を近づけてきた。

「最近はずっとこの匂い嗅いでる気がする」

「屋台にいると、自分が作ってなくても匂いが移るからな。納豆の匂いが染みこむよりはマシだろ」

「そうなったら今後の付き合いを考えるな……」

 いかにも嫌そうな顔を一度慶一に向けた百代は、そのままの表情で身体を倒して床に寝転がった。

「あれだけ納豆に生きてる松永先輩から納豆の匂いがしないんだし、その心配はないと思うけどな」

「燕は良い匂いするもんな。こう、ふんわり甘い感じがたまらん!」

 百代は寝転がったまま、自分で自分を抱きしめるように肩に腕を回して悶え始めると、テーブルに置かれた紅茶が波を打つように揺れる。

 慶一が頭を撫でるように押さえると百代の動きは止まり、テーブルの上のティーカップも静けさを取り戻す。

「マドレーヌでも作って、ふんわり甘いのに対抗するか」

「料理の匂いが服につくって話してるのに、料理を増やしたら意味ないだろ」

「一日中料理を作るせいか、誰かさんが寝巻き代わりにオレのシャツを着るせいか、オレの洗濯物は最近増えっぱなしだ」

「前はダボダボ感がワンピみたいでセクシーだって言ってたじゃないか」

 百代は緩んでいるシャツの襟を引っ張り、胸元を強調しながら言った。

「あの時は脱ぐ直前だったから」

「それじゃ……。今夜も脱ぐか?」

 起き上がった百代が慶一の耳にそっと息を吹きかける。

「オレは意志が強い男だぞ。そんな甘い言葉では誤魔化されない。……今夜はオレが脱がす」

 慶一は左手で百代の背中に手を回しゆっくり押し倒しながら、もう片手で電気の紐を引っ張って部屋を薄暗くした。

 

 

 

 

 




 半裸で抱き合う二人の耳には、消し忘れたテレビからは深夜のプロ野球ニュースが届いていた。
『七浜ベイスターズの外川選手が、マルチヒットでお立台にあがりました――』
「マルチヒットってなんだっけ?」
「一試合に複数の安打を打つこと」
「マルチヒットおめでとう」
 そう言って微笑みを浮べた百代は、慶一の頬にキスすると静かに目を閉じた。 

 って締めようと思ったけど、オヤジ臭過ぎるオチなのでやめました。
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