真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十二話

「朝だぞ」

 胸元に頭を乗せて寝息を吐いている百代に、慶一が声をかけて軽く肩を揺する。

 百代は煩わしそうに顔を歪めて、重そうな目蓋を少し開けると枕元の目覚まし時計を確認した。 

「ううん……。まだ五時半じゃないか」

 眠気の残った声でそう言うと、百代は再び目を閉じて寝心地の良い場所を探すために、もぞもぞと身をよじる。

 その度に、慶一の肋骨あたりに押し付けられた百代の乳首が、適当に文字でも書いているかのように擦り付けられるので、なんとも言えないくすぐったさが広がっていく。

「今日は風鈴市が夜まで伸びるから、朝の鍛錬が早くなるって言ってたじゃねぇか」

「聞いてない」

「オレが聞いてるのに百代が聞いてないはずないだろ」

「なんでもいい……。あと、五分……」

 百代は布団に顔を隠すように潜ると、くぐもった声でそう言った。

 慶一は起き上がると、上半身を百代に覆いかぶせて少し遠くに手を伸ばす。黒のブラを手にとって、百代の目の前でチラつかせるように揺らした。

「とりあえず下着くらいつけろって」

「外したのは慶一だろー」

「だから昨日は、代わりにオレの手で支えただろ」

「揉んだり摘んだりするのは、支えるとは言わんぞ」

 百代はしょうがなくといった感じに渋々と身体を起こすと、ブラを受け取り、肩にストラップを通した。

「少し後ろ髪を押さえててくれ」

「こんな感じか?」

 慶一は正面から百代の首に手を回すと、うなじに手のひらを付けて後ろ髪を持ち上げる。

「もうちょっと上げてくれないと、ブラに髪が挟まる」

 うなじに付けていた手を頭頂部までずらし髪を上げて、もう片手で後れ毛を押さえるようにうなじにつける。

「長い髪ってのは面倒なんだな」

「慣れればそうでもないぞ。それにしても、こういう体勢ってキスしたくならないか?」

 百代は慶一の首に腕を回して顔を近づけると、唇を軽く触れ合わせる。

「疑問形で聞いた時は、普通答えを待ってからしないか?」

「別にいいだろー。もう一回だ」

「だから、まずはブラをつけろって」

「うーん……。なんか面倒くさくなってきた……。そうだ! これは外した人が付けるべきだ」

 百代は腕を回したまま、慶一の首筋に顔を埋める。肩にストラップを通しただけのブラは、抱きついた拍子にまくれ上がり乳房を露わにした。

 慶一が下乳に手を添えると、それだけで膨らんだ柔肉は楕円に形を変える。

「もうちょっと離れてくれないと、ブラの中にしまえないぞ」

「不器用なやつだな」

「手品師じゃねぇんだから、押し付けられた胸にブラを付けるってのは無理だろ」

「しょうがない」

 そう言って百代は腕は回したまま、慶一から身体を少し離して浮かせる。

 慶一はずり上がったブラを下に引っ張り、百代の二つの乳房をブラに収める。

 胸の下の両側で揺れているホックを手にとった慶一は、少し悩んでから口を開いた。

「この体勢で、どうやって付けろっていうんだよ」

「外したなら付けられるだろ。頑張れー」

「知恵の輪じゃねぇんだから……」

 慶一は背中に手を回すと、ホックをつまむ。もう片方のホックを手探りで探すと、すべすべの背中を指で擦り付けてしまう。

「あはは、くすぐるなよ」

 くすぐったさに百代が震える度に、慶一の胸元で百代のブラが擦れる。

「くすぐってるわけじゃないんだけどな。後ろ向いてくれりゃ直ぐ出来るのに」

「手持ち無沙汰に抱きつけなくなるから却下だ」

「自分でつければ手持ち無沙汰にもならんだろ。つーか、ブラってのは外すのは簡単なのに、つけるのは面倒臭いな」

 布ごと持ち上げて金属を合わせるのは手間がかる。ネックレスを付けるときのもどかしさと似ていた。

「確かに面倒くさい時はあるな」

「やっぱそうなのか。男の髭剃りと一緒だな」

「ん? ヒゲ生えるのか?」

 百代が慶一の頬を触って確かめている。

「当たり前だろ。オレを何歳だと思ってんだ」

「でも、剃ってるの見たことないぞ」

「4日に一回は剃ってるぞ。オレが早く起きてるから、見る機会がないだけだろ」

「なんか変な感じだ」

「人にブラをつけてるオレの方が変な感じだよ」

「あはは、それもそうか」

 百代は頬を触る手を首の後に戻すと、肩に頭を乗せる。

「さっきから動きすぎだ。もう少しで止めれるのに」

「んっ。慶一からほんのり汗のにおいがするな」

「夏だしな。それに一緒に寝てたら余計に汗かくって」

 その言葉を聞いた百代は、慶一に回していた腕を解き身体を離して距離をとった。

「あー! せっかくホックを止めるとこだったのに。つーか、そんな臭がられるとは……」

「慶一の汗のにおいは嫌いじゃないんだが、もしかしたら、私も汗のにおいがしてるんじゃ……」

「シャンプーと石鹸の匂いしかしてないぞ」

「本当か?」

 心配そうな表情を浮かべると、自分の匂いをかぐように首を動かす。

「後は、脳の何処かでフェロモンの匂いを感じてるな」

「ふふふ。それじゃ、フェロモンでしっかり慶一を虜にしないとな」

 再び慶一の首元に腕を回した百代は、頬を擦り付けるようにじゃれだす。

 慶一も百代の背中に手を回し直し、手探りでブラのホックを止める。幾度かホックを伸ばすと、ようやく金属が触れ合う音が聞こえた。

「やっとついたか。百代が動くせいで無駄に時間が掛かっちまった」

「五十点ってとこだな。アンダーが緩すぎて、胸の上が浮いてる」

 そう言って百代は、ブラと胸の間に指を入れて整えていく。

「オレの胸が膨らむまでには覚えてくとよ。それより、オレのシャツを知らないか?」

「ここにあるぞ」

 百代が布団の中から慶一のシャツを取り出して渡した。シャツは和紙のように複雑なしわを作り、そのせいでひと回り小さく見えた。

「あーあ、こりゃ着れないな」

「美少女のお尻でプレスされてたプレミア物だぞ」

「だからって、これ着て朝飯作るわけにもいかんだろ」

 慶一は立ち上がると、部屋の隅の洗濯カゴにシャツを入れて、隣の洋服ダンスを開ける。

「私のも取ってくれ、鍛錬用のやつな」

 慶一は洋服ダンスの百代のスペースから黒のインナーを取り出した。それを百代に渡すと、自分のシャツとズボンを出して着替える。

「オレはお茶入れるから、百代は布団をたたんどいてくれ」

「わかった。……って、普通やること男女逆じゃないか?」

「普通の男女の関係でいたいなら、百代とは付き合わんよ」

「それじゃ、私が普通の美少女じゃないみたいじゃないか」

「最強の女を普通とは言わんし、美少女も普通の女とは言わないな」

 ケトルに電源を入れると、半分だけ開けていた窓を全開にする。遠くから風鈴の音が聞こえ、夏の匂いが入り込んできた。

 布団を押入れに仕舞った百代は、足元の目覚まし時計をテーブルに置く。

「着替えても、まだ六時前じゃないか。六時に起こしてくれれば間に合うのに」

「六時に起こして、今のやり取りやってりゃ間に合わんだろ」

「確かに。朝のイチャイチャは大事だしな。慶一は朝御飯作りに行かなくていいのか?」

「夏休み入ってからは、朝飯の時間遅くなったし、弁当も作る時間いらないからな六時に部屋出れば十分」

「この時間でも私はまだ眠いけどな」

 近辺を片付けた百代はテーブルに突っ伏していた。

 紅茶をテーブルに置くと、百代の対面に腰を下ろした。

「これでも飲んでしっかり目を覚ませ」

「アーリーモーニングティーか。英国紳士を気取るとは」

「朝一でも、ベットの上でもないけどな」

「イギリスは料理が不味いのに、紅茶は美味いんだよな」

 百代は紅茶を軽く口に付けてから、ふーっと一息吐いた。

「ローストビーフ、ミートパイ、カスタードパイ。イギリスにも美味いものはいっぱいあるぞ」

「へー、そうなのか。でも、イギリス料理が不味いっていうのは一般的だよな」

「基本的にイギリス料理は、食べる側が自分の好みで味付けするように薄味で調理してるんだよ。それを知らない人が、味が無いって言うのも多いからな。昔はともかく、今の時代で不味く作るほうが難しいよ」

「海外で一番大変のは食文化って言う人もいるくらいだもんな」

「日本の寿司が好きって外国人がたくさんいるけど、同じくらい苦手って人もいるからな」

 紅茶のカップを口に運びながら、百代は少し口元を歪めた。

「それにしても、ちょっと濃いな」

「朝だから目を覚ますために濃くしたんだけど、いちごジャムでも持ってきてロシアンティーにでもするか?」

 慶一が立ち上がりドアへと向かおうとすると、腕を引っ張られる。

「いちご舌って言うよな」

「それは病気だけどな。キスしたいなら普通に誘ってくれよ」

「遠回しな言い方で、ドキドキさせたいんだー」

 百代は慶一を引っ張り倒すと、正面から跨ぐようにふくらはぎに腰を下ろす。膝裏で慶一の腰を抱きしめるように挟んだ。

「こういう直接的の方がドキドキするけどな。つーか、いちいち膝の上に乗る必要あるか?」

「この体制が包まれてる感じがして好きなんだ」

「人前では、後ろから抱きついて年上の余裕があるように見せてるくせに」

「うるさいなー。そういうのは気付かないふりしろよ」

 慶一が百代の頭に手を付けると、百代の不満顔は目を閉じて期待する顔に変わっていた。

 いつもなら軽いキスを数度繰り返すが、目的が目的なので直ぐに舌を侵入させた。

 紅茶で濡れた舌はいつも以上に水音を響かせる。10センチほどの舌が、唾液で濡れ、形を変え、自由に口の中を動きまわっていく。

 いったん息継ぎのために口を離すと、自分の唇についた唾液を舌で舐め取りながら百代が口を開いた。

「うーん……。濃い味のままだ」

「そりゃ、オレも同じもの飲んでんだから、変わらんだろうよ」

 一言二言会話を交わすと、再び唇を求めある。

 慶一が百代の口内を弄るように舌を動かすと、百代もそれを追いかけるようにねっとりと舌を絡ませる。

 絡み合った舌の隙間から紅茶の匂いが溢れだしていく。痺れるような感覚が舌裏を走り、それが強制的に舌が動かされていく。

 百代の口内で混じり合っていた舌は、名残惜しそうに慶一の舌を押し出す。火照った身体を冷ますような、啄む音を立てるだけの優しいキスを繰り返して顔を離した。

「んっ。まだいいだろ?」

 百代が唇を啄みながら身体を寄せてくる。

「オレも続けたいけど、時間が経つほど朝飯のランクがどんどん下がっていくことになるぞ」

「少しくらいならいいぞ」

「玉子焼きが生卵に、その他諸々は一緒くたに鍋に放り込むことになるな」

「うっ、真夏に鍋か……」

「風鈴市が終われば、しばらくはゆっくり出来るから。な?」

 二人は部屋を出ると、慶一は調理場へ、百代は中庭へと向かった。

 

 

 朝御飯も食べ終わり、境内で屋台の準備を始めていると、燕が慶一の首筋に近づきクンクンと鼻を鳴らす。

「なんか今日の前口君、モモちゃんくさいよ」

「もっとマシな表現ないんですか」

「他の女の子匂いつけて返したら、モモちゃん怒るかな?」

「なんでわざわざ挑発するような真似を……」

 面白半分の思いつきを口にする燕に、慶一は顔を引きつらせていた。

 そんな慶一を燕は顔色を変えずにマジマジと眺めている。

(モモちゃんは山籠り行ってから変に落ち着いちゃったし、中途半端な挑発じゃ乗ってこないだろうな……) 

「前口君が余計な真似するからだよ。おかげでやり難くなっちゃってしょうがないよ」

 口を尖らせた燕が、恨めしそうに慶一を非難する。

「身に覚えのない恨みをぶつけられましても……」

「私怨だよ。し・え・ん」

 燕は一度普通に言った後、わざわざ一音ずつ区切り強調してくる。

「堂々と私怨と宣言されてもなぁ……。とりあえず、私怨のお返しは松永納豆の悪評ってことでいいですか?」

「うわっ。怖いこと言うね、この子は。そんなこと言う子は納豆に変わってお仕置きだよ」

「怖いのは、私怨の癖に責任転嫁しようとしてる松永先輩ですけどね」

 そう言って慶一が屋台の準備を続けると、その肩を燕が叩く。

「納豆大好き人間に次々と送られる納豆は体に悪いというメール。更に納豆工場にまで影響が出る始末。納豆を巡って様々な事件が! 全ては松永納豆をこの世から消し去るという、前口慶一の恐ろしい計画だった。松永燕が庶民の宝を守るために出動だ! 次回、『納豆には手を出すな!』 納豆の力が正義を呼ぶよん!」

「恐怖! 納豆地獄! ……満足しましたか? さっ、準備続けましょう」

「うぅ……。納豆小町会心の次回予告が投げやりに返されたよ」

 

 

 

 

 




元ネタが気になる人は「納豆に手を出すな」で検索を……。
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