真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十六話

 大和の心模様とは裏腹に緩やかな川の流れは、鳥の歌声、木の葉擦れ、誰かが踏み鳴らす土の音、すべてを調和するように静かに音を立てている。

 七浜に向かうことに失敗した大和は、川神院でルーが言っていたことを思い出して多馬川を歩いていた。

 しばらく風景を楽しみながら歩いていると、威勢の良い掛け声が河川敷の方から響いてくる。目を凝らさずとも、その声には聞き覚えがあった。

 一子は二度三度、薙刀を振り回した。風を切る音からして一子がしっかりと薙刀の修練を積んでいることを窺わせる動きだ。

 大和がゆっくりと石階段を降りていると、その姿を見つけた一子が嬉しそうに駆け寄ってくる。“剣士”いうからには、クリスかまゆっちを想像していた大和は、露骨に残念そうな顔して一子の方へと歩いて行った。

「剣士って犬歯の方かよ」

「ちょっと失礼ね! 噛むわよ! ガルル……っ! それにしても、ちょっと来るの遅いわよ。あっ、じゃなくて……。よく来たわね勇者大和! 伝説の防具を二つ揃えるとは大したものだけど、私に勝てると思ってるの?」

「伝説の防具って、もしかして慶一の服か?」

 大和は自分が着ている服を伸ばしたり裏地を見たり確認するが、特に変わった点はなかった。

「再び生き返らないように、ホルモンを喰らいつくしてくれるわ!」

「あぁ……、今日は誰も会話をしてくれない。それに仲間じゃなくてボスっぽいし……。RPGなら正確な情報を頼むぜ、ルー先生……」

 “何故こんなことをしなければならないのか”という遣る瀬無い感情に任せて項垂れていると、目の前で動き出す一子の影が見えた。

「隙ありっ! てりゃー!」

 ――一子の攻撃。

「うわっ! あぶねーっ」

 ――大和はひらりと身をかわした。

「さすが避けるのには定評のある大和ね。今の一撃を避けるなんて大したもんだわ」

「ワン子や、これはやり過ぎじゃないか?」

「避けておいて良く言うわよ。でも、次の避けられるかしらっ!」

 ――一子は持っている武器を激しく振り回した!

「だから危ないって言ってるだろ!」

「男なら覚悟を決めることね!」

「百歩譲って遊びなのはオレも受け入れよう。ただ、手ぶらの相手に向かって武器を使うのはどうなんだ?」

 ――大和は正論を唱えた。

「一応キャップには、大和が必死で避けるくらいの力で勝負しろって言われてるけど……。やっぱり、卑怯かしら」

 ――一子は混乱した。

「卑怯ってのは勝負事において大事なことだと思ってるよオレは。でも、それはオレなりの考えのことであって、ワン子には自分の武士道を貫いてほしいわけだ」

「あー……うー……」

 ――一子はますます混乱した。

「とりゃーーっ!」

 ――一子はわけもわからず大和を攻撃した。

「ちょっとちょっとー! そこは自分を攻撃するところでしょうが」

「よくわからないから、とりあえず最初のキャップの言うことを信じてみるわ!」

「よくわからないことは、しっかりと話し合いましょう!」

 ――大和は再び正論を唱えた。

「ちょこまか逃げるなんて男らしくないわよ」

 ――しかし、正論は掻き消されてしまった。

「窮鼠猫を噛むといきたいところだが無理そうだし、いくら正論で諭そうにもワン子には馬の耳に念仏だな」

「その通り! 給食はよく噛む! 馬の肉には天つゆよ!」

「この理不尽な遊びが終わったら勉強だからな!」

 大和は一子の攻撃を紙一重で避けていくが、こと武道に関しては一子に敵うわけもなく、徐々に川の方へと追いやられてしまった。

「さぁ、最後に遺言があるなら聞くわ!」

「や、焼き肉食べたくないか!」

「肉!? その、提案はズルいわよ!」

 一子はよだれを垂らし空腹を訴えるような表情を見せる。その姿を見ると、朝御飯を食べずに寮を出たことを思い出して、こっちまでお腹が減ってきた。

「キャップは、オレが必死に避けるくらいの勝負をしろって言ったわけだろ?」

「そうよ。だから、いくら焼き肉と言えどもキャップを裏切れないわ」

 そう言った一子だが、薙刀を持っている手は構えることなく、腰の下で持っているだけの状態になっている。もう既に戦闘意欲はないだろう。

 その証拠に大和が近寄って頭を撫でると、再び薙刀を構えることなく、されるがままになっていた。

「それなら、ワン子は立派に役目を果たしたと思うんだ。ここまで追い詰めたんだからな。終わりにして、一緒に仲良く焼き肉を食べようじゃないか」

「でも、こんなあやふやな勝負でいいのかしら」

「ワン子の気持ちもわかる。だから、かる~くオレを小突いて終わりにしないか?」

「大和がそれでいいなら……。行くわよ。えい!」

 一子は薙刀の柄で軽く大和の額を叩いた。

 少しだけ鈍い痛みが広がったがそれもすぐに消え、身の安全が保証されると自然と笑いが込み上げてきた。

「こら、ちょっと強すぎだぞ。あはは」

「えへへ、ごめんね大和」

 和み合う二人の間に割って入るようにまゆっちが現れると、申し訳無さそうに頭を下げた。

「えっと……。ごめんなさい大和さん! キャップさんいわく今のはチートあつかいになるそうです」

「へへへ、あんちゃん。最近のゲームはチート対策もしてるんだぜ」

 突如現れたまゆっちも、小悪党のように振る舞う松風も気になったが、大和の口からは、ただ一文字の驚きの言葉しか出なかった。

「え?」

 そう口から出した瞬間、手刀が首元へと伸びてくるのが見えた。そして、僅かな痛みを感じる暇もなく、意識をブラックアウトへと導いた。

 

 

「ん……。ここは、オレの部屋か」

 島津寮の自室で目を覚ました大和は起き上がると、キョロキョロと辺りの様子を見回す。ヤドンとカリンが水槽の中で、砂にうずくまるようにじっとしていた。見慣れた光景に少し安堵の気持ちが広がる。

「戦闘不能ってことは、わけのわからない遊びはこれで終わり……か?」

「おお、大和よ。死んでしまうとは情けない。日頃の鍛え方が足りないからこういうことになるんだぜ」

 胸の前で手のひらを合わせて指が交互になるように組んだガクトが、大和の横で祈りのポーズをとっている。骨太の腕は、薄い皮膜を破くように筋肉を膨れ上がらさせていた。

「オマエのような筋肉むきむきの神父がいるか!」

「筋肉の鎧がなくて、この戦国乱世を渡っていけるかってんだ」

「まず、世界観を統一しろよ。まぁ、せっかく自分の部屋に戻ったんだし着替えるか。慶一の服はでかくて動きづらくていけねぇ」

 大和が服に手を掛けると、いつの間にか侵入してた京がそっと寄り添う。大和の腕に自分の腕を絡み付けると、胸を押し付けた。

「あら素敵なお兄さん! ぱふぱふしていかない?」

「ガクトがいる時点でオチが読めてるのにするわけ無いだろ」

「こんな美味しいイベントをガクトに譲るはずないんだっ!」

 ――京はいきなり襲いかかってきた!

「なんでオレの部屋は京の強制戦闘が始まるんだよ!」

 大和が逃げる体勢に入るが、大和に襲いかかる京をガクトが止めていた。

「つーか、京のセリフそれじゃないだろ」

「ちっ、融通の利かない男め」

「あぁ、ガクトが頼もしく見えるぜ。この馬鹿げた遊びを終わらせてくれたら、尊敬もするのに」

「大和がルート通り進めば昼前には終わってたらしいぜ。七浜まで逃げようとしたせいで、時間が伸びてるけどな」

 そういってガクトが時計を指さすと、ちょうど正午になるかというところだった。

「どっかから監視してんのかよキャップは……。で、ルート通りに行くにはどうすればいいんだ?」 

「勇者大和よ、旅に出るのなら1階の道具屋で支度を整えよ」

 RPGなら序盤も序盤で言いそうなセリフを、京がつまらなそうに口にした。

「そういうことだ。大和には悪いけど、まだまだ終わらんらしいからな。がんばれよ」

「本当に今日中に終わるんだろうな。はぁ……」

 長い溜め息を吐きながら自室を出ると、居間でまゆっちが椅子に座っているのが見えた。

「やっぱり、まゆっちもこの遊びに参加してるのか?」

「おお! オラの友達! 売ってるものを見ますか?」

「あんな仕打ちをしたまゆっちを、友達と呼んでいいのだろうか……」

「おお! あなたひどい人! まゆっちに首を吊れといいますか?」

 ふと目線を下ろすと、割り箸、大葉、ミネラルウォーターが食卓には並んでいた。

「まさか、檜の棒、薬草、聖水のつもりじゃないだろうな」

「ちっちっちっ。甘いぜ大和坊。聖水は聖水でも魔法の聖水だぜ」

「マジックパワーなんかないのに意味ないだろ」

「えっと……。マジックパワーのことは、後でまぁじっくり考えるということで」

 ――まゆっちは凍える駄洒落を吐いた。大和に120のダメージを与えた。

「HAHAHA! ナイスジョークだぜ、まゆっち!」

「ですよね松風! 会心の一撃です」

 ――まゆっちは幻に包まれた。

「美人で気立てがよくって、その上小粋なジョークまで言えるなんて、オラが人間だったら口座番号教えちゃってたぜ」

「もう言い過ぎですよ松風!」

「あはは、まゆっちぃ~」

「うふふ、松風ぇ~」

 ――まゆっちは幻に包まれている!

 まゆっちが自分の世界に入っている横では、クリスがご飯を食べていた。時間的に昼ご飯だろう。

「あれ? クリスはこの遊びに参加してないのか?」

「もちろん参加してるぞ! 朝早くに川に行けとキャプから指示があったしな。ただ、お腹が減ったから休憩中だ」

「剣士のクリスがキャップの指示通り川にいて仲間になっていたら、ワン子を倒してクリアだったかもしれないのに……。このお気楽お嬢様は」

 大和がクリスの頬を掴んで伸ばす。

「いひゃいぞ! なにをするんだ! それに、モモ先輩を倒すまではクリアにならないとキャップが言っていたぞ」

「なん……だと……」

 クリスの言葉を聞いた大和は思わず頬から手を離していた。

 大和の手から開放されたクリスは、痛そうに頬をさすりながら答える。

「だから、モモ先輩を倒すまで終わらないと言ったんだ。川神院で待ってるぞ」

「薄々気付いてたけど、姉さんがラスボスかぁ……。って倒せるか!」

 とは言ったものの、島津寮を探せどキャップは見つからないので川神院に向かうしかなかった。

 

 

 仲見世通りの活気に反比例するように大和の心は重かった。それでも、早くこの遊びを終えるためには覚悟決めなくてはならない。

 朝に慶一が居た場所。川神院の山門の下では、腕を組んだ百代が待ち構えていた。

「よく来たな大和! 私が美少女のなかの美少女、川神百代だ。私は待ってた。オマエがルート通り来ないせいで一時間もな!」

「文句ならキャップに言ってもらいたいもんだ。こっちも寮と川神院を行ったり来たり大変なんだって」

「もし私を味方につければ、大和の全財産の半分で許してやろう。どうだ? 私を味方につけるか?」

「それはカツアゲと言うんじゃ……。オレの選択は――。ダメ元で逃げる!」

 大和は背を向けて逃げ出した。後ろから何かされても見えないが、この場から逃げ出すことを第一に、一心不乱に走る。

「懐かしいなぁ~、鬼ごっこか? 大和が逃げたってことは私が鬼か。よし、百秒数えてやるから存分に逃げろよ。い~ち、に~、さ~ん――」

 百代の楽しそうな声を背中に聞きながら大和は考えた。百代の百秒は決して長い時間ではない。百秒で逃げ切れる範囲など、あっという間に追いつかれてしまうからだ。

 川神院ということもあって隠れる場所はたくさんあるが、気配を察知する百代が相手だと隠れても意味を成さない。

 学長かルーの元へと行くのが一番安全だと考えたが、問題は百秒以内に見つけることが出来るかだ。

 大和は闇雲に足を走らせるが二人とも見つかることなく、百秒という短い時間はあっという間に過ぎてしまった。

 結局、中庭の縁側の下へと身を隠すことしか出来なかった。腹ばいになり、土煙を起こさないようにゆっくりと体を中へと引っ込めていく。日に当たらない冷たい土が体温を奪い、心臓の音を余計に響かせていた。

 目を閉じてゆっくりと深呼吸を繰り返す。次にどうするかを考えなくてはいけない。

「ここも姉さん相手じゃ意味ないよな……」

 大和の額には薄っすらと汗が浮かんでいる。それを乾かすかのようにフッと息を吹きかけられた。

「そうだぞ。それに、こんなところに隠れたら服が汚れるじゃないか」

 大和が恐る恐る目を開けると、優しい笑顔を浮べた百代がこちらを覗きこんでいた。直ぐに襟を掴まれ、無理矢理に縁側の下から引きずり出される。

「姉さん! 戦いは何も生み出さないって」

「ん? あるぞ。上下関係だ」

「充分過ぎるほどの上下関係が、ここには存在してると思うんですが」

 百代は大和を中庭の中心へと連れてくると、哀願する大和を見下ろしながら言った。

「観念しろ大和。オマエが私に金を貸さなくなったのが悪い。それに、知ってるだろ? 大魔王からは逃げられない」

「慶一に貸してもらえばいいじゃないか!」

「だって、アイツ付き合う前も付き合ってからも金は貸してくれなんだもんなぁ……。舎弟まで金を貸さなくなったら、私はどう生活すればいいんだ?」

「バイトしましょうよ姉さん! ね?」

 大和は楽で高額なバイトをつらつらと述べるが、百代は少し憂い気に顔を伏せると、再び笑顔を向ける。

「残念だったな……。オマエは選択肢の答えを間違えた」

「姉さんのオニーッ! こんなことは間違っている!」

「鬼は鬼らしく人を喰らってこその鬼……だろ?」

 大和が覚悟を決めたように目をつぶると、一陣の風が頬を撫でた。

「待たせたな、大和!」

「キャップ!?」

「一人じゃ無理でも仲間がいれば倒せるぜ!」

「キャップ……」

 風を纏い現れたキャップに、大和は睨みつけるような視線を送った。

「あれ? なんで助けに来たのにそんな目を向けられてんだ?」

「キャップが元凶なのに好いとこ取りすぎるだろ!」

「話は後だ! 一気に攻めるぜ! うおおおお!」

 キャップが走ってくるのを見ると、百代は深く腰を下ろした。そして、ゆっくりと腰を回転させて右腕を引く。

 一直線に走るキャップはその腕に引き込まれていくようだった。キャップが射程距離に入ると、曲げた膝のバネを使って伸び上がるように同時に腕を下から上と突き上げた。

「まぁ、一人増えたところで変わらないけどな。行くぞっ! 魔弾手!」 

「姉さんそれ物理技じゃなくて、呪文だから! ただのアッパーになってるって!」

 百代は飛んで行くキャップを見送ると、大和に向き直った。

「結局、一人に戻ったな」

「製作者がいなくなったんだし、ゲームは終わりでいいんじゃ……」

「私は終わりにしてもいいんだがな」

 百代は手を伸ばして、大和を立ち上がらせる。

「良かった――」

「どうしても終わらせたいと言うなら、ここからは姉と弟。金の貸し借りの話をしようじゃないか」

「……金は貸さないと言ったら?」

 大和は質問したが百代の答えは聞こえなかった。代わりに二度目のブラックアウトが大和を襲った。

 

 

 大和は料理の良い匂いに反応して、数回鼻をひくつかせると目を覚ました。

「起きたか大和。とりあえず飯でも食わないか?」

「う……ん……。慶一か、ありがとう。朝からなにも食ってなかったんだよ。でも、ここは?」

「ここは関東三山の一つ、川神院だよ」

「振り出しか!」

 慶一は大和にお茶を差し出しながら言った。

「セーブはこまめにな」

 

 

 

 

 




こんなくだらないのが二話も続くと思わなかった……。
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