真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十七話

 廃ビルの階段は澄んだ空気に包まれていて、真夏だというのにどこか少し涼しく感じるが、閉めきった部屋に入るとモワッと気持ちの悪い熱気が立ち込めていた。

 慶一はカーテンを開いて窓の鍵を外す。窓の向こうに入道雲が広がる青空が映り、太陽の光が真っ直ぐに部屋へと届いた。夏の風が部屋に届くと、渦を巻いたような熱気が通り抜ける。窓を開けたことに少し後悔したが、クーラーが使えない部屋では他に涼を取る手段はなかった。

 窓は開けたまま、片側だけカーテンを引き直す。日差しが遮られただけ、幾分暑さが和らいだ。

 慶一がソファーに腰を下ろして一息つくと、棚で何かを探している百代が、手は止めずにそのまま口を開く。

「暇だし金もないから来たっていうのに誰も来ないな」

「あー、そう言えば皆キャップの用事に付き合うようなこと言ってたっけ」

「なんだとー! 私は聞いてないぞ!」

「胡散臭い骨董品屋に呪いの菊人形が入荷したとかで、それを見に行ってるハズだな。誘われたほうが良かったか?」

 ガソゴソと棚を弄っていた百代の手が止まった。

「あれれー、エロ本がないぞ」

「エロ本って……お嬢さん。もうちょっとマシな誤魔化し方してくれよ」

「さぁ、言え……。何処に隠した?」

 百代はソファーに座ると、隣にいる慶一の胸ぐらを掴んで問い詰めるように体を揺らした。

「男の友情も大事なんで」

「まぁ、すぐに見つけてやるさ。どうせ慶一のは大和と同じ尻関係だろ」

「尻なのは当たりだけど、関係は取って欲しいもんだ」

「こんな美人の恋人がいるのに、そういうものを持つとはなぁ。でも……オマエ、私をオカズにしたことがあるだろ?」

 百代はからかい気味に言うと、掴んでいた慶一の胸ぐらを引き寄せて顔を近づける。

「まぁ、することもあるな。盛り上がってるところで一子が来て中断した日とかな」

「え……、あぁ……。私も…慶一でしたことある……けど……」

 まるでウブな女の子のように顔を赤らめた百代が、視線を逸らしながら途切れ途切れの言葉で答える。最後は消え入りそうな声だったが、慶一の耳にはしっかりと届いていた。

「百代は、オレより性欲強そうだもんな」

「慶一が他の男より衰えてるだけだろが!」

「衰えてるって言い方はグサリとくるからやめてくれ……。節度があるとか他にあるだろ」

「ふーむ……」

 百代は少し考える仕草を見せた後、慶一をソファーに押し倒した。カチャっと金属が外れる音がすると、緩めたベルトが抜き取られその辺に捨てられてしまう。

 慶一のズボンのボタンを外すと、百代は手で刺激していく。

「せっかくだし、元気が出るようなことを慶一にしてやる」

 百代の指先が這うようにまさぐり、時折強く握るように力を入れている。

「いきなり何かと思ったけど……。んっ、もっと強くしてくれた方がいいな」

「いきなり強くするのは良くないんだぞ。まずはしっかり周りから攻めて行くんだ。この方が気持ちいいだろ?」

「うーん……。どうせなら踏んでくれ」

 慶一はしばらく百代に身を任せていたが、慣れた刺激では満足できなかった。

「なんだよー。私の手は気持ちよくないのか?」

「足の方が好きなんだよ」

「まぁ、慶一がそっちの方がいいなら。変態っぽいけど」

「変態って……。結構一般的になってきてると思うけどな」

 百代の足の裏が、恐る恐る慶一の硬くなった箇所に触れる。

「こうか?」

「もっと下から両足で挟むような感じで頼む」

「注文が多い奴だ……。痛かったら言うんだぞ。おねだりしたら優しくしてやる」

「潰されない限りは痛いくらいの方が気持ちいいから、気にしないでいいぞ」

 百代は下から上へと足の裏を這わせていく。最初は自分のリズムで一定の感覚を保っていたが、幾度か繰り返すと慣れてきたのか、圧を加えたりスピードを早くしたり遅くしたりと、慶一の反応を見ながら工夫していった。親指に強く力を入れて押すと、慶一の体がピクンと反応した。慶一が漏らした気持ちよさそうな声に気を良くした百代は、両足の親指を使って幹を掴むように念入りに踏みつけていく。

 圧迫から開放される度に体に血液が巡り、慶一の火照りが増していった。

 百代は足の裏で熱を感じ取ると、小刻みに足を震わせた。

 踵の硬い感触と拇指球の柔らかい感触は、なんとも言い難い波という刺激を与えてきた。自分の意思とは無関係に気持ちよくなる体は、次第に抵抗できないくらい力が抜けていく。

「それにしても本当に慶一のは硬いな……。道具買って定期的に自分でやったほうがいいんじゃないか?」

「どっちにしろ百代に頼むから。結構値段するし」

「私もお金取るかな。店でやってもらっても結構金かかるんだろう?」

「恋人なのにひでぇや」

 慶一は気持ちよさに身を任せているうち喋るのも億劫になっていたが、そういう時に限って百代は足の力を緩める。足で踏まれるという行為は、心が倒錯的な状況に支配されていくようでもあった。

「今度はローションとか使ってみるか?」

「それなら手でして貰った方が気持ちよさそうだ。つーか、どっちかというとローションは女性向けじゃないのか?」

「最近は男でも使ってるらしいぞ。ガクトもこないだ買ったって言ってたし」

「ガクトのは別物だろ……」

「まぁ、買った理由は死んでも聞きたくないよな。それより、コツを掴んだから少し強めにいくぞ」

 慣れない動きに百代の呼吸も少し違っている。ただ息を吸って吐くというわけではなく、どこか熱っぽい呼吸を繰り返していた。擦り付けるような足の動きに、思わず慶一から言葉が漏れた。

「……ちょいまち」

「どうした? 出したくなったら出していいんだぞ」

 動かしていた足を止めて、百代が妖艶に笑う。

「あん? なんだ出すって」

「あっ、そっか……。気持ちが盛り上がってたから間違えた」

 そう言った百代はソファーの背もたれに手を付けて、またゆっくりと慶一の背中を踏んでいく。

「んあ、そうそう。垢すりじゃねぇんだから、擦られてもコリはほぐれないからな」

 硬く強張った筋肉が、痛さと気持ちよさによってほぐされると自然に声が出てしまう。

「この際だから、腰以外にもマッサージしてやるぞ。遠慮無く言えよ」

「最近肩から首に来てるんだよな。あと、ソファーだと脛が肘掛けに当たって痛い」

「それじゃ、肩から揉んでいくか。今度は仰向けな」

「動きたくねぇ……」

「早く動かないと、首も足でやるぞぉ」

 慶一は力が抜けた体をのそのそと半回転させて天井を見る。百代がお腹に腰を下ろすと、首元に手が伸びてきた。

 百代は鎖骨の上辺りから耳の方向へと、親指で押していく。

「結構力入れるんだな。……オレのこと殺しにかかってるってことはないだろうな」

「くだらないこと言ってるくらいなら寝ろ」

「オレの生死がくだらないで済まされるとは……」

「喋られるとやりづらいんだよ。眠いなら本当に寝ちゃってもいいんだぞ」

「なんかオレだけ寝るのが悪い気がして」

「気にするな。たまにはゆっくり甘えろ――」

 まだ何か百代の話が続いていたが、その声はどんどん遠くなる。慶一は自分がどう返事をしたのかもわからず眠りについた。

 

 

 体が軽い。慶一が目を覚まして一番に思ったことだった。今なら寝起きのまま100メートルダッシュが出来そうなくらいだ。

 脳だけではなくて体までシャキッとするのはいつ以来だろうか。本来ならば直ぐに起き上がりたいところだが、掛け布団のように覆いかぶさって百代が寝ていた。

 髪の中に指を通して手櫛をするように撫でると、水が流れるかのようにしなやかに髪が揺れる。首元まで手が届いたらゆっくり引き抜き、また頭頂部に優しく手を置く。手のひらに感じる熱が愛おしくなり、二度三度と繰り返した。

 起こしてしまったら悪いと思い慶一が手を止めると、胸元に熱い息がかかる。

「やめるなよぉ」

「起こしたか?」

「ん……。でも、なかなか良い目覚めだったぞ」

 そう言った百代は、じゃれてくるように頬を胸元に擦りつけた。

「まるで猫だな」

「可愛らしいだろ? 愛でてもいいんだぞ」

 慶一は思いつきで百代の目の間で人差し指をひらつかせると、息を吹きかけたり咥えたり、百代は猫のようにじゃれつき遊びはじめた。

 唇で擦るように挟み、歯で甘噛み、舌先は指先を舐っている。一連の動作は同時に行われ、くすぐったいような痛いような、なんとも言い難い感覚が人差し指に走った。

「オレも良い目覚めだった。ありがとな」

「ひょうわ、ずいぶんひゅなおだな」

 百代が喋ると、咥えられたままの指が舌で舐められる。引き抜こうとすると唇がすぼめられ、指にべっとりと絡みついた唾液が音を立てて刮ぎ取られた。

「きた――」

「今、汚いって言おうとしただろ」

「いやいやまさか、そんなそんな。どこで拭こうかなくらいは思ったけど」

「あーん」

 百代は口を開いたまま待っているが、指が来ないのに気づくと口をパクパクとさせて催促を始めた。

「無限ループになるぞ」

「なんか舐めるの癖になりそうなんだよなぁ」

「舐めるのはいいけど、見ろこれ」

 慶一の人差し指にはくっきりと百代の歯型がついている。

「美少女は歯並びも完璧だな」

「吸血鬼じゃねぇんだから」

「キスマークの方が良かったか?」

「ありゃ立派な怪我だ。時間が経つと青あざみたくなるから嫌なんだよな」

 慶一は百代の白い首筋に触りながら言った。

「それで私にもつけないのか」

「あと、他の男に見られて変な妄想させたくないってのもある」

「かわゆいやつめ」

「嫉妬も独占欲も人並みにはあるって」

 ふと無言の間が流れる。息苦しさはなく、呼吸の音だけで会話をするような満たされた時間。

 まるでさっきの会話の続きのように、自然に百代が口を開いた。

「今年の夏はのんびりだなー」

「そうか? 精神修行に行ったり、風鈴市があったりで結構忙しいぞ」

「そういうことじゃなくて、なんていうのかな……。心の持ちよう? 鍛錬ばかりやっていたら、こういう幸せはなかっただろうなって」

「そうか」

 慶一は左手で腰に手を回し、右手で頭を抱えるように百代を抱きしめる。

 少しだけ百代が苦しげに吐息を漏らした。

「んっ……。なんだよぉ」

 そのまま慶一が頭を撫でると、百代は嬉しそうに目を細める。

 触れ合う体温のせいで気温以上の暑さを感じるが、薄っすら浮かび上がる汗を窓から通り抜ける風が心地良く冷やしていく。不思議と二人でくっついているほうが過ごしやすい温度になっていた。

「しおらしいことを言うから優しくしてほしいのかと思ったけど。違ったか?」

「優しくして欲しいナー。スイーツとか食べたいナー」

「金が無いからここに来たってのを忘れたのか?」

「ブー、慶一は持ってるだろ」

 唇を尖らせた百代が、慶一の胸元をペチペチ軽く叩いている。

「今度二人でどっか旅行にでも行った時は、金銭方面で優しくするよ」

「おお! それはいいなぁ! いつだ?」

「さぁ」

「さぁって、本当に考えてるんだろうなー」

「ゆっくり考えるよ」

「寝る間も惜しんで考えろよー、楽しみにしてるんだから」

 声はいつも通りだが、百代の目はとろんとしていた。時折まばたきを数回混ぜて目を開いている。

「眠いか?」

「……少しな」

「皆が来たら起こすから、このまま寝ていいぞ」

「あたま」

 慶一が首元に擦り付けるられた頭を撫でると、百代は満足そうな笑顔を浮かべて体の力を抜いた。

「慶一」

「ん?」

「皆が来たら何して遊ぼっか」

「キャップがなにか考えてるだろ」

「ふふふ、そうだな――」

 

 

 キャップ達よりも一足早く、演劇部の活動で学校に行っていたモロが秘密基地にやってきた。

「やぁ、慶一。 皆は?」

「呪いの鑑賞会。モロの方は演劇順調か?」

「まぁね。まだなかなか慣れないけど、文化祭に向けて頑張ってるよ。ていうか、慶一暑くないの?」

 百代を抱きしめるようにして寝転び、本を読んでいた慶一を見たモロが暑苦しそうな顔しながら言った。

「綺麗な顔してるだろ。ウソみたいだろ。寝てるんだぜ。これで」

「今の慶一がそのセリフを言うと、惚気けにしか聞こえないよ」

 

 

 

 

 

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