真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第七十九話

 山芋の皮をむき、食べやすいように輪切りにしたものを半月状に切っていく。オクラは手に塩を付けて揉んでから水洗いをして、軸を切り、縦半分に切る。

 熱したフライパンに切った野菜を入れて、軽く焼き色が付くまで蓋をして蒸し焼きにする。

 野菜がつかる量の水をボウルに入れて、白だしと酒でさっぱりとした出汁を作っておく。それに焼いた山芋とオクラを入れて、粗熱を取ったら冷蔵庫で冷やしておく。

 冷やすのには時間がかかるので、この間に一番時間が掛かるメインのオカズにとりかかる。

 カサゴのウロコをスプーンの湾曲を利用してこそぎとっていく。流し台で水を流しながら、ウロコが飛び散らないように気をつける。調子に乗ってガリガリとウロコを取ると、あちこちに飛び散り、忘れた頃に干からびたウロコが壁に張り付いているのを発見したりすることになる。

 エラ蓋を指で摘んで開き、エラの付け根を切り離して、包丁の切っ先を使って引っ掛けるようにしてエラを引き出していく。上手く行けば、腸や胃袋などの内臓も引き出せるのだが、失敗したら箸で摘んで取り出せばいい。

 腹を開かないで内臓を取るのには理由がある。つぼ抜きにしたいからだ。

 フランス料理やブイヤベースなど世界中で食べられているカサゴだが、日本のカサゴ料理といえば煮付けや唐揚げだろう。料理を想像すると、姿形がそのまま調理されたものが浮かび上がってくる。その無骨な見た目から、甲冑を纏った武士と重ねあわせられ、端午の節句の祝い膳に使われていた。

 受験生がトンカツを食べて受験に勝つといった具合に、日本は昔からゲン担ぎが好きである。

 カサゴも同じで武家に好まれたからこそ、腹を切ると切腹を連想してしまうため、つぼ抜きしたものが祝い膳にして出されていた。

 見た目を崩さないためにも、ヒレに付いている固い刺の部分をキッチンバサミで切っておく。

 水洗いをして、残ったウロコや血合いを流しきると、油で揚げた時に跳ねないようにキッチンペーパーで水気を拭き取り置いておく。

 その間に茄子、ピーマンの夏野菜と、食感と色合いの為に玉ねぎと人参を細切りにしてフライパンで炒める。色のある野菜は火が通ると色濃く油で光っていく。その頃合いを見計らって、ダシ汁、醤油、酢、砂糖を入れて混ぜた。

 火を止めて、一度フライパンを放置する。

 水気を取ったカサゴに、小麦粉と片栗粉を混ぜ合わせたもので白く薄化粧のように粉をまぶす。

 油を熱すると、弱火にしてじっくり揚げていく。ヒレも食べられるように、おたまで周りの油をヒレにかけながらカリカリに揚げる。

 本来白身魚は淡泊な味なのだが、カサゴは脂にコクがある。加熱することによって肉質が柔らかくなるのは他の白身魚と同じだが、皮の中で脂が溶け出すカサゴはパサつかない。

 その身を味わうためにも、揚げ過ぎないように油をかけながら表面はカリッと、中身はふんわりと仕上げいく。

 カサゴの、頭、ヒレに芳ばしい揚げ色がついたら、アミにあげて油を切る。その間に、フライパンを再び温めて水溶き片栗粉で餡を作る。

 甘酢餡を揚げたカサゴにかけると、油が弾けるような音が鳴り、食欲の誘う酢のにおいを強調させていた。

 隣の鍋の沸騰した出汁にモロヘイヤともずくをいれ少し煮てから、賽の目に切った豆腐と、最後に味噌を溶き入れると、料理は全て完成した。

 カサゴの夏野菜の甘酢あんかけ、山芋とオクラの焼きびたし、モロヘイヤともずくの味噌汁、かぼちゃの煮つけ、漬け物は奈良漬けとわさび茄子。それにいつも通りのだし巻きと、麦を入れて炊いたご飯をおひつに入れる。

 皿に盛り付けると、おぼんに乗せて運ぶ。

 慶一は鉄心の部屋をノックし、返事聞こえるとお盆を床に一度置いて、ゆっくりとふすまを開けた。

「お待たせしました」

「急に頼んで悪かったのう」

「いえいえ、昼食を作り終えたばかりで、まだ調理場に居ましたから。それに、せっかくのお客さんですからね」

 慶一は夏だというのにスーツで身を整えた男を見ながら言った。

 切れ上がった目に、眉間に刻まれた皺。白のスーツで葉巻をふかす姿はあまりにも強烈だ。この鍋島が鉄心の弟子という前情報がなかったら、マフィアと間違えていたであろう風貌だ。

 鍋島は灰皿に葉巻の灰を落とすと、そのまま灰皿の底に火種を擦りつけるようにもみ消した。開いた窓から煙が外に抜けていくのが見える。

「他の修行僧達と同じ食事で良かったんだぜ?」

「人数を考えると普段出来ないものを作らせていただきましたから」

 カサゴの唐揚げ自体はいつでも作れるが、つぼ抜きしたカサゴを人数分作るなんて、とてもじゃないが無理だ。 

 こういう技術的なものは、大人数の料理を作るには不必要になってしまっているので、腕を錆びつかせない為にも、鍋島の来客に有り難く感じていた。

「最初は寿司でも取ろうと思ったんじゃが、お主の料理でも自慢しようと思ってな」

「寿司と天秤に掛けられるとは、悪い気しませんね。ちょうどいいから、お土産で貰った漬け物も一緒に出しましたよ」

「そうそう、このわさび茄子が美味ぇんだ。飯にも酒にも合うっていうんだからたまんねぇ。特に西日本の大長なすで作ったのは絶品よ」

 鍋島は箸でひょいっとわさび茄子をつまむと、口に放り投げるように食べた、

「せっかく作ったんだから。他のもどうぞ」

 慶一の言葉を聞いて鍋島がカサゴに箸を入れると、薄い衣と皮が音を立てて破けていく。ふっくらとした白身は箸で持ち上げるだけ餡に絡みついた。カサゴから漏れ出すような脂が、黄金色の甘酢餡を光らせるように広がる。

「わりぃな、兄ちゃん。カサゴもシンプルな甘酢がカサゴの旨味と絡み合ってイケルぜ」

「まぁ、オレも漬け物は好きですけどね。どうせなら苺とかアスパラガスとか、小洒落たもんの方が嬉しかったですけど」

 それならファミリーにもおすそ分けできたのにと慶一は思ったが、そんな軽口を鍋島は笑い飛ばした。

「はっはっは。そいつは悪かったな。ここまで料理が出来る兄ちゃんだとは知らなかったんでな。それに、若者のニーズってのはいまいちわからねぇ。最近じゃ正月におせちも食わねぇって言うじゃねぇか」

「値段と暇でしょうね。どっちも別なものに使いたがる人が多いですしね。オレも結構苦手だったりしますから。川神院では正月に来客が多いから作ってますけど」

「変わるのも大事だが、日本の文化がなくなっていくのも寂しいもんだ」

「日保ちするように砂糖、塩、酢が多く使われてますから、どうしても味がねぇ……。皆が好きな栗きんとんと黒豆だけは大量に作って、後は人が来る度に食べやすい味にして作るようにしてますよ」

 慶一は急須に茶葉を入れるとお湯で蒸らし、鉄心と鍋島の湯のみにそれぞれ注いだ。

「犬でもおせちを食う時代だっていうのによぉ」

「コンビニもあるし、スーパーも正月明けて直ぐに開きますしね。美味いもの食えるならそっちの方がいいんじゃないですか」

「だがよ、風情ってもんが足りないぜ。緑茶もよぉ、緑だから緑茶っていうもんだ」

 鍋島は湯のみを手に持つと、草原の緑を湯に映したような緑茶を眺めた。新茶らしく清々しい香りが湯気と一緒に漂っている。

「ペットボトルの緑茶は、時間が経って酸化して黄色くなってますもんね。オレは好きだから淹れてますけど、そうじゃなかったら面倒くさくてやってられませんよ。まっ、ほうじ茶も緑茶の一種なんですし、時代には流されておきましょうよ」

 慶一と鍋島の会話を聞きながら、黙々と食事を進めていた鉄心がおもむろに口を開いた。

「ナベはともかく、慶一はもっと若者らしい会話は出来ないのかのう……」

「それじゃ新作のクリハンの話でもしますかね」

「おいおい。それじゃあ、話についていけねぇよ。オレは夏休みになって遊びに来た孫と、無理に話を合わせる爺さんになるつもりはねぇぜ」

「わかってますよ。あと、骨は食べるように揚げてませんよ……」

 慶一は豪快に音を立てて骨を歯で砕いている鍋島を見て言った。

 カサゴの骨を食べる場合は、骨と身を分けて揚げるか、背中から中骨にそって包丁をいれて揚げるか、一度揚げ冷ましたものを二度揚げするのだが、今回は甘酢あんかけにしたので骨まで食べる必要はないと思い、つぼ抜きにしたまま唐揚げにした。

「魚は骨も美味ぇからな」

「旬でもないですし磯臭いでしょうに」

「この磯臭さが、またたまらねぇぜ」

 美味しそうに笑顔を浮かべているので、無理しているわけでもなさそうだった。立ち振舞と同じく中身まで豪快な人らしい。

「それにしても本当に美味ぇな。その年で立派なもんだ」

「給料はないにしろ、金貰って作ってるようなもんですからね。立派じゃないと困るんですよ」

「はっはっは、言うじゃねぇか。生意気は若者の特権ってな」

「生意気というか、変なものをだして川神院の皆が体を壊したら困りますから」

 基本体育会系の川神院では、夏になるほど食欲の変化が激しい。一子のように年中問わず食べる者もいれば、暑さと疲れから食が細くなってしまう者もいる。だからといって鍛錬を休むわけにもいかない。サボればサボるほど強さが遠ざかってしまうのは、自分の為に鍛えている者達ならば自然とわかっているからだ。

 スポーツ選手は食べるのも仕事という言葉にもある通り、武道をやる者にも食事というのは大事なことなのである。

 食事を作るのが仕事の慶一にとっては、川神院の人達に食べさせるのも仕事なのだった。

「それで夏バテに効きそうな料理ばかりなのか」

「暴飲暴食してそうな見た目でしたしね。まぁ、見た目通り夏バテしなさそうな人でしたけど」

「あたりめぇよ。これでも自分で魚をさばいたりもしてるんだぜ」

「福岡だったら、この季節フグが美味しいですね」

 フグと言えば冬のイメージがあるのは最高級のトラフグの旬が冬だからだ。マフグ、ゴマフグ、カナトフグ、ヒガンフグ。夏には様々な種類のフグが水揚げされていてる。

「わかってるな。夏のフグは丸々太ってて美味いんだよ。他にも美味ぇもんはいっぱいあるぜ」

 半熟くらいに炙った明太子は、生臭さが抜けて純粋な塩辛さを楽しめる。鶏の旨味を溶けこませて強火で充分に沸騰させたスープは、脂が乳化して白濁した水炊きが出来る。鶏のコクと風味が、博多の甘い醤油とさっぱりとした酢に合うらしい。

 慶一と鍋島の食談義はしばらく続けられた。

 

 

 ご飯を食べ終えた鉄心と鍋島が酒を飲み始めたので、慶一は膳を下げ、おつまみを作るために再び調理場に居た。

 一口大に切ったこんにゃくをフライパンで軽く炒って水分を飛ばす。胡麻油を入れて、切った小松菜を火の通りにくい茎から入れ、油が回ったら、出汁と醤油に鮭を入れて水分を飛ばしながら、味を染み込ませる。

 仕上げに一味をかけ終えると、慶一は箸で一つ摘み上げた。

「あーん」

 そのまま隣にいる一子の元までもっていく。

「あーん。……まぐまぐ。昼ご飯作って、おつまみも作って、慶一も大変ねー」

「雛鳥に餌もやらんといけないしな。ほれ、もう一口あーん」

「あーん。お酒の味は知らないけど、おつまみは美味しいわ」

「多めに作ったから残りのは食っちゃってもいいぞ」

 慶一は二人分の摘みを皿に乗せると、鉄心の部屋へと向かった。

 戻った頃にはすっかりと酒も進んでいる様子で、心なしか声が大きくなっている。

「こんにゃくと小松菜をピリ辛で炒めたのと、酒に合うって言ってましたんで、わさび茄子も持ってきました」

「気が利く兄ちゃんだねぇ」

「そういえば、結局お主は何をしに来たんじゃ? 慶一とばかり喋りよってからに」

 鍋島はしばらく考えた後、なにか思いついたように口の端を吊り上げて笑った。

「んー、兄ちゃん。九州の恵みをガッツリと料理してみたくねぇか?」

「興味はありますけど、天神館来いって話でしょう? 遠慮願いたいですね」

「察しがいいじゃねぇか。学費は肩代わりしてやるし、単位落とさなきゃ、料理に没頭するなり好きにしていいぜ」

 そう言った鍋島は葉巻を取り出して火をつける。葉巻の先から燻る、糸のように立ちのぼる紫煙がゆっくりと部屋に流れていった。

「お主、慶一をスカウトするために、わざわざ川神院まで来たのか?」

「本当は違う要件だったんだけどよぉ。こっちもなかなか面白そうだと思ったのよ」

「料理教室でもオレにやらせるつもりですか?」

 慶一は食事のために閉めていた窓を開けながら、鍋島の突拍子もない考えに軽口で答えた。

「うちは東西交流戦で負けちまったからな。料理で体づくりもいいかもと思ってな」

「オレは、川神学園の生徒の料理を作ってるわけじゃないですよ」

「川神院では作ってるんだろ? 風鈴市の時に来た時も思ったが、以前よりエネルギーに満ち溢れてるのは、兄ちゃんの料理の影響もあるんじゃねぇのか? そこら辺の意識改革に一役買って貰いたいと思ったんだ。ただ、美味いもん食うだけじゃ意味ないだろ?」

 てっきり思いつきで言葉を発したと思ったが、学長らしく色々考えていた。

「川神院ではともかく、学校生活はのんびり過ごしたいですからね。強くなりたいって人は自分で食事を気を使うでしょうよ。川神院だって、各々足りない栄養素は自分で賄ってますよ」

「うちの生徒はな、西方十勇士なんて持て囃されて慢心しちまったせいで、東西交流戦の時に川神学園ボコボコにされちまった。おかげで良い薬になったが、いくら優秀って言ったってあいつらもまだ学生だ。素直に効いてくれない薬ってのもあるんだよ」

「確かに、自分に合った食事ってのも大事だと思いますけど。それで強くなれるってわけでもない気がするんですけどね」

 慶一が川神院に来てから一年と少し。その短い間でも挫折して去って行く者を何人も見てきた。その姿を見て、少しでも手助けに慣ればと思い色々工夫を凝らし料理してきた。

 それは背中を押すというよりも、背中に手を合わせるだけのようなもので、今いる場所から一つ高みに登る者は、結局は自分の力で登っているだろうというのが慶一の考えだった。

「そりゃそうだ。でも、食事が大事ってことには変わりないぜ。食ってのは言わば体。基礎体力だな。武道のカーストの一番下を支える大事なところだ。その上にある“技”“心”を鍛えるには避けちゃいけねぇところだぜ。幸い福岡ってのは食材の宝庫だ。兄ちゃんにも悪く無い話だと思うぜ」

 慶一が黙っているのを見ると、鍋島は少し声のトーンを低くして続けた。

「兄ちゃんは言わば劇薬だ。武道をかじってない奴から武道の土台を教わるんだ。どんな慢心してる奴でも、創痍するだろうよ。意味はともかく、字面的には薬食同源って奴だな」

 慶一はまだ黙っていた。答えは決まっているのだが、なんと言えばいいのかがわからない。自分が培ってきたものを評価されるのは素直に嬉しいし、その期待に応えたいとも思う。

 ただ、色々と離れ難いモノが川神にはある。どう天秤に掛けようが下がる方は決まっている。

 結局考えても上手い断り方は思い浮かばず、いつもの軽口で返していた。

「慈善事業には興味ないんで」

「はっはっは。慈善事業ときたか。まぁ、確かにそうかもな。わりぃ、頭の片隅にでも残しといてくれ」

「忘れてくれじゃないんですね」

「まだ、付け入る隙はあるからな」

 慶一は諦めの悪い鍋島の言葉に困ったように笑うと、鉄心の部屋を後にした。

「ほっほっほ。フラれたのぉ」

「まぁ、いいさ。寄り道したけど、これからが本題だ――」

 

 

 

 

 




途中の一子のシーンはいらないと思ったけど、あまりにおっさんで話が進んでいたので、箸休めに……。
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