真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第八十二話

 目の隅になにかありえないものが映ると、確かめるために思わず視線をキョロキョロと動かす。結局は風に揺れる枝がキーキーと不気味に鳴っているだけなのだが、夜も深まるとそんな些細な事も気にせずにはいられない。

 夜空にはそこそこの大きさの月が浮いていた。その月の光に照らされて、雨雲が灰煙のように風に流されているのが見える。

 慶一は湿ったような少し冷たい草むらに腰を下ろすと、大木に背中を預けた。

 鳴き声を上げる捻じくれた枝や曲がった幹が、葉と重なって化け物のような影を作り出す。その影の元になる、慶一の対面にある大木の根本辺りから、スコップで掘り起こす音が聞こえる。苔生す土が小山を作っており、ザクッ、ザクッというスコップの音が聞こえる度に少しずつ山が大きくなっていく。

 しばらく慶一は掘り返される土を凝視していたが、黙々とではなく嬉々として掘り起こすキャップに思わず声をかけた。

「なんか墓荒らしにしか見えないから、止めてくれねぇかな」

「ただ待ってる時間がもったいないだろ。今という時間はもう二度と来ないんだぜ!」

「そんなことしてたら見逃すぞ」

「そうならない為に慶一を連れてきたんだ。穴から出てきそうになったらちゃんと教えろよー」

 慶一は地面に空いた小さい穴を、ペンライトで照らして中を見た。生きているのか死んでいるのかも分からないが、光沢のある茶色い皮膚があるのだけは目視で確認出来る。

「変化なーし。つーか、これ本当に今日出てくるのか?」

「羽化しても一週間くらいは、体が出来上がるまで蛹室に籠もるらしいからな。オレにもわからねぇぜ」

「こればっかしはキャップの運に任せるよ。で、そっちはなんか見つかったのか?」

 慶一とキャップがカブトムシを探しに森に付いたのが夜の9時。そして、カブトムシがいる穴を見つけたのは3時間位前のことだった。そこから更に2時間。ひたすらキャップは木の根元を掘り返していた。

「見つからねぇな……。オレのお宝センサーがここら辺だって言ってんだけどよー」

「闇雲に掘ったって見つからないと思うけどな」

「闇雲じゃねぜ! お宝が埋まってるっていったら木の根元だろ!」

「桜の花はなぜ赤いのでしょうか? 答えは木の下には死体が埋まってるから。本当に死体とか掘り起こすなよ。後見つかると言ったら、ガラクタか……」

 慶一がキャップの左横辺りに懐中電灯の光を当てると、肉厚の不透明な瓶をさっと照らしだした。元は透明な瓶だったのだろうが、風化したせいで曇りガラスのようになってしまっている。中に入っている黒い液体は固形物のようなものが紛れ込んでいて、とても蓋を開けて確認する気にはなれなかった。

 湿気で歪んだ本もある。枝を使って本を捲ると、所々ページが貼り付いており、何に使ったかというのはあまり考えたくなかった。表紙は虫に食い散らかされたように、ただの紙の残骸になっている。かろうじて見えるページには、古臭い髪型に古臭い化粧をした女性のヌードの写真が掲載されている。一見して普通のエロ本に見えるのだが、性器に修正が施されていなく、いわゆる裏本というものだった。保存状態が良いものだったらマニアに売れるかもしれないが、こうまでボロボロだと、ただ無駄に歴史を感じるだけだった。

 慶一はその本を枝で持ち上げると、遠くに投げ捨てた。バサッという、紙が空気によってはためく音を聞いて、キャップが慌ただしく首を振って辺りを確認する。

「なんだ今の音……幽霊か? どこだどこだ! 捕まえてやるぜ!」

 キャップは、掘った穴を照らすように地面に置いていた懐中電灯を手に取ると、闇雲にその辺の草むらを照らした。

「わりぃ、今のオレだ」

 あまりにも嬉々と反応したキャップに、慶一は申し訳無さそうに頭を下げる。

「なんだよぉ……。せっかくのチャンスだと思ったのに、紛らわしいことすんなって」

「今のはオレが悪かったよ。でも、仮に今のが幽霊だとしても、捕まえるのは無理だと思うぞ」

「そんなことねぇって、ちゃんと道具も用意してきてるんだし。っと、穴掘りに夢中になって忘れてたぜ。罠は設置しねぇと意味ねぇわな」

 そう言ったキャップは、ロープで輪を作り遠くに放り投げると、ロープの反対側を手頃な木に巻きつけた。

「いやいや、そんな物理的な罠でいいのか……」

「掘った穴も落とし穴に再利用だぜ!」 

「だから……。まっ、いっか。変なの捕まえないように気を付けろよ。獰猛な動物とか掛かったら、罠を外すのも大変だぞ」

 御札や清めの水とかを使った罠でも設置されたら、キャップなら本当に幽霊を捕まえてしまうかもしれない。そんな面倒臭いことにならないためにも、慶一はそれ以上罠に関して言うのをやめた。

「煙々羅、河童、鎌鼬、釣瓶落とし、見上げ入道、経立、妖狐、べとべとさん。なんでもいいから出てこい! 目目連でもいいぜ!」

「流石に森に目々連は出てこないだろ。つーか、いつの間にか幽霊から妖怪に変わってるし。そもそも捕まえてどうすんだよ」

「そうだな……。面白そうなやつだったらファミリーに加える! ってのはどうだ?」

 あまりにもらしいキャップの答えに慶一はしばらく沈黙した。

「……却下。百代と妖怪の妖怪大戦争が始まるって」

「それも面白そうだな! ますます捕まえたくなったぜ!」

「秘密基地が壊されるぞ」

「それは困るな。まっ、九鬼当たりが買い取ってくれるだろ」

 そう言うと、キャップは再び地面を掘り始める。

 慶一は土の中のカブトムシを確認した。相変わらずじっとしたままで、動く気配がない。どうせなら這い出す瞬間よりも、羽化する瞬間の方が見たいが、水槽で幼虫の頃から飼わないと見れなさそうだ。思いつきで行動するキャップからしたら無理な話だろう。

 時期的に考えても来年の話になる。そこまでして見たいわけでもないし、そもそもが羽化や這い出す瞬間を見るという目的ではなかった。

「本当にカブトムシ捕まえるのか?」

「当たり前だろ。その為に森まで来たんだからよ」

「モロは喜ばないと思うんだけどな……」

「そんなことねぇって。だってカブトムシだぜ? 男なら誰でも喜ぶもんだって」

「カブトムシ自体は好きかもしれないけど……」

 歯切れの悪い慶一を気に留めず、キャップは鼻歌交じりに地面の掘り起こしを続けていた。

 

 

 キャップの宝探しはそれからもしばらく続けられ、その間慶一はというと、今にも雨が降り出しそうな雲を眺めたり、時折掘り出されるガラクタを懐中電灯で照らして確認をしていた。

 途中で思い出したように穴を見るが、変わらずカブトムシはじっとしたままで、その度に付き合いの良い自分に呆れていた。

 突如、草むらを這いずる音が聞こえたかと思うと、木に巻きつけてあったロープがピーンと張り出す。

「掛かったか!?」

 そう声を上げたキャップはロープが辿っている先を見る。

 空中に浮いたロープは、草を踏み鳴らす音と共に大きな影を連れてきた。

 闇夜に映し出される影が懐中電灯の光が届く距離まで近づくと、釈迦堂の姿が見えた。

「誰だよ。こんなちゃっちい罠を仕掛けたのは」

「幽霊じゃないのかよ。ガッカリだぜ」

「だから、変なのが掛からないように気を付けろって言ったろ」

 ある意味幽霊よりもタチの悪い男が、こちらに向かって歩いてくる。慶一の姿を見ると口の端を吊り上げてニヤッと笑った。

「おいおい、随分な挨拶じゃねぇか。これはオレと勝負したいってことでいいのか?」

 釈迦堂は手元でロープを小さく振り回している。

「え? まさか釈迦堂さんそのロープに引っ掛かったんですか? 元師範代なのに……」

「バカヤロウ。オレがこんなのに引っ掛かるかよ。人気のない森にトラップがあったんで辿って来てみただけだっつーの。で、飯は?」

「はい?」

「オマエと言ったら飯だろ」

 そう言うと釈迦堂は、慶一の隣に胡座をかいてどかっと座った。

「えっと……カブトムシ?」

「まっ、食えるならなんでもいいぜ」

「冗談ですよ。こっちはカブトムシを捕りに来ただけで、飯の用意なんてしてないですって」

「おいおい、自分のキャラを間違うなよ。飯がなかったら、そりゃもう前口じゃねぇだろ」

 話し込む二人を見ながらキャップがつまらなそうに口を開いた。

「つーか、誰だよ。このオッサン」

「うーん……。ある意味キャップの未来の姿かもな」

「そっか、よろしくな未来のオレ!」

「喧嘩売ってんのか、このガキ!」

 キャップが握手を求めるために伸ばした手を釈迦堂が手で弾くと、静かな森にパンッという高い音が響いた。

「まぁまぁ、ガキの喧嘩を買うほど若くもないでしょう」

「ガキでも面白そうだったら買うけどな、オレは」

 そう言って釈迦堂は大人げなく笑みを浮べた。

「それより、釈迦堂さんこそなんでこんな森の中に来たんですか?」

「達人でもひょっこり現れねぇかなって思ってな」

「ひょっこり現れるもんでもないでしょう」

「妖怪でも達人でも何でも来いだぜ! オレは何が来ても逃げねぇ!」

 キャップは拳を握り、高くかざした。

「ハハッ、元気の良い兄ちゃんだねぇ。それに希望に満ちてやがる」

「なんか知らないけど、褒められたぜ!」

「是非ともその顔を絶望に叩き落としたくなるねぇ……」

 釈迦堂は立ち上がるとゆっくりと歩き始めた。草が踏まれる音も、砂が擦れる音も聞こえない。キャップの周りを円を描くように歩く釈迦堂の姿が、頼りない月明かりの中で消えたり現れたりしている。

 歩くスピードは同じ。ただ歩幅を狭めたり伸ばしたりするだけで、錯覚を作り出していた。

「うお! なんかすげえな! 次は分身か?」

「分身って、キャップ……。忍者じゃないんだから」

 テンションの上がっているキャップを無言で睨みつけてたまま、釈迦堂はひたすら歩く。不自然に腕はだらんとしており、体が動きに合わせて小さく揺れるだけだった。

 無表情な釈迦堂に顔に笑顔が浮かぶと、ふと立ち止まった。そのまま流れるような動作で、すっと腰を曲げて何かを拾うと、キャップに向かって投げつけた。

「おっと」

 キャップは体を捻ると、苦もなくそれを避ける。

 その姿を見た釈迦堂は、さっきより楽しそうな、いやらしい笑みを浮かべると、キャップの足元に指をさした。

「それな……」

「ん? これがどうしたっていうんだ?」

 投げつけられた物はキャップが掘り起こした本だった。

「それ、保存状態がよけりゃ10万はする裏本だぜ」

「なにーっ!」

 キャプは汚い本をものともせずに素手で拾い上げると、涙目になりながら叫んだ。

「うわっ、大人げない……。黙ってりゃいいのに」

「へへっ、絶望に叩き落とす瞬間ってのは、いつでも気持ちいいもんだな」

「こりゃまた、小さい絶望ですね」

「でも、あのガキには随分効いてるようだぜ。それに、こんなとこで暴れたらヒュームの野郎が口うるさく言ってきそうだしな。リベンジマッチにはまだ時期が早え」

 釈迦堂は含みある顔で遠くを見つめた。

「リベンジマッチ開催の時には、是非この前口をご贔屓に」

 慶一は両方の手の平を擦り合わせて釈迦堂を見る。

「オマエ……。なにするつもりだ?」

「弁当売り歩くつもりです。オッサン同士の戦いじゃグッズは売れなさそうだし」

「そういうのは、ちゃんとした流派同士の死合の時にでもやるんだな。さて、飯がねぇならオレは帰るぜ。ガキもさっさと帰んな」

 釈迦堂は慶一に背を向けて歩き出した。

「深夜にうろつくオッサンてのもどうかと思いますよ」

「余計なお世話だ。それに、世間一般じゃ朝方って言うんだよ」

 釈迦堂姿が見えなくなってから、慶一はポケットから携帯を取り出して時間を確認する。朝の6時になっていた。色どころか空気も重苦しい曇天のせいで、日が昇っているに気付かなかったらしい。

「おーい、キャップ。落ち込んでるところ悪いけど、そろそろ帰らねぇか?」

「あぁ……。オレの10万が……。九鬼に持ってたら再生してくんねぇかな」

「九鬼に頼んだら再生できそうな気もするけど、多分10万以上金がかかるぞ。それに、裏本を読めるようにしてくれって、人に懇願するキャップは見たくねぇな……。元からその状態だったんだし諦めろって」

「オレに諦めるって言葉は存在しねぇぜ!」

「いいから。そんな汚い物はポイして、手を拭きなさいって」

 慶一はキャップの手から本を弾き飛ばすとタオルを渡した。

「あぁ……、オレの10万が飛んでいく」

「一応目的は達成できたし、これで良しとしようや」

 いつの間にか穴から体半分出していたカブトムシを引き抜いて見せると、キャップは直ぐに笑顔を浮べた。

「バッチリだぜ! 虫かごじゃ取れちまいそうだし、空き箱に入れるか。よし! さっそくモロの家まで届けるぜ!」

「まてまて、朝からいきなり家に押しかけたら迷惑だろ」

「そんじゃ、電話だな」

 そう言ってキャップは走りながら電話をかけ始めたので、慶一は散らばったスコップや懐中電灯を拾い集めると、慌てて後を追いかけた。

 

 

「とうちゃーく! いっちばーん!」

 キャップがモロのマンションの前に着いてからから5分後。息を切らせながら慶一もようやく追いついた。

「はぁはぁ……。せっかく今日は朝のランニングしなくて済むと思ってたのに……」

「おつかれさん。それにしても、ちょっと追い付くのが遅いぞ」

「そう思うんなら、道具を拾ってから走ってくれ……」

「オレのミスを慶一がフォローする。オレ達良いコンビだぜ!」

「疲れすぎて、もう言い返せねぇ……」

 慶一が乱れた息を整えていると、玄関の自動ドアが開く。

「こんな朝早くからどうしたの?」

 まだ眠そうな顔をしたモロが玄関から出てきた。

「モロは今年になって、演劇とか女装とか色々新しいことにチャレンジしてるだろ」

「うん。女装じゃなくて変装だけどね。最近は部活も少し慣れてきたかな。今日もこれから劇の練習だよ」

「オレ達、そんなモロの応援がしたくってな。いいもん持ってきたぜ!」

「あ……、ありがとうキャップ……。慶一も」

 顔をほころばせて喜んでいるモロを見て、慶一は黙って顔を逸らした。

「え? なにその反応!?」

「慶一はほっとけって。なんか知らないけど、この贈り物に否定的なんだよ。さぁ、存分に喜んでくれ!」

 キャップは空き箱をモロの目の前に持って行くと、勢い良く上蓋を外した。中に入っているのは当然さっき捕ってきたカブトムシだが、土から這い出したばかりのカブトムシは、羽化の皮が角に残ったままになっていた。

「な? モロにぴったりだろ? この羽化残りの皮は、餌を食べたり、他のオスと戦っていく内に取れるんだとよ。モロの角も早く剥けるようにと頑張って探してきたぜ!」

 屈託なく笑い満足気なキャップだが、モロは笑顔のまま箱の中を見て固まっていた。

「一応オレはありがた迷惑だって止めたんだけど……」

「ありがたくもなんともないって! ただの迷惑だよ!」

 

 

 

 

 




フラフラしてる釈迦堂か、標本を作るために虫探しに来たヒュームどっちと絡ませようかと迷った結果、扱いやすい釈迦堂になってしまった。
自分で書いておいてあれですが、ヒュームの出番が少ない……。
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