真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第八十三話

 曇天の空はとうとう大粒の雨をこぼし始めた。まるで空の灰色も一緒に落としたようで、見える景色はモノクロに染まっていった。

 ボトボトと音を立てて傘に叩きつけられる雨粒は、ぶつかり、砕け、結合し、筋を残して滝のように流れていく。

 慶一と百代は、一つの傘に二つの影を並べて河川敷を歩いていた。

「この間から曇ってたし、雨が振るとは思ってたけど、登校日に振ることないのにな」

「気弾で雨雲を散らすこともできるが、それをやるとじじいがうるさいからなー」

「気象庁からも口うるさく言われると思うぞ」

「いっそ気象庁も敵に回すのも面白いかもな。総理直々の特殊部隊とか出てきたりして」

 そう言うと百代は、傘の端を指で持ち上げて空を睨みつけた。

 慶一は傘を傾けて、その視界を遮る。

「濡れるからやめとけって」

「本当はバリアを張れば傘も必要ないんだけどな。せっかくの相合傘を無下にする私じゃないぞ」

 百代は傘を持つ慶一の腕に、どこか楽しそうに自分の腕を絡み付ける。揺れた傘から雨のしずくが弾けた。

「その為に無駄に早い時間に起こされたオレの身にもなってほしいもんだ」

「嬉しいくせに」

「一緒に登校するのはいいけど、弁当作らなくていいんだから普段通り起きても間に合うのに。朝飯作る途中に、二度寝してる百代を起こしに行くのは面倒臭いんだぞ」

「彼女のために頑張る彼氏。泣ける話じゃないか」

「本当に優しい彼女だこと……。っと、ちょうどよくファミリーの後ろ姿が見えるな」

 慶一と百代は少し足を早めて、ファミリーに声をかけた。それぞれいつも通り適当に挨拶を交わすと、ゆっくりと学校に向かって歩き出す。

「なんか久しぶりの学校ってテンション上がるよな。面白いことが待ち受けてそうだぜ!」

「ただの登校日だし、キャップが思うようなことはないと思うけどな。僕は部活があるから、ちょくちょく学校に行ってるけどね」

「ないならないで、賭場に行くから問題ないぜ! たまにはモロも行かねぇか? 角の皮を取るためにもよ」

「そのネタ引っ張らないでよ! まったく……、僕だって気にしてるんだからね」

 キャップは片手を上げて「わりぃわりぃ」と謝る。

「でもよ、大和だって――」

 言いかけたキャップを大和が睨んで止めると、重々しく口を開いた。

「キャップ……、それ以上は良くない。口は災いの元」

「おっと……、そうだったな。どうやら、テンションが上がり過ぎてたらしいぜ」

「大和のマグナムが暴発寸前だと聞こえた。どうせなら私に打ち込んで」

「そんなこと言ってないって!」

 ファミリーがいつも通り他愛のない話をしていると、ガクトがふと足を止めて慶一が隣に来るのを待っていた。

「それにしても良く降る雨だな。慶一のところだけに豪雨が来てほしいぜ」

「何かする度に無駄な嫉妬するなよ。豪雨が来たら、濡れないように余計に百代と密着するだけだぞ」

「それもそうか。神様ぁッ! 慶一のいるところだけ晴れさせてください!」

「言葉だけ聞くと優しいんだけどな……」

 ガクトが祈祷師のように傘を振り回すの見ながら、一子は疑問を口に出した。

「二人で一つの傘に入るのって、そんなに特別なことなのかしら?」

「こうすれば、周りからは見えないからな。シャイな慶一とイチャイチャするには持って来いだ」

 百代は慶一の腕を引き傘を下げると、唇を合わせた。唇の表面が触れるだけのキスは、柔らかく密着する感触に触発されて唇を開く。

 唾液に混ざる息の匂いに陶然になり、思わず慶一は舌を伸ばす。生温かくとろりとした舌触りに夢中になると、雨ではない音が傘の中に響いた。執拗に舌を舐めていたが、登校中であることを思い出して口を離す。

 百代は最後に慶一の頬に唇を押し付けて傘を上げると、「な?」っと言って一子にからかうような笑みを向けた。

 顔を赤くして口を噤む一子の代わりに、同じく顔を赤くしたクリスが口を開いた。

「モ、モモ先輩。朝から破廉恥なのはいけないと思うぞ」

「私は慶一と内緒話をしてただけなのに、クリは何をしてたと思ったのかなぁ?」

「なんだそうなのか」

「……もっとも、喋るための口は私が塞いだけどな」

 百代は、クリスの耳元で吐息混じりの声でくすぐるように喋った。

「な!? だから、それが破廉恥だと言っているんだ!」

「クリの唇は栗の味がするのかなー。それともやっぱりクリだけに――」

 言い終える前に慶一が百代の頭を軽く叩くと、思ったより良い音が響いた。

「おじさん。セクハラが過ぎるぞ」

「いったー。なにも叩くことないだろ。一発は一発って言葉を知ってるか?」

「百代の一発で返されたら、オレ死ぬから。それより帰ったら服を整理してくれよ、いつの間にか百代用の引き出しが一段増えてたぞ」

「仕方ないだろ。女の方が服多いんだから」

「いやいや。自分の部屋があるんだから、寝間着以外は自分のところに仕舞ってくれって」

 慶一と百代は、傘の中で寄り添って再び歩き出した。

「大和……」

 そんな二人の背中を見ながら、京が手招きをして大和を呼ぶ。

「どうした京」

「ちょっと、内緒話。皆に聞かれたくないから、もっと寄って」

「傘があるからこれ以上寄ったらぶつかるよ」

「しまった。この作戦には初めから穴があった」

「つーか、姉さんと慶一のアレを見てから、京の罠に飛び込むわけないって……」

 いつも通りの受け答えをしながら、大和と京は再び歩き出す。

 ガクトは思いついたようにクリスの前に立ちはだかった。

「クリス。オレ様と相合傘で登校と洒落込まないか?」

「自分は傘を持ってるから必要ないぞ」

「なんだよガクト。そんなにしたいならオレが傘に入ってやるぜ」

 キャップは自分の傘をたたむとガクトの傘の中に入ろうとするが、ガクトは慌ててキャップから傘を遠ざけた。

「いいって、キャップ! 男同士でやったら気持ち悪いだけだろ!」

 移動する傘に軽妙なフットワークを使ってキャップが入り込む。そうすると、ガクトはまた別の方向に傘を動かすが、キャップは気にせずにまたガクトの傘を狙っていく。

「これ、おもしれぇな! 勝負だガクト! 学校着くまでに濡れてないほうが勝ちな!」

 キャップとガクトは、ずぶ濡れになりながら歩いていった。

「私は松風と相合傘ですね。思い返してみれば、沙也佳との相合傘の記憶しかありません」

「思い出はいつの日も雨なんだぜ。オラも思い返せば桶狭間の時は雨だったなー」

「その頃に松風って存在してたの? というより、付喪神じゃ桶狭間関係ないんじゃ」

「モロボーイ。物事はもっと柔軟に考えないと、現代の戦国時代は生きていけねぇぜ」

「耳が痛いねぇ。それもストラップに言われるとは……」

 

 

 2-Fの教室に着くと大半の生徒が揃っており、奥の方からカメラを持ったヨンパチが近づいてきた。

「見てたぜ慶一。モモ先輩と相合傘で登校しやがってよー。ガクトもなにか言ってやれよ」

「オレ様は心が広いから、もう何も言わねぇぜ」

「途中からキャップと遊んでて忘れただけだろ」

「そう言うなよ。朝のアレはジョークみたいなもんだ。心もナニも小さいヨンパチと一緒にするなって」

 無責任に笑うガクトは、慶一の背中を叩いた。

「バーロー。オレのナニは黒ずくめの男に薬を飲まされて小さくなっただけだっての」

「男の価値は大きさよ、お・お・き・さ。筋肉もナニもでかい方が良いに決まってるぜ」

「何発打てるかに決まってんだろ。その点オレは――」

 ヨンパチとガクトはヒートアップしてきたのか、だんだん声が大きくなる。それを遮るように千花が机を叩いた。

「ちょっと、島津にサル! 朝から下ネタとか勘弁して欲しいんですけどー」

「聞き耳立ててんじゃねーよスイーツ」

「あんたらが聞える声で喋ってるんでしょ!」

 千花とヨンパチの怒号が飛び交う中、羽黒が冷静に言葉を混ぜる。

「つーか、二人とも童貞じゃん。童貞が男語ってんじゃねーよ」

 その言葉を聞いた二人は目を見開いて固まっていた。

 慶一は思わず顔を引きつらせて羽黒を見る。

「うわっ、ガクトとヨンパチの心を折りにきたよ」

「心は折っても、イケメンのアソコは立たせてやんよ」

「あんた……そのセリフこいつらと同レベルだって……。まぁ……でも、前口君はどうなのその辺」

 千花はため息混じりの顔を浮べていたが、慶一に振り返る頃には笑顔になって興味あり気な表情で見ていた。

「その話題こっちに振るんだ」

「夏だし、恋話は必須っしょ。それに、このクラスで彼女持ちって前口君くらいだし」

「オレより濃厚な付き合いをしてる、京と大和が居るんだけどな」

 慶一がチラッと京の方を見ると、本を持つ手の親指が立ってサムズアップしていた。

「椎名っちとナオっちはいつも通りでしょ。ある意味いつそういう関係になってもおかしくないって言うか」

「椎名と直江はある意味クラス公認の仲だし、思わず中出ししててもおかしくねーって。ギャハハハ」

 羽黒の酷い下ネタも気になるが、それより気になるのが京の反応だった。先程立てた親指が震えている。本を閉じると鞄にしまい、静かに立ち上がる。

 聞き耳を立てていた大和も、静かに椅子を引いて立ち上がった。大和が一歩を踏み出すより早く、京は二歩踏み出す。

「大和ぉー! 聞いてたでしょー? クラス公認で子作りオッケーだって!」

「都合の良い様に解釈しすぎだ!」

 教室から廊下へと走りだす大和を京が追っていった。

「あはは、相変わらず椎名っちはナオっち絡みだと可愛い反応するね」

「当人は、その相変わらずの関係じゃ我慢できないみたいだけどな」

「んで、前口は我慢できないのをモモ先輩に処理してもらってる系?」

「せっかく話し逸らしたんだから、蒸し返すなよ」

 慶一は自分の席に鞄を置いて座ると、羽黒に向かってしっしっと犬でも追い払うようにして手で払うしぐさをした。

「モモ先輩を口説き落としたテクとか気になんじゃんよー。ワイルドさが足りねぇけど、前口なら目をつぶって味見してやんよ」

「羽黒……。あんたねぇ……、モモ先輩にぶっとばされるよ」

「オレもぶっとばされるの止めねぇぞ」

 先程大和と京が出て行った扉から、鼻歌混じりの百代が現れる。

「おとうとー! おねんちゃんのピンチだぞー! 金貸してくれー」

「大和は京と逃避行に出かけたぞ」

「なんだ、いないのかよぉ……。最近舎弟の仕事してないぞアイツは。さぁ、慶一! 金を貸すか奢るか選ばせてやるぞ」

「なにが「さぁ」だよ。しょうがねぇ……。ガクト! 金!」

 慶一は白くなっているガクトに大声で話しかけた。

「お、おう……。って、なんでオレ様が金を出さないといけないだよ」

「惜しい。勢いに騙されなかったか」

「それいいなぁ。私も今度からその手を使うか」

「いやいや、川神先輩がそれやったら、カツアゲにしかならないから。こないだの風鈴市で無理やり学長にバイト代出させたのはどうなったんだよ」

「カワカミ ユウワク オオイ ゼンブ ツカッタ」

 百代はロボットのように片言に喋る。

「今度クッキーと一緒に、九鬼でメンテナンス受けてもらったほうがいいな。システムのアップデートして貰え。きっと流暢に喋れるようになるぞ」

「つれないこと言うなよー。ピーチジュース飲みたいんだよー。彼氏だろー」

「今の雰囲気はどう見ても、駄々っ子と親だよ」

 百代は慶一の頬に手のひらで触れると、そのまま顔を持ち上げる。目線があったのを確認するとそのまま唇を押し付けてきた。しばらく唇の形が変わるくらい強く押し付けると、わざと音を立てるようにして唇を離す。

「……親子はこんなことしないぞ」

「強引というか……。なんか今日は朝からずいぶん甘えてくるな」

「ワン子と朝にランニングしたり、キャップと夜から遊びに出かけたり、最近私がほっとかれてる気がするぞ」

「要するにヤキモチってわけね」

 今までが一緒に居すぎっただけなのもあるが、確かに二人きりになる回数が減っていた。それでも、一緒に寝ているわけだしベッタリしてるのには変わりない。

「そんな私の機嫌をなおすのにぴったりなことがあるぞ」

「はいはい。奢れってことだろ。今日も帰りは九鬼によるから一緒にいれそうにないし、せっかくだし学食行くか」

「おぉ! 今、私からの好感度がぐーんと上がったぞ」

「オレからしてみれば、年上の威厳がガクッと下がったぞ」

 慶一はおぶさる百代を引きずりながら教室を出て行った。

 

 

「前口君達、すっかり私達の存在忘れてたね。結局奢るみたいだし」

「学校でイチャつくとか、チョーウザイんですけどー」

「でも、人の生キスシーンってちょっとドキドキするわね」

「なに処女みたいなこと言ってんのチカリン」

「はぁ!? そ、そんなわけないでしょ。どう考えたら私が処女になんのよ」

「ムキになんなよ、わかってるって。それにしても、前口がモモ先輩に口説き落とされた系ね。納得納得」

 女子二人の隣では、ガクトがヨンパチの肩を揺さぶっていた。

「おい、しっかりしろヨンパチ。固まり過ぎだって。慶一のことは諦めろ。モモ先輩と付き合うようになってから、前以上腑抜けになっちまったんだからよ。あのイチャイチャには慣れるしかないぜ」

「モモ先輩のキスシーン……。ちくしょう! ベストショットを撮り逃しちまったぜ!」

「そっちかよ!」

「勘を取り戻すためにも、旅にデッパツだ! 来いガクト! 登校日までの間に一夏の経験を終えてガードが緩くなった女子を撮りまくるぜ!」

「あたぼうよ、付いてくぜ! オレ達三人いつでも一緒だ! もちろん童貞を捨てるときもな。なぁ、モロ?」

「ナチュラルに僕を人数にいれないでよ!」

 

 

 

 

 

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