二月十四日というものは、普段はイベントに興味のない男達もどこかソワソワしている。
いつも以上に髪型に気を使ってみたり、意味もなくフラフラしたり、教室にずっと残ってみたり。
成果は人それぞれだろうが、学生にとっては良くも悪くも印象に残る日である。
そして、三月十四日。バレンタインデーになんらかのアクションがあった者は、バレンタインデー同様イベントがあるものだが……。
気にも留めない男もいる。
「なんだよ大和それ、すんげー美味そうだな!」
「これはダメだよ、ホワイトデーのお返しなんだから」
綺麗な包装紙でラッピングされているお菓子が入った袋を後ろ手に隠す。勢い余ったのか、後ろを歩いていた慶一に当たる。
「あ、悪い」
「ずいぶん貰ったんだな。袋からはみ出てるぞ」
「大和は外面気にするからな、義理ばかりはいっぱい貰えるんだよな」
「ファミリー以外から貰えてないのに、余裕だねガクトは」
「なんだよ、モロだってそうだろ? ファミリーの義理でも、貰えるだけ勝ち組だからな」
「ありがたいよね。ガクトほど露骨に、バレンタイン当日にファミリーの女子メンバーに優しくするのはどうかと思うけど」
「モロとガクトはあれだとしても、キャップも慶一も身軽過ぎだろ!」
「オレがくれって言って貰ったなら、借りは返すけどな。甘いものそんなに好きじゃないのに、押し付けられただけだぜ?」
「なんでこんな奴がモテるんだ……」
「顔がいいと得だよね……」
バレンタインが過ぎたのに、自分達で話題を広げては自分達で傷口を広げていた。
「あんな恩知らずと一緒にするなよ。オレはこっち側だ」
キャップの目の前に線を引き、モロとガクトの隣に立つ。
「なんだなんだ、慶一もこっち側かよ。モテるんだかモテないんだかわかんないから安心したぜ」
バシバシと慶一の肩を叩く。三月と言えども寒く乾燥しており、シャツの下でピリっとした痛みが広がりじんわりと熱くなる。
少し顔を顰めガクトに非難の目を向けるが、そんなことはお構いなしに笑っている。
「オレもファミリーの女子からだけだよ、貰ったのは。キャップにわがまま言われそうだから男共の分も用意してあるけどな」
鞄を開いて、それぞれにビニール袋に入れてあるお菓子を渡す。
「イチゴ大福かよ、慶一ならもっと気の利いたもの作ると思ってたけどな」
「男に洒落たもん渡してもしょうがないだろ? 一子はこっちの方が食い応えあって喜ぶかもしれないけどな」
「まっ、オレは慶一が作ったものならなんでもいいけどな」
適当に留めたラッピングタイを外して、軽快に口に入れて咀嚼していく。
「甘いもの好きじゃないって言った後に、その台詞言われるとちょっとキュンとくるな」
好きじゃないものでも、オレが作った物なら好きと言う最大の賛美を受け、たぶんオレが女だったなら今の一言でイチコロだったんだろうな、なんて馬鹿なことを考えていると学園に到着する。
トイレに行くと言い四人と別れ、用を足して出てきたところに話しかけらた。
「見ていましたよ。焼けますね」
「まさかトイレから出るのを待ってたんじゃないだろうな」
「いえいえ、私でしたら一緒にトイレに入り、慶一君の隣に立ってネットリと視線を合わせますよ」
用を足したばかりだというのに、ブルっと身震いをする。改めて目線を合わせるとニコっと微笑まれてしまった。
「バレンタインに山ほど貰ってるだろ」
「私は慶一君から欲しいんですよ」
ファミリーの男共には渡したが、本来ホワイトーデーはバレンタインデーのお返しをする日であって、好き勝手物をあげる日ではない。そのことを葵に伝えると「来年はバレンタインデーに渡しておかなければいけませんね」なんてことを言われた。
「葵はわかるけど。井上も結構貰ってるんだな」
「まぁ、若と違って義理ばかりだけどな。それにしても結構傷つくよー、その質問。そういうオマエはどうなんだよ」
「オレはチョコの代わりに、諭吉さんをがっぽり稼がせていただきました」
胸の前で掌を合わせて、深々と礼をする。
バレンタインデーを思い出すと、自然と口元が緩む。
二月十四日。学校を休み七浜まで屋台を引っ張って行った慶一は、チョコを売っていた。十日くらいから店を出していたのが、思いのほか売れ行きが良かった。その一端を担ったのが〝風間翔一〟〝葵戸冬馬〟〝源忠勝〟の存在だ。
今年は豊作だと言ったのは、どの女子生徒だっただろうか。先ほどの三人に〝京極彦一〟という二年の先輩が加わり、川神学園のイケメン四天王、エレガンテ・クアットロと呼ばれている。
イケメンと言うことは当然モテる。モテると言うことはバレンタインデーのチョコの数も相当なものだ。数多くのチョコの中で印象に残るものをあげたくなるのが女心。
近場で買って被るのが嫌だったのだろうか、七浜まで足を運ぶ子が結構いた。
いつか言ったとおり、慶一が七浜で店を出すと結構な人だかりが出来る。それに釣られて財布の紐が緩くなった女子が結構買いに来ていた。
ガナッシュ、トリュフ、生チョコなど様々な種類を用意して、一個から好きに詰め込めるようにしたのも効果があったのだろう、思い思いのチョコを詰めた女の子達は満足そうに帰って行った。
思ったよりも売れたものだから、バレンタイン当日まで屋台を引っ張ることにした。さすがに休んだのはバレンタインデーだけだが。
下げていた頭を上げると、井上がいぶかしげにこちらを見ていた。
「おいおい、オレを拝むなよ。変な宗教だと思われるだろ」
「収入源になってくれた、せめてものお礼にと」
「なるほど。私達が貰ったチョコの中には、慶一君の手作りチョコも入っていたと言うわけですね」
しばし顎に手をつけて何か考えている。しかし、直ぐ考えがまとまったらしい。
「これは、バレンタインデーに慶一君からチョコを貰ったと解釈してもよろしいのでしょうか?」
「いや、若ぁ。流石にそれは強引過ぎるだろ」
「冬馬ぁー、準ー。教室行こうよー」
「おや、ユキが呼んでるので私達はもう行きますね」
両手に袋を持った後ろ姿を見つめて、モテるのも結構大変なんだなと、しみじみと思ってしまった。
昼を知らせるチャイムが鳴る。授業の始まりと終わりを告げるチャイムと同じ音のはずなのに、なぜこんなにも心軽くなるのだろうか。
「来月には二年になるのか。オレ達に後輩が出来るって変な感じだよな」
「……私には関係のないこと」
「京は弓道部だろ? 後輩の面倒を見ることもあるんじゃないのか?」
「ほとんど幽霊部員だから。それに、大和に悪い虫が付かないようにピッタリくっ付いてないと」
「めげないねぇ……。まっ、オレも部活も決闘もしないし関係ないだろうな」
「オレは新入生案内係りになったし、ネットワークは広がるかな」
メールを返し終えた大和が携帯を置く。あの携帯には何人分の連絡先が入っているのだろうか。連絡先の半分は大抵疎遠な人だが、マメにメールを返したりしてるのを見かけるとほとんどが機能しているのだろう。
「他に喜びそうなのは、川神先輩にガクトくらいか?」
「ガクトは年上趣味だからどうだろう」
「贅沢言える立場じゃないのにねぇー」
気付けばファミリーの全員が恋人のいないまま一年を終えようとしていた。居心地の良い空間と言うのも些か問題なのか、気付けば秘密基地に足を向ける毎日だった。
「やーまーとー! お金貸してくれ」
「……出会ったのって言えばこれだもんなぁ」
「なんだ?」
「いや、川神先輩はいつも通りだなって」
「ていうか、姉さんまたお金ないの?」
「ふふーん。宵越しの金はもたないのだ」
「えばって言うことじゃないでしょ!」
「頼むよー! ピーチティー飲みたいんだよぉ」
「今月は上限額まで貸したんだからダーメ」
「ちっ。みーやーこぉー」
「右に同じく」
「ならば、慶一!」
「オレが金の貸し借りしないの知ってるだろ?」
「いいだろぉ。儲けたの知ってるんだぞ。今ならモモ先輩と呼んでいい特典つきだぞー」
「いいよ、いまさら気恥ずかしいし」
「ていうか、いい加減モモ先輩って呼べよ」
「わかったわかった。奢ってやるから学食行くぞ」
「そうまでして呼びたくないのか……。まぁいい! 気分が変わらないうちに奢ってもらうぞ!」
食べかけの弁当をしまい、学食に向かうことになった。
学食を離れモモとも別れる。ふと、窓の外を眺めると一子が体操服姿で体を動かしていた。確かに次の時間は体育の時間なのだが、まだ30分以上もある。相変わらず気の早いことだ。
「一子殿は、まさに川神に登る太陽のようだ!」
「英雄が覗きとは珍しいな」
隣の窓際では、同じように外にいる一子を見つめている英雄と、その傍らにはあずみさんが立っていた。
「あぁ、この寒い季節でも、我の心を暖めてくれている」
「おーい、聞けよ」
わき腹にチクっと針をさした様な痛みが走る。
「英雄様の公務の邪魔だ」
「公務ってことは、しっかりスケジュールに入ってんのか……。それでいいのか九鬼財閥……」
「あん? オマエがとやかく言うことじゃねぇだろ」
「あずみさんも、ライバル出現してから荒れてますねぇ」
「……余計なこと言ってると、切り落とすぞ」
わき腹に向けられていた刃先が、スッと股間に向けられる。
「軽口は時に命に関わることを学びました!」
「…よし。それにしてもオマエは相変わらずマメだな。あたいにもお返し渡すなんてな」
「まぁ、あずみさんからはバレンタイン貰ってませんけどね。普段お世話になってるお礼と思って」
「あたりまえだろ。あたいが慶一にバレンタインに渡す理由なんてないからな。まぁ、気持ちはありがたく貰っとくぜ」
遠慮せずにしっかり気持ちを受け取ってくれるところは、流石大人の女性という気がした。
「おぉ! 慶一ではないか!」
「本当にオレのこと目に入ってなかったんだな」
「一子殿の太陽のようなまぶしさに当てられて気付かなかったわ!」
「まだ、太陽で引っ張るか……。そういや、こないだ変なロボット届いたぞ」
「うむ。九鬼の財力と頭脳の結晶だ! 一子殿は喜んでいたか?」
「うーむ。ノーコメントで」
「そうかそうか! 言葉も出ないほど喜んでいたか! それが聞ければ満足だ! 行くぞ、あずみ!」
「はい! 英雄さまぁ☆」
勝手にいいように解釈して行ってしまった。この調子だと来年も絶対王者のままで突っ走るのだろう。
英雄が一子に送ったロボットはクッキーといい、久遠寺家の久遠寺未有が作ったデニーロというロボットに対抗して作られた。デニーロは大学の卒論も兼ねて、全て百円ショップの材料から作られたらしい。
ちなみにクッキーは、一子が大和に押し付けたため、川神院ではなく島津寮にいる。
川神に来るまでは単調に生活していたし、この一年はいつもファミリーと一緒だったから気付かなかったが、恋とは無縁だった英雄が一子に惚れ、揚羽さんも百代との決闘を最後に、本格的に九鬼の職務についた。
変わっているのだ。
居心地のよい空間を一歩外に出れば。
変わらない日常なんてものは気付いていないだけで、ふとした瞬間で気付かされるだろう。
そんなことを考えながら再び一子の姿を見つめていると、チャイムが鳴った。
……遅刻だ。