真剣で私に恋しなさい!N   作:挽きたて

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第九十一話

 刀身を振り下ろすではなく、引き寄せる。薙刀独特の動きは文字通り舞うようだ。

 長い柄による遠心力は、打撃と斬撃の両方に破壊力を生み出す。

 頭上を狙い右手を滑らせるように引き寄せた刀身を、今度は刀身を延ばして振り上げて軌道変える。耳鳴りのような風切音が、湿った空気の中に響く。

 相手を想定した素振りは続く。切っ先の軌跡は弧を描き、途切れることなく次の弧を描く。縦の円。横の円。斜めの円。大小様々な円を作った。

「はい、ストップ」

 慶一がそう言うと、一子は「はーい」と返事をして素振りを止めた。後ろから会釈をしながら修行僧が通り抜けていった。その姿を見送ると、一子は再び薙刀を構える。

「また人が通ったら教えてね」

「それはいいけど、窓ガラス割るなよ」

 外は大雨。明日にも台風が来るというので、昼過ぎだというのに外は暗かった。そのおかげで廊下の窓ガラスが姿見の代わりになるので、一子は狭い空間で素振りを繰り返して自分の型を確かめている。

 日本刀と違い小回りが効かない薙刀は、窮屈な廊下では満足な練習が出来ないと思うのだが、一子は気にせずに素振りを続ける。

「よく、そんな自分の背より高い棒を振れるな」

「楽勝よ! 孫悟空だって振れるんだから、負ける訳にはいかないわ!」

「猿に対抗意識燃やしてどうすんだよ」

「うーん、なんでか猿には負けたくないのよねぇ」そう言って、薙刀で空気を切り裂くと「九鬼も孫悟空のクローンとか作ればいいのに」と続けた。

 伸縮自在の如意金箍棒を振り回し、自由自在にキン斗雲で飛び回る姿はさぞ圧巻だろう。分身の術で倒される混世魔王を始め、様々な妖怪を倒したという実績がある。百代は、孫悟空がいれば喜ぶだろう。

「ところで、孫悟空ってなにか知ってるか?」

「もちろん知ってるわよ。西遊記に出てくる猿でしょ? 後は沙悟浄に、猪八戒? この二人共戦って見たいわ。三蔵法師は戦うってタイプじゃないから無理そうね」

「サンタがいないことは?」

「話が飛ぶわねぇ。もち知ってるわ! サンタさんもトナカイも存在しない! で、慶一は結局なにが言いたいのよ」

 よく分からないクイズを出され、一子は少し不満気な様子を見せた。

 慶一は慶一で、不安気な顔を見せる。何故こうも一子は、正解と不正解を織り交ぜてしまうのだろうか。

「クローンってのは実在する人物じゃないと、作れないわけだが……」

「だから、サンタさんのクローンは存在しないってことでしょ?」

「違う。いや、そうなんだけど……。問題は孫悟空の方であってだな」

 頭を抱える慶一とは対照的に、あっけらかんとした様子の一子。薙刀を軽く振り下ろし、慶一の眼前で止めると、目尻を上げて笑みを浮かべた。

「なぁにわけの分からないこと言ってるのよ。そんなことより鍛錬よ鍛錬」

「ちょい待ち。ここで流してはいけないような気がする」

「もう! 鍛錬が終わってからじゃダメなの?」

 一子はリスのように頬を膨らませると、トンっと薙刀の柄を床に付けて体重を預ける。薙刀を軸に身体をゆらゆらと揺らしながら、不満を体全体で表現していた。

「出来れば聞いて欲しいもんだ。言っていいことなのかは分からんけど」

「一体なんなのよ。気になる言い方するわね。話してみなさいよ」

「そうか。いいか? まず、トナカイは存在するぞ」

「そうなの!? 鳥以外で飛ぶ動物がいるなんて驚きだわ! ということは、サンタさんも――!」

 一子は、なにやら期待を込めた目で慶一を見る。

「……。サンタはいないなぁ……」

 慶一が恐る恐るその一言を言うと、一子からは、意外にもあっさりとした答えが返ってきた。

「まぁ、そうよね。流石にそれくらいは孤児院にいたから知ってたわ」

 その一言に慶一は安堵した。もし、一子がサンタを信じていれば、自分の一言で夢を壊していたかもしれなかったからだ。それも、先にいないことを一子が明言していたので、いらない心配だったが。

「サンタはいない。トナカイはいる。ここまではいいか?」慶一はそう聞き、一子が頭を振って頷いたのを見ると「でも、トナカイは飛ばない」と続けた。

「飛ばないトナカイなんてただの鹿じゃないのよ。役に立つのが赤い鼻だけなんて可哀想過ぎるわ」

 一子は薙刀を掴んだまま腰を下ろすと、慶一に詰め寄ってきた。

「また新たな問題を出してきたけど、トナカイの鼻は赤じゃないんだよな」

「それじゃ、トナカイのアイアンメイデンはないのね。悲哀の動物だわ」

「確かにトナカイが入るようなアイアンメイデンはないだろうなぁ……。必要ないだろうし。アイデンティティだとか、悲哀の動物のことは置いていて――」

 慶一は、両手で右から左に荷物を置く動作をすると本題に入った。

「孫悟空も存在しないわけだ」

「それじゃあ、どうやって三蔵法師が天竺まで行ったのかしら」

「三蔵法師が固有名詞じゃないからな。あくまで尊称であって、たくさんいる中の一人ってわけだ。元は小説だから、それも変な言い方なんだけどな」

「でも、弁慶とかは存在してるわよ。現に九鬼のクローン技術で誕生してるじゃない」

 話が戻ってしまったことによって、慶一も少し混乱しだした。広げた手を空中に彷徨わせて、「アレ」や「コレ」といった指示代名詞だけを、手の動きに合わせて言うだけだった。

「えっとだな……。弁慶は偉人、存在します。孫悟空は空想上の人物、存在しません」

 慶一は手のひらを上に向け、指先を一子に向かって差し出して「分かったか?」とジェスチャーをした。

「つまり、猿も河童も豚もお話だけの存在ってことね」

「その言い方だと、存在しないのは河童だけになるけどな」

「孫悟空が実際にいれば良い勝負相手になると思ったんだけど。残念ねぇ」

「いたらいたで、一子に回される前に、百代の肥やしにされそうだけどな」

 仙術なんて使う相手が現れたら、何処ぞのサイヤ人のようにワクワクするに決まっている。地球の平和の為にも、そんな相手が出てこないことを、慶一は静かに祈った。

「でも実際問題、そういう突飛な相手がなかなか存在しないのも問題だと思うの。そのうちお姉さまの相手が、想像したカマリキだけになったら大変よ」

「ゴキを師匠と呼びださなければ、それでいいんじゃないか?」

「でもでも、二次元に恋した者は、現実には戻れないって大串君が言ってたわよ」

「この話にその例えを使うのは、百代もスグルも納得いかねぇんじゃないかな……」

 百代は想像相手の鍛錬を二次元と表現されたことに対してに、スグルは萌えに直結しないことに二次元を使ったことに対して、慶一の頭の中では、今いない人物の文句が流れ出していた。

「それにしても、こんな話してると、なにが存在して、何が存在しないのかあやふやになってきたわねぇ」

「わかるわかる。オレも昔は、トイレに行くアイドルなんて存在しないと思ってたもん」

「……それはなんか違うわよ」

「じゃあ、飲むだけで痩せるサプリメントとか?」

「それも、なんだかズレてるわねぇ……。例えばこういうのよ。地方妖怪マグロとか!」

「“地方”妖怪の時点で、いないですよーって明言してるようなもんだからな」

 同じく地方妖怪チクリもいないと、慶一は付け足した。一子はしばらく唸りながら考えると、パッと笑顔を浮かべて言い放った。

「恐竜!」

「化石とか発掘されてるし。いるだろう。でも、皮膚の色とかは科学者の空想らしいな」

「京がたまに言う。お腹には大和の赤ちゃんがいるっていうのは?」

「ありゃ、空想じゃなくて妄想だ。それも質が悪いやつ」

「台風334号!」

「そんなに台風が発生したら地球は終わりに向かってるだろうな」

「エース鐘子!」

「早く復活して一軍復帰して欲しいもんだ。オレは極天のファンだけど」

「特上松中牛!」

「……空想上の生物かも知れんな。食ったことないし」

「大トロ!」

「オレは赤身の方が好きだな」

「お腹減ったわぁ……」

 一子が持っていた薙刀は力なく倒れ、手放した一子の手は自分のお腹に向かっていた。

「だろうな。途中から会話が食い物に向かってたし」

「身体を使って、頭も使って、食べ物の話をすれば、お腹も空くわよぉ」

「それじゃ、何か作って食うために調理場に行くか」

 慶一は立ち上がると、身体を反らせて腰を鳴らした。

「わーい。食べるのは任せてよね! でも、自己鍛錬中なのよね……」

「この間、ルー先生に根を詰めるなって言われたばかりだろ。台風が近づいてる時くらい、大人しく休憩するのもいいと思うんだけどな」

「そうねぇ……。閃いたっ! でんぐり返しながら調理場に向かえば鍛錬になるかも」

「廊下の掃除にしかなんないと思うぞ」

 廊下を歩きながら無駄話をしていたが、ふと慶一は口にした。

「腹を満たしたら、廊下以外で鍛錬な」

「え? どうして?」

「さっきから学長とルー先生が、心配そうに様子を見に来てるのがチラチラ見えてたから」

「あはは、二人共心配症なんだから。でも、廊下って意外に鍛錬が捗るのよね」

 皆が不意の事故で割れる心配している窓は、一子に取って丁度いい鏡代わりだった。

「どうしても身体を動かしたないなら、後で買い物に付き合ってくれよ。念の為に台風に備えて食材買い足しておきたいし」

「そうね、お米40キロとかだったら鍛錬になるわね」

「米を40キロも買ったら、他の荷物持てないだろ。米は備蓄が充分にあるからいいんだよ。ガスが止まったら、カセットコンロだけじゃ足りなくなるから、煮こむだけで栄養が取れるスープとかシチューの為に野菜を買う予定」

「まっかっせっなっさい! ダンボール詰めの野菜でもどんと来いよ!」

「だから、あくまで念のためであって、そんなに買い込む予定はないんだって」

 

 

 二度目の昼食を済ませた慶一と一子は、金柳街にあるスーパーに来た。三十分後にレジ前に集合と約束付けると、二人は思い思いに店内を見て回っていた。

 慶一は、煮物を作り置きしておいてもいいなと思い、こんにゃくが置いてある区画に足を運ぶと、スーパーの食材コーナーには似つかわしくないガクトが、こんにゃくを手に取りなにやら渋い顔をしていた。

「よう、ガクト。珍しいところで会うな」

「おぉ、慶一! ナイスタイミングだぜ! なぁ、こんにゃくってどうやって均等に切れ目入れるんだ?」

「なんだガクトも料理に目覚めたのか」

「そんなとこだ。で、浅すぎず深すぎず入れたいんだが、どうも上手くいかなくてな」

 慶一は、こんにゃくに切れ目を入れるのは、そんなに難しいことだっただろうかと思ったが、料理初心者のガクトにとっては難しいのだろうと考えた。

「そんな難しいこと考えず、ちょっと押すくらいの気持ちで切ればいいんじゃないか?」

「それがどうも期待を込めると、力が入って横の切れ目に被さっちまうんだよ。頑張って加減したら全然切れてないしよ」

「あぁ、確かに最初そんなこともあるな。豆腐とかも怖くてなかなか最後まで包丁入れなかったりするもんな。割り箸を使ったらどうだ?」

 割り箸をこんにゃくの両端に置いて後は真っ直ぐ包丁を下ろすだけで、割り箸の高さ以上に切れることはなくなる。

「なるほど、それなら初心者でも細かく切れ目を入れやすいかもな」

「別に細かく入れることないんだぞ」

「細かく切れ目を入れたほうが気持ちよさそうだからな。オレ様頑張るぜ」

「はぁ?」

 慶一は思わず素っ頓狂な声を上げた。「気持ちよさそう」という言葉が理解出来なかったからだ。しかし、ガクトが買い物カゴに入れてた材料を見て直ぐに理解が追いついた。

「片栗粉にオリーブオイル。それに今入れたこんにゃく。……こんにゃくステーキを作るってわけじゃないよな」

「まぁな。懐かしの自由研究ってやつよ。どっちが一番気持ち良い物を作れるか、休み明けにヨンパチと発表し合うってわけよ」

「彼女が出来ないのをこじらせて、とうとう食材に発情するようになったか……」

 哀れみの視線を向ける慶一に向かって、ガクトは慌てて否定する。

「ちげぇよ! 男なら誰でも妄想するだろ。例えば、百均を見てても使えそうな物を探したりとか。それと同じだっつーの!」

「普通は生活に役立つものを想像するんだよ」

「性活に役立つものを妄想するんだから、間違えてはないだろ」

「間違えたのは、ガクトの生き方だろうな……」

 それから暫くの間、川神院の食卓にこんにゃくを使った料理が並ぶことはなかった。

 

 

 

 

 




別の小説を書いていたせいか、少し文体が変わってしまった可能性が……。
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